5話
2機の濃蒼色の騎士型機動兵器が無人のオフィスビルが立ち並ぶ街中を疾走する。その巨体に似合わない速度での移動にもかかわらず、地響きは意外なほど発生していない。
「そういや、接地面とのショックアブソーバー、いつの間に改善されたんだ?」
濃蒼色の騎士型機動兵器のコックピット内で濃蒼色のパイロットスーツに身を包んだ鳶色の髪の男が不思議そうに呟く。
バイザーを上げたヘルメットから覗く無精ひげを右親指で弾く。
素朴な疑問へ『Sound Only』と表示されたサブウインドウから苦笑い混りの声が聞こえる。
『確か直近の幻想洞窟討滅戦の後だったと思いますよ。守るべきルクセンブルクの街が機動兵器の移動で半壊したことに各方面からクレームが来たみたいで……』
「それは、流石に改善するわな……」
最初から今のような仕様で開発しとけよという言葉を言外に滲ませた声で応じる。
オフィスビル群を抜けると、全天周囲モニター前面に人工幻夢大陸北部へと続く6車線の幹線道路を塞ぐかのように設置された検問が視界に入る。
鳴り響く警報のためか無人となった検問を蒼虎騎兵に飛び越えさせる。
アラームと共に『Engagement Zone』というラベルが上部についた表示されたサブウインドウが開かれる。表示されたサブウインドウに人工幻夢大陸北部の地図と、無数の赤いポイントがプロットされる。
「……なんじゃこりゃ!?」
『……移動速度からみると、報告にあった中華大国と露西亜連邦のドローンのようですね。』
「蚊蜻蛉の群れを各個撃破とか、面倒クセェ……」
『共同作戦上は、北米連合とカナダの軍管特区に展開する『漆黒の兵団』が火の粉を払ってくれるそうですよ。オーレン大尉。』
「……あんなの一々相手してられんから、その話が本当なら助かる。だが、フレディ中尉、北米連合の軍管特区に展開している『漆黒の兵団』1個中隊の指揮官は、クロノ=アルマナじゃなかったか?」
『……確か『勇者』の実弟でしたね。』
「あいつに『|合理的国家の巨大同盟および関連議会』を助けるような義理はないはずだろ……当てにしていいのか?」
『それは、問題ないはずです。』
「根拠は?」
『端的にいうと『|統合戦術管制維持システム《INTACTS》』の調整だからです。』
「……1個小隊規模なら問題なく稼働するってことで開発完了してなかったか?」
『オペレーション・サンライズで1個大隊を投入する関係で、追加のテストケースでバグを潰し込まないといけなくなったそうです。』
「確か1000機の機動兵器で陣形作ってスタンピードに対抗するんだったな」
『手動操縦で陣形維持しながら戦闘するのは現実的ではないとの結論になったので、『|統合戦術管制維持システム《INTACTS》』の機能拡張で対応するそうです。』
「練度が高い『漆黒の兵団』でそんな結論が出るってどんな陣形作るんだ?」
『対軍陣形って聞きましたよ。『密集陣形』か『魚鱗の陣』だと思うので、機動兵器同士が接触すると大事故になるから精密制御するんですかねぇ。』
「なるほど……まずは、人工幻夢大陸に投入している1個中隊で問題なく機動兵器の陣形制御が可能か検証するってことか?」
『恐らくは。あと、比較的単純な迎撃行動をテストケースにした摩那転換炉の耐久制御の検証もあわせて行うそうです。』
「『漆黒の兵団』の機動兵器は、摩那転換炉にこだわってるんだな……『蒼の騎士団』や『白の勇士団』はAICEに方式を変更してるってのにな。」
『……コメントしずらいですね……』
フレディの微妙な声音と同時に、ビープ音が鳴る。
視線を『Engagement Zone』というラベルが上部に表示されたサブウインドウへ向ける。100近い動きの遅い赤いポイントがプロットされている。全天周囲モニター正面に黒いマントで全身を包んだような装甲の人型機動兵器の集団が映し出される。
「おいでなすったか……というかあれは新型か?」
『……データに無いので、新型ですね……』
「まったく……次から次へと……」
愚痴を言いながらも、オーレンは不敵な笑みを浮かべていた。
◇◆◇
集団を率いるように突出している、1機の黒い人型機動兵器に向けて濃蒼色の騎士型機動兵器が巨大な馬槍を突き刺す。
回避行動を取ろうとしない黒い人型機動兵器の全身を覆うマントのような装甲の手前で馬槍の穂先が止まる。同時に穂先を中心に波紋のような揺らぎが発生する。
「なんだこれ?」
『なにかの力場……ですかね……』
『Sound-Only』と表示されたサブウインドウから怪訝な声が聞こえる。
オーレンは、背筋にゾクリとした寒気を感じると、リクライニングシートのコンソールを器用に操作しながら、黒い人型機動兵器から自機を咄嗟に下げる。
同時に、それまで騎士型機動兵器が立っていた道路が急に陥没する。
「……ぬ……今、攻撃の兆候はなかったよな……」
『これは……オーレン大尉、相手に攻撃させると厄介です。』
「そうはいっても、どうするんだ?」
『最初から開錠機構を使いましょう!』
「……出し惜しみ無しか……何が出てくるか分からんかったから温存したかったが……」
『正直、魔獣以外に蒼虎騎兵の開錠機構を向けることは反対ですが、久間さんの指示でもあるので。』
「なにッ!久間が開錠機構の使用を指示してたのか?」
『作戦方針に、蒼虎騎兵の通常攻撃が有効でない場合は、迷わず開錠機構を有効化することと明記されてますね。』
「……現場の判断は必要ねぇってか……」
『戦場で躊躇してたら死にますからね……今回、魔獣相手でないため余計に躊躇するとご判断されて、作戦方針に明記されたんでしょうね……』
「……判った。久間の指示ってところが気に入らないが、まずは生き残ることが最優先だな……」
一瞬の逡巡をかぶりを振って振り払うと、オーレンはリクライニングシートの前面のコンソール画面下部に表示されている赤い鍵マークのアイコンを親指で押す。
『Arm-Claise Extra-Function Activated』というラベルが上部についたサブウインドウが、全天周囲モニターの左に表示される。サブウインドウに順次ログが出力されていく。
『Arm-Claise Type2 のリリースシステムが有効化されました。』
『安全装置解除』
『AICEの制限機構を解除します』
『第1開錠に合わせて駆動機構を解放します』
『偽摩那転換炉を出力20%で駆動させます』
『第1開錠に必要なエネルギーゲインを確認』
『第1開錠を行います』
『第1形態から第2形態へ移行します』
蒼虎騎兵の持つ馬槍の穂先となっている巨大な三角錐に、薄蒼色の幾何学模様が顕れる。巨大な3角錐が2つの3角形に分離すると同時に持柄が真ん中から2つに分離する。その直後、両手に持つ二本に分かれた馬槍に二振りの蒼色の光の刃が顕現する。
「ええい……ままよ……」
オーレンは、険しい表情を浮かべたまま、リクライニングシートの足元のペダルを踏み込む。
リクライニングシートのコントロールパネルを操作し、黒い人型機動兵器の頭上から蒼虎騎兵の右腕に持つ蒼色の光の刃を振り下ろさせる。
回避行動を取ろうとしない黒い人型機動兵器の全身を覆うマントのような装甲の手前で蒼色の光の刃が止まる。蒼色の光の刃が当たっている箇所を中心に波紋のような揺らぎが発生する。
「……第1開錠ではダメか?」
『いえ……問題ないようです。』
『Sound-Only』のサブウインドウからやや険しい声が聞こえてくるも、全天周囲モニターの前面に、波紋のような揺らぎを切り裂きながら、黒い人型機動兵器が真っ2つになる様子が映し出される。
力なく膝から崩れ落ちた、2つに分かれた黒い人型機動兵器の機体断面から迸った火花が全身を覆うマントのような装甲から溢れ出た黒い液体に引火して瞬く間に炎に包まれる。
『まずは、第1開錠で目前の敵部隊を殲滅ですね。』
引き続き険しい声が『Sound-Only』のサブウインドウから聞こえてくる。
同時に、全天周囲モニターに僚機の蒼虎騎兵が2振りの蒼光の刃を両手に持ち、黒い人型機動兵器の集団へ肉薄する様子が映し出される。
「……これは、一方的だな……」
苦々し気な口調とは裏腹に、黒い人型機動兵器の集団が、炎に包まれた残骸の山へと変わるのに然程時間がかからなかった。
◇◆◇
◆◇◆◇
『Zoom 300%』というラベルのついたサブウインドウに濃蒼色の騎士型機動兵器が突き刺した巨大な馬槍の穂先を波紋のような揺らぎを発生させながら受け止める黒い人型機動兵器の様子が映し出される。
「へえ……蒼虎騎兵の兵装を防げる機動兵器が存在するんだ。」
レーサーのつなぎ服に似た黒いパイロットスーツ姿で全天周囲リニアシートに片肘をつきながら、黒いヘルメットのバイザー越しに興味深い表情を浮かべる。
『……この黒い機動兵器……中華大国の新型のようだな。』
『Sound Only』と表示されたサブウィンドウから唸るような声が聞こえる。
「エネルギーフィールドのようなものをバリアにしている?」
『現象だけみるとバリアのようにみえるが……この兵装、どこかで見たような……』
「多分……幻想盾だと思うよ。ダーバン。」
『なんだそりゃ?』
「10年前、セトニクス・エレクトロニクスで開発していた実験機に搭載されていた兵装だよ。」
『10年前だぁ?』
「少なくとも、完成度80%程度と言われたものしか見たことないけどね……」
『で、その80%とやらの性能は、目の前のと比べて、どうなんだ?クロノ。』
「目の前の兵装が遥かに高性能だね……」
クロノは、黒いヘルメットのバイザー越しに思案気な表情を浮かべる。
『で、そんなものがなんで中華大国の新型に実装されてんだ?』
「10年前、中華大国と露西亜連邦が同じ様に人工幻夢大陸に攻めてきたときに、いくつかの実験機が強奪されんだよ。」
『強奪だぁ?』
「当時の状況を考えると、中華大国か露西亜連邦が主犯だろうとは言われていたんだけど、巧妙に痕跡を消されていてね。追跡できなかったんだよ。」
口調とは裏腹に、黒いヘルメットのバイザー越しにクロノは鋭い目つきで『Zoom 300%』というラベルのついたサブウインドウに映る戦闘映像を眺める。
蒼虎騎兵の持つ馬槍の穂先となっている巨大な三角錐に、薄蒼色の幾何学模様が顕れると、巨大な3角錐が2つの3角形に分離すると同時に持柄が真ん中から2つに分離する。その直後、蒼虎騎兵が両手に持つ2本に分かれた馬槍に蒼色の光の刃が形成される。
『これは?』
「蒼虎騎兵が搭載している開錠機構による兵装だよ。」
『これがそうか……』
「段階ごとに偽摩那転換炉の制限出力を解放する……安全に摩那転換炉の出力を利用するための仕組み……よく考えたもんだね。久間らしいよ。」
『久間……白の勇士団の団長だったか?』
「まあね……元々は、兄貴が団長だったんだけどね……」
『あ、悪い……』
「いいよ。今は今。過去は過去さ。納得はしてないけどね」
『……』
「っていうか、開錠機構を使ったってことは蒼虎騎兵による蹂躙戦闘じゃん。」
2振りの蒼光の刃を両手で広げるように肉薄する蒼虎騎兵に対し、回避行動を取ろうとしない黒い人型機動兵器の黒い全身マントの手前で蒼色の光の刃が止まる。蒼光の刃が当たっている箇所を中心に波紋のような揺らぎが発生する。
『いや……そうでも……』
波紋のような揺らぎを切り裂きながら、黒い人型機動兵器が真っ2つになる様が映し出される。
「そうでもあるだろ。」
『確かにな……』
「あとは、中華大国が切ってくる次のカード次第かな。」
そういうと、クロノは、全天周囲リニアシートに片肘をつきながら、黒いヘルメットのバイザー越しにつまらなそうな表情を浮かべた。
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