2話
けたたましいサイレンの音と共に、整備用ドッグの搬入用カーゴへと続くゲート上部に取り付けられたパトランプが点滅する。搬入用カーゴのゲートが開くと、2機の騎士型機動兵器が整備用ドッグに侵入してくる。
振動音に違和感を覚えた角刈りの180センチ以上ある厳つい表情の男が振り返る。
整備ドッグに侵入してきた2機の騎士型機動兵器のうち、1機の装甲の破損状態を見て、目を丸くする。
「おうおう……随分とやられちまったな……」
「大喜多、この機体のスペック何かおかしい……何見てる?」
整備用ドッグの奥まったハンガーの傍らに設置された作業台の天板に設置されたコンソール画面を見ていた少女が顔を上げる。薄藍色のワンピースの上に、白衣を羽織った姿で肩口まである明るい赤毛を後ろにまとめてポニーテールにしている。
ハンガーには、他より1回り大きい機動兵器が固定されている。
3対の巨大な白い翼を持つ白い甲冑のような装甲を備え、洗練された外観の白い機体を横目に、少女は大喜多の視線の先を追う。
整備用ドッグのに侵入してきた、2機の騎士型機動兵器のうち、1機の濃蒼色の流線形のプレート・メイルのような装甲の破損状況が視界に入る。
「あれは……あの機体、もしかして蒼虎騎兵?」
酷い装甲の破損状況に、形のいい眉を顰める。
「カルラの嬢ちゃん良く知ってるな。ありゃ『蒼の騎士団』の主力機動兵器だ。」
「……戦闘映像を見たことある。でも……あそこまでダメージを負っている機体、初めて見た。」
「……俺も、あそこまでの破損状況を見るのは初めてだ。こりゃ、修復に相当時間かかりそうだな……」
渋面になる大喜多へ、カルラは怪訝な表情を向ける。
「修復出来るレベルのダメージじゃない……装甲の換装が必須……」
「……普通ならそうだが……『蒼の騎士団』や『白の勇士団』の機動兵器は、修復が主なメンテ作業になる。」
「……修復?」
「まあ、一度見るのが早い。カルラの嬢ちゃん、こっち来な。」
顎で促すと、大喜多は、2機の騎士型機動兵器が向かっているハンガーへ歩き出す。カルラは戸惑いながらも、大喜多の後を追う。
◇◆◇
◆◇◆◇
高さ40メートルの巨大な空間の中央部に直径5メートルほどの円柱が天井までそびえ立っている。円柱の上部、3メートル幅を帯のように曲面ディスプレイがはめ込まれている。6面に分割された画面には起動兵器アーム・ムーバーの部品在庫状況、整備作業の進捗状況を示すガントチャートが順番に切り替わって表示されている。
円柱を中心に機動兵器のハンガーが時計回りに設置されている。約半数のハンガーに白い甲冑のような装甲を装備した機動兵器が固定されている。
その中に、濃蒼色の騎士型機動兵器が2機、ハンガー固定されている。
「思ったより、ダメージくらっちまったなぁ……まいった……」
濃蒼色のパイロットスーツに身を包んだ鳶色の髪の男が、髪を搔きながら、鳶色の瞳に困惑した表情を浮かべてハンガーに固定された蒼虎騎兵を見る。
「……オーレン大尉だから、この程度のダメージで済んでいるんですがね……」
肩を竦める金髪に薄青色の瞳をした青年に向かってオーレンは胡乱な目を向ける。
オーレンと同じく、濃蒼色のパイロットスーツに身を包んでいる。
「そりゃ嫌味じゃなくて誉め言葉か?フレディ中尉。」
「それ被害妄想ですよ……当然、誉め言葉です……それより、さっさと修復する段取りを……」
呆れた表情でオーレンを見るも、厳つい表情の男が近づいてくるのが視界に入る。
180センチの大男だが、身に着けている白いツナギ服は油にまみれて汚れている。
その後ろで、薄藍色のワンピースの上に白衣を羽織った少女が視線を上げて蒼虎騎兵を見ている。肩口まである明るい赤毛を後ろにまとめてポニーテールが印象的だ。
「あ、セトニクス・エレクトロニクスの整備員の方ですか?」
「ああ、そうだ。こいつの修復作業に取り掛かるが、問題ないか?」
「もちろん!よろしくお願いします。」
「了解だ。ところで、こいつは修復に液体金属を使うタイプか?」
「ええそうです。第3世代の機体なので他の団と仕様は同じです。第2世代の機体と違って、液体金属で修復可能ですよ。時間かかりそうですが……」
「だよなぁ……」
大喜多は、ハンガーに固定されている機動兵器を見上げながら、片手に持ったスパナで肩をトントンと叩く。
厳つい顔に思案気な表情を浮かべると、近くのハンガーに視線を巡らせる。
白い装甲の機動兵器を整備している金髪の男性のところで視線を止める。
「……ハンス!……うちの液体金属って予備プールにどれくらい残ってる?」
「何に使うんですか?」
「蒼虎騎兵の修復だ!」
大喜多は、ハンスに言いながら、片手のスパナで後ろを指す。
大喜多が指す方向に見て、ハンスが目を剥く。
「はあッ!?……って、なんで『蒼の騎士団』の主力機がここにあるんです?」
「久間さんが言うには『蒼の騎士団』と合同作戦を行うことになったんだと……詳しいことは分からんが、修復が必要らしい。」
若干、憮然とした表情の大喜多を見ながら、ハンスは頭を掻く。
油にまみれて汚れている白いツナギ服のまだ汚れていない袖で額の汗を拭う。
「……またあの人かぁ……次から次へと余計な仕事を……分かりました。うちの白龍騎兵と規格が同じなら、ここの設備で何とかなるでしょ。おい!手伝ってくれ。」
ハンガーに固定された白い装甲を持つ機動兵器を横目に、ハンスは近くの黒髪の整備員に声を掛ける。機動兵器の白い鱗状のパーツで構成された装甲は、スケールアーマーのようだ。
「……ハンスさん。予備プールの液体金属は、久間さんの指示で組成成分を組み替えたものだから想定通りの効果が見込めるかわからないですよ。液体金属には違いないですが。何でも、バイトの学生が考えたアイデアを試したいとかで組成変えたみたいで……」
「はあッ!?晃、それマジか!……何、余計なことしてんだ!あの人は!」
ハンスは、顔を顰めて激高すると、晃の言葉を途中で遮るように手に持ったスパナを床に叩きつける。
その音に、肩口まである明るい赤毛をポニーテールにした少女がビクッと身体を震わせる。薄藍色のワンピースの上に、白衣を羽織っている。
晃や大喜多は、またかという表情を浮かべハンスを呆れたように見ている。
「ハンス!落ち着け!」
「でも、大喜多さん。あの人って、いつも肝心な時に余計な事してくれるじゃないですか!?こちらにとっては良い迷惑ですよ!」
激高するハンスを宥めながら、大喜多は唖然としているオーレンとフレディに視線を向ける。
「聞いての通りだ。今使える予備プールの液体金属は、あるにはあるが正規のものじゃねぇ……でも、液体金属には違いない。これを使って修復するってことでいいか?」
「まあ……仕方ないですね……」
「……久間のやつ、こっちでも嫌われてるんだなぁ……」
不承不承頷いたフレディは、呆れてぼやくオーレンにもの言いたげな視線を向ける。何か言いたげに口を開くも出てきたのは、深い嘆息だった。
◇◆◇
◆◇◆◇
「……うーん……ユニバーサル規格だから修復用機材と互換性検証はいらないんですが……問題は、液体金属の方ですかねぇ?」
フレディの視線の先では、蒼虎騎兵の背中の装甲を一部スライドさせて剥きだしになったアタッチメント箇所へ、予備タンクから伸びるホースの先に取り付けられたノズルが差し込まれ、金属製のカバーで固定されてる。
「敵は待ってはくれないからな……よし、AICEの機動に成功した。液体金属を注入してくれ。」
オーレンは、コックピット・ハッチを開いた状態で、眼下のハンガー脇で作業をしている整備員に声を掛ける。
目の前の全天周囲モニターのコックピット前面のコンソールには、上部バーに『AICE Recovery Mode』というラベルの表示されたウィンドウが表示されている。
ウィンドウ中央部には『in process』と表示された灰色の長方形のバーに0%と表示されている。
「わかりました!」
ハンスは、ホースの先にあるノズルのロックボタンを親指に力を入れてスライドさせる。
「ッ!?……修復プロセスが無事に開始されたぞ!」
『in process』と表示された灰色の長方形のバーが左側から徐々に蒼色で塗りつぶされていく。
「通常であれば、突貫作業で2日ってところですが……正規でない液体金属を使った場合、どれくらいの時間を要するかが読めないってところですか……」
「できれば、2日で終わってほしいのですが……まったく……あの人は……」
思案気なフレディに、ハンスは顔を顰めて毒づく。
「……な、なんだこりゃ……お、おい!……今、外から見た装甲の修復状況どうなってる!?」
『in process』と表示された灰色の長方形のバーが左側から蒼色で妙に早く塗りつぶされていく様子に気づいたオーレンは、慌てて声を上げる。
妙に慌てている、オーレンの声にフレディとハンスは蒼虎騎兵のコックピットを見上げる。
「「なッ!?」」
見上げた視界に入って来たのは、蒼虎騎兵が薄蒼色の輝きに包まれながら、破損した装甲が、異常な速さでフィルムを巻き戻すかのように元の状態に戻っていく様子だった。
◇◆◇
◆◇◆◇
エレベーターを降りると、高さ40メートルの巨大な空間が視界に入る。
空間の中央部には、この空間を支える幅5メートルほどの円柱が天井までそびえ立っている。円柱の上部、3メートル幅を帯のように曲面ディスプレイがはめ込まれている。6面に分割された画面には起動兵器アーム・ムーバーの部品在庫状況、整備作業の進捗状況を示すガントチャートが順番に切り替わって表示されている。
円柱を中心に機動兵器のハンガーが時計回りに設置されている。視界に入るだけで26のハンガーが確認できる。
「ここがセトニクス・エレクトロニクスのPMC……『白の勇士団』の拠点。」
スーツ姿の黒髪のあどけない顔立ちの青年は、眼前の光景に圧倒されたかのように立ち尽くす。
「いつもアルバイトに来てもらっているオフィスビルの地下ってことは、秘密だよ。塁君。」
クリーム色のスタイリッシュなパンツにタートルネックの濃藍色のセータの上から白衣を羽織った童顔の男性は、塁に悪戯っぽくウインクする。
「ええ……それは……はい。」
鳶色の瞳を見開き食入るように拠点内の設備やハンガーに固定されている機動兵器を見ていた塁は、気もそぞろに反応する。
「あ……丁度、蒼虎騎兵の修復作業やっているみたいだね。」
「えッ!?……あれは、俺達を助けてくれた機体ですね。」
「ちょっと距離あるけれど、案内がてら歩いて行こうか。」
「あ、はい……」
きょろきょろと見渡す塁に、久間はクスリと笑みを浮かべる。
「『白の勇士団』が保有している機動兵器は、主に稼働させている26機の白龍騎兵と1機の特化型なんだ。」
「……そんなに少ないんですか?」
意外そうな表情を浮かべる塁に、久間は肩をすくめる。
「1機ごとの性能が強力すぎるからね。それに26機といっても、今、パイロットは13人だから、最大稼動数は13機なんだ。」
「13人ッ!?……少なすぎませんか?」
「最初に開発した試作型を扱えるテストパイロットは、もっと多かったんだけどね……何度も改修しているうちに性能が上がっていく機体を扱えるパイロットが13人に絞り込まれた結果なんだ。」
「それは……」
一体、どんな性能なのかと続けそうになって、塁はハンガーに固定されている白龍騎兵をみて疑問を口にする。
「あの……昔、日本国で魔獣災禍から助けて貰ったときの機体とは、少し違うような。」
「ああ、今、ハンガーに固定されている13機は、陸戦タイプの白龍騎兵だからね。」
「陸戦タイプ!?」
「残りの13機は、長距離航行用のフライトユニットと一体化した空戦タイプでね。今、日本国の要請で人工幻夢大陸から遠征中なんだよ。間が悪いよね。」
「……長距離航行用って……機動兵器に実装すべき空戦仕様については、まだ結論が出てないはずですよ!?」
「一般的にはね……セトニクス・エレクトロニクスでは、必要があったから10年前に開発して何度も改修しているけどね。」
驚く塁の表情を横目に、蒼虎騎兵が固定されているハンガーに歩きながら、久間は肩をすくめる。
「間に合ったね。丁度、今、修復作業やってるみたい……」
「……な、なんだこりゃ……お、おい!……今、外から見た装甲の修復状況どうなってる!?」
装甲が破損している蒼虎騎兵のコックピットから顔を出している、濃蒼色のパイロットスーツに身を包んだ鳶色の髪の男性の慌てた声に何事かと見る。
蒼虎騎兵が薄蒼色の輝きに包まれながら、破損した装甲が、フィルムを巻き戻すかのように、異常な速さで元の状態に戻っていく様子が視界に入ってくる。
「……あ、あれは、何をしているんですか?」
「修復作業だよ……というか、すごい速度で破損部分が修復されているけど……もしかして、予備プールの液体金属を使っているのかな?」
思案気な久間を横目に、塁は食い入るように蒼虎騎兵が《《想定以上の速度》》で修復されていく光景に見入っている。
「機動兵器の補修や修理・整備って……パーツや装甲の交換が主だと思ってました。」
「あ、うん。通常はその考えだよ。僕らは、10年前の魔獣災禍を終結させるために各地を転戦する必要があったんだ。そのためには、継戦能力を維持しないといけないのはもちろん、短期間で補修や修理・整備を完了させる必要があったんだ。」
「……それは、わかりますが……これを発表すれば、補修や修理・整備の概念が覆りますよ!?」
「そうだろうね。装甲の組成成分を注入したら修復する兵器って、兵站用の物資から機器点数を大幅に削減できるから、軍からは喉から手が出るくらい欲しいものだろうし。」
「……外部から栄養を摂取して回復する……まるで生物みたいですね……」
久間は、その言葉に、どこか関心したように、塁へ視線を向ける。
「まあ、その表現はあながち間違いではないね……発表するとパワーバランスが崩れてしまいかねないから、今のところ公表予定はないよ。だから、檜山君も黙っておいてね。」
「あ、はい。それは……」
不承不承頷く塁を横目でチラリと確認すると、久間は、蒼虎騎兵で食入るように、異常な速度で修復されていく様子を見ている180センチの大男の方へ向かって近づいていく。
厳つい表情の男が身に着けている白いツナギ服は、油にまみれて汚れている。
「大喜多さん、蒼虎騎兵の修復、終わりそうだね。」
「ッ!?……久間さん、来てやしたんですか。しかし、ありゃなんです?」
「ああ、多分、僕が試作した予備プールに格納された液体金属が原因だと思うよ。今、修復用に使っているよね。」
「ええ……他に選択肢がありやせんでしたからね。『蒼の騎士団』側の同意を得て使ってやす。あんな速度での修復されるのはまるで『始まりの機動兵器』と匹敵し……まさか!?」
思案気に呟いていた大喜多は、何かに気づいたように驚きの表情を浮かべる。
「そのまさかだよ。アイデアは、今回、アルバイトで手伝ってくれている塁君が考案したものだけど。今回、組成を変えて試作した液体金属とAICEの組み合わせであれば、制御が難しい魔那転換炉の代替になるからね。」
「……」
「今後、幻想洞窟の討滅を進めるためには、抜本的な戦力強化は避けて通れない。現在、封印指定されている『始まりの機動兵器』の使用許可を得るために『|合理的国家の巨大同盟および関連議会』と交渉するより現実的だと思わない?」
「……そういうことでしたか……しかし10年前も、今も、こちらの事情を汲んで待ってくれないのはしんどいですな……」
「僕らは僕らができることを積み上げるしかないよ。」
大喜多のぼやきに、久間は肩をすくめて応える。
「……それに、状況はもっと待ってくれないと思うし。」
「どういうことです?」
「それは……」
久間が言いかけた時、警報が鳴り響く。
ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン
再度の警報のあと、無機質な電子合成された声によるアナウンスが整備用ドッグに備え付けられたスピーカーから鳴り響く。
整備用ドッグの整備員や、蒼虎騎兵の修復作業の関与者達が何事かと辺りを見渡す。
『人工幻夢大陸行政府から、緊急報知を行います。住民の皆さんは、避難先のシュエルターから視聴をお願いします。』
ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン ブゥゥゥゥゥゥン
『繰り返します。人工幻夢大陸行政府から、間もなく緊急報知を行います。住民の皆さんは、避難先のシュエルターから視聴をお願いします。』
「……とうとう始まるみたいだね。人工幻夢大陸で『原国家体制連盟』と『|合理的国家の巨大同盟および関連議会』との間での《《本格的な》》武力衝突。」
久間の言葉に、大喜多は表情を渋面にして嘆息した。
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