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暁に雀は詠う ― 小規模霊力等犯罪対応部隊〈宵雀〉忘備録 ―  作者: 津多 時ロウ
第一部 ミッション4 僕たちの僕たちを取り戻せ事件 全3話

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僕たちの僕たちを取り戻せ事件(3)

「ナナキ、ゴシャール、お前たち、そんな恰好でいったいなにをしている?」


 声をかけてきたのはクロードさんだった。この人は門内に住んでいて、独身寮には住んでいないから、ここで見るのは初めてである。ちなみにゴシャールとはゴザルくんのことである。僕もたまに忘れてしまうが、正式名称はバルタザール・ゴシャールくんで、自己紹介のときにもそう名乗っている。

 さて、上官に聞かれれば、正直に答えるほかないのだが、こちらが口を開く前に、話題を変えられた。


「まあ、いい。お前らこの辺で小生の言祝鳥(ことほぎどり)を見かけなかったか?」

「……副長の言祝鳥(ことほぎどり)は、どのような外見なのでしょうか?」


 僕はクロードさんの言祝鳥(ことほぎどり)について全く知らない。知らないということは答えられないということだ。ゴザルくんもすぐに答えなかったから、彼も知らない可能性が高い。だとすれば、聞くしかない。


「お前たちは知らないんだったな。説明が難しいが、こう、色が黒くてもやもやしている」


 それだ!

 僕のハートに、新たな燃料が追加された。あれがクロードさんの言祝鳥(ことほぎどり)だというのなら、ますます捕まえなければならないというものだ。

 僕はゴザルくんと頷き合い、クロードさんに一連の出来事を説明した。


「なるほど、迷惑をかけてすまなかった。あれは今、小生のコントロールがきかない状態になってしまっているのだ。お前たちみたいな被害者がこれ以上でないように、早く捕まえねばな。そのためにも、ナナキ、ゴシャール、上坂には是非、協力して欲しい」

「ん? 上坂?」


 上坂さんはさっき離れていったはずなのに、どこにいるのだろうと思ったら、なんとクロードさんの後ろから姿を現した。


「ここに入ったときに最初に会って、声をかけた」

「……はぁ、面倒くさい」


 ちょっと上坂さん、上官の命令……いや、お願いか? どっちにしても、面倒くさいとか言っちゃいけませんて。

 でも、それを聞いたクロードさん、上坂さんの目をじっと見つめてこう言った。


「この事態の打開には、上坂、お前が必要だ。力を貸して欲しい!」

「教官……、リッカ頑張ります!」


 なにこれ。僕はいったい何を見せられているの。

 ここ感動するところじゃないから、ゴザルくんも涙ぐまないでよ。


「お前ら、行くぞ! なんとしてでもホシ(犯人)を捕まえて、市民を守るんだ!」


 いや、それクロードさんのキャラじゃないでしょ。


「教官! 標的は我々から距離を取る傾向にあります。ここは四人でバラバラに動いて、やつを追い込みましょう!」


 ゴザルくんも語尾とかどうした? どこかに忘れてきちゃったの? あと、クロードさん、副長だから。

 それはともかくとして、それから四人で作戦を練り、クロードさんの言祝鳥(ことほぎどり)を追い込むことにした。

 作戦といっても大したものではない。この独身寮の出入口は一つ。お勝手口と非常口もあるが、そこは通らないだろうと思い込んで無視することにした。その出入口を背にして、男性陣三人がそれぞれの階に分かれ、黒いもやもやした飛行物体――仮にゴーストワンと呼称――を徐々に追い込むことにしたのだ。これなら階段があっても万全である。

 上坂さんは何をするかと言えば、クロードさんから「トドメはお前に任せた!」と言われていた。トドメって、大丈夫なのと思ったのだが、それを察したクロードさんがイケボで説明してくれたことには、実体があるわけではないから問題ないのだという。そして、トドメを刺せば、クロードさんが予想している原因を打ち払えるというのである。

 やがて作戦が決行された。

 僕は三階、クロードさんが二階、ゴザルくんは一階の、出入口に最も近い階段付近に陣取る。ゴーストワンを目撃したら、出入口の反対方向に追いやり、「よし!」と大声を出してそれぞれに伝える、古典的な勢子(せこ)の役だ。

 トドメを刺す待子(まちこ)役の上坂さんは、何故か僕と一緒に三階にいた。目つきが恐いから理由は聞けない。

 少しして、下から「よし!」と声がした。これはゴザルくんの声だ。

 僕は中ほどの階段の手前まで廊下を移動する。ゴザルくんも中ほどの階段の手前まで廊下を移動して、クロードさんだけは中ほどの階段を塞ぐ位置まで移動しているはずだ。

 こうすることで、徐々にエリアを狭くしていき、一階か三階の隅に追いやるのだ。

 今度はクロードさんの声で「よし!」と聞こえてきた。僕が見かけていないから、ゴーストワンは、一階に戻ったに違いない。じきに「よし!」とゴザルくんの声が聞こえてきたから、確実だ。

 となれば、中ほどの階段から三階に上がってくることはない。僕はまた廊下を移動して奥の階段ホールまで移動して、慎重に階段を降りていく。たまに後ろを見ると、上坂さんもちゃんとついてきているから作戦は順調だ。

 三階と二階の間の踊り場にいたとき、またゴザルくんの声で「よし!」と聞こえてきた。一階でゴーストワンに近づいたのだ。そうなればじきにクロードさんから「よし!」と聞こえてくるだろうと思っていたが、どうも聞こえてこない。二階まで降りきったところで、廊下を眺めると、クロードさんはゆっくり歩いていたようで、まだ階段ホールからは遠いところにいた。だが、それならゴーストワンはどこに行ったのか。あの飛行速度なら、もう二階にいてもおかしくないはずだが――

 そのとき、クロードさんが僕を指さして何か声を出した。いや、僕ではなく、階段ホールか。慌てて振り返ると、なんと顔のすぐそばにやつがいたのだ。黒いもやもやのゴーストワン(仮)が。

 やつもよそ見をしていたのか、慌てふためいたように飛んで、階段を降りていく。


「……逃がさない」


 ぼそりとした上坂さんの声が聞こえてきたかと思うと、彼女は段をすっ飛ばして降りていった。

 僕も慌てて追いかける。一階の隅で待っていたのは、腰タオルにスニーカーのゴザルくんと、上坂さんの背中だった。


「おいで、もっくん」


 そう言った彼女の周りに現れたのは、雀のような一羽の小鳥。暗褐色の体に、くちばしから目にかけて走っている黒いライン。

 なるほど、百舌鳥(もず)だからもっくんか、などと呑気に思っていた時期もありましたが、異能が発動された瞬間、そんな呑気さは消し飛んだ。


「刺し殺せ、(にえ)(とげ)


 突き出した右人差し指の、その先から何本もの細い枝が、もの凄いスピードで伸びてゆく。彼女の言葉を借りるならば(とげ)のような枝が。

 それはあっという間に、ゴーストワンだけを囲み、一刺し、また一刺しとゆっくりと突き刺していった。

 うん、恐い。

 スプラッタホラーかな?

 もちろん言祝鳥(ことほぎどり)のゴーストワンには、血も肉もないから、グロい光景にはならないんだけども。

 そうして三本目が貫通した直後、ゴーストワンは消え去った。浮いていた僕たちの服も、床に落ちていく。


「よくやってくれた。感謝する」


 クロードさんの謝意に、何だか面映ゆい気持ちになりながら、それでも最後に聞いてみた。


「結局、副長の言祝鳥(ことほぎどり)は、なんなのですか?」

「小生の言祝鳥(ことほぎどり)は〈以津真天(いつまで)〉。異能は……お前たちには話しても問題ないか。異能は、幻聴・幻視・幻味・幻臭・体感幻覚。広範囲にリアリティのある幻を展開することができるという、とても恐ろしいものだ。自分で言うのも(はばか)られるがな」

「〈以津真天(いつまで)〉が消失したということは、展開されていた幻も消えたということで、それってつまり――」

「拙者たちの拙者くんたちが戻ってきたということでござるな!」


 ゴザルくんが腰に巻いたバスタオルに隙間を作って、慎重に中を見る。

 僕も腰に巻いたバスタオルに慎重に隙間を作って、恐る恐る中を見る。


「あったー!」

「あったでござる!」


 それは確かにあった。生まれてこの方、ずっと生きてきた相棒ともいえる存在が、そこに確かにぶら下がっていたのだ。

 ゴザルくんは喜びのあまり、僕の手を取ってステップを踏み始めた。今の喜びを表現したい、同じ被害者の僕と分かち合いたい、そんな気持ちが見てとれるステップだった。

 だが、このときの僕たちは忘れていたのだ。すぐそばにうら若き独身女性の上坂さんがいたことを。


「上坂さん、ありが――」


 思い出して、慌てて彼女に体を向け、お礼を言いかけたところで、不意に腰の圧迫感がなくなった。

 上坂さんの端正な顔が、みるみるうちに歪んでいく。

 僕は現状を確認するために下を見た。

 ない、バスタオルがない。これはまずい、早く体勢を立て直さなければと、そう思ったときにはすでに手遅れだった。


「変態撲殺パーンチ!」


 その日、最後に見たのは、自分の鼻血が鮮やかに宙に舞う光景だった。


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