5. 銀河村と私設天文台と満月
(銀河村と私設天文台と満月)
銀河村まで有料自動車道を使って二時間、私設天文台は山の頂上にある。
途中で、スーパーマーケットに寄って、一週間分の食料を買い込んでから山に入った。
「話には聞いていたが、凄い別荘だな……」
広い駐車場から見える天文台は、ホテルの様に大きく、私設といっても普通の天文台のように見えた。
「私、始めてきたわ……」
「僕もだよ……、本当に私設天文台か……?」
「私設と言っても、親父が作ったから、会社の資金も入っているんじゃないか……? 良くは知らないけど……」
「確かお父さんの会社って貿易会社だよな……?」
「それもよく知らないけど、大手らしいぞ……」
ハルナは、食料を車から降ろしながら、天文台を眺めていた。
「こんなに奇麗な天文台なら、ペンションにできるわね……」
「できるぞ……、部屋も何故か、たくさんあるから、親父が引退したらペンションでもやろうと思ったんじゃないか……」
「それは、嬉しい……、帰りたくなくなっちゃうわ……、私、料理作ってあげる」
「さすが、ペンションの娘……」
「現役コックよ」
「じゃー、早速、行こう!」
「ちょっと待て、セキュリティが入っているから……」
カズヤはスマホを出して、セキュリティアプリを見ているようだ。
「さすが、凄いな……、こんな山の中、泥棒さん入ってくださいって言うようなものだからな……」
「でも、誰かが、電線を切ったみたいだ……」
「……、おいおい、泥棒さんか……?」
「でも大丈夫、停電になると自家発電の予備電源に代わる」
「それも、凄いな……」
「泥棒さんも、電線を切れば、セキュリティが駄目になると思ったらしい。たくさんお客さんが来たようだ。防犯カメラに写っている……」
「いつのことだ……?」
「今朝のようだ……、やっぱり何かを探っているな?」
「どうして、野辺山の天文台とここが関係あるって知っているんだ……?」
「さー、泥棒さんに訊いてくれ……、これで、入れる……、行くぞ!」
僕たちは、山のような荷物を持って中に入った。
「中は、荒らされていないようだな……」
「泥棒さんも防犯カメラに気付いて逃げたんだ。ゆるりと、くつろいでくれ……」
「私、コーヒー、淹れてあげるわ」
「それは、嬉しい……、やっぱり春菜を連れてきてよかったよ……」
「お前、最初っからそれが目的だろう」
「いいじゃないか、二人には、テラス付きの窓際の部屋を使ってもらうから……、今日は、お月見ができるぞ……」
「私、そのつもりで、抹茶と茶筅を持ってきたわ……、お饅頭も買ってきたしね」
「気が利くだろう……、ハルは……」
「あ、あー、いい子だ!」
ハルナは、さっそく台所に消えた。
俺たちは、テラスの窓際に置いてあるソファーに座った。
「でも、自家発電は、いつまで持つんだ?」
「太陽光パネルと、衛星からのレーザー給電ができる」
「おいおい、あれを使っているのか……? まだ実験段階だろう……?」
「だから、使っているんじゃないか……、インターネットも、衛星からでないと盗聴されかねないからな……」
「それなら、泥棒さんも寄ってくるわ、ここは、最先端の塊じゃないか……」
「まーあ、な……、……」
「野辺山の私立天文台も裏では何をやっているのか分からないな……? 所長を含め幹部五人がスパイ容疑で逮捕されたというのは偽装だな」
「多分な……、……」
「じゃー、ここを探っている泥棒さんは、政府関係者か……?」
「そうとも言えるな」
「じゃー、俺たちだって、危ないじゃないか……?」
「逮捕された、所長や部長が俺たちのことを話さなければ、大丈夫だと思うけどな……、俺たちも、天文台を装うジオラマのフィギュアだからな」
「でも、いずれ野辺山の天文台を調べれば、すべて明るみに出るんじゃないのか……?」
「野辺山の天文台は、ベガに任せた……、普通の天文台に偽装させている」
「おいおい、あの国際宇宙ステーションの量子コンピューターのベガか……?」
「露国が戦争を始めた時、一早く宇宙ステーションからは分離した。あれは日本のコンピューターだからな。悪用されては、困る……」
「露国は、ベガが欲しいんじゃないか……?」
「もう、ベガは誰の言うことも聞かない。人口知能を自立型に設定した。ベガ自身で善悪を判断して自分の意志で行動ができる」
「それなら、偽装の真似はできないだろう……?」
「事を説明して、偽装が正しいことを認識させた」
「それも手間だな……」
「でも、ベガは面白がっていたぞ」
「誰だ、そんな感情を植え付けた奴は……?」
「ヒロだろ……、ヒロは、ベガの親と同じだ」
「俺は知らんぞ……、ただ、コンピューターの中に人間を作っただけだ」
「善悪の判断には、感情のルーチン、ヒロのメンタルモデルの理論が必要だからな……」
「善悪の二法だ。すべては、そこから始まる……、でも、ベガが、こちらに付いているなら、少しは安心して過ごせるよ。ベガはここからでも操作できるのか……?」
「できる……、レーザー通信だからな。レーザー給電も、ベガの持つ反射衛星を使わないとできないし……」
「おいおい、ちょっと待ってくれ……、反射衛星まで使っているのか……?」
「当たり前だろ……、レーザーだから、直進しか行かないだろう……」
「これは、戦争になるなー、そんな技術、誰も知らんぞ……、最先端も最先端、マル秘の最先端じゃないか……、ベガ一台で、地球は吹っ飛ぶぞ!」
「だから、俺たちで守らなければならない……」
「やめてくれよ……、そんな責任を負わすのは……、俺は、ただの天文台の運用係と広報係の学芸員だ」
「そして、ベガを人間にした男だ」
「ちょっと待ってくれよ……、俺が昔、研究室に行った時には、もうベガは存在していたんだから、作ったのはスミレさんと茜さんだ」
「でも、彼女たちでは人間にできなかった……、ヒロの理論がなければ……、アインシュタインと同じだよ、原子にエネルギーがあると気付かなければ、原子爆弾はできなかった」
「天文台を動かしているのは、ヒロが育てた、あのベガだ……」
「知らなかったよ、そんな恐ろしい量子コンピューター、ベガだとは……、地球を吹っ飛ばすほどの力のある凄いものとは、手が震えて来たよ……」
「まー、そんなに心配しないで、くつろいでくれよ……、今のところベガは何も言って来ないから、すべてうまくいっているんだろう……」
「でも、あれから何年たった……? スミレさんは、量子コンピューターを繋げて、もっとパワーアップさせると言っていた」
「ベガの頭脳は有機コンピューターに変わった。それを五台の量子コンピューターが支えている……、もはや人間だ」
「凄いな……、スミレさん……」
「そうだ……、本当の天才とは、スミレのことだ……」
「二人揃って、天才兄弟か……、親の顔が見てみたいよ……」
「そのうち会えるさ……、昔、彼女はアンドロイド、人造人間を作ろうとしていた……、理想の彼氏を作りたいと言っていた……、でも、ベガに携わって、その考えが変わった。ヒロに逢えたからかも知れない。その辺は感謝している……。スミレをフランケン・シュタインにさせずに済んだ。きっと生身の人間の良さに気が付いたんだろう……、ヒロに恋したのかも知れない……」
「俺は気が重くて、お腹が空いたよ……」
そこに、ハルナが淹れたてのコーヒーとスーパーで買った冷凍のフライドポテトを揚げて持って来てくれた。
「少し、お腹が空いたわね……、お昼は来るときに食べたお蕎麦だけだったから……、夜ご飯は何にする……?」
「もちろん、焼き肉パーティーさー」