2話
人工幻夢大陸北部の無人となったブルネイ軍管特区の脇を抜け、3機の4足歩行の漆黒の起動兵器が市街地に侵入する。
うち2機は、大きく左右に迂回すると速度を上げると先行する。
残った1機は、速度を落とし高層ビルの脇へ身を潜める。
レーシングカーを思わせるコックピットで、濃紫色のパイロットスーツ姿の男が、正面下部のコントロールパネルに表示された四肢のバランサーの数値を一瞥する。
濃紫色のヘルメットの空いたバイザーから覗いた赤髪に隠れるように、額の傷跡が見える。
「……応急措置は問題ないようだな……むッ!?」
ふと、正面モニター内の右下に『Emergency』というラベルが点滅しているのに気付く。
クリックし、『Sound Only』と表示されたサブウィンドウが表示される。
『こちら、旗艦『モスクワ』CCRです。』
「どうした?」
『はッ!露西亜連邦側の接収部隊の再編を待たずに、中華大国側が第二派の先遣隊を派遣した模様です。グレゴル中尉。』
「何だと!?」
『哨戒ドローンの情報から中華大国の新型重機動兵器1個中隊と推測されます。』
CCRからの報告にグレゴル中尉……もとい『赤狼』は眉を顰める。
「……現在、露西亜連邦の第一波は人工幻夢大陸北部のオーストラリア、ブルネイ、ベトナムの軍管特区制圧の初戦で戦力の30%を損耗。戦力の再編中だったな。」
『ご認識の通りです。露西亜連邦の第一波が引いた後、中華大国が無人機の大量投入による物量戦でオーストラリア、ブルネイ、ベトナムの軍管特区を無力化した後に制圧した模様です。』
「……完全に露払いだな……人工幻夢大陸接収後を見据えて、露西亜連邦側の戦力を意図的に削ってきているな。」
『接収後……ですか?』
「判らんか?」
『恐れながら……』
「人工幻夢大陸接収後、本国防衛用に対『|合理的国家の巨大同盟および関連議会』の必要戦力を引き上げた後、どれほどの駐留部隊を残せるか考えてみろ。」
『あ……』
「駐留部隊の維持は中華大国との合意が前提だが……中華大国に兵站を依存している時点で中華大国の意向は無視できないだろうな……」
『……仮に1個大隊を駐留させようとしても、中華大国から1個中隊分の物資しか準備できないと通告されれば……不足分は露西亜連邦側で確保する必要がありますね……』
「……補給物資を本国から人工幻夢大陸へ輸送しようとしても中華大国が確保している輸送ルートしか使えない現状では、妨害されればそれまでだ。」
『……今から露西亜連邦独自で補給線の構築は不可能……詰んでますね……』
「……我が軍が中華大国に良いように使われている現状からの脱却は、容易ではないだろうな……」
眉を顰めた時、アラートが鳴る。
「なんだ!?」
『照会ドローンからのアラートです。情報解析します……10分……いや3分でやります。』
「頼む」
『『赤狼』、前方に展開している中華大国の新型機群が交戦しているぞ。』
「『銀狼』……それは本当か!?」
『どうやら、1個中隊を相手取れる戦力が、まだ人工幻夢大陸側に残っていたようだな。』
「『黒狼』からも確認できる規模か……」
『少なくとも、この戦闘で確認出来る戦力から人工幻夢大陸側の残存戦力を推定は可能だろうが……』
「仮に大兵力が残存している場合、露西亜連邦側の機動兵器部隊の大幅な消耗は避けられない……か……」
『分析結果、でました!』
「報告してくれ。」
『はぁッ!?……こ、こんなことが……』
「どうした?」
『先行した中華大国の第二派先遣隊の1個中隊ですが……ぜ、全滅した模様です……』
「なんだとッ!?……それほどの大戦力が残っているのか?」
『いえ……どうやら人工幻夢大陸側の戦力は……に、2機のようです。』
「2機だと!?……何かの間違いではないのか?」
『いえ。哨戒用ドローンからの映像を解析したところ、濃蒼色の装甲をした機動兵器2機のみが確認できます。』
「濃蒼色の装甲だとッ!?……まさか……『蒼の騎士団』の機動兵器か……」
『ちょっ……ちょっと待ってください!『蒼の騎士団』の機動兵器が人工幻夢大陸に居るんですか?』
「……第一波の先遣隊である我々が引いたのも『蒼の騎士団』の機動兵器と遭遇戦を行ったためだ……」
『……』
ごくりと唾を飲み込む音が聞こえる。
「『銀狼』『黒狼』……早々にリベンジができそうだな」
『……そうだな』
『ああ……本領を発揮した俺達の敵ではないことを示す良い機会だ。』
『お、お待ちください。ズーバルト閣下から今回の任務は、あくまでも偵察と聞いて……』
「偵察は偵察でも、威力偵察だ。多少の戦闘は発生する。」
『しかし……』
「『ケルベロス』の名誉挽回の機会でもある。ズーバルト閣下には、任務遂行中と報告してくれ。」
『……承知……しました……』
「『銀狼』『黒狼』いくぞ!」
『おおよ!腕が鳴るぜ!』
『……中華大国の1個中隊との戦闘直後だ。この機を逃さず仕掛けるぞ。』
「『銀狼』了解だ。」
コックピット正面のコンソールを操作し、通信回線の設定を表示する。
「作戦行動への移行に伴いオープンチャネルから専用回線へ切り替える。」
タッチパネル上の設定を『Open Line』から『Private Line』へ変更する。
『赤狼』の宣言の後、オープンチャネルでの音声が途切れる。
『……健闘を祈ります……』
オープンチャネル上では、オペレータの声が虚しく響いた。
◆◇◆
◇◆◇◆
黒い人型機動兵器の残骸が炎に包まれている。
たなびく黒煙が徐々に広がっていく様子が、全天周囲モニターに映し出されている。
「……まるで煙幕だな……」
『否定はしませんが、周辺に敵影は確認できないので無視していいかと……』
「ふむ……俺なら、この機に乗じて仕掛けるがな。」
『……オーレン大尉……フラグを立てるのやめてもらえますか?』
「おいおい……フラグって言うほどのことか?フレディ中尉」
『戦場では、くだらないジンクスほど馬鹿にできない……オーレン大尉の迷言ですよ。』
「……そんなこと言ったっけな……」
『欧州での幻想洞窟討滅戦の時に、言ってましたよ!』
「わかった。わかった。一旦、この場から退くぞ。」
『奇襲を警戒するなら障害物が多い、市街地への後退ですか?』
「いや……見晴らしのいい丘陵地帯だ。」
『……意外ですね。』
「蒼虎騎兵の特性上、機動力を低下させる遮蔽物があるゲリラ戦は相性が悪いからな。」
『なるほど……市街地はゲリラ戦に特化した……例えば先般の特務仕様ASULT GRIFFONの方が有利ってことですか。』
「そういうこった。蒼虎騎兵の機動性能を十全に発揮するなら、丘陵地帯の出来るだけ標高が高い場所を先に抑えるのがセオリーだ……」
全天周囲モニターに『Enemy Encounter Alert』というラベルのサブウィンドウが表示される。
サブウィンドウに周辺マップとともに赤いマーカーが3つ表示される。
「……と言ってる傍から手遅れってか……」
『えっ……それは、どういう……あッ……』
「そっちも表示されたか?」
『Deva systemからのフィードバックだと、接近する敵機は3機……』
「……まだ生きている人工幻夢大陸の迎撃システムの監視網からの情報を活用できそうだ……地の利はこちらにあるか……できるだけ有利な地形へ誘い出すぞ!」
『承知しました。』
◇◆◇◆
遠目に黒い人型機動兵器の残骸が炎に包まれている様子がモニターに映し出されている。
たなびく黒煙が徐々に広がっていく様子がレーシングカーを思わせるコックピットの正面モニターに映し出されている。正面モニター右下に『zoom 200%』と表示されている。
「1kmまで接近したな……各機、光学迷彩機能を有効にしろ。」
『おおよ!』
『了解だ。』
「まるで煙幕だな……熱源が多すぎるな。赤外線センサーは意味がないか……」
コックピット正面のコントロールパネル横に配置されている、各種センサーへの切り替えボタンを見ながら独り言ちる。
『手っ取り早く、光学迷彩を有効にしたまま突貫をかけるってのはどうだ?回避のために飛び出してきたところを『赤狼』と『銀狼』で仕留めるってのは『短絡すぎるな……黒煙が光学迷彩を無意味にする。』」
「……市街戦に持ち込めればいいが……」
と、たなびく黒煙を散らしながら2機の濃蒼色の人型機動兵器が市街地へ向けて移動する光景がコックピットの正面モニターに映し出される。
「ッ!?……動いたか……しかしこれは……」
『罠だな』
『……俺でも罠だと分かるぜ……』
「……」
『……追わない訳にはいかないのが辛いところだな……』
『……市街地手前の丘陵地帯での戦闘になるな』
「……三方向から囲むように接近後、仕留めるしかないか……」
『こちらが取り得る選択肢を狭める戦術を取れる奴が敵ってことだな……『赤狼』『黒狼』覚悟を決めるしかないようだな……』
「市街地手前で仕掛ける。あくまで一撃離脱のみだ……深追いはしない」
苦虫を嚙み潰しながら『赤狼』が方針を示す。
『承知した……ではお互い健闘を祈る』
『おうさ!』
「では、仕掛けるぞ!」
コントロールパネル横に配置されている、表示されているエネルギーゲージを拡張するボタンを押し込む。8段階あるエネルギーゲージのうち、現在3段階目にあるものを6段階に引き上げると両腕で持つ操作レバーを引く。
鈍い駆動音が徐々に甲高い金属音に変わっていく。
ブゥゥゥゥゥゥゥゥン キィィィィィィィィィ
直後、アスファルトで舗装された道路を陥没させる大きな音が3つ続き、静寂さが訪れた。
◇◆◇◆
2機の濃蒼色の騎士型機動兵器アーム・ムーバーが市街地へと通じる6車線の幹線道路を疾走する。その巨体に似合わない速度での移動にもかかわらず、地響きは意外なほど発生していない。
「……丘陵地帯は、幹線道路から離れた場所にあるか……」
『あからさまですが……誘いに乗ってきますかね……』
「こちらの残存戦力を測る威力偵察なら、乗らざるを得ないだろうさ……」
『だといいのですが……あ、敵機の反応がLostしましたね。』
ちらりと『Enemy Encounter Alert』というラベルが上部についたサブウィンドウを見やる。
周辺マップのみが表示され、赤いマーカーが消えている。
サブウィンドウ右側のペインに『Enemy Losted』というレコードが表示されている。
「……第3勢力による迎撃……だと嬉しいが……光学迷彩とか使ったんだろうな……」
『人工幻夢大陸の迎撃システムの監視網をすり抜けるには、それしかないですからね……』
「光学迷彩使われていると、赤外線も意味ないからな……第3形態のソナーで炙りだすか……」
オーレンは『Arm-Claise Extra-Function Activated』というラベルが上部についたサブウインドウの『Menu』から『開錠』を選択後、表示された開錠一覧から『第2開錠』を選択する。サブウインドウに順次ログが出力されていく。
『第2開錠に合わせて駆動機構を解放します』
『偽摩那転換炉を出力30%で駆動させます』
『第2開錠に必要なエネルギーゲインを確認』
『第2開錠を行います』
『第2形態から第3形態へ移行します』
蒼虎騎兵が両手に持つ二振りの蒼色の光の刃が蝶の羽のように広がる。
続けて、オーレンは『Arm-Claise Extra-Function Activated』というラベルが上部についたサブウインドウの『Menu』から『Option』を選択後、表示された機能一覧から『Sonar Search』を選択する。サブウインドウに順次ログが出力されていく。
『第3形態によるSonar Searchを行います』
『Defaultで60秒間隔でのSonar探査を行います』
『Sonar探査の結果は、『Enemy Encounter Alert』にフィードバックされます』
蒼虎騎兵を覆うように広がる蒼色の蝶の羽に幾何学模様が浮かび上がると薄蒼色に発光する。
ちらりと『Enemy Encounter Alert』というラベルが上部についたサブウィンドウを見やる。
周辺マップのみが表示され、赤いマーカーが3つ表示される。
「あ、囲まれてるわ……フレディ中尉、3時の方向から突貫くるぞ。迎撃よろしく。」
『えっ!?オーレン大尉が対処するんじゃないんですか?』
「いっつも俺が対処しているとフレディ中尉の見せ場がないからさ……よろしく!」
『……はいはい。わかりました。やりますよ。』
棒読みで応答するフレディ中尉にむかって、オーレンが苦笑する。
「第4形態で迎撃した方が……」
言いかけたとき、全天周囲モニターに映し出されている僚機が濃蒼色の光の弓で矢を番えていた。言い切る前に、濃蒼色の光の矢が続けざまに5本放たれる。
「あ、被弾したっぽいな……他の2機は、侵入コースを変更して距離をとったか。」
フレディ中尉の蒼虎騎兵が放った濃蒼色の光の矢が3本ほど刺さった状態で4足歩行の濃紫色のASULT GRIFFONが姿を現す。
「光学迷彩が解けたか……コックピットに直撃でもしたか……」
『そのようです。他2機はどの方向ですか?』
「あー……各々、逆方向に俺達を取り囲むような動きで移動してるな……」
『……流石に警戒しますからね。第4形態を見られた以上、できれば、この場で打ち取りたいですね。』
「まあな……情報を持ち帰られる前に……」
言いかけたとき、アラームが鳴り響く。
『Enemy Encounter Alert』というラベルが上部についたサブウィンドウを見やる。
周辺マップのみが表示され、赤いマーカーが2つに加えて新たな赤いマーカーが近づいているのが視界に入る。1つの赤いマーカーを先頭に、無数の赤い点の集合体が近づいている。
「あ……新手みたいだな……」
『……これは……どうしましょうかね……』
全天周囲モニターを見ると、接近する巨大な重起動兵器とそれに続く無数のエイ型ドローンが映し出されていた。
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