天網乗っ取られ事件(2)
平岩先輩、ゴザルくん、上坂さんの三人はきびきびと部屋から出て行って、残されたのはクロードさんと僕とララちゃんだけ。
「これから天網のサーバールームに行くぞ。タブレット端末も忘れるなよ」
その美声をきっかけに、僕とララちゃんはクロードさんの後をついて歩く。
エレベーターに乗り込み、指紋認証で開けた操作盤から選んだのは、〈24〉と書かれたボタン。
通常とは違う重力を感じたのも一瞬で、エレベーターを降りた先は小さな部屋だった。正面にはいかにも厳重にロックされていそうな扉が待ち構えていて、クロードさんはためらうことなく近づいていく。
これはきっと、指紋認証、顔認証、虹彩認証のフルコースだろうなと思っていたら、ドアの横の演台のような機械を前にして、クロードさんが予想通りの動きをしていた。ごく一部の、選ばれた人間しか中に入れない仕組みなのである。
その仕組みが必要なほど重要なものが、この中にあるということだ。
クロードさんが体を起こすと、見えないところで沢山の機械の音が鳴り、プシュっとドアが開く。
ドアが開くと同時に、中の照明が段階的に灯っていく様子が見えた。
そうして目の前に広がるのは、真っ白な天井と真っ白な壁に囲まれたサーバーラックの摩天楼。ちかちかと明滅する沢山のシグナルは、暗闇のままなら夜景のように綺麗だったかも知れないなと思う。
「ナナキ、呆けてないでついてこい」
クロードさんとララちゃんは、ビルのようなサーバー群をスタスタと奥へと進んでいて、気付けば結構な距離がある。僕は二人に追いつこうと、少し早足でその中を歩いた。
二人は突き当り――窓がないため分かり辛いが建物の壁際――の通路を右に折れたようだ。追いつきかけていた僕が同じ様に右に折れると、そこにあったのは一台のノートパソコンと、簡素な机と椅子。ララちゃんは早くも椅子に座り、テキパキとタブレット端末を何かの線とつなぎ始めていた。よく見るとノートパソコンにも何本かのケーブルが繋がれていて、その内の一本はサーバーとつながっているようである。
「ナナキ、福良雀を顕現させろ」
「え? 出すだけになりますけど、いいんですか?」
「うむ、出すだけでいい。詳しいことは分からんが、明星隊長の指示だ」
「分かりました。来い、福太郎、福助」
「ちゅんちゅん」
「ちゅんちゅんちゅん」
ああ、和むわー
しかし、ここで福太郎と福助のモフモフーズを出すことに、いったい何の意味があるんだろう。事件解決のために縁起を良くしたいのか、それともララちゃんの心のオアシスになると思ってのことなのだろうか。
多分後者だろうな。モフモフの癒し効果は凄いのだ。解析ですり減りまくるララちゃんの精神力が、この二羽で挟み込むことによってたちどころに治るのだ。きっとそうに違いない。
「やっぴー、天網の基幹プログラムを書き換えた端末のトレースを開始して。期間は過去一週間以内」
ララちゃんがそう指示を出すと、言祝鳥の八咫烏は、相変わらず目を素早く点滅させて、何かを高速で処理している雰囲気を醸し出している。ララちゃんも、タブレット端末とノートパソコンのディスプレイに映し出される文字列を、ぴょんも言わずに真剣に眺めていた。
クロードさんは腕組みをして壁に寄りかかり、目をつむっている。
僕も、ずっと見ていたところでできることはなく、ララちゃんが倒れてしまわないように心配そうに彼女を見たり、福太郎と福助に挟まってモフモフを堪能してみたり、たまに目をつむってみたりして、時間を過ごした。
そして待つこと一時間。嬉しそうなララちゃんの声で、僕は目を覚ます。決して居眠りしていたわけではない。目をつむって意識がどこかへ行っていただけだ。
「利用端末と犯行日時を特定しましたぜ!」
そこはぴょんでは?
ララちゃん、下っ端みたいな喋り方になってるぜ。
「ララ・ラズベリー、よくやった」
なんにしても犯人逮捕に向けて、大きく前進したのだ。ここはララちゃんを労い、功績をたたえ、そして言祝がなければ。
「ララちゃんお疲れ様。さっそく、福太郎と福助をモフモフするがいい。今回は特別に好きなだけモフってもいいぞ」
「あ……大丈夫だぴょん」
大丈夫ってなんだ。君はとても疲れていて、今すぐにうちのかわいいモフモフを体験したくてしょうがないんじゃないのか?
「ナナキ、もうしまっていいぞ」
クロードさんまで!
しかし、上司に言われれば、もうしまうしかないのである。
それにしても、うちの子たちは何の目的で顕現させられていたんだろうか。ニャンコ隊長の指示だというけど……ふむぅ。
「ときにララ・ラズベリー、復旧はできそうか?」
「復旧自体は問題なさそうだけど、乗っ取りの方法が明らかになっていない以上は、やっても無駄になりそうぴょん」
「うむ、そうだな。では、オフィスに戻って結果をまとめるように」
戻る途中のエレベーター内で、僕は一つ、疑問に思っていたことを聞いてみた。
「ところで副長、赤谷地区の火災事件の捜査は、どこからの協力要請だったんでしょうか?」
「軍部から岩竜、そして岩竜からこっちだ」
「現場に霊力の痕跡があったということですね」
「それは分からん。平岩たちの報告を待つしかないな」
「そうですね」
そうしてオフィスに戻るとクロードさんは隊長室に消え、僕はララちゃんと一緒にサーバーから入手した情報の整理を始めた。一応、端末の特定等には成功したが、見落としが無いように整理は必要なのだ。なんか僕が整理したように見える書き方だけど、もちろん、僕が補助でララちゃんがボスなのである。ララボスでありボスララなのである。ララボスとかボスララってなんですかね?
「平岩班、戻りました。うん? ナナキ、副長は?」
そうこうしている内に、平岩先輩たちが戻ってきた。
随分早いなと思ったのだが、時計を見たらすでに十三時を過ぎているではないか。
多くの人は、かなり集中して作業していたのだなと思うだろうが、ララちゃんのイビキで目を覚ました瞬間があったので、盛大に意識を失っていた可能性はゼロではない。
「副長は隊長室にいらっしゃいます」
「そうか、報告があるからちょっと呼んできてくれ」
「了解しました」
平岩先輩の指示を遂行するべく、久しぶりに隊長室に踏み込むと、そこに広がっていたのは、隊長と副長が揃って書類の摩天楼にうずもれているという地獄絵図。ある意味、白一色だが、サーバールームと違って美しさは微塵もなく、漂うのは悲壮感、それからペンとハンコの音のみだった。
ニャンコ隊長、とんでもない妖怪と戦ってたんだな、同情するぜ……。
それはさておき副長のクロードさんである。書類仕事の手伝いに巻き込まれたくないので、クロードさんである。
大きめの紙の塔はきっとニャンコ隊長の島で、背の低いものがクロードさんの島に違いない。ニャンコ島とクロード島はもちろん隣接していて、いつ雪崩が起きるとも限らない。揺らさないように慎重に歩を進め、ホワイトウォールの向こう側を覗き込めば……、いた。書類に焦点が合ってないような、そんな虚ろな目をしたクロードさんが、一生懸命にハンコを押している。
「副長、平岩班が戻りました。捜査会議を行ないましょう」
「ぺったんぺったんぺったんぺったん……」
「副長……?」
「ぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺぺぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんぺったんたん……」




