2話
クリーム色のスタイリッシュなパンツにタートルネックの濃藍色のセータの上から白衣を羽織った童顔の男性が、エレベーターに備え付けられたカメラへ向けて自分の社員証のQRコードをかざす。1階から40階のパネル表示がB10階からB50階に切替わると童顔の男性は、B30階の表示に触れる。
「地下30階!?……久間。このエレベーターはどこ行く?」
肩口まである明るい赤毛を後ろに下ろした女性が目を見開く。
薄藍色のワンピースの上に、白衣を羽織っている。
「セトニクス・エレクトロニクスのPMCの拠点だよ。カルラ。」
「ッ!?シンガポール軍管特区内でレンタルしている施設じゃないの?」
「あれは、試作機評価用のダミー施設だよ。セトニクス・エレクトロニクスは、表向き機動兵器の駆動系部品のみを提供することになっているから。」
苦笑いする久間に、カルラはジト目を向ける。
「ダミー?……なぜ隠す?」
「セトニクス・エレクトロニクスが開発する機動兵器が強力すぎるからだよ。」
「強力すぎる?」
久間の言葉に、カルラは怪訝な表情を浮かべる。
「……カルラは、『蒼の騎士団』が駆る機動兵器は知ってる?」
「『蒼の騎士団』の機動兵器の戦闘映像は見たことある。幻想洞窟討滅時の戦闘映像だった。あの機体性能は、理論上の核融合炉以上の動力源を搭載しているとしか思えない。」
「……だよね。その『蒼の騎士団』の機動兵器のプロトタイプを開発したのがセトニクス・エレクトロニクスだって言ったら意味わかるかな。」
「ッ!?……待って。『蒼の騎士団』の機動兵器は『幻蒼輝島』で開発してるって聞いた!」
「今はね。10年前、幻想洞窟発の魔獣災禍による被害が最も大きかったのは欧州だったんだ。」
「……初めて聞いた。」
「だろうね。その被害を最小化するためには、強力な機動兵器が必要だったんだ。だから当時のタイムーンコーポレーションは、機動的に機動兵器を開発してPMC経由で対処するためにセトニクス・エレクトロニクスの設立をしたんだよ。」
「……PMC経由?タイムーンコーポレーションやセトニクス・エレクトロニクスが何故対処しない?幻想洞窟発のスタンビードへ対抗するために1企業がPMCをもつの当たり前。」
「今はね……当時、1企業が強力な私設武装組織を保有することが一般的ではなかったからだよ。」
「……」
「1企業が各国の国防軍を超える強力な私設武装組織を保有すると世界のパワーバランスが崩れると見做されたんだ。」
「そんなの……おかしい。多くの人達がスタンビードで死んでいったのに……パワーバランスなんて……」
「そうだね。ただ、東西冷戦を経て貿易摩擦でいがみあっていた中、大国の独裁者の独善的な決定で隣国への軍事侵攻とかも発生していたからね。パワーバランスが崩れることは形を変えた武力による現状変更と解釈される恐れがあったんだ。」
「……」
「魔獣災禍の被害が最も大きかった欧州各国とタイムーンコーポレーションが交渉して、対魔獣戦に効果が無かった近代兵器の代替兵器開発と戦力再編のためのPMC設立、そしてそのPMCからの戦力提供が合意されて初めて『蒼の騎士団』を結成できたんだよ。」
「……そして、セトニクス・エレクトロニクスが強力な兵器……つまり機動兵器を開発した……」
「うん。ただ、1企業がそんな強力な戦力を開発できるなんてことが表沙汰になったら、パワーバランスが崩れるって反対する国が出てくるのが目に見えていたからね。タイムーンコーポレーションが共有してもいい技術をワザと流出させて、大国に機動兵器の独自開発に走るよう仕向けて、反対意見が出にくい状況をつくりながらだけどね。」
「……じゃあ、今、世界に広まっている機動兵器の技術は、元々はセトニクス・エレクトロニクスが開発したもの?」
「まあ……そうなるね。」
「……」
「いずれにせよ。強力な兵器開発が行える大義名分と、その兵器を用いた力を振るう範囲が合意できないと人を助けることすらままならないんだよ。今の世の中はね。」
「……」
「そして、今、人工幻夢大陸で起きようとしている武力衝突から、多くの人を守るためにカルラの力を貸してほしいんだよ。」
「……分かった。でも、人命優先。それは譲れない。」
「うん。それでいいよ。カルラが出来る範囲で力を貸してくれれば。」
エレベーターのパネル上でB30が表示され、エレベーターの扉が開く。
「到着したよ。じゃあ、案内するね。」
「……分かった……」
おずおずと頷くカルラに、久間は微笑を向けた。
◆◇◆◇
◇◆◇◆◇
エレベーターを降りると、高さ40メートルの巨大な空間が視界に入る。
空間の中央部には、この空間を支える幅5メートルほどの円柱が天井までそびえ立っている。円柱の上部、3メートル幅を帯のように曲面ディスプレイがはめ込まれている。6面に分割された画面には起動兵器の部品在庫状況、整備作業の進捗状況を示すガントチャートが順番に切り替わって表示されている。
円柱を中心に機動兵器のハンガーが時計回りに設置されている。視界に入るだけで26のハンガーが確認できる。
「おい!機体整備、手順通り終わってないのがまだ残ってるぞ!」
「あ、それ部品交換しないと進められないんですよ!」
「何ッ!?先月、交換したばかりだろう!」
「駆動系らしくって、ケイの反応速度に合わせてたらぶっ壊れてしまったんだと!」
「あ、今、ハンスが部品交換中なんでそれ待ちです。」
「……判った!早くしろよ!久間さんが来た時に説明できりゃあいい!」
「「りょうかーい」」
各ハンガーに設置された白い装甲機動兵器の周囲にいるメカニックの会話をききながら、カルラが目を見張る。
「……これが、セトニクス・エレクトロニクスのPMCの拠点……」
各ハンガーの傍らには、機動兵器用の剣や盾といった武器に加え、ハーププレート・メイルや、スケール・メイルのような装甲パーツが積み上げられている。
「おい!そこの嬢ちゃん、ここは関係者以外立ち入り禁止だ!誰の許可を……」
「大喜多さん、この娘は関係者だよ。」
スパナを持つ角刈りの180センチ以上ある厳つい表情の男が、カルラを目ざとく見つけて注意喚起しようとするのを久間が苦笑いしながら止める。
厳つい表情の男が身に着けている油にまみれて汚れた白いツナギ服に、カルラが顔をしかめる。
「ッ!?久間さん?関係者って……どういうことだい?」
「今回、セトニクス・エレクトロニクスに助っ人で来てくれた、カルラ=マンリオ=加藤だよ。」
「ッ!?……おいおい、久間さん、ホーイング社の元チーフエンジニアの名前じゃねえか!」
「うん。そうだよ。今回『アガルタ・オンライン』のオーバーホールとかを手伝ってくれるんだ。」
「……ああ、そういう案件も有りやしたねぇ。」
「うん。大喜多さんが苦手なプログラミングの方だよ。」
「……それは、勘弁してくだせえ。」
渋面になる大喜多へ笑みを向けながら、久間はカルラに視線を向ける。
「カルラ。こちら大喜多泰三さん。セトニクス・エレクトロニクスのPMCのチーフエンジニアだよ。」
「おおきた……たいぞう?……何処かできいたことある……」
思案気な表情を見せるカルラに、久間は苦笑を浮かべながら告げる。
「……元日本国の国防軍で近代兵器を組み合わせて、魔獣を撃退したメカニックだよ。」
「ッ!?……思い出した!魔獣に通用する攻撃手段を見つけた人!」
「おうッ!嬢ちゃん、良く知ってるな。」
「北米連合でも、近代兵器が通用しなくて困ってたから……オオキタ?……タイゾウ?……の情報、とても役に立った!」
カルラが、今まで見せたことがないほど尊敬の眼差しで大喜多を見る。
「久間さん、良い娘じゃないですか。」
照れ半分、ドヤ顔半分の表情の大喜多に久間は、苦笑いを浮かべる。
「……うん。カルラは、良い娘なんだ。機動兵器の整備も条件付きで手伝ってくれるぐらいにね。」
「それは助かるぜ!……ところでカルラの嬢ちゃん、条件ってなんだい?」
大喜多の問いに、カルラは大喜多に向けていた尊敬の眼差しを、真剣な眼差しに変える。
「条件は……人命優先……機動兵器を優先してパイロットの生命脅かすような魔改造はしないし、したくない!」
「……当たり前だ!そんなこと、逆にこの俺が許さねえ!パイロットは何があっても帰還できるように機動兵器を整備するのが、俺らの仕事だ!」
カルラを探るように見ていた大喜多は、何を言ってんだという表情を浮かべ言い切る。
「ッ!?……なら問題ない。」
大喜多の言葉に、カルラは毒気が抜けたような表情を浮かべ頷く。
「……じゃあ、問題ないね。大喜多さん、カルラには『TAT-X-005』……『ライトセイバー』の整備と拠点防衛用のBオプションへの改修をお願いしようと思うんだ。良いよね。」
カルラが大喜多の言葉に頷いたのに安堵した久間は、大喜多に真剣な表情を向ける。
「ッ!?ちょ……ちょっと待ってくださいよ。あれを整備するんですかい?」
「……うん。これはセトニクス・エレクトロニクスのCEO――大神さんの了承を得ているよ。」
「――承知しやした。あれの出撃が必要な事態になるってことですかい……」
「最悪の場合はね……」
久間の言葉に、大喜多が唸りながら腕を組む。
大喜多の様子に、カルラは怪訝な表情を浮かべる。
「……あれって何?」
「一番奥のハンガー……他の機動兵器よりもひと回り大きい機体だよ。」
久間が指す方を向くと、甲冑を着用した3対の巨大な白い翼をもつ洗練された外観の白い機体が視界に入る。3対の翼は、折りたたんだ状態でハンガーに固定されている。
他のハンガーに固定されている機体よりもひと回り大きい。
「……守護天使のようなあの機体……どこかで……」
既視感のするシルエットにカルラは、形のいい眉を寄せる。
「多分、見たことあると思うよ。10年前、日本国で起きた魔獣災禍を収束させた機体だからね。」
「ッ!?……まさか……あの機体があるってことは……セトニクス・エレクトロニクスのPMCは『白の勇士団』!?」
「あれ?言ってなかったっけ?セトニクス・エレクトロニクスのPMCは、日本国の魔獣災禍を収束させ、今なお、国防軍と強力してスタンビードで発生した魔獣を駆逐している『白の勇士団』だよ。」
驚くカルラの疑問を、久間は、さらっと肯定する。
あまりの驚きに、カルラは言葉にならないのかパクパクと口を開閉している。
「……カルラの嬢ちゃん、俺もはじめて、この場に来たときは驚いたもんだ。何せ、日本国を蹂躙していた魔獣共の群れを何処からともなく飛んできて、殲滅するだけして飛び去った、守護天使みたいな機体が目の前にあるんだからな。」
カルラが驚く様子に苦笑いを浮かべながら、大喜多は続ける。
「ただ、久間さんと仕事するんなら、こんなことで驚いてたらもたねえぜ。まあ、色々と度肝を抜くようなことが多々起きるとは思うが、慣れるこった……何かあれば言ってりゃあ手を貸すぜ。」
「……慣れない……」
ボソッと若干、拗ねたようにいうカルラを一瞥して、久間は大喜多の方を向く。
「じゃあ、大喜多さん……最悪想定で、『TAT-X-005』……『ライトセイバー』の整備をカルラと一緒にお願いするよ。万が一の場合は、ケイにこれで出撃してもらうから。」
「……ケイですかい?まあ、奴さんの反応速度には十分、対応できる機体だとは思いやすが……逆にオーバースペックすぎて扱いきれないんじゃないですかい?」
「いい機会だと思って、慣れてもらうしかないかな。如月ケイには、勇者を超えてもらわないといけないから。」
「……」
久間の言葉に、大喜多は表情を渋面にする。
「……酷すぎやしませんか?勇者と同じことを、14歳の子供に押し付けるのは。」
「無茶だとは思うよ。でも勇者の魂の欠片を宿している以上『ライトセイバー』は、如月ケイにしか起動できないからね。」
「……」
「いずれにしても……」
ブー ブー ブー ブー
大喜多に続けて言おうとした時、スマートフォンが振動しているのに気付く。
「電話!?……えっと……フレディ君?……あ、大喜多さん電話に出るね。」
「あ、へい。」
久間は、通話ボタンを押すと大喜多とカルラから離れるように『ライトセイバー』が固定されているハンガーの方へ歩きだす。
「……はい。久間です。」
『フレディ=サイです。ご無沙汰しております。』
「うん。ご無沙汰。どうしたの?人工幻夢大陸に蒼虎騎兵を持ちこんでいる件に関連することかな?」
『……はい。ご認識の通りです。』
少し、警戒するようなフレディの声音に、久間は苦笑を浮かべる。
「Aアラートが発令されるほどの案件なら、次回から事前連携してもらえると助かるかな。」
『……失礼しました。実は、今回の件……『睦月グループ』の要人警護の事案対応となります。』
「『睦月グループ』の?」
久間は、怪訝な表情を浮かべる。
『はい。今回、『睦月グループ』の代表権保持者の暗殺を防ぐという事案となっています。』
「……穏やかじゃないね。相手は誰なのかな?」
『RUCIAです。現在、ASSALT GRIFFONと人工幻夢大陸で交戦中です。』
「……RUCIAか……かなり、無茶苦茶してくれているんだね……」
久間は、苦笑いを浮かべながらフレディに応じる。
『……ここまでの強硬手段に出る時点で、我々の想定を超えた動きがあると考えております。そのため……』
「『白の勇士団』との共闘をしたい……かな?」
『はい。『蒼の騎士団』の本部から作戦計画と共に、久間さん宛に正式な要請がされることになっています。』
「……なるほど……大筋合意するのは問題ないけれど……作戦計画は多分、修正版を送り返すことになるよ。」
『ッ!?それは……何故でしょうか?』
フレディが少し慌てる声音を効きながら、久間は苦笑いを浮かべる。
「そちらも既に予測済だと思うけれど……単なる1企業を狙った犯罪ではなく『原国家体制連盟』と『|合理的国家の巨大同盟および関連議会』の武力衝突を想定して対処すべきと考えているからだよ。現に、人工幻夢大陸の北方10キロの海上に中華大国と露西亜連邦の艦船が集結しているという情報もあるからね。」
『……それは……想定を変えるべきですね。はい。』
「うん。じゃあ、詳細は修正版の作戦計画を送り返した後でもいいかな?」
『承知しました。』
「じゃあ、正式要請を待っているね。では。」
そう言うと、久間は、スマートフォンを切って間近に迫っていたハンガー前で立ち止まり、固定された機体を見上げる。
「……幻想洞窟討滅のための力を人間同士の殺し合いに使わなくちゃいけないなんて……悲しいね。ケイ=アルマナ。君が生きていたら、何とかなったのかな。」
嘆息する久間の言葉はハンガーに固定されたメカニック達の喧噪に掻き消された。
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