婚約者たちのくだらないお話。
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上記作品の後日談という内容です。
「マリウス様」
いつも明るく元気な笑顔で呼びかけてくる彼女が、珍しく大人しく控えめに呼びかけてきてマリウスは不思議に思った。このところ毎週末会うようにしているため、その差がよくわかる。
赤い髪に赤い瞳を持つ彼女は、ノトーナ公爵家の令嬢であり、マリウスの婚約者でもある。長い間マリウスのことを探し続けていた彼女とは最近になってようやく交流を持ち始めたばかりだが、もともとが明るい性格である彼女はどちらかと言うと無愛想なマリウスにも懐いてくれており、関係は今のところ良好だ。
「何かあったのか?」
普段はお互い学園に通っており、何が起きていても基本的にはわからない。
もしかしたら学園で良くないことがあったのかもしれないと思い、彼女の不安気な表情に、マリウスも心配になる。
「マリウス様」
もう一度呼びかけられて、マリウスはメメリアの白く柔らかな頬につい手を伸ばした。
「どうした?」
「……、私、魅力ないですか?」
何故か泣きそうな顔をしてそういうメメリアに、マリウスは何を聞かれているのか理解できなかった。
「……どういう意味だ?」
「私、女としての魅力がないですか!」
どうやら聞き間違いではなかったらしく、メメリアが同じことを聞いてくる。
「いや?なんでそんなこと?」
メメリアの質問の意図が理解できず、マリウスの頭の中は疑問符だらけだ。そもそもメメリアに魅力を感じていなければ、こんな風に触れたいとも思わないし、抱きしめたいとも思わない。
正直抱き寄せたりは何度もしているし、そんな風に言われる理由がわからない。
「……、マリウス様、いつまで経ってもしてくれないじゃないですか」
「何を?」
「……、キス、です!」
「……、キス」
マリウスは思わずメメリアの言葉を繰り返した。繰り返したところで言葉の意味は変わらない。
「まだ婚約したばかりの友人がしたって言ってて!でも、私、マリウス様にされたことないです」
自分で言っていて悲しくなるのか次第に声量が落ちていく。そう言って俯いてしまうメメリアをマリウスはそっと抱きしめる。
またあいつらか。
心の中で悪態をつくマリウスだった。
***
「で、またユールディルを呼び出したの?」
学園の生徒会室でルーカスが面白そうに笑ったが、ソファに座るユールディルは疲れた顔だ。ただ、何度か生徒会室に呼ばれるようになったせいか、以前より緊張の色は薄い。
「別にキスぐらい好きにさせて欲しいよね」
ルーカスにそう言われて、ユールディルは頷いていいものかどうか困って動くに動けなかった。
「なんでマリウスは、逆にキスもまだなの?っていうか、とっくにキスぐらいしてるかと思ってた」
自分で淹れたお茶を飲みながらルーカスがマリウスを見た。マリウスも不機嫌そうにしながらも、ルーカスの淹れたお茶を飲む。
「してない」
「じゃあ、ノトーナ嬢のいうように魅力を感じないの?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあなんで?」
「結婚するまではしない」
「……、結婚はノトーナ嬢が卒業するの待つって言ってなかったっけ?」
「言った」
「まだ、二年以上あるけど大丈夫?」
「それぐらいの精神力はある」
「知ってたけど、プレザインの血はいつでも真面目だね〜」
三大公爵家は、その家の性格も割とはっきりしている。金のプレザイン家は、真面目で律儀。赤のノトーナ家は、情熱的で忍耐強く、黒のエンダルク家は、狡猾な野心家だ。
「っていうか、君たちはそもそも婚約者になってるんだからいいだろ?僕なんてまだ婚約者候補だよ」
「その頬が赤いのは叩かれたのか」
よくみればルーカスの右頬が赤くなっており、マリウスが指摘する。
「そうそう。ちょっとあまりに可愛くてキスしたらパーンって叩かれてさ」
「殿下のお相手はまだ候補ですよね」
「お前はただの最低なやつだな」
二人から白い目で見られたルーカスは、誤魔化すようにお茶を飲んだ。
***
「直接言ってみたけど、マリウス様、キスしてくれなかった……」
王宮の庭園でメメリア、レニアーニ、そしてルーカスの筆頭婚約者候補のカイティーナがお茶会を行っていた。いつも明かるく話題提供を惜しまないメメリアが項垂れていることもあり、お茶会の雰囲気が重い。
悲しそうにしているメメリアに、レニアーニは申し訳なさそうにしており、カイティーナは怒りの表情だ。
メメリアとレニアーニはここシャルディ王国の貴族だが、カイティーナは違う。彼女だけは、海を渡った隣国ダルファリオの貴族だ。
三人はまだ最近知り合ったばかりではあったが、歳が近いこともありすぐに仲良くなった。カイティーナが王宮に滞在しているため、三人がお茶をするときはだいたい王宮の庭園になる。
メメリアの嘆きに、カイティーナがため息をつく。
「まだ婚約者なんだから、口付けしないことだって普通よ。どこかの誰かは婚約者でもないのにしてきたからそんなやつよりは全然良いわ!」
カイティーナの持っていたティーカップにピシッとヒビが割れガチャンと音を立てて壊れた。
「あ」
その様子にカイティーナの側に立っていた侍女が手慣れた様子で片付けていく。メメリアとレニアーニもその光景にもなれたのか、特に気にした様子はない。彼女は力が強すぎて気持ちが昂るとコントロールを失いカップをよく破壊する。
「殿下にキスされたんですか?」
直接的なメメリアの質問にカイティーナの健康的な肌色が真っ赤に染まる。
「普通なら絶対避けられるのに!そんなことされる予測してないから避けられなくて!」
カイティーナの運動神経と反射神経を考えれば、確かにルーカスのキスぐらい避けられそうなものである。カイティーナは令嬢にしてはとんでもない身のこなしを持つ人物である。
真っ赤になって顔を両手で抑えるカイティーナはそんな体術を持った人物には見えないほど可愛い。
思わずメメリアもレニアーニもにこにこしてしまう。最初に比べるとルーカスとの関係は軟化している気がするので、おそらくルーカスが上手く彼女を落としにいっているのだろう。
「ダルファリオの王族は殿下みたいな雰囲気ですか?」
レニアーニの質問にカイティーナは首を横に振る。
「どちらかと言うと正反対な感じよ。なんと言うか、ダルファリオの王族は性格的にもその生活的にももっと民に近い感じで」
「そうなのですか?」
「働いてこそなんぼって言う国柄のせいか、王族と言えども働くことが多くて。そのせいか体格のいい男性が結構多くて」
「カイティーナはそういう男性が好みなのかい?」
突然聞こえてきた声に、カイティーナがすごい勢いで振り返る。そこにはルーカスがおり、静かに微笑んでいる。
「……殿下、どうやって気配を消したんですか」
「お、やっぱり出来てたんだ。ヤナギにちょっと教えてもらってさ。僕はなかなか才能がありそうだね」
カイティーナの警戒した視線にルーカスは両手を上げる。片方の手には何やら箱がある。
「お茶菓子を差し入れに来ただけだよ。これ以上近づかない」
ルーカスは近くの侍女に箱を手渡すとあっさりと去っていった。
箱の中身はどうやらカイティーナの好みのものだったらしく、ルーカスからの差し入れだということも忘れて、カイティーナの目が輝いている。
そんな彼女を見て、メメリアとレニアーニは目配せして微笑んだ。
「いいなぁ、なんだかみんないい雰囲気で」
「でも、メメリアも十分プレザイン様に大事にされてるじゃない。プレザイン様ってメメリア以外に微笑んでるの見たことないわ」
「プレザイン様って、あの金色の髪に紫の瞳の人よね。確かにこういったらなんだけど、愛想悪いわ」
レニアーニやカイティーナの言葉に、メメリアが首を傾げる。
「マリウス様は優しいわよ?」
「メメリアにだけね。だから、メメリアは心配しなくても大丈夫だと思うわ。きっと、プレザイン様にはお考えがあるのよ」
「……どんな?」
「うーん、メメリアが大人になるのを待ってるとか?」
「それって今私が子供ってことよね?やっぱり女としては見られてないってこと⁉︎」
「まぁ、メメリア嬢は大人というよりは子供だと思うわ」
カイティーナのトドメにメメリアはまた項垂れた。
***
いつもの週末、メメリアは少しだけいつもより大人っぽい服を選んで身につけた。本当ならマリウスがたくさん贈ってくれる服のどれかを着ることの方が多いのだが、マリウスの送ってくれるドレスはどちらかというと可愛いものが多い。大人っぽく見せたい今のメメリアの気持ちとは正反対だ。
ただ、マリウスの見立てたドレスは大体とても評判が良い。メメリアによく似合うとレニアーニがいつも褒めてくれる。
「でもこのままじゃいつまで経ってもマリウス様に女と思われないわ!」
そう言ってメメリアは気合を入れた。
今日は観劇に誘われており、マリウスが馬車で迎えに来てくれることになっている。いつもと少し違う身体のラインがでるようなタイトなドレスは、メメリアとしてもあまり好んで着たりはしたことがなかったので、心臓が緊張で大きな音を立てる。
「お嬢様、プレザイン様がお見えになりました」
そう呼ばれて玄関に出向くと、マリウスが少し驚いたような顔をしたのがわかった。
褒めてくれるだろうか、少しは魅力的に感じてくれるだろうかと期待していたのだが、驚いた表情をした後のマリウスは何故か不機嫌そうな顔になった。
いつも通り手を取りエスコートしてくれ、馬車に乗り込んだものの、マリウスは視線を窓の外へ向けてしまい、メメリアを見てもくれない。
あまりメメリアに見せることのない無表情のマリウスに、メメリアの気持ちは一気に深い底へ沈み込んだ。
やっぱり私じゃダメなんだ……。
そんな気持ちになり、一気に悲しい気持ちでいっぱいになる。メメリアの目には次第に涙がたくさん溢れ出して視界が滲んだ。
泣きたくない!
せっかくマリウス様が誘ってくださったのに、自分の気持ちだけで、嫌な雰囲気にしたくない!
そうは思ってもメメリアの悲しみの感情は溢れてくるばかりで、それに合わせるように涙もさらに増えていく。
そして、ぽろりと一筋涙が溢れた。
「メメリア!」
そんな様子にようやく気づいたマリウスが、焦った声で馬車の中でメメリアの足元に跪く。溢れ出したメメリアの涙を白いハンカチで拭ってくれる。
「どうした。観劇は嫌だったのか?今からでも違うところに」
困った表情でマリウスがメメリアを見つめている。先ほどのように視線を向けてもらえないよりましだと思った。
「泣かないでくれ、メメリア。俺はどうしていいか、……」
そんな風にちゃんと心配してくれるマリウスに、メメリアは嫌われていないと信じたくて思わず自分から抱きついた。いつもなら届かない彼の首元も、しゃがんでくれている今なら届く。
「マリウス様!」
「メメリア?」
マリウスは訳がわからないと言う声で聞き返したようだったが、抱きつくメメリアを優しく抱き止めてくれる。しかも、幼い子にするように背中をトントンされてしまう。
「私、やっぱり子供っぽい?女性としての魅力が足りなくて、キスもしてもらえないの?」
「……、まだその話だったのか」
少し呆れたような声がして、メメリアは抱きついたまま顔だけ上げた。するとそこには、相変わらず困った表情のマリウスがすぐ近くにいた。
「だって、今日だって頑張って大人っぽい服選んだのに、見てもくれないし、なんの反応もなくて、むしろ不機嫌そうだから、だんだん悲しくなってきて……」
そう言うとまた涙が溢れてきて、メメリアは目を強く擦った。
「こら、赤くなるぞ」
「もういいの!」
そう言ったメメリアに対して、ますます困った表情をするマリウスにメメリアは辛くなる。メメリアはマリウスが婚約者でよかったと思っていたが、実はマリウスはそうではなかったのかもしれない。それでも、義務感から色々な贈り物をしてくれたり、休日は色んな場所に誘ってくれたのかもしれない。
自分一人が楽しくて嬉しかっただけで、マリウスは面倒で退屈だと感じていたのかもしれない。
さらに溢れそうになる涙をメメリアはなんとか止めようとする。これ以上悲しんだって仕方ない。マリウスがそう思っているなら、マリウスをその義務から解放してあげたい。メメリアはいつのまにかマリウスのことが好きになっていたが、好きな人に苦しんでほしいとは思わない。
「マリウス様、……どうぞ、婚約破棄してください」
そう言ったメメリアの言葉に、マリウスがメメリアを鋭い瞳で見た。これまでに向けられたことのない視線にメメリアはビクリとする。
マリウスはゆっくりとメメリアを少し自分から離したが、メメリアの両腕を掴んだままだ。
「それはどう言う意味だ。……他に好きな男でも出来たのか?」
「マリウス様こそ、私のこと嫌いならそうはっきり言ってください!」
「何を言っているんだ」
「家が決めた婚約だから言いづらいんでしょうけど、婚約破棄したいなら破棄したいって言ってくだされば!んっ!」
それは突然すぎて、メメリアは何が起きているかわからなかった。気づいたらマリウスに口付けをされていた。これ以上喋らせないとばかりに、口を塞がれてメメリアは、どうしていいかわからなくなった。
想像していたものよりずっと強い口付けに、メメリアは頭がクラクラしていた。しかも離れようともがいても離して貰えない。顔を動かしてなんとか離れたと思ったらまた追いかけられて塞がれた。
いつの間にかマリウスの手がメメリアの頬と耳に触れており、簡単には抜け出せない。メメリアがだんだんと気を失いそうなほど、息が辛くなったところでようやくマリウスが唇を離してくれた。
目の前には熱い視線を向けてくるマリウスがいた。いつもと違う雰囲気に、メメリアは頭がボーとして、上手く頭が働かない。
「婚約破棄なんて許さない。メメリアが嫌がっても、絶対に結婚する」
強い瞳でそう言われて、メメリアはあれ?と思う。マリウスは別にメメリアと婚約破棄したいわけではないらしい。
「……、マリウス様、私のこと嫌いじゃないの?」
「誰がそんなことを言った」
「だって、全然キスもしてくれなかったし、今日もこの格好みたら不機嫌そうだったから……」
「……、そういうドレスも似合ってはいるが目に毒だ。それに劇場にいったら、他の男どもにも見られるんだぞ。……不愉快だ」
そう言うとマリウスは自分の上着を脱ぎ、メメリアの肩に掛けた。今日のドレスは肩もデコルテも大きく開いており、さらに身体のラインもわかるようなドレスである。
「嫌い、なわけじゃない?」
「似合ってるし綺麗だが、できればそういう格好は結婚してから俺の前だけでしてほしい」
そんな風にストレートに言われたら、流石のメメリアにも通じる。メメリアの頬は真っ赤に染まるしかない。
「キスしてくれなかったのは……?」
先ほど強く口付けされたことを思い出し、思わず指で唇に触れるとマリウスに手を取られる。
「そういう行動はやめてくれ」
「え?」
「またしたくなるだろう」
意味を理解して、メメリアはさらに赤くなって俯いた。そんな様子のメメリアを前にマリウスが大きくため息をついた。
「本当は結婚するまで手を出さないつもりだった。キスだって、あんな風にひどくするつもりはなかったのに、すまない」
「……、私、魅力がないわけじゃないんですか?」
「前にも聞かれて、否定しただろう?」
その時のマリウスの答えを思い出す。確かに否定している。
「でも!」
「俺は後二年間、君が学園を卒業するまで結婚を待つつもりだ。だから口付けも、本当なら結婚まで待つつもりだった……」
先ほどしてしまったことを後悔しているのか、マリウスの表情が暗い。メメリアは嫌じゃなかったのだから、マリウスにもそんな表情をしてほしくない。
「私は、嫌じゃなかったのに……」
「俺はとても後悔してる。後何回君の唇の感触を思い出しては我慢しなければならないんだ……?」
なんだかとても恥ずかしい言い方をされて、メメリアは顔を両手で隠す。
「……、キスはしてもいいことにするのは?」
「何度もしたら、もっと欲が出るだろう?それとも、俺の精神力を試したいのか?」
「そ、そういうわけじゃ!」
「これでも結構我慢してるんだ。惑わさないでくれ」
「そんなつもりじゃ……」
ないとは、今日についてはとても言えなかった。
「ごめんなさい」
「婚約破棄は望んでるわけじゃないのか?他に気になる男がいるわけでは?」
「そんな人いない!婚約破棄だって望んでない!けど、……望んでないけど、ちょっと、自信がなくなっちゃって……」
少し乾いた声で笑ったメメリアに、マリウスが真剣な瞳を向ける。
「メメリア。最初のきっかけは家の決めた婚約だが、俺は君のことが好きだ。他の男に渡すつもりはないし、自分が隣にいたいと思ってる。君にとっては不本意な相手だったかもしれないが……」
「全然、不本意なんかじゃない!私、マリウス様が相手で良かったって思ってる!私も、マリウス様を……」
恥ずかしくて口の動きが止まってしまったメメリアに、マリウスが先を促す。
「俺を?」
「その、……えっと、……だから!」
赤くなるメメリアにだんだんとマリウスが近づく。
「続きは?」
「だ、だから、その!……、お、お慕いしてます!」
ぎゅっと目をつぶってなんとか口にしたメメリアに対して、マリウスがとても満足そうに笑うがその様子をメメリアは目にしていない。
「そうか。なら良かった」
安堵したような返事をしたマリウスに、メメリアは恐る恐る目を開けた。とても優しげな微笑みを向けられて、メメリアは心臓が高鳴るのを止められない。
ますます気持ちが大きくなっちゃいそう……。
そうメメリアがぼんやりと見つめていたら、マリウスが困った顔になり、突然視界が動いた。
気づくとマリウスに抱き上げられていた。揺れる馬車でメメリアを抱き上げたマリウスは、そのまま自分が座っていた場所に座ると、自分の膝の上にメメリアを乗せる。
「軽いな」
そんな感想を言われたメメリアは、ハッとして降りようと試みるが、マリウスの腕に囚われており、降りることができない。
「マ、マリウス様、下ろしてください!」
「キスをねだるのに、これはダメなのか?」
「重いですし、恥ずかしいです!」
マリウスが胡乱な目でメメリアを見る。
「キスは恥ずかしくないのか?」
「キスは、その……友達が羨ましかっただけで、……だって好きってわかりやすいし。……マリウス様の気持ちわからないし。してくれたら、……好きってことかなって」
少し俯かき加減で言うメメリアはどうやらマリウスの気持ちを知る手段として、キスを持ち出したようだった。
「なるほど。つまり、俺が気持ちを口にしなかったのが一番問題と言うことか」
「だって!……政略結婚でしょ?マリウス様の気持ちがなくても当然だし」
「そうか。じゃあこれからは気をつけよう。当然メメリアもその分返してくれるんだろう?」
メメリアは自分に返ってくることはないと思っていたのか、マリウスの言葉にハッとしたように顔を上げる。
「やっぱりなしで!」
「どうして?」
「だって、さっき言うのだけでも大変だったのに!」
「だんだん慣れるだろう」
「でも……!」
「俺もメメリアの気持ちは知りたい」
そう強い瞳で見られるとメメリアは何も言い返せなくなる。
「俺はあまり気が回るタイプじゃない。メメリアがどう思ってるかは、教えてほしい」
マリウスの表情には揶揄う様子はなく、メメリアは否とと答えたいのに口が簡単には返事をしない。
「……、気持ちを伝えたら、きっと私ばかりマリウス様のことが、好きなのわかっちゃう。私ばっかり会いたくて……」
メメリアは婚約者がマリウスであることを知ってから、さらに彼のことが気になったし、もっとたくさん彼のことが知りたいと思った。
毎週末会ってはいるものの、会える時間が短いとメメリアは感じており、もっと会いたいし一緒にいたいと思っている。
今日は観劇のためいつもより多く一緒にいられることをどれだけメメリアが嬉しく思っているか、マリウスは知らないだろう。
「毎週末会ってくださるけど、私もっとたくさんの時間一緒にいたい!2時間ぐらいのお茶じゃ、満足できないです!」
メメリアが抱えられている腕から身を乗り出してそう言うと、マリウスが辛そうに眉を寄せた。やはりそう思ってたのはメメリアだけなのかと悲しくなったとことで、マリウスの腕の力が強まった。
「俺だって、もっと長く一緒にいたい。本当は一日中メメリアといたいが、……兄君に時間を指定されてるんだ」
「……、え?」
「今日は観劇だから、少しいつもより長くいられるが、お茶だと二時間とか、外に出かけるときは場所も詳しく伝えないと許可がでないし、なかなか難しいんだ」
そんなマリウスの言葉に、メメリアは驚きすぎて息が止まるかと思った。確かにメメリアの兄はとても過保護で、それでなくてもプレザインをよく思っていない。だからといって、まさかそんなことをマリウスに言っていたとは。
「聞いてないですけど⁉︎」
「外に出かけるとき視線を感じなかったか?俺はいつも感じてたが」
「全然気づいていませんでした……」
兄のせいで会える時間が短くなっていたなんて、メメリアはふつふつと怒りが湧いてきた。
「私、兄を説得します!」
しかしそう意気込んだメメリアに対して、マリウスは首を横に振る。
「ちゃんと認められるようにするから、メメリアは少しだけ我慢してくれないか」
「でも」
「今だって長く一緒にいたいとは思うが、将来的にメメリアが困らないように、兄君とも上手くやりたいんだ。だから、もう少しだけ時間が欲しい」
真剣な顔でそう言ってくれるマリウスを無碍にはできない。過保護な兄とも上手に付き合ってくれようとするマリウスには感謝しかない。
メメリアは寂しい気持ちもあったが、頷いた。なんせマリウスがメメリアのことをとても考えてくれているということだ。嫌なはずがない。
「わかりました。我慢します」
「ありがとう」
優しい笑みを向けてくれるマリウスにメメリアはほっとして抱きつくために少し手を伸ばすと、手を握られ口付けされる。
「たぶん、観劇もどこかから観察されてるだろうから、この馬車の中の方が見られないだろうな」
そう言うとマリウスが優しくメメリアを抱きしめた。暖かく安心できる温もりにメメリアもぎゅっとマリウスを抱きしめ返した。
「……、あと二年以上か。辛いな」
そんなマリウスの呟きが溢れた。
***
「……、えぇええ!レニアーニの言ってたキスはほっぺなの⁉︎」
学園の教室の隅でレニアーニと話をしていたメメリアは思わず大きな声を上げてしまった。慌てたようにレニアーニがメメリアの口を押さえ、こくこくと首を縦に振る。
しかしレニアーニは先ほどまで聞いていたメメリアの週末の話で顔が赤い。マリウスからの情熱的な(?)キスの話を聞いてしまうと赤くならざるを得ない。
しかもレニアーニがメメリアに話したキスは、あくまで頬への軽い口付けであり、メメリアの体験した口付けとはレベルが違いすぎる。
お互いに顔を赤くして俯く。
「……、どうしよう、私嘘ついちゃった」
「私こそ恥ずかしくてちゃんと言えてなくてごめんなさい」
確かにレニアーニの話の時は、レニアーニが真っ赤でしどろもどろで明確な説明は省かれていた。てっきり唇かと思っていたのはメメリアの勘違いだったらしい。
そしてレニアーニはカイティーナが殿下にされたキスも頬だと思ってたようだ。だが、こちらは殿下が叩かれたことを考えるとおそらく唇だろう。
「……、マリウス様知ったら怒るかな」
「……、たぶん許してくださるんじゃないかしら?」
そのせいでなんとなくマリウスと顔を合わせるのが気まずくなり、いつもの渡り廊下を避けていると、その週末マリウスにまた変な誤解されてしまい、メメリアは言い訳に苦心したとか、なんとか?
終
書きたいなぁと思っていたネタを書けました!
メメリアとマリウスとても好きになったので、楽しく書けました!
もう少し書きたい気もしましたが、一旦短編連作としてはこれで終わりたいと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。