男爵令嬢、ストーカーに悩まされる
男爵令嬢ターニャはある日、自分より身分が遥か上のお方から声を掛けられた。
同じ学園に通っているものの、しがない男爵令嬢である自分と、そのお方は天と地ほどの身分差があり、学園に入るまで学問について学ぶ機会がなかったターニャと、この国でトップレベルの教育を施されているであろうそのお方とは学力も同じぐらい差があり、クラスも違っていて、ターニャからすれば出会うはずのないお方だった。
元平民という存在が珍しいのか、目障りなのか。
ターニャは恐れながら、それでも精一杯学んだマナーの知識を必死に思い出して不敬にならないよう、声を掛けられてしまったので黙っている訳にもいかず、そのお方に挨拶をした。誓って、それ以上は何もしていない。
そう、本当に何もしていないはずなのに、ターニャはそれから毎日のようにそのお方に声を掛けられるようになった。
その上、徐々に挨拶だけではなく歯の浮くようなお言葉まで言われるようになってしまった。
貴族は日常会話に自然と相手を褒め称えたりするものだと習ったのだが、たかが同じ学園に通っている男爵令嬢ごときに、君の薔薇のように色付いた唇から出る言葉は小鳥のように可憐だとか、何時間でも傍に居て聞いていたいと体を引き寄せられるような、そんな事をされるとは聞いてない。
平民時代に酔っぱらったおっさんに似たような事をされた時は思いっきり引っぱたいて逃げていたが、そんな事をこのお方にしたら不敬罪で殺されてしまうかもしれなかった。
ターニャに出来る事はそのお方に遭わないように学園内を全力で逃げ回る事だけだったが、ターニャが何処に逃げても、まるでその場に行く事を知っていたかのように出会ってしまう。
おまけに何故かターニャ自身か、家族しかしらないような好物からトラウマまで何時の間にか知られており、君の欲しい物は何でも買ってあげようだとか、恐れているものは全て片付けてあげようと言われて恐怖した。
きっと権力を使って何もかも調べたんだ。貴族として迎え入れられた家だけでなく、元の家族の事まで知られていては何処にも逃げようがない。
ターニャは毎日気が狂いそうだった。誰かに助けを求めたいが、そのお方はターニャが知る限り、学園で一番偉い人だった。そんな偉い人に意見出来る人……。
男爵令嬢のターニャが学園内で唯一、そのお方に何を言っても許されるのではと思い付いた相手は、そのお方の婚約者である公爵令嬢のロザリアだった。
ターニャは必死に現状を綴った。文字の書き方すら少し前に覚えたばかりで何度も綴りを間違えながらも、助けて欲しいのだと訴える手紙をロザリア宛に書いたのだった。
手紙の送り主を褒め称え、ご機嫌を伺い、季節に合わせた挨拶や回りくどい言葉の羅列を経てようやく本題に入る貴族特有の美辞麗句にまみれた手紙しか読んだ事のなかったロザリアは、そんな定型に全く沿っておらず、幼い子供が書いたように汚く歪んでいるものの、まるで魂の叫びを文字に書き起こしたような手紙を読んで震えそうになった。
真摯に助けを求める手紙に嘘偽りがあるようには思えなかった。
ロザリアは侍女を呼ぶと、急いで自らも手紙をしたためた。
読んで頂きありがとうございます。
ブックマークと評価で応援して頂けると嬉しいです。
続きを書く励みになります。
宜しくお願い致します。