1話
横倒しにされた7台の円筒形の装置が等間隔に設置された部屋。
白衣を着た3人の男女が最奥に設置された2台の円筒形装置付近に集まっている。
ピッ ピッ ピッ ピッ
機械音を立てながらタッチパネルを女性が操作している。
時折、手元のタブレット端末で操作マニュアルを確認して操作している。
セミロングの艶やかな黒髪が一房、白衣の胸元にはらりと落ちる。
と、円筒の表面に備え付けられた40センチ四方のタッチパネルに円グラフと波形が表示される。
青いフレームの眼鏡をかけ直し、表示内容を確認する。
「バイタルは安定しています。」
「『OSIRIES』との接続状況は?」
「正常です。」
「復元率は?」
「えっと……今のところ95%って状況ですね。」
質問をしていた銀髪の男性は、思案気に目を閉じる。
彫りの深く整った容姿は、美丈夫といっても差し支えない。
「バイタルの意識レベルも正常値なら、ICUから一般病棟へ移すことが可能だな。」
白衣を纏った、生真面目そうな男性医師は手元のタブレット端末から視線を上げると、驚嘆した表情を浮かべ銀髪の男性に視線を向ける。
「……凄いですね。運び込まれたときは、お二方とも心停止状態でしたよね。」
「『OSIRIES』による適切な初動対応が、蘇生率を高めているのだろうな。」
「初動の医療行為が自動化できるなんて素晴らしいです。」
生真面目そうな男性医師は、驚嘆した表情を浮かべ、何度も頷いている。
「グレイ御侍史。『OSIRIES』を他の急患に用いなかったのは何故なのでしょうか?」
セミロング髪の女性が、青いフレームの眼鏡越しに思案気な表情を浮かべグレイに訊ねる。
「……『OSIRIES』は万能ではない。もちろん制約も存在する。麻生御侍史。」
苦笑しながらグレイは、麻生に応じる。
「制約……ですか」
「『OSIRIES』による医療行為が行えるのは、事前に生体情報が存在する場合のみだからな……」
グレイは、諭すような口調とともに嘆息する。
「事前に……ですか?」
「ああ。今回、急患として運び込まれた睦月夫妻は、偶然にも定期健康診断の際に『OSIRIES』を用いた精密検査で復元するための生体情報が存在したから蘇生がうまく行ったのだよ。」
「ッ!?……『OSIRIES』は、治療対象者の復元を行うのですか!?それって、再生医療そのものじゃないですか!」
生真面目そうな男性医師が、驚く。
「そうだ高山御侍史……ただ復元用生体情報の維持コストが高額すぎる故に一部の富裕層しか利用できないがね。」
嘆息するグレイに、なるほどと高山と麻生は頷く。
「『OSIRIES』を今後普及させるためには、今の高額な維持コストをどれだけ下げられるかが課題だろうな……いずれにせよ睦月夫妻を一般病棟に移さないといけないな。今週末に、御息女がお見舞いに来られるそうだ。」
「あ、はい。手配しますね。」
「では、手続きを始めます。」
麻生と高山が手続を手元のタブレット端末をそうさするのを横目に、グレイは円筒形の装置に視線を向ける。
「あの時『OSIRIES』があれば、お前を助けられただろうか……ケイ……」
独り言ちたグレイの言葉は、誰にも聞かれることなく消えた。
◆◇◆◇◆
◇◆◇◆◇◆
気が付くと視界を漆黒の闇が覆っていた。
――ここは……どこだ。
見渡す限りの闇――自分の存在も闇に飲まれてしまう。
そんな恐怖に襲われた時……視界の端に光が映り込んできた。
思わず光の方を向く。
漆黒の暗闇の中、1つの光が瞬いたように見えた。
――あれは。
目を凝らすと、光がゆっくりと近づいくる。
――いや、俺の方が近づいている……のか。
近づくにつれ、光の正体が判明する。
一振りの美しい刀――刀身に刻まれた、角と翼をもつ四本脚の獣の紋様が光を放っていた。
――麒麟……。
紋様の神獣の名を呟いた時、直接頭に声が響く。
『『真実の鍵』となりし者よ――我へと至る道を探せ――』
――道って……。
『己が願いを叶えるため我へと至れ――』
――あなたはいったい、誰?
『今は眠りし大天使――彼の者が我への扉となろう――』
――大天使って……。
『我へと至れ――『真実の鍵』となりし者よ――』
直後、目の前の一振りの美しい刀身の紋様――麒麟が眩い光を放つ。
どれくらい経っただろうか。
永遠に続くような光が真っ白に変わる。
どこかで、振動音が聞こえる。
ブー ブー ブー ブー
ブー ブー ブー ブー
ブー ブー ブー ブー
傍から伝わる振動音に、意識が覚醒する。
目を開けるとカーテンの合間から漏れた陽の光が視界を塞ぐ。
再度、瞳を閉じる。
ブー ブー ブー ブー
ブー ブー ブー ブー
引き続き続く振動音に、傍らのスマートフォンが振動していることに気づく。
「あ、電話……智也?……」
電話を取ろうとするも、振動音が消える。
「あ……えっと……ッ!?……着信、23回!?」
慌てて智也に電話をかけようとするも、スマートフォンを握る手に力が入らない。
「あ……」
ベッドの上にスマートフォンが落ちる。
「えっと……」
周囲を見渡すとアルバイト先から帰ってきた服装のままだった。
「……バイトから帰ってきてから……偏頭痛が酷くて、そのまま倒れ込んだんだっけ……」
改めてベッドの上のスマートフォンの画面をみると、アルバイトに行った日から2日経過しているのに気付く。
「えッ!?……2日経ってる!?……講義……は……欠席連絡……したっけ……」
アルバイトから帰ってきてからの記憶が上手く思い出せない。
「……バイトは……休む連絡をいれたような……」
暫くぼんやりしていると、再び、スマートフォンが振動する。
ブー ブー ブー ブー
「……電話……あ、電話にでないと……」
ブー ブー ブー ブー
偏頭痛はないが、頭がぼんやりする。
通話ボタンを押す。
「……はい……」
『……塁ッ!?……お前、何やってたんだよ!!……メールの返信がないから電話を何度かけても「悪い……体調不良だ……」』
『……体調不良!?……どうしたんだ?』
「……あー……その、バイトで体調が悪くなってな……寝入って気が付いたら2日、経ってた……」
『2日、ぶっ倒れてただぁ!?……お前、そのバイト、本当に大丈夫なのか!?』
「……あー……多分……」
『……多分じゃねぇだろ!!……そんなバイト辞めちまえ!!』
「……無茶言うなよ……」
電話越しで激高する智也に、辟易しながらも、気力がないまま受け答えを続ける。
「……それで……電話の用件って……なんだ?」
『……はぁ~……塁、お前、完全に忘れてるだろ……』
「……何をだ?」
『言ったじゃねぇか……加奈……睦月加奈が週末に人工幻夢大陸に来るって。』
「……あ……」
完全に忘れていた。
『お前、それで今日は無理だとして、明日とかは大丈夫か?』
「……明日は……」
通話中のスマートフォンの画面をスワイプして、予定アプリを起動し、明日の予定を確認する。
「……バイトは休むから……大丈夫だ」
『よし!……じゃあ明日、調整ってことで睦月加奈の専属メイドに連絡しとく。詳細決まったらメールで連絡するから、ちゃんと見ておけよ!』
「……ああ……分かった。あと……ありがとうな。智也……」
『……分かればいいんだよ。あと……体調、ちゃんと整えておけよ!絶対だぞ!』
「ああ。分かった。ありがとう。」
『……じゃあな!』
プッ ツー ツー ツー ツー
通話が途切れた音を聞きながら、ベッドの上に倒れ込む。
「……加奈……」
ぽつりとつぶやくも、猛烈な睡魔に瞼が重くなる。
「……ようやく、会えるんだな……」
自分の声が他人の呟きのように聞こえるなと思ったのと同時に意識が途切れた。
◆◇◆◇◆
◇◆◇◆◇◆
高層タワー・ホテルの最上階の窓から、夕日を受けて茜色に染まった雲が地平線の先まで広がっているのが見える。
「人工幻夢大陸の家って、いつの間にか売却されてたんだ……」
暗紅色に彩られた唇を噛む。
寂しげな眼差しと整った鼻筋が、大人びた表情を感じさせる。
胸元まで伸びる艶やかな栗毛を左側に纏めて垂らしており、黒のワンピースに、白のレース柄の上質なカーディガンを羽織った姿は貞淑な淑女を思わせる。
白のハイヒールがワンピースの黒を引き立てており、普段より高い目線に合わせて伸ばした背筋が、スレンダーな肢体をよりしなやかに魅せている。
ゆっくり深呼吸をしながら、窓に映るメゾネットタイプの部屋に視線を向ける。
睦月グループの代表が利用するからか、3LDKほどの広さとなっている。
「……加奈様……葉月様から、今しがたご連絡がありました……」
専属メイドの声に、はっとして振り返る。
白のスカートスーツの専属メイドが、手に持つタブレット端末の画面から、丁度、視線をあげたところだった。
「……智也君からは、何と……」
声がかすれて、言葉が出ない。
……言葉に出すのが怖いのだと気付き、両手を胸の前でギュッと握りしめる。
ここ2日、連絡がなかったのは、会うことを躊躇されていたからではないのか。
あんな形で北米連合へ渡航して、音信不通にしたのは自分が先ではなかったか。
先ほどまで再会に胸躍らせていた心が、どんどんネガティブな方へ向かっていく。
拒絶されたらどうしよう……。
専属メイドは、目の前で両手を胸の前で強く握っては離し、握っては離すという挙動不審な所作を続ける主人に、どうやって声掛けしようかと思案する。
「……檜山様は……」
『檜山』というキーワードに、目の前の淑女擬きはビクリと肩を震わせる。
コホン。
咳払いの後、専属メイドは、落ち着いた声で報告する。
「……檜山様は、明日であればご都合がつくとのことでした。」
「……へ?」
最悪、会ってもらえないのではないか……そう思っていた。
拒絶されたらどうしよう……。
やはり嫌われてしまったのではないか……。
既に別の女性が隣にいるのではないか……。
考えるたびに、加速度的にネガティブになっていく思考が、いよいよ無限ループになろうとして停止した。
身構えていた心が、必要以上に緊張している身体が、一気に弛緩する。
拍子抜けた表情を浮かべている加奈を見ながら、専属メイドは苦笑いを浮かべる。
「……明日は、午前中に社長と奥様のお見舞いを予定しております。午後に予定を入れるのはいかがでしょうか?」
「あ、はい!……よ、よろしくお願いします!」
妙なテンションで、深々と腰を折る主人を見ながら困ったような表情を浮かべる。
「……相手が誰であろうと、睦月グループの代表として振舞ってくださいね。」
「あ……でも、塁君は……その……特別というか……」
専属メイドは、再び、目の前で両手を胸の前で強く握っては離し、握っては離すという挙動不審な所作を始めた主人を呆れたように眺める。
「……承知しました……明日の午後……ランチの後でお会いできるようにセッティングしますね。」
「はい!よろしくお願いします!」
嘆息と共に吐き出した、話を前に進める言葉は、妙なテンションに上書きされる。
再度、深々と腰を折る主人を困ったに見つめ、何度目になるかわからない嘆息とともに幕引きとなる言葉を紡ぐ。
「では、セッティングが終わりましたらご報告しますので加奈様は、この後の会食の御予定を消化してくださいね。」
「頑張ります!」
先ほどまでと打って変わり、笑顔を浮かべる加奈を視界の隅に収めると、一礼して退室する。
専属メイドは、室外のフロアを歩きながらタブレット端末に表示された、檜山塁に関する報告書を一瞥し、冷たい眼差しに苛立ちの色を浮かべる。
「……女性関係は、なんとか整理されたようですね……」
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