4
彼はあたりを見回した。どこを見ても森、森、森である。コンクリートで舗装された坂もなければ人の姿もない。ロボットだけが鈴木の右斜め後ろに立っていた。それだけが、東京にあったもののなかで唯一ここにあるものだった。
確かにワープがどうとかいう警告を聞いたような気はした。しかしワープなどというものが現実に起こるはずがないと思っていた。二〇二四年の時点での科学ではワープの方法は確立されていないはずであった。
だが現に彼とロボットはワープしていた。渋谷から森の中へと。
もしかして俺、死んだのかな、と彼は考えた。
試しに自分の手を指でつついてみた。しかし彼の肉体はちゃんと実在しているようで、指がすりぬけたりはしなかった。ちゃんとつついている感覚もあったので寝ているわけでもないことがわかった。
死んでいるわけでもなければ夢でもなかった。山にいてその景色を実際に目で見ているのは間違いなさそうだった。
ワープしたとは信じられなかったが信じるしかなかった。そうでなければこんな森のなかにいることの説明がつかなかった。
なにかが地面を踏む音がした。鈴木は驚いて振り返った。見ると、ロボットが鈴木のほうを向いていた。鈴木は怖くなって一歩さがった。
「私は危険な存在ではありません。ですから質問してもいいですか?」
「え」
このロボットが人間の手によって作られた試作品や変態のコスプレなどではないことは明らかだった。人智を超える現象を起こすことのできるものを現代の人類が作れるはずがないのだから。
現代の人が作ったのではないとすれば、未来人や宇宙人などがこのロボットを作ったということになる。つまりこのロボットの質問は実質、そのどちらかからの質問と同義だ。
それに危険ではないと言い張るものほど安全ではないものだ。原子力発電所などは絶対安全をうたっておきながらメルトダウンを起こして日本国民を脅かしていた。
かといってこの場から逃げ出すわけにもいかなかった。このロボットがなにか大事なことをしゃべってくれる可能性があったからだ。今は、状況を知るための手がかりが少しでもほしかった。
それに向こうはまだ鈴木に質問をしただけだった。ロボットに敵対行動をとる様子がないのなら、会話をする余地はありそうだといえた。
向こうの質問に答え、それからこちらの聞きたいことを聞こう。鈴木はそう決断した。