クイナ失踪事件(2)
「えーと、整備士さん……お名前は?」
「あ、加東です。加東純一。そちらは?」
「僕はナナキ・ウィークエンドです。それでは加東さん。格納庫のいつもクイナが置いてあるエリアまで案内をお願いします」
「あ、はい。分かりました。ついてきて下さい」
「ララちゃんと六花さん、現場にいっくよおー」
「うん」
「はぁ……」
六花さんたら、口を開いたと思ったら溜め息か。うーん、どうしよう。ちゃんと捜査できるかな。まあ、なるようになる……かな? ララちゃん、すごいやる気だし。いや、殺る気なのか? どっちだ?
そんな不安ははねのけて、それでも僕は捜査をしなくてはならない。
加東さんの後ろを歩いて本署の建物から出る。そこから見て左手、正門横の大きな倉庫のような建物が、今回の事件の現場である格納庫だ。一応分厚いシャッターがあるのだが、基本的にいつも全開であり、手続きや相談に訪れた一般市民でも、離れたところから中を見ることくらいはできる。だからといって、一般市民がある程度近づくと、格納庫前の警備の当番がすっ飛んできて、それは恐ろしい顔で制止するので、無関係の人間が簡単に近づけるところでもない。
そのような市営体育館の二倍ほどはありそうな巨大な倉庫に入ってみると、緑色に塗られた床の上に、ヤタガラス式飛行ドローンや霊力装甲車、特殊なリムジン、宵雀のぼろっちいセダンが整然と配置されていた。
件の宵雀専用クイナ型機動兵装〈クイナ陸上型〉は、中央付近に長方形の黄色い枠線が二つある場所の、その片一方に一機だけポツンと置かれていた。それを見た途端、ララちゃんの目は輝き、そして一機消えていることを思い出しでもしたのか、すぐにしょんぼりとして、表情が忙しない。六花さんは……いつも通り目がきっつい。
ちなみに〝クイナ陸上型〟とあるが、飛行型と水中型もなければ、とても残念なことに宇宙型もない。聞いた話によれば、設計者がクイナは飛べないものだと思い込んで作り始め、いざロールアウトの段階となったときに「飛べるクイナも結構いるのだぜ」という指摘を受けて、慌てて陸上型と付けたということだ。ついでに、飛べはしないが大きくジャンプする機能も追加したそうだ。本当かどうかは分からないけど、恐らくそれほど外れているわけでもないように思う。
そういうことなので、〈クイナ陸上型〉はクイナ陸上型と名付けられているだけあって、マンガやアニメ、はたまたテレビゲームにありがちなダチョウの形はしていない。ダチョウほど首は長くないし、生き物のクイナと同様に、搭乗者の前方の視界を確保できるように頭も下がっている。体高は通常時で一八〇センチメートル少々、頭から尾までの長さは二五〇センチメートル弱。全体的には流線形のフォルムをしていて、シャープな見た目だ。つまり、カッコいい。僕みたいな男の子には、ララちゃんが憧れる気持ちがよく分かる。だけど、背中の搭乗席は搭乗者がむき出しになるデザインなので、今の季節には乗りたくないというのも本音だ。
そんな、カッコいいけど今の季節には寒くてあまり乗りたくない乗物が、突如として消えたのだから、そりゃあ整備士さんも騒ぐよね。案の定、僕たちが格納庫に到着すると、何人か整備士さんたちが集まってきた。奥の方から出てきた人などは、主のいない黄色い長方形を横断するなどして、歩いてきている。
その中には加東さんの上司と思しき、ひげ面のがっちり体型、ついでに声がやたらと大きい男性もいたのだった。
「おう、加東。ちゃんと宵雀さんに報告してきたみたいだな」
「おやっさん、それくらい俺にだってできますよぅ」
「そうか、そうか。そんで、宵雀さんの――」
クイー。
「ナナキ・ウィークエンドです。こちらはララ・ラズベリーと上坂六花です」
「そうかそうか。俺はこの時間の整備班長の西村幸平だ。よろしくな。で、何から協力すればいい?」
「そうですね。まずはそちらの勤務シフトと、なくなったとき、いや、なくなったことに気付いたときの状況を教えて下さい。……ララちゃんと六花さんは他に聞きたいことはあるかな?」
「ないかなー。答えを聞いた後に、質問するぴょん」
捜査中にぴょん言うな。
六花さんは黙って首を横に振った。ララちゃんと同意見だと思いたい。
「お、もういいのか。勤務シフトだが、クイナの担当は俺とそっちの加東が朝六時から十四時まで、その前は夜の二十二時から朝の六時までのが一人いる」
「前の勤務シフトの方のお名前は?」
「本村だな。弱々しいが腕はいいぞ。ほれ、そこにいるのが本村だ」
振り返り、西村さんが指さした先を確認すると、確かに幸が薄そうな顔をした男性が、青い顔をして泣きそうな顔で立っている。
「あ、整備士の本村治夫です。その、すみません……大事なクイナを見失ってしまって」
時刻はもう八時を過ぎていて、本村さんの勤務シフトも二時間過ぎている。さぞかし眠いと思うし、星読の規則としてもそろそろ眠らなければいけない時間なのだが、責任感から残っているのだろう。
クイー。
「それで、気が付いたときの状況なんですが」
今度は加東さんが口を開いた。宵雀のオフィスに、泡を食って飛び込んできたときよりもかなり落ち着いている。
「朝六時前の、勤務交代の引継ぎの点検時に、一機ないことに気が付きました」
「整備の都合で表に出したとか、誰かが乗っていった可能性はないぴょん?」
聞き込みでぴょんぴょん言うな。
「それはありませんね」
「どうして言い切れるぴょん?」
「整備の都合で表に出すことはありませんし、誰かが乗っていったとすれば、大きな音がするからです。何よりも存在感があって目立ちますから、これが動けばすぐに分かるはずなんです。ところが、夜間シフトの人間は、警備当番も含めて誰も見ていないそうだぴょん」
ほら、加東さんが真面目な顔して、ぴょんぴょん言い始めちゃったじゃないか。
クイー。
「わ、私も見ていませんし、動いた音も聞こえませんでした。本当に、気がついたらいなくなっていた、そんな感じでしたぴょん」
本村さんまで!?
「そうだな。俺もクイナが消えれば絶対に分かるはずなんだが、本当に突然いなくなったような感じだったな」
良かった。西村さんには感染してなかった。
「ぴょん」
時間差!




