嘘の言葉でも良いよ、君を愛しているから
婚約者視点です。
僕の初恋はわがままだけどとっても可愛い、黄金の髪がキラキラ光って天使みたいに素敵な女の子。
ーーでは、なかった。
「大丈夫ですか!?」
いつもは綺麗に結い上げている髪が、乱れて酷くなっている。
いつもはやわらかく繋ぐ手が、痛いほどこちらの手を握りしめて走るのを誘導してくれる。
足がもつれて倒れかかると、すぐに手をひっぱって、こちらの重心を立て直してくれる。
この頼りになる人は誰だろう?、僕の婚約者と同じ顔をしたその人は、だけど確実に彼女ではなかった。
魔物なんて現れるはずのない王家の庭に、それは現れた。
僕らの二倍は体のでかい、獰猛な黒い犬の化物。
突然のありえない出来事に、大人達に婚約者同士で交流を持てと言われて、しぶしぶ散歩していた僕達は固まった。
ーーいや、固まったのは僕だけだ。
「このっ」
足元の石を、彼女は数個全力で犬に投げつけた。
出会い頭で硬直していたのは魔物もだったので、それを避けきれずに直撃する。
「逃げるのよ!」
彼女は僕の手を握りしめ走り出した、僕も連れられて走り出す。
思い出したように魔物犬も追いかけてくる、その足は早くてあっという間に追い付かれる。
「大丈夫ですか!?」
怯える僕に彼女は言う。
「大人のいる所に行けば大丈夫です、このまま前を向いて走って」
もつれていた足が彼女に連れられてまともに走れるようになると、彼女は僕から手を話してこちらの背を押して走ることを促した。
「私は大丈夫、犬には慣れてるから」
いつの間にか持っていた木の枝を構えて彼女は微笑んだ。
汗をかいて髪は乱れ放題で、お世辞にも綺麗な状態とは程遠い状態だった。
だけど乱れた髪に太陽の光がキラキラ輝いてーーこちらに微笑むオレンジ色の目がピカピカで、僕は初めて、心から誰かを美しいと思った。
彼女は慣れているの言葉通り、予め分かっているかのように開いた犬の口に枝を横向きに押し込み、犬の背に飛び乗ると、犬の口を開かせた状態のまま両手で枝を握り固定した。
とはいっても犬は暴れてるのでいつ取り落とされるがわからない、僕は慌てて大人を呼びに行く。
「誰か!助けて!」
今まで上げたことがなかった大声で叫びながら走ると、近くにいた護衛騎士が走って駆け寄ってきた。
寄ってきた騎士は、慌てる僕を見て察してくれて、僕の指差す方に走って行ってくれた。
僕も踵を返して、前を行った騎士を追い彼女の元へ向かう。
僕が騎士に追い付いたのは、ちょうど騎士が魔物犬の首を切り落とす所だった。
彼女はその前に犬から下りたのか、騎士と首を切り落とした犬から少し離れた所にいた。
「ティリア!怪我はない!?」
「私は大丈夫」
ティリアは慌ててる僕に腕もスカートを払って、怪我はないことを伝え。
「それよりーーあなたが無事で良かった」
笑うと気が抜けたのか僕の腕の中に崩れ落ち、彼女は消えた。
目覚めた時には、いつもの可愛いけれどわがままばかりの公爵令嬢だった。
僕は明らかに公爵令嬢とは違う彼女のことを、誰にも話さなかった。
あの時駆けつけて助けてくれた兵士にも、彼女の行動は令嬢としては誉められないだろうからと、口止めをした。
僕は彼女のことを自分一人の胸の内にしまいこんで、それからーー一目で恋に落ちたその人と、どうしたらまた会えるのかと頭を悩ませた。
僕は公爵令嬢が僕を裏切ろうとしていたことを、知っていた。
だけど決定的な所まで止めなかった、僕が愛しているのは公爵令嬢ではなくその中にいる彼女だけだったから、肉体関係さえ結ばないのであれば火遊びだろうと容認した。
僕は待っていた、また彼女が現れるのを。
助けられたあの時に一目惚れしたのだと、心を奪われたのだと、君のことがずっとずっと好きだったのだと、伝えられる日を夢に見ていた。
だから公爵令嬢が消えて、君ただ一人が表に現れた時に。
元の公爵令嬢が、人が一人消えてしまったのだろうことを確信しながら、僕は胸の内から溢れ出る喜びを押さえきれなかった。
口元に手を当てて、笑顔を隠す。
君も好きだったなんて、君しか好きじゃなかったのに白々しい嘘をついて、求めていた人を絶対に逃がさないようにその手を握った。
思い出よりも華奢で折れそうな細い指、この手に握られて助けられた鼓動が、破裂しそうなほど激しく脈打っていた。
暴走しそうになる体を理性の力で無理やり押さえつけて、ぎこちない動きでゆっくりと君を抱き締めてキスをした。
ずっと手に入れたかった人を手中に納めて、僕はとびきりの建前を彼女にペラペラと吹き込む。
元の公爵令嬢も愛していたなんて、僕も面の皮の厚いことを言えたものだ。
彼女を罪悪感で縛り付けて、がんじからめにするように言葉を重ねていく。
君が彼女を失わせたのだから、彼女の変わりに僕を愛してほしいとーーめちゃくちゃなことを囁きながら。
僕の言葉を素直に受け取ったのか、彼女は抱き締めてキスを繰り返しても僕の行動を拒まなかった。
正式な婚約を焦るように進めても、夜に呼び出して性急に関係を進めても、彼女はただ僕を受け入れた。
僕の言葉で君が傷つくのを知りながら、君が死なせた公爵令嬢への偽物の愛をせつせつと語りーー君の心を追い詰めて追い込んで、僕だけに許しを請い、助けを求めるように仕向けた。
それと同じように君も愛しているから、もう二度と僕を愛せない彼女の変わりに僕を愛して欲しいと。
君は僕の言葉をよくよく聞いて、何度も何度も愛していますと口にしてくれた。
僕は無理やりに吐かさせた嘘の言葉を切なく飲み込みながら、僕も君を愛していると何度も何度も囁いた。
縛り付けて吐かせた、苦い嘘の愛の言葉でもかまわなかった。
ずっとただ一人思い続けた君が、手の届く所で笑っていてくれるだけで、僕は幸せだった。
今の時点ではこんな感じですが、いずれバレて普通にラブラブになります!(確定)