白暦二一一二年一月七日(1)
父さん、母さん、姉さん、お元気ですか?
僕は今、テロリストの人質になっているけれど、元気です。
うん、どういうことだ?
僕は確か、実家から職場に向かっている途中だったはずだ。それがいつの間にか両手両脚を縛られて、猿ぐつわも噛まされている。さらにその上、ケータイショップのガラス張りのショーウィンドウの前で、衆人の目にさらされているのだ。
頭でも殴られたのか、通勤の途中からさっぱり記憶がない。
僕のすぐ近くにいるのは、ライフルで武装したテロリストたち。そう僕を人質にしているテロリストは全部で三人いて、僕を逃がさないようにフォーメーションを組んでいるのだろうが、見ているのはもっぱら外で、僕への監視は薄い。
だからと言って、逃げられるかというと、両手両足を縛られているのだから、それは無理な相談なのだ。
なんとかして逃げられないかと、改めてショーウインドウを鏡代わりに自分の姿を確認する。
頭は少し痛いような気がするが、銀色の短髪に乱れはない。
自称・キリリとした眉毛と、二重の優しい目の周りにも、傷とアザは見られない。
それは顔全体も同じことで、テロリストながら、鮮やかな手際だったと認めざるを得ないだろう。
服装の方はと言えば、こちらは少々乱れてはいるものの、黄色の丈夫なズボン、黄色の丈夫な前合わせの着物、そしてこれまた黄色の法被のような上着には、穴が空いている形跡はないようだ。
つまり、テロリストたちは今のところ、僕を殺す気がないのである。殺すとすれば、彼らの……おっと、一様に目出し帽で顔を隠しているのだから、彼、彼女らと言い直した方がいいかも知れない。何となく三人とも男だとは思うのだが、それはさておき、その三人の要求が通らないとなったときが、僕の命の終わるときとも言える。
と、そのように考えているのは、実は僕は今、現実逃避をしているからなのだ。
テロリストに人質にされるという恐ろしい現実にではなく、ケータイショップの前の二車線道路にいる雀に。
なんていうか、ちょーでかい。なにこれ。雀がちょーでかいし、ちょーモフモフしてる。雀のサイズでちょーでかいんじゃなくて、他と比べてちょーでかい。どれくらいちょーでかいかっていうと、五階建てのビルと同じくらいちょーでかい。そのちょーでかい雀が、定期的に首を傾げながらこっちを見てる。モフモフがこっちをガン見してる。いっそモフモフに飛び込みたい。
うん、なんだろうこれなんだろうこれなんだろうこれ。
最初はいつものあれかなって、ちょっと思った。
僕は見えるのだ、見えちゃうのだ。幽霊とか妖怪とか、なんかそういう系のあれが見えちゃうのだ。子供の頃はあれ、自分ってちょっと変なのかなって思ってた。でも、成長するにつれて、ちょっと変ではないなって分かった。
かなり変ということではなく、この帝都には結構いるんだ、見えちゃう人が。僕の体感だと、高校のときで一〇人に一人くらいは見えちゃってる感じだった。
そして見えちゃってる僕は、小さい頃から警察官になりたかったんだけど、いざ応募して色々試験を受けたらなんやかんやあって、あんた星読ね、って最後に言われたんだっけ。星読ってなんですかって聞いたら、見えない人とあまり見えない人たちで構成された警察ではなくて、よく見える人たちで構成された特別な警察なんだとか。その特別という響きにめっぽう弱い僕は、もちろん元気よく「はい、喜んで!」と返事をして、さらにその後なんやかんやあって現在に至ると、まあ、そういうわけなのだ。
そういうことで、今の僕は特別な警察官のタマゴなのである。
その特別な警察官のタマゴが、通勤中にテロリストにつかまっちゃったのである。
そういうわけだから、テロリストたちを遠巻きに囲むのは、野次馬の帝都市民が少々、大きな|バリスティックシールド《防弾盾》を構えた警察官たち、そして僕と色違いの服を着た星読の隊員たちもいるということだ。ほぼ紺色でコーディネイトされた服の色から、星読の中でも最も隊員が多い岩竜の人たちだろう。
その見えるはずの岩竜の人たちが、ちょーでかい雀に全く目もくれないのだから、実になんだろうこれ事案なのである。一般市民だって、中には見えている人がいるかもしれないが、僕が見ている限りではそういう素振りを見せている人はいない。
「我々、外地開発反対同盟は、外地開発計画の即時撤回と、同志の即時釈放を要求する! 我々の要求に従わない場合には、こいつを殺す!」
テロリストの一人が、もう何度目になるか分からない要求をメガホンで警察にぶつけているが、僕が見る限り、警察にも岩竜にも動きは見られない。
これはもう、今日の正式配属式には間に合わないなあ、などと自分の生死も気にせずに呑気に考えたとき、雀が消えた。ちょーでかくてちょーモフモフだったのに、前後の動作もなく消えた。
その次、一瞬だけ視界がぶれたような気がした。
しかし、瞬きを繰り返して辺りを見回しても、特段、おかしなところはない。
が、テロリストが呻き声を残して倒れた。一人倒れたかと思えば、二人、三人と立て続けに。