4. 星の輝く空の下で
(星の輝く空の下で)
南の少し西よりから天頂を超えて天の川が流れている……
天の川も夏の明るい星座たちも、秋の日差しに流されるように西へ西へと追いやられていく。でも、九月は夏よりも空気が乾いているので、湿気で霞む暗い星々も見えて来る。秋の星座たちは、はっきりとしていて、星々は密に見える。
彼女は、黙って星空を見ていた。
僕も、会話の糸口を見出せず、星空を見ていた。
長い沈黙の中、ふと彼女を見ると、彼女は、目をつぶって寝てしまっているようだ。
僕は、起き上がって、彼女の細身の肩を叩いた。
「あら、また寝てしまいました……、とても気持ちよく……」
「何か飲み物、持ってきます。コーヒーって飲まれます。コーヒーマシンのコーヒーですが……、それとも、ジュースとか……?」
「コーヒーで、いいですよ。嬉しいです。お砂糖はなしで、ミルクを少し入れてください」
彼女は寝たまま、僕を見ないで、星空を眺めながら呟くように言った。
満天の星空が眩しいくらいの夜だった……
彼女と二人っきりで、コーヒーを飲むなんて、想像もしていなかった。
「……、すみません。今度、テーブルも用意しておきます……」
「いえ、大丈夫です……」
彼女は起き上がって、両手に持った僕の右手から、コーヒーカップを両手で優しく包み込むように受け取った。
「美味しいです……、星空を見ながら、美味しいコーヒーが飲めるなんて思いませんでしたわ……」
「……、いえいえ、こんなことは、お安い御用です……」
彼女は笑って、コーヒーを飲んでくれた……
「……、じゃー、今度お月見をしましょう……、天気が良ければ、ですけど……」
「本当ですか……? また、来てもいいですか……?」
「もちろんですよ……、満月もいいですよ……、この高原の風景を銀色に明るく照らしてくれます……」
「それなら、私、お月見のお饅頭とか、お団子を持ってきます。それから、野立てをしましょう……、野立と言っても、ただ抹茶を立てるだけですけど……、お店のレストランのメニューにも抹茶ってあるんですよ……」、彼女は、嬉しそうに弾むように話してくれた。
「へー、それは凄い、いいですね……、僕、抹茶が好きなんです……、コーヒーも好きですけど……」
「抹茶は、健康にもいいんですよ」、彼女の笑顔が暗闇の中眩しく見える。
「そうですね、知っています……、来週が十五夜になります」
「お月見の観測会はやらないんですか?」、彼女はコーヒーを一口飲んでから訊いた。
「……、そうなんです。満月は余り面白くないので……、月食の時は特別に観測会をやりますけど……、だから、天気が良ければ二人っきりです」
「また、星空デートですね」
「……、僕も、嬉しいです……」、僕がそれを言うと、彼女は黙ってしまった。
彼女が黙ってしまったことで、次に続く言葉が出ない。
沈黙がしばらく続いた……
沈黙の間が持てず、コーヒーカップのコーヒーを慌てて飲み干した。
「……、僕、何か悪いことを言いました……?」
彼女も間が持てないのか、コーヒーカップを上げて飲み干した。
「いえ、こんな美しい星空のデートだと思うと、ちょっと意識してしまいました……」
「僕もです。……、こんな夜に、貴女と二人でいられるなんて、嬉しいです……」
「それなら、こんな時、男の人ならキスでもするんじゃないですか……?」
「え、……、昨日、逢ったばかりなのに……?」
「逢った回数なんか、関係ないですよ。その時の気分かしら……」
「気分で、キスしちゃうんですね」
「気分で、男の人と寝ちゃったりもするんですよ。貴方は、……?」
「男の人は、気分は関係ないですよ。本当に、……、いつでも女の人を抱きしめたいと思っていますから……、もちろん、キスもですけど……」
「じゃー、今は、……?」
「もちろん、キス、したいです……」、僕は、彼女の顔にゆっくり近づいた。
彼女は逃げなかった。
僕は、彼女が逃げなかったのを見て、そっと唇を唇に合わせた……
「……、星空のキスですね……」
ちょっと照れてしまって、ムードの無いことを言ってしまった。
彼女は、笑って下を向いた。
僕は、カップをコンクリートのテラスに置いて、彼女のカップも受け取って、その横に置いた。
僕は、立ち上がって彼女の手を取った。
彼女は、僕に合わせるように立ってくれた。
僕は、彼女をそって抱き寄せた。
彼女は逃げずに、僕の腕の中に抱かれてくれた。
僕は、彼女の唇に、もう一度キスをした。
満天の星空……、僕たちを祝福してくれるように輝いていた……