元一般市民に王子の友人は荷が重い
王子の友人視点です。
俺が異世界転生したのは、死んだと自覚してすぐのことだった。
魂の状態はひどく寒かったから、目の前に用意された赤ん坊の体に迷わずに滑り込んだ。
幸いなことに赤ん坊の体にはなんの魂も入っていなかった、俺が中に入らなければ遠からず死んでいただろう。
もっとも中に別の魂があっても、きっと俺ならば追い出して入りこんでいた。
魂の状態というのは、気が触れそうなほど寒くて辛くて耐え難いものだったから。
赤ん坊の体に入り込んだ俺はすくすくと成長し、学校で偉い人の勉強をしている時に気がついた。
これ前世でやってた、ゲームの世界じゃん。
そうと気がついた後の俺の行動は早かった。
ありとあらゆる原作知識を日記に書き起こし、聖職者であった父に不可解な夢を見るのだと打ち明けた。
あれよあれよと言う間に、俺は予言の巫女の名を欲しいままにし、それまで雲の上の存在だった方たちと接する機会が増えた。
その内の一人が、ゲームのメイン攻略対象の光の王子アイールドだった。
第一王子で王位継承権一位である彼は、その身分の高さに不似合いなほど人当たりが良く穏やかで、人の心にするりと入り込むのがうまい人物だった。
俺はゲームの内容を知っていたので、彼との会話は警戒して行っていたのだが。
「予言というより、未来の知識をあらかじめ知っているみたいだね」
こちらのマル秘情報を、意図も容易く看破してみせた。
「……俺の情報を包み隠さず教えるので、どうか敵対するのだけは勘弁してください」
「えっどうしてそんなに怯えてるの!?」
そりゃゲームの貴方が……いやいや攻略対象とかおかしく思われそうなことだけは言うまい。
俺は頭の良い奴相手に腹芸をできるタイプではないので、腹を全面に見せる犬のごとく低姿勢で自分の持っている知識を王子に教えた。
それこそ、魂が赤ん坊の体の中に入っていったことまで。
「全部を信用するわけじゃないけど、とても興味深いね」
王子は俺の情報に機嫌良さそうに笑った後、小首を傾げた。
「でももっと隠してることがあるんじゃないのかな?」
穏やかで優しげな顔が逆に怖かった。スチルでは闇の王子でしょ!?みたいなハイライトなしの目でこちら側をじっと見つめる王子の絵を思い出す。
リアルではハイライトが消えることはなかったが、心臓がチワワな俺はがたがたと震えた。
「僕の婚約者について、とか?」
「はっはい!」
ゲームとは違って婚約者を好いているという噂のあった王子にはとてもじゃないが言えなかった、婚約者が王子を裏切って旅芸人についていったあげくに、公爵家に代々伝わる指輪を盗んで持ち出し、それが魔王復活の鍵になることも包み隠さず教えた。
「ふんふんそれで?」
王子は衝撃の展開を聞いても、それがどうしたのという態度で話しの続きを促した。
「続きは?」
「続きとは?」
「僕の婚約者には、二面性があるんだ」
「二面性」
「小さい時、一度会ったきりなんだけど、恐ろしい犬の化物に立ち向かって僕を逃がしてくれたーー本当に素敵で、絶対に別人だとわかる人格が」
その人のことを話す少年は、ただの年相応の少年のようだった。
俺は威圧から解放されたように息を吐く。
「色々知っているなら知ってるんじゃないかな?、彼女はどうしたら出てくるの?」
「王子の婚約者の二面性なんて知りません」
「え?」
「そもそもその時、王子が婚約者を庇って右腕に深い傷をおっているはずでは?」
「彼女が庇ってくれたから、僕は無傷だよ?」
「それじゃあえーと、そのことに関しては俺の知識ではお役にたてないかと」
「…………未来を知る君の知識にない、ってことだね」
王子は考えるように目を閉じて、こちらを見た。
「犬の相手なら大丈夫だと彼女は言ったんだけど、公爵令嬢が犬の相手をしたことがあると思う?」
「えっさっさあ?」
「ちなみに君の知識には、予言の巫女なんて登場するの?」
王子が、何かがわかったという顔でこちらを見た。
「…………俺の知識には、予言の巫女なんて影も形もいません」
「きっと彼女は君と同じなんだろうね?、なんで彼女は僕の婚約者の体の中から出てるんだ」
触れないと捕まえられない。
呟いた言葉が思いの外低くて、俺は大袈裟にびくついてしまう。
「というわけで、手がかりはやはり君ということになる」
「そうですね!」
「僕も君の将来に出来るだけ便宜を謀るから、友達として協力してくれないかな?」
光の王子アイールド 、攻略難易度の高さはまれに見る鬼畜生。
そして攻略したプレイヤーがそろって口にするのは、重いヤンデレでしたねーという言葉だ。
「はい、喜んで」
こちらも心持ちハイライトの消えた目で、王子の言葉を肯定した。
現実に選択肢などは、存在しないのだ。
「じゃあ一緒に考えようか、将来うちの国に災厄をもたらす僕の婚約者の魂を体から抜き出す方法を、体は傷一つつけないやり方で」
「難易度が高い!」
それから顔を付き合わせて何度か話したが、ゲームにない出来事なのであまり役にはたてなかった。
そんなこんなで月日は流れ、公爵令嬢が旅芸人に懸想して王子を裏切る直前に。
「ああ、彼女だ」
さすがに公爵令嬢が罪を犯す前に止めるつもりだったのだが、その前に王子の恋した相手が処理したらしい。
旅芸人の手をきっぱりと振り払って見せた彼女に、王子は心からの笑みをうかべた。
「魂はつかめないからね、もう二度とこの手からこぼれ落ちないように、しっかりと縛りつけなければ」
重いヤンデレでしたねー。
あまたのサイトでの彼を攻略したプレイヤー達の言葉が頭の中でリフレインし、俺は遠目から王子の愛しの婚約者に合掌したのだった。
重いヤンデレでしたねー。