連続幼女神隠し事件(1)
父さん、母さん、姉さん、お元気ですか?
僕は今、変態の人と組んでますが、元気です。
白暦2112年1月22日。
あの正式配属から早くも二週間が過ぎた。
その間、僕とララちゃんは、本署に併設されている独身寮に入寮した。訓練生の間は二人とも市内の実家なりアパートなりから通っていたのだが、正式に配属されたことで肚をくくったということである。ちなみに早くも皆からゴザルくんと呼ばれ始めたゴシャールくんと、そして〝殺すさん〟は、少々遠くにお住まいだったらしく、訓練生のときから寮に入っているとのことだ。
仕事の方はと言えば、人手が足りないからと言っても、新人がいきなり事件らしい事件の担当にされるようなことはなく、宵雀の制服が支給されたり、言祝鳥の異能を使う訓練を行なったり、クロードさんや配属式のときに不在だった先輩・平岩クリフさんにくっついて、パトロール任務のお供などをしていた。
異能を使う訓練と言っても、僕の異能は他の三人と異なり、何がどうなっているのかさっぱり分からない。クロードさんも困っている様子で、訓練もそこそこに、その代わり、他の三人よりもパトロール任務の実地研修の回数を増やしてもらっているようだった。
縁起がいいって、なんなんだろう。縁起がいいことが、犯罪者の逮捕に役に立つんだろうか。まだ契約してから二週間しか経っていないとはいえ、実際問題、縁起がいいようなことは僕には起こっていないし、そもそも縁起がいいことが起こったところで、その先はあるのだろうかとも思う。
例えば、四つ葉のクローバーを見つけたとしよう。これは確かに縁起がいいことだと、一般に認知されているかもしれないが、その先はふんわりとしている。
例えば、初夢で一富士二鷹三茄子を見たとしよう。これも大変に縁起がいいことなのだが、ではその先に具体的に何が待ち受けているのかは、まったくもってふんわりとしている。
ただ、確実に言えることは、福太郎と名付けた言祝鳥の福良雀がときおり僕の前に現れ、思うさまモフモフさせてくれてありがたいということだ。モフモフは実にいい。モフモフがなければ人類は滅亡していたかもしれない。
モフモフがありがたいと言えば、この二週間の間に件の〝殺すさん〟に名前を教えてもらえたのも、福太郎のお陰である。もっとも、署内にいるときは、特別な場合を除いて所属票を首からぶら下げなければならないので、確認しようと思えばいつでもできたのだが、社会人男性たるもの、同僚の女性をじっくり見るなどという無粋な真似をしてはいけないのだ。もうやっちゃったけどね。
そういうことで、どうやって彼女から名前と連絡先を聞き出そうかと思案を巡らせていたのだが、いや、連絡先は個人的なことなので別になくてもいいのだけど、そのチャンスは意外と早くやってきた。
僕が独身寮のコミュニケーションスペースで福太郎と戯れていたときのこと、彼女の方から声をかけてきたのだ。
「もふらせてくれないと、刺す」
んんん?
おかしいな、いい思い出だったはずなのに悪寒がしてきたぞ?
まあ、ともかくそのときの僕は彼女から話しかけられたことにすっかり舞い上がり、「名前を教えてくれたらもふらせてあげてもいいよ」と答えたのだった。
それに対して彼女は、実に素っ気なく「カミサカリッカ」とだけ答えたのだ。
「どういう字を書くの?」
僕が尋ねると、やはり彼女は素っ気なく、
「上下の上に坂道の坂、それに六つの花で上坂六花。……刺していい?」
それからの記憶はちょっと怪しい。もしかしたら、本当に刺されてしまったのかも知れないが、それだと僕が今こうしてゴザルくんと一緒に行動していることが説明できない。
そうだ。話しが盛大に脱線してしまったが、僕は今、ゴザルくんと一緒に事件を解決しようとしているのだった。
ところで、どんな事件を調査していたんだったっけ? という風にはさすがの僕もならない。副長のクロードさんから捜査を命じられたのは、最近帝都で立て続けに起こった、幼女神隠し事件だ。ちゃんと覚えている。問題ない。悪の手から幼女を守るために星読に入隊したという、ゴザルくんの鼻息が荒いのだから、間違いない。
それで、それぞれの家族から再度の聞き取りを行なっていたのだった。うん、思い出してきたぞ。家にお邪魔して、ご両親からお話を聞き、最近変わった様子がなかったかとか、子供部屋などを一通り見せてもらったりしたのだ。
乾ききった脳みそから記憶を絞り出すと、今年に入って、突如姿を消した幼女は全部で三名。
神隠しにあった時期はバラバラで、もっとも古いものは今年の一月七日、つまり配属式があった日に発生している。これを仮に幼女Aとしておこう。幼女Aは、川俣地区のショッピングモールに両親とともに買い物に来ていたところ、両親が目を離した隙に、一人でどこかへ歩いていってしまったという。
次が幼女B。幼女Bは一月十一日の深夜に一人で鍵を開けて家を出て、それっきり行方知れずになってしまった。家は門外の辻と言われる交差点にほど近いところ。
最後が幼女Cで、彼女は一月十五日に行方不明になっていた。住んでいるところは門内とも呼ばれている昔からのエリアで、こちらは母親と一緒にスーパーに買い物に出かけた折に、いなくなってしまったとのことである。
ちなみに川俣地区というのは、本署から見て東の赤錆川という大きな川を越えた先と、更にその先にある東極門道祖土までの間の地区を言う。
門外というのは、帝都の南の、比較的最近整備された新興住宅地のことである。これも本署から見れば、青濁川という川の向こう側にあり、更に帝都の南方を守る朱雀道祖土の外にあることから、門外と呼ばれているのだ。そして、新興住宅地ではあるが、開発の起点となった十字路が存在していて、そのあたりが今も〈門外の辻〉と呼ばれているのである。
門内は、地名として存在しているわけではないのだが、門外地区ができたあとに誰が呼ぶでもなく、自然と湧き上がってきた言葉らしい。言ってしまえば、帝都・火輪が帝都になる前からあった町のことである。規模としては帝都の中で最も大きいから、警察や星読ではあまり使われないし、門内とだけ言われても、範囲が広すぎてどこだか分からないのだけど。