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暁に雀は詠う ― 小規模霊力等犯罪対応部隊〈宵雀〉忘備録 ―  作者: 津多 時ロウ
第一部 ミッション10 おじいさんの段ボール箱 全2話

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おじいさんの段ボール箱(2)

「ナナキ殿、大家さんが来てくれるそうでござるよ!」

「まじか」


 ゴザルくん、いつの間に大家さんの電話番号を調べていたんだ。いつも幼女のことしか考えてないくせにやるじゃないか。


「やー、すみませんね。警察の人、うー? あんたたち本当に警察の人? あ、そっちの女の人、女優さんでしょ? テレビで見たことあるよ」


 大家さんぽい人は、すぐに来た。そして、この大家さん、むっちゃアフロである。あと、声が重低音で激渋である。ファンク魂が爆発していて言葉も出ない。いや、もちろん出るけどさ。


「我々は特殊警察・星読(ほしよみ)宵雀(しょうじゃく)隊の者です。こちら、警察手帳的なものです」

「ああ、こりゃ失礼しました。それで103号室に入ってなんか確認したいと。まあ、工事入る前に全部片づけたんで、なんもないと思いますけど」

「そのときに、鳩のマークの大きな段ボール箱はありませんでしたか?」

「いんやあ、鳩のマークのはなかったなあ。だいたい退去するときに、皆さんちゃんと持ってったもんねえ。あ、103号室に案内しますね。まだ工事始まってないんで、大丈夫大丈夫。あ、女優さん、後でサインちょうだいね」

「(ナナキくん、この人)」


 刺すのか、刺したいって言っちゃうのか。やめてよ、解体現場の廃屋で殺人事件とか、ドラマじゃないんだから。


「(とてもいい人ね)」


 そこは刺したいって言いなよ。


「はい、103号室、ごあんなーい」


 アフロ大家さんに案内されて103号室を覗いてみると、確かに彼の言う通り、きれいさっぱり何もなかった。押入れのふすまも取り外されていて、少し目線を動かしただけで、その四畳半の部屋には段ボール箱などないことが分かる状態である。


「これは、あのおじいさんの記憶違いかな」

「そうかも知れないわね。あのおじいさん、ちょっと記憶が怪しかった」


 怪しいのは記憶だけじゃないけどね。

 それはそれとして、念のために残りの七部屋も見せて貰ったのだが、やはりなにも残っていなかった。


「これは、一度戻っておじいさんを問い詰めるしかないでござるな」

「そうだね。問い詰めるまではしないほうがいいだろうけど」


 まだお昼にもなっていない。大事な段ボール箱を探す時間は、まだたっぷりあるのだ。


「あんれまー、それはすまなかったねえ。うーん、だとしたらどこに忘れてきたのかなあ」


 さて、急いで戻ってきておじいさんに報告したのだが、おじいさん、やはり思い出せそうにない感じだ。忘れてきたのは段ボール箱じゃなくてあなたの記憶でしょ、なんてことは大人だからもちろん言わない。


「あぁ」


 おじいさん、声を出して目を見開いたぞ。これは期待できそうだ。


「夕日だ。川の向こうに夕日が見える土手の、そのすぐ近くの空き地に忘れてきた」

「そうですか。ふーむ、川の向こうに夕日が見える土手、となると赤錆川(あかさびがわ)の東側はだいたい該当してしまいますね。もう少し詳しく思い出せることはありませんか?」

「いやあ、それがのう、なんとも思い出せないんじゃ」

「川俣地区か外地か、というのは?」

「おお、おお、そうじゃなあ。紫烏城(しうじょう)が向かって右の奥に見えたような気がするのう」

「わかりました。それで探してみます」


 はっきり言ってこれでもかなり対象地域が広いのだが、前よりはましである。それにこっちには力強い味方がいるではないか。

 と、いうわけで、公園を出た僕はゴザルくんと上坂さんと今後の方針を話しつつ、バスを待っている間に、再びクロードさんに電話を掛けた。もちろん星読(ほしよみ)専用端末で。


『こちら佐々木蔵人。段ボール箱が見つかったのか?』

「いえ、まだです。しかし、情報を得ることができましたので、つきましてはララ・ラズベリー隊員の解析能力を借りたいのですが」

『残念だがそれはできない』

「なぜです?」

『さっき独身寮に戻っていったばかりだからな、あまり無理はさせられん。お前たちでなんとかしてみせろ』

「どうなったでござるか?」

「……ララちゃんは残業してたみたいで、さっき勤務から外れたから今は無理なんだって」

「そうでござるか」

「ナナキくん、心配しないで。私が天網(てんもう)から情報を引っ張り出すから」


 珍しい。上坂さんがやる気じゃないか。

 そうなれば、早速本人に場所の特定をお願いするのみだ。お恥ずかしい話、僕は天網(てんもう)の使い方がよく分からないので


「それでナナキくん、何をすればいいのかしら?」


 懐から大きめのタブレット端末を取り出しながら彼女が言う。

 さて、何をするか、何をして頂きたいかと言えば、空地の場所の特定である。

 川を挟んで夕陽が見えて、なおかつ向かって右奥に紫烏城(しうじょう)が見える土手の、その近くの空地である。ちなみに紫烏城(しうじょう)はこの白烏(はくう)の国で一番偉い帝がお住まいになられている場所であり、同時に軍部(いくさべ)の帝都防衛の最重要拠点ともなっているお城でもある。いざとなれば、巨大ロボに変形して帝都を守ってくれると、そんな噂まである帝都のシンボルだ。お城巨大ロボはロマンなので、税金を湯水のように注ぎ込んで実現してほしい。


「おじいさんが言っていた空地を特定しよう」


 そう言って、僕が携帯端末で帝都の地図を開くと、彼女も同じように地図を開いた。


「おじいさんが言っていた、川を挟んで夕陽が見えて、そしてお城が見える土手は、まずは川俣地区の西側すべて。そして東極門(とうごくもん)道祖土(さいど)の東側でも、同じような景色を見られるけれど、右奥に紫烏城(しうじょう)となると、ちょうど赤錆川(あかさびがわ)が分岐するあたりから南のエリアすべて、という事になると思う」

「確かにそうなりそうね。その辺りの空地を、地図とヤタガラスの航空写真で調べると、こういうことね」

「うん、それしかないと思う」

「じゃあ、ナナキくん」

「はい?」

「空地を探すの、あなたも手伝うわよね?」

「……そいつは盲点だったぜ」


 僕はどうして上坂さんが全部やってくれると思ってしまったのだろう。ゴザルくんにはセダンを運転してもらって、上坂さんは画像をつぶさに見る。では僕は? となるに決まってるじゃん。

 バスを待っている間に、僕もタブレットを取り出した。そうしてバスの中でも本署に戻ってセダンに乗った後でも、二人で分担して空地を探した結果、なんと候補を三つまで絞り込むことに成功したのだった。

 航空写真を拡大してじっくり見ても、空地の数がそもそも少なかったんだけどね。


「ここはないな。ゴザルくん、次お願い」

「ござる」

「ここもなかったな。次、お願い」

「ござる」


 そんなやり取りを続けて、ついに僕たちは鳩のマークの段ボール箱を発見、入手したのだ。

 箱の大きさは、おじいさんが両手を使って説明してくれたものよりも、やはり小さい。

 そして段ボール箱のフタにはマジックペンでこう書いてあった。『天国へ持っていく大事な物』と。

 それについて思うところはあるが、今はこれがおじいさんが言っていた段ボール箱であっているかどうか確認するのが先だ。テープもないのになぜかぴったりと閉じているフタを開けて、僕たちは中にある物を確認する。

 出てきたのは、おじいさんが若い頃に撮ったと思われる家族の写真、仕立ての良いワイシャツ、品の良い腕時計、少しぼろになってしまった革靴。杖も入っていたというが、残念ながら、それは見つからなかった。


「うん、間違いなさそうだ」

「大丈夫そうでござるな。さっそく車に積んでおじいさんのところに持っていってあげるでござる」


 上坂さんは頷くだけで、特に何も言わなかった。


「おじいさん、段ボール箱を見つけましたよ!」


 もう、日も暮れ始めているというのに、おじいさんは昼前とまったく同じ場所で待ってくれていた。


「おお、これだよ、これ。ありがとうな、若いの。これで儂も安心して成仏できるというものじゃ。ありがとうの」


 すぐに段ボール箱の中を確認したその顔は、実に満足そうで、そしておじいさんは、お礼を言いながら消えていった。ありがとう、って何度も言いながら。


「おじいさん、きっと天国に行けたでござるな」

「そうだね、そうだといいね。ねえ、上坂さん」


 同意を求めて視線をやったその先で、彼女は一生懸命に涙をこらえていて、しかし僕は、段ボール箱がそっくりそのまま残ったことに、ほくそ笑む。決して、天国に持っていくの、また忘れてるよ、などとツッコミを入れたりはしない。

 そして、家族写真を改めて観察しては、おじいさんの若い頃ってあの人にそっくりじゃないか、奥さんっぽいこの女の人ってもしかしてあの人? などと、ゴザルくんと確認してみたりもするのだった。


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