男爵令嬢にとっての救世主は公爵令嬢
男爵令嬢であるターニャは下位貴族達が通う教室へと急いでいた。
バタバタと足音を立てて走ってはいけないと男爵家で貴族のマナーを教えてくれた人は言っていたが、常に優雅に可憐に振舞うなど、平民として暮らしていたターニャにはそう簡単には出来なかった。
それでも、男爵家に引き取られ、貴族しかいない学園で生活するとなってしまった以上、出来る限りお行儀良く振舞っていたつもりだった。
実際はマナーを習い立ての子供のような振舞いで周りから失笑をかっていたとしても、ターニャなりに必死に周りに合わせようと努力していたのだ。
そんなターニャの努力を認めてくれて、拙い仕草を笑うだけではなく手を指し伸ばし、貴族としての態度や全く分からなかった勉強を教えてくれる友人も少なからずいたのだ。
あの王子様が自分に近寄って来るまでは。
「やあ、ターニャ。今日も子兎のように可愛いね」
あんたに遭わないように跳ねるように走っていた事を揶揄されたのか、身支度もまともに出来なくて適当に左右に結んだピンクの髪のツインテールが兎の耳にでも見えているからなのかターニャは知らないが、この王子様は事あるごとにターニャを子兎だとか子猫だとか小動物のように言う。
「……ごきげんよう王子殿下様」
「様はいらない。王子殿下などと言う他人行儀な言い方も不要だと言っただろう。私の事はエドモンと呼んでくれて構わない」
いや、あんたは構わなくても私は困るんだよ! と叫びたい気持ちをグッと堪え、ターニャは恐れ多い事ですのでと辛うじて覚えた言い回しでお断りをした。
「そんなに遠慮をせずとも、君と私との仲だろう。多少の無作法は許してあげるよ」
貴族は回りくどい言い回しじゃないと言葉が通じないんじゃなかったのかよ! 全然話を聞いてくれないよこの王子様! 誰か助けて! とターニャが焦りながら周りを見渡しても、下位貴族は関りを避けたいと目を逸らして逃げて行くし、高位貴族は呆れるか意地悪い顔で睨むか笑うかのどちらかで誰も助けてくれそうにない。
エドモン第一王子は学園で一番偉い人で、そのお父さんである国王陛下は国で一番偉い人。だから誰も彼の行動に注意したり逆らったり出来ないんだとターニャは思っていた。
もし、そんな事を出来る人がいるとしたら。
「お話し中に失礼します、エドモン殿下。そちらの女性にお話があるのですが」
ターニャは声のした方を向いて思わず目を輝かせ、エドモンは嫌そうに顔を顰めた。
「何の用だロザリア。まさか私の寵愛を受けるターニャに嫉妬して嫌がらせをする気か!」
「そのような事は致しませんわ。我が家で開く茶会への招待状をお渡しするだけです」
「茶会だと? 私は聞いていないぞ」
「女性だけの集まりですから、殿下には関係のないものです。これまでターニャ男爵令嬢は高位貴族のお茶会などには参加された事がございませんでしたが、殿下が親しくされているのでしたら、これからは高位貴族との付き合いもあるやもしれません。学生の内に慣れて置く必要もあるでしょうから、手始めに私からお誘いしたまでですわ」
「ほう、そのような殊勝な心掛けであったか。分かっているではないかロザリア。それでこそ我が婚約者だ。ターニャはいずれしかるべき家に養女に出す必要があるからな。それまでお前がしっかりと面倒を見てやれ」
「……仰せのままに」
ロザリア公爵令嬢の態度に満足されたのか、エドモン殿下は去って行ったが、ターニャは意味が分からず混乱していた。
気分が優れないようですねと言われたところまでは覚えているが、気が付くとターニャはキラキラした豪華な馬車に乗せられ、お城みたいな大きなお屋敷に連れて行かれていた。
ターニャは授業を無断でさぼってしまったと青くなったが、ロザリアから体調不良で休むと学園には伝えてあると言われてホッとした。
ロザリアは勝手に学園を休ませた事を詫びながらも、ターニャと話をしたかったのだと言った。
侍女にお茶を入れさせ、甘そうなお菓子をテーブルにずらりと並べて勧められたターニャは、恐る恐るそちらに手を付けた。
男爵家や学園で教わったマナーを思い出しながらビクビクしながらもお茶を飲み、菓子を食べるターニャの姿を見ながら、ロザリアは微笑んで何も言わなかった。
怒られる為に呼ばれたのではなさそうだと肌で感じたターニャは、ロザリアに聞かれるまま自身の事を話した。
ある日、ターニャは自分の父親だと思っていた相手が実の父親でなかったと知らされた。それだけでもショックだったのに、実の父親は平民である母親が下働きをしていたお屋敷の貴族だった。
その貴族の父親は平民の母ではなく、別の貴族の女と結婚したけど後継ぎが出来ないからターニャを引き取りたいと言って来たのだと言われて、貴族に逆らえない平民の両親は泣く泣く私を手放したと、そんな貴族の身勝手な振る舞いに腹が立つけど、母は病を患っていた。私を引き取る代わりに渡された金があれば医者にもかかれる。何でも買える物凄い金持ちじゃないけど、平民に比べたら男爵は十分金を持っていた。
ターニャは男爵令嬢として、貴族として振舞う為に必要だと与えられたドレスや装飾品を少しだけちょろまかし、金に換えてこっそり実家に仕送りを送った。
これで母さんが元気になってくれるなら、学園に通って男爵より金持ちか、優しい婿を捕まえられたら母さんや父さんにもっと金を送ったり、こっそり会いに行けるようになるかもしれないと思って頑張っていたのに、もっとマナーに厳しい高位貴族の養女にされたりしたら、その家からこっそり抜け出して両親の元に会いに行くなんて出来ないんじゃない? そうでなくても、王子様なんてものに絡まれるようになってから婿になってくれそうな男も面倒を見てくれていた女も周りから居なくなって困っていたのに、これ以上厄介な事に巻き込まれるなんてあんまりだ! と話しながら泣き出してしまったターニャにハンカチを渡しながら、ロザリアは溜息を付いた。
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