白暦二一一二年一月七日(2)
一体何が起こったのかと、僕は再び瞬きを繰り返す。
何も変わらなかったので、今度はゆっくり瞬きをしてみた。
すると、次に目を開けたとき、目の前には僕と色違いの黒い制服と茶系の法被、そして細縁メガネを身にまとった男性が立っていた。猿ぐつわも、手足を縛っていた縄もいつの間にか消えている。
「訓練生、大丈夫か」
この人、いい声してるぜ。
「はい、大丈夫です。あの、これは貴殿が?」
「ああ、そうだ。パトロール任務からの帰りにたまたま出くわしてな、岩竜が囲んでいたようだが、長引きそうだったから介入させてもらった。君、名前は?」
「ありがとうございます! 僕……小官の名前はナナキ・ウィークエンドであります」
「ナナキ・ウィークエンドくんか。小生は佐々木クロードという。ところで今日は本署の配属式があるんだろう? 徒歩では間に合わないだろうから、岩竜の車両に乗せてもらうとしようか。ついてきたまえ」
「了解であります!」
こうして僕――ナナキ・ウィークエンドは配属式に向かう車の中で、佐々木クロードさんと少し話ができた。クロードさんは漢字で蔵人と書くんだけど、皆がクロードと呼ぶので、自分もクロードと名乗ることが多いとか、配属式の後に場合によっては面接があることだとか、生真面目そうな外見で、訓練生の僕に気さくに話してくれたものだった。ちなみに僕が新人訓練の際に覚えた知識によれば、クロードさんの法被には肩から腕にかけてラインが一本通っているから、どこかの部隊の副長さんということになる。どこの部隊に配属されるかはまだ分からないが、無礼を働くなどもっての外で、僕は終始、かちんこちんに緊張していたことは申し添えておく。
そうして配属式に遅刻することなく間に合い、星読統括の三条ミゲル様とかいう偉そうな人の長い話にも耐えた僕は、
「やあ、ナナキくん、待っていたよ」
にこやかに微笑むクロードさんと、再び顔を合わせていたのであった。
僕としては、配属式の後、すぐに呼び出されたから、事件のことで色々聞かれるのかなと思っていたけど、それはとりあえず後回しで、なんか儀式をするらしい。車の中で聞いたのはこれのことかと思うのだが、どんな儀式をするのかまでは聞いていない。
この会議室の中を見回すと、正面には佐々木クロードさんと演壇があり、反対方向には細い机がいくつか隅に集められていた。それ以外に、パイプ椅子が横に四つでそれが五列あるのだから、全部で二〇あり、他にも同じように呼び出された人間が十四人ほど腰かけている。男女半々といったところか。配属式にいた訓練生が全部で五〇人くらいだったので、結構な人数が呼ばれた計算になるが、果たして儀式とは何をするのか。
あれかな。やっぱりチート能力を授かって、精鋭部隊に配属されたりしちゃうのかな。それとも、いきなり「お前はクビだ」とか言われちゃったりするんだろうか。
やべえ、どきどきしてきたぞ。
「えー、諸君らに集まってもらったのは、可能性を見出したからだ」
そうこうしている内に、クロードさんが話し始めた。
可能性という言葉、嫌いじゃない。
「何の可能性かというと、霊獣または言祝鳥と契約できる可能性だ。これらは君たちの心に内在していて、何が出てくるかは分からない。出てこない可能性ももちろんある。だが、もし契約ができたならば、諸君らの特別な力になることは間違いない」
特別な力ですって。
実にいい響きじゃないか。
「これから君たちに受けてもらうのは、魂緒の儀という儀式だ。素質があるならば、儀式の最中に霊獣か言祝鳥が君たちの目の前に姿を現し、無事に契約となる。姿が現れなければ、これまで通りということだな。それでは、実際にやってみよう。……ナナキ・ウィークエンド、前へ」
「はい!」
クロードさんに言われて元気よく演壇の隣に立ち、パイプ椅子の方向に振り返る。
やってみせる段階で呼ばれたのだから、きっとかなり高い確率で契約できるのだ。僕はいったいどんなチート能力を授かるのだろうか。想像するだけでも鼻血が出そうだ。
「ナナキくん、こっちに向いてくれ。……そうだ。それでは儀式を開始する」
そう言ってクロードさんは、両手の手のひらを僕に向けて何やらむにゃむにゃ言い始めた。ちなみに本当にむにゃむにゃ言っていて、こんなんで大丈夫なんだろうかと、心配になるレベルでむにゃむにゃ言ってる。そのむにゃむにゃも、よく聞けば抑揚があったりして面白いものなのだが、ともかく言っていることがむにゃむにゃしかないので、意味があるのかどうかも不明である。
しかし、そんなむにゃむにゃの中、驚いたことに目の前にサッカーボールくらいの大きさの光が現れた。その光はうねうねとアメーバのように形を変えている。やがて変化が止まり、眩しい光が衰えていく。そして姿を現したそれは――
「雀やん」
何の変哲もない、いや、あるか。モフモフとした雀だった。そう、人質になっていたときに見た、あのちょーでかくてちょーモフモフした雀だ。当然、サイズはかなり小さい。僕の握り拳より少し大きいくらいだろうか。
「あ、えーと、これは……?」
雀は分かるけど、雀なんだよね。モフモフしているから愛でることはできそうだけど、それが特別な力かと言われると、なんか違う気がする。絶対違う気がする。
クロードさんは、僕の問いにゆっくり口を開いて、こう言った。
「これは、〈福良雀〉だな」
「はあ、〈福良雀〉」
「うむ。特別な力、すなわち契約によって得られた異能は――」
「異能は……」
ごくりと唾をのみ込んだ。
「縁起がいい」
「……え?」
「縁起がいい」
「え?」