8. 捕まったヒロと志願兵
(捕まったヒロと志願兵)
ここは空港の保安室……
俺は、黒ずくめの男たちに囲まれていた。無理やり椅子に座らされ、テーブルの前には中年の角ばった顔の士官らしき男が座っていた。
「お待ちしていました。まさかこんなに早くお目に掛かれるとは思ってもいませんでした」
「俺はハワイに仕事に行くだけだ。天文台を解雇されたからな。仕方ないだろう……」
「うわさは、かねがね聞かされていますよ」
「そうか……、まだ、そんな有名な論文は出していないが……」
「でも、まさか空港から出られると思っているとは意外でした」
「ハワイに行くなら、空港だろう……、俺は何も悪いことをしていない。ただの失業者だ」
「ベガを知っていますか……?」
「こと座のベガか? 織り姫ともいうが……」
「まー、こちらも素直に話してくれるとは、思っていませんが……」
「何を話して欲しいんだ……?」
「いいでしょう、ハワイには出国できません。国防軍に入隊、おめでとうございます」
「俺は学者だ……、兵隊ではない……」
「貴方は志願したんですよ。ちゃんと世間並み以上の給与も出ますから……」
「俺は、そんな気はない。弁護士を呼んでくれ……、人権蹂躙と言うやつだ!」
「いいじゃないですか……、このまま犯罪者として、射殺することもできるんですよ」
「脅迫だ……、録音しているだろうな……?」
「貴方、勘違いなさっている。ここは警察の取り調べではないのですよ。国防軍の国家安全保安局の取り調べなんですよ……」
「すべて、でっちあげて、闇から闇か……」
「でっちあげるのは、そちらの方が上手でしょう……」
「話しても、無駄なようだな……」
「そう言うことで……」
「俺を兵隊にして、ベガを呼びこもうという作戦か……?」
「今、こちらの手にあるのは、貴方だけですから……」
「私設天文台の社長、所長と幹部がいるだろう」
「あれは、逃げられました。こちらの動きは、ベガによって筒抜けでした……、逮捕したと言うのは、天文台を封鎖する口実です」
「それで、分かっただろう……、俺はベガも、天文台のスパイとも無関係だ。ひょこひょこ、空港に出向くくらいだからな」
「その辺は、我々の予想に反して、しっくりきませんが……、まー、いいじゃないですか、失業の身分ですから、国防軍で働いてみても……、給与は出ますので……」
「楽な部署に回してくれ……、俺は学者だからな」
「最初は誰も訓練所で学んでもらいます。男ばかりのむさ苦しい所ですが……」
「あ、あー、いいさ……、熱い戦友でも作るよ!」
俺は、そのまま空港から小型の特別機で、北海道の札幌市付近の訓練所に送られることになった。
俺は半分、安心していた。すぐにでも、ベガが助に来てくれると思っていた。
しかし、ベガは助けに来ない……、俺は、どうなるんだ……
その特別機の機内の中……
「よー、何をやったんだ……?」
「何もやってないよ……」
「本物の志願兵か……?」
「無理矢理だよ……、よっぽど兵隊が足りんのか……?」
「そうとも言えるけどな……、自衛隊は自衛隊で残しつつ、戦場で戦う兵士を国防軍として分けたからな」
「自衛隊は、率先して戦場に行くんじゃないのか……?」
「平和が続いたからな……、まさか、戦場に行くとは思っていない隊員が多いということだ。ただ、やめられてもらっても困るので、戦う兵士と銃後の兵士に分けたのさ、それでも足りないから、片っ端から志願兵として犯罪者をでっちあげて送り込んでいる」
「あんたは、何をやったんだ……?」
「俺は辰雄、リュウと呼んでくれ……、ジャーナリスト、フリーだけどな……、国防軍を調べていて捕まった」
「俺は博司、ヒロと呼んでくれ……、天文学者だ」
「何で、天文学者が捕まるんだ……?」
「知らないよ……、ジャーナリストなら調べてくれ」
「ちょっと聞いたことがある。火星に、もうすでに基地があるとか無いとか話題になった」
「無いだろう。火星に基地を作ってどうする。行くのに時間はかかるし寒いしな。火星の冬はマイナス百四十度だぞ。地球の南極でもマイナス九十度くらいしかないのに……、火星の夏に行って、帰ってくるくらいだ。夏は二十度くらいだ。でも、夜はマイナス六十度にはなるな。基地を作って住もうとは思わないよ。どうせ、ドームの中でしか生活できないんだ。それなら、火星に行って作るよりも、宇宙ステーション、宇宙コロニーを作るよ」
「おー、さすが専門家の意見だ。でも、世界は色めき立って、うさん臭い。何だろう、この落ち着きのない世界は……、宇宙人でも攻めてくるくらいの慌ただしさだ」
「宇宙人か……? そうかも知れんな……」
「宇宙人が、攻めてくるのか……?」
「夢物語だな。確かに宇宙には、地球と同じ惑星はたくさんある。最も可能性がある惑星はケンタウルス座のプロキシマ、ケンタウリだ。でも、余りにも距離が離れている光の速さで四年以上かかる。でも、近い方だけどな……、攻めてくるとしたら、人間の方じゃないのか……?」
「俺たち、ジャーナリストも報道管制を曳かれてしまった……、実際、目隠しされては、世界がどう動いているのか、全く分からん……、大戦中の大本営発表と同じだ……」
「それに逆らう者は、志願兵か……」
「後は、政治犯だな……、政府に逆らう議員も、志願兵だ……、今や、与党も野党も仲良し、こよしだからな……」
「それで一番偉いのは、国防軍か……」
「世も末だ……、俺は、捕まったついでに、国防軍の実態を調べられる……」
「調べて分かったところで、世間に発表できなければ、無意味だ……、国防軍もそれが分かっているから、ジャーナリストでも兵隊にするのさ、ついでに殉職してくれれば、ありがたいと思っているよ。むしろ、そっちの方だ。早いところ、逃げ出すことを考えよう」
「それもリスクだ……、敵前逃亡も銃殺だ。命令拒否も銃殺だ。そうでもしなければ、誰も、命令なんか訊かないよ。俺たちは、ただの鉄砲の弾だ。消耗品ってことだ」
「鉄砲の弾……? いいじゃないか、鉄砲の弾も使い方によっては見方も殺す」
「お前……、怖いな……、……」
「リュウ、ジャーナリストの力で、仲間を作れないか……?」
「作って、どうする……?」
「もちろん、戦争をするのさ……、国防軍と……」
「お前……、やっぱり危険分子だな」
「殺される前に、殺すのさ……、それが戦争だ……」