4話
四足歩行の漆黒の起動兵器と騎士型起動兵器による戦闘の余波を受け、オフィスビルや道路が破壊されていく。
「な、何よ……これ……何なのよ……わけわかんない!」
ショッピングモール1階のカフェのテラス席近くにあるエントランスから、起動兵器同士の戦闘を目の当りにして、胸元まで伸びたセミロングの茶髪の少女が、困惑しきった表情で喚く。膝下丈のネイビーのデニムワンピースに白のカーディガンを羽織った自身の身体を両手で抱きしめる。
エントランスの強化ガラスは、飛来した破片や弾痕によって蜘蛛の巣のような罅が入っている。カフェのテラス席のいくつものテーブルを天板が外側に向けられ、バリケードが作られている。
バリケードの奥の1階エントランスでは、数百人の買い物客達が身を寄せ合っており、重傷者を懸命に介抱している人達が憔悴した表情を浮かべ叫ぶ。
「この中に、医者の方はおられませんか!」
「どなたか、清潔な布を持っている方はおられませんか!」
「だ、誰か!……この子を助けてください!お願いです!」
悲痛な声に何人かの買い物客達が手を上げる。
「わ、私……医者です。」
「……これ……さっき購入したタオルです……」
「落ち着いて……この症状は命に別状があるものではないです。」
限られた物資で重傷者を何とか介抱している人達を横目に、長い黒髪をポニーテルに纏めた少女はバリケードの隙間から起動兵器同士の戦闘を食い入るように見つめている。
花柄の膝上丈のワンピース姿が周囲の悲惨な状況から酷く乖離している。
「……あれは……起動兵器?」
「……詩織……あれが何か知ってるの?」
詩織の呟きにセミロングの茶髪の少女は、怪訝な表情を浮かべる。
「あ、うん……佳奈は私の死んだ兄貴……知ってるよね?」
「……うん。悟さんは知ってるけど……」
佳奈は困惑しながら頷く。
「兄貴の仕事、あのロボット……起動兵器って言うんだけど……そのエンジニアだったんだ。」
「えっ!?」
「……遅くまで仕事をした上に、終わらない仕事を家でもしてたんだけど……その時ちらっと見えた資料に、あの騎士みたいなロボットに似たのがあって……それで……」
「……悟さん、忙しそうなのは知ってたけど……その……アームなんとかっていうのに、なんで関わっていたの!?」
驚く佳奈に詩織は、躊躇いがちに口を開く。
「……ほら。私らの両親、職場の事故で死んじゃったじゃない?」
「あ……うん。詩織のおばさんやおじさん……急に亡くなって……びっくりしたの覚えてる。」
「……兄貴はさ……まだ小さかったあたしに不自由させないように、割のいい仕事が見つかったって……少し危険だけど試作機の開発に関わる仕事だから問題ないって言ってさ……」
「……そっか……それで悟さんは、あのアームなんとかってのに関わる仕事してたんだ……」
「うん。採用自体をあまりしない会社だから、兄貴は採用されたことにすごく喜んでたんだ。だから危険な仕事への就職を強く反対できなかったんだ……」
「……そうなんだ。悟さん、なんて会社で仕事してたの?」
「……確か……セトニクス・エレクトロニクスって言って……!?」
詩織は言いかけて、何かに気づいたように驚いた表情を浮かべる。
「どうしたの?」
「セトニクス・エレクトロニクスって、塁君が今、バイトしている会社だ!」
「えっ!?……塁、アームなんとかを扱っている会社でバイトしているの!?」
「……以前、塁君が、セトニクス・エレクトロニクスで兄貴を見殺しにした久間って奴と電話をしているのを聞いたことあるから……どうしよう。塁君も見殺しにされちゃうかも……」
「そ、そんなのダメだよ!……なんとかしないと……」
「でも……どうやって……今、塁君の居場所もわからないし……」
「……塁に電話して、伝えるのはどうかな。」
佳奈の言葉に、詩織はスマートフォンを取り出し塁へ電話をかける。
「……だめ……つながらない……」
佳奈もスマートフォンを取り出し塁へ電話をかける。
「……こっちも駄目だ……つながんない……」
「多分……安否確認をする人達が一斉に電話をかけようとしてるんじゃないかな……電話会社が通信制限を掛けてるかも……」
「あ……そっか……じゃ、じゃあさメール送るのはどうかな……」
「メール……うん。でも、直接伝えないと伝わらないと思うから……居場所を聞いて合流するのを目標にしないと。」
「……えッ……うん……会って話さないと分かんないよね……」
詩織の言葉に、佳奈は戸惑うも、自身を納得させるように頷く。
「じゃあ……塁君が、今どこにいるのかとかメールでやり取りできたら……合流だね。」
「……メール……届くかな……」
「……やってみないと……うん。まずは出来ることからだよ!」
佳奈が頷くのを確認してから、詩織はスマートフォンを操作し始めた。
◆◇◆◇
黒の光沢があるスーツを身に着けた黒髪の中肉中背の男が、濃青色の全身鎧を纏う西洋騎士達の包囲を何とか抜け出そうと、逆手にもった刃渡り30センチ程のアーミーナイフで切り付ける。
が、西洋騎士の剣で受け流され、返す剣戟で切り付けられる。
「くそっ……この包囲を抜けるは難しいか……」
続けて繰り出される西洋騎士の剣戟を逆手に持ったアーミーナイフで受け流しながら後退する。後退した先で西洋騎士達と対峙していた、赤味がかった金髪の長身の男の背中とぶつかるように背中をあわせる。身に着けている朱色のスーツが所々切り付けられている。
「『赤狼』……『銀狼』のやつはなんとかなりそうか。」
「いや……こいつらの起動兵器にマークされてターゲットに近づけねぇ。」
「こいつらは、一体何なんだ?」
「『蒼の騎士団』っていうSSSランク狩猟探索者のクランだ。」
「『蒼の騎士団』だぁ……あの欧州最大の幻想洞窟を単独で討滅したって眉唾な話のやつか?」
「『黒狼』……その件は、裏を取ったが……事実だ。」
「何だと!?」
「裏を取った内容もそうだが、実際に対峙してみて、こいつらの兵装は、起動兵器も含めて何かおかしい。」
「何がおかしいってんだ?」
「中華大国のゴビ砂漠で発掘された鉱物が動力源となっている俺達の起動兵器は、従来の100倍超の出力になっている。だが……こいつらの起動兵器は、それと互角に渡り合っている。この時点でおかしい。」
「……つまり、既に俺達の起動兵器と同等の性能を備えているってことか?」
「中華大国から技術供与された動力システムは、開発に10年かかっているんだぞ!こいつらの起動兵器は、対魔獣戦へ投入された7年前から変わっていない……この意味は分かるだろう?」
「……中華大国が10年かけて開発した動力システムとその動力を利用した兵装を7年前には実用化に成功している……ちょっとまて!1国と同等の技術力をたかが1クランが持っているってのか!?」
「起動兵器だけを例にとるとそうだ。」
「起動兵器だけ?」
「……思い返してみろ、ASSALT GRIFFON HELLのソニック・ショットは、重戦車も破壊できるんだぞ!奴らの装備が対魔獣兵装の完全武装の全身盾でまともに受けて、なんでまだ戦闘を継続できるんだ!?」
「ッ!?……ASSALT GRIFFON HELLのソニック・ショットの威力を相殺できる対魔獣兵装を開発して配備している……だと?」
「……いずれにせよ、『蒼の騎士団』との遭遇戦は想定外だ。だが、ここで見聞きした情報は本国にとって重要な意味をもつ。俺達は、仮想敵国を北米連合として戦略立てちゃいるが、真に警戒すべき仮想敵は『蒼の騎士団』なんじゃないか?」
「……つまり、俺達は真の敵を見誤ってたってことか?」
「そうなる……」
「しかし……ここをどうやって突破する?」
「『銀狼』に作戦の一部変更と作戦目標の追加で対応する。」
「……ASSALT GRIFFON HELLでこの包囲を突破するってことか?」
「ああ……その後、ターゲットへの対応だ。」
「判った。」
「しかし……」
『赤狼』は周囲を見渡すも買い物客は避難し終わったのか視界に入らない。
遠目にショッピングモール1階のエントランスが、幾つものテラス席のテーブルの天板を外側にむけて並べたバリケードが見える。
「……もう、牽制に利用できそうな一般人はいねぇな……」
包囲を狭めようとする、正面の西洋騎士へ拳銃を打ち込む。
パン パン パン パン
キン キン キン キン
西洋騎士達は全身盾を掲げ、『赤狼』の銃弾を弾く。
「……この拳銃の弾丸も重戦車の装甲を貫ける特注のハズだ。それが弾かれる時点で、俺達の国が鋳造可能な装甲の硬度を超えている……こんな兵装が既に量産されているという事実は脅威以外の何物でもないぞ。」
「……確かにな。『銀狼』への作戦変更を伝える時間を作る。援護しろ。」
「判った……では仕掛けるぞ。」
『赤狼』は拳銃をけん制のために再度発砲すると同時に、逆手で持った赤のアーミーナイフで西洋騎士に切りかかった。
◆◇◆◇
目の前のASSALT GRIFFONが巨大なブレードを羽のように広げ突進してくる。蒼虎騎兵は巨大な馬槍で受け流すとASSALT GRIFFONから距離を取る。
方向転換をしたASSALT GRIFFONは、徐に後ろに折りたたんでいた1対のブレードの片刃をおもむろに立てる。
「むッ……なんだ、何かの攻撃か?」
刃を上側に向けたまま、片刃のブレードの切先を正面右方向へむけるのが見える。
咄嗟にリクライニングシートのマニピュレータを操作して馬槍を前方に構えさせる。
と、瞬間、爆発物が爆発する音と共にASSALT GRIFFONのブレードが射出された。
「……軌道は……逸れるか……」
濃蒼色のパイロットスーツに身を包んだ鳶色の髪の男は、迎撃する必要のない攻撃と見切り、騎士型起動兵器の迎撃行動を止める。
全天周囲モニターの右前方で保護対象の乗るリムジンが映し出されていたサブウインドウでリムジンが急停車後、方向転換をして急発進する。直後、急発進するまで停止していた場所へ射出された巨大なブレードが突き刺さる。
「……なッ!?……」
もう一本のブレードの射出準備を行う目の前の薄紫色の光を放つ漆黒の機動兵器の狙いに気付き、射線を塞ぐために保護対象が乗るリムジンとの間に騎士型起動兵器を移動させる。
『オーレン大尉……保護対象の乗るリムジンが補足されています』
「……もう対処している!あのリムジンの退避は、どうなってる?」
『今、安全圏である『白の勇士団』の拠点へ誘導しています。ナビゲーションは、私が行うのでオーレン大尉は殿をお願いします。』
「承知した。」
リムジンの移動に合わせて仰角を調整しているASSALT GRIFFONのブレードに合わせて、騎士型起動兵器を射線上に移動させながら、左腕のバックラーを胸部に移動させる。
刃を上側に向け、片刃のブレードの切先が再び射出されるも、巨大な馬槍で射出される軌道となる空間を振るう。
ギィィィィィィン ガガガガ
射出された、巨大なブレードが中折れし、破片が周囲に飛び散る。
「あっぶねぇ……」
『オーレン大尉……保護対象が乗るリムジンの安全を優先させてください!』
「……わかってる!」
騎士型起動兵器を後方に大きく跳躍させて、対峙しているASSALT GRIFFONから大きく距離を取る。
『……ASSALT GRIFFONの対処は、保護対象が乗るリムジンを『白の勇士団』の拠点へ誘導した後にしましょう。私もカバーにはいります。』
「判ったが……|こいつ《ASSALT GRIFFON》がそう簡単に……ッ!?」
防衛線を突破するためか、前脚を曲げて上半身を屈める様子を前面モニターで確認すると同時に騎士型起動兵器の馬槍を構える。
が、何事もなかったかのようにゆっくりと上体を起こす。
そして、後方に飛び退いて距離を取ると人工幻夢大陸中心部へ向けて疾走していく映像が映し出される。
『……どうしました?』
『フレディ=サイ』というラベルがウィンドウにオーレンは、怪訝な声で伝える。
「……ASSALT GRIFFONが後退していきやがる……」
『……妙ですね……何か作戦変更でもあったのでしょうか。』
「さあな……いずれにせよ、今のうちに態勢を整えるぞ。」
『そうですね……』
『フレディ=サイ』というラベルがウィンドウから聞こえてくる釈然としない声に、オーレンは、思案気に声を向ける。
「……いまいち状況が分からんが、一旦、仕切り直しってことだろ……」
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