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5話

 窓ガラス越しに、闇夜を時折照らす灯台の光に照られた波間が浮かび上がる。

 

 照明が昼光色から電球色に徐々に切り替わる中、白を基調とした少し広めのカフェ風のオフィスにキーボードを叩く音が響いていた。


 お湯が沸いたことを知らせる鍋型のケトルのアラームが鳴る。

 ディスプレイに向かってキーボードを叩く女性が、キーボードを叩く手を止める。

 肩口まである明るい赤毛を後ろにまとめてポニーテールにしている。

 

 濃灰色のスタイリッシュなパンツにタートルネックの朽葉色のセータの上から白衣を羽織った童顔の男性が、ケトルをマグカップの上に載せたドリップコーヒーのフィルターにお湯を注ぐ。


「……久間……コーヒー依存症?」


「……依存症ってほどではないよ……」


 苦笑いを浮かべ、久間は女性を見る。

 薄蒼色のワンピースに、白衣をカーディガンのように引っ掛けている。

 

「……コーヒーが美味しいと思えない……」


「まあ……コーヒーが苦手な人は多いからね……チャレンジしてみる?カルラ。」


 久間の提案に、カルラは、美麗な眉を寄せて真剣な表情を浮かべる。


「……そんなに悩むことないのに……」


 ひとしきり悩んだカルラが口を開こうとした時、電子音のアラームが鳴る。


 ピー ピー ピー ピー ピー ピー


 けたたましいアラームを止めると、カルラはディスプレイに向き直りキーボードを叩く。


「……もしかして、塁君の『アガルタ・オンライン』へのダイブの件かな……」


「……『VRMMO Mode』への接続は……ノープロブレム……」


 アラームがなり続ける中、久間はカルラの横からディスプレイを覗き見る。


「……エラーログは、どうかな……」


 カルラがキーボードを叩きながらウィンドウを幾つも出して、ログを表示させる。


「……システム・サイドのエラーログ……ない」


「エラー検知時のアラームを全部同じにすると問題判別が難しいね……突貫で作業やりすぎか……」


 思案気な表情を浮かべる久間を、カルラはチラリと見る。


「……『アガルタ・オンライン』側の問題じゃ……ない……外部接続システム?」


 ぼそりと呟いたカルラの言葉に、久間は何かに気づいた表情を浮かべる。


「あ……テストプレイ前に、接続したOSIRIES(オシリス)かも。」

 

OSIRIES(オシリス)?」


 カルラが不思議そうな表情を浮かべる。


人工幻夢大陸(ネオ・アトランティカ)の全ての医療機関に導入されている統合医療行為支援システムだよ。」


「……統合医療行為支援システム?VRMMOと関係、分からない」


 カルラは困惑した表情を浮かべる。


「ああ……カルラは知らないよね。以前、人工幻夢大陸(ネオ・アトランティカ)で《《とある超人気VRMMO》》が流行った時に長時間ダイブを競い合う風潮が過熱してね……プレイヤーの老衰死事件が起きたんだ。」


「……VRMMOへの長時間ダイブ?……クレイジー……」


「以降、VRMMOを運営する会社に対し衰弱死対策としてプレイヤーのプレイ時間のモニタリングとOSIRIES(オシリス)との接続が行政政府から義務付けられたんだよ。」


「……」


「テストプレイも対象だからね……あ、プレイ時間のモニタリング状況とOSIRIES(オシリス)との接続状況は、緑の十字架のアイコンをクリックして表示されるコンソールから確認できるよ。」


 カルラがアイコンをクリックして、ディスプレイ上にコンソールを表示する。


「!?……バイタルが全部、危険域じゃないか!?」

 

 OSIRIES(オシリス)でモニタリングされている『呼吸』、『体温』、『脈拍』、『血圧』、『意識レベル』の全ての項目が危険域の数値を示し真っ赤に表示されている。


「久間!……ペインアブソーバーが無効になってる!」


「えッ!?……まずい!VRMMOモードへの接続を強制リリースして!」

 

了解(ラジャー)!」


 ◆◇◆◇◆

 ◇◆◇◆◇◆


『警告: 緊急停止のシグナルを、コマンド・コントロールから受信しました。』

『警告: これより『VRMMO Mode』の緊急停止シークエンスを開始します。』


 突然、目の前の映像にノイズが走ったかと思うと暗転した。

 

 暫く目の前が真っ暗のままの状態が続く。

 身体が酷く熱く感じる。

 深紅の勇者の剣戟で切り付けられた箇所がヒリヒリする。

 琥珀の勇者の弓で吹き飛ばされ、石畳に叩きつけられた背中が痛い。

 身じろぎしようとすると右膝からジンジンと痛む。

 自身の荒い息遣いがどこからか聞こえる。


 暗闇の中、光が見えた。


 ――なんだろう。


 目を凝らすように光を見る。

 光が徐々に近づいてい来る。


 ――……短剣……なのか。


 近づいてくる光は、古びた幾何学模様で装飾された鞘に納められた短剣のようだ。


 ――あれは……まさか……


 『僕に、幻想洞窟(ダンジョン)から湧き出した魔獣をやっつける力を下さい!』


 かつて、父からもらった短剣へ願い……そして、叶わなかった願い。


 ――どうしてあの時の短剣が……


 凝視していると短剣が鞘からひとりでに抜ける。

 同時に眩しい光が短剣の刀身から溢れだし、塁を包むように広がった。


 光が収まった時、目の前には一振りの美しい刀が顕現していた。

 よく見ると刀身に、角と翼をもつ四本脚の獣の紋様が鈍い光を湛えていた。

 

 ――これはたしか……麒麟……。


『ここに契約は締結された――己が願いを叶えるため『真実の鍵』となり我が力を使うがよい。』


 直接頭に声が響く。

 同時に目の前の美しい刀身の紋様――麒麟が眩い光を放つ。

 

 どれくらい経っただろうか。

 永遠に続くような光が真っ白に変わる。


 そして、直径5メートルの球形のシュミレーター・ルームの全天周囲モニターに外の映像が映し出された。

 ディスプレイ越しに、備え付けのコンソールパネルをどこか焦りながら操作する久間さんが視界に入る。


『塁君!……聞こえるかい?意識はある!?』


「あ、はい……少し、熱っぽくて身体が怠いのと……右膝が痛いですが……」


 言いながら、ヘッドギアを外し、リクライニングシートから身を起こす。


『まずいな……今日のテストプレイは、ここまでにしよう。』


「えッ!?……少し休めば、続けられそうですけど……」


『いや……今日は、ここまでだよ。想定以上に、檜山君へ負荷がかかっているみたいだ。』


「……そうなんですね……いや、そう思います」


 リクライニングシートから降りようとして動かした右膝に痛みが走る。

『VRMMO Mode』にダイブしていた時に感じたときよりも痛みは和らいでいるが。


『うん。テストプレイとはいえ、VRMMOのダイブには、行政政府の安全対策ガイドラインに従う必要があるからね。慎重に行わないといけないんだ。』


「……そんなものがあったんですね」


『まずは……今日のテストプレイのログとかを解析しながら、塁君にかかった負荷の原因を調査するところから始めないといけないな。』


 思案気な表情を浮かべる久間さんをディスプレイ越しに見る。


「えっと……じゃあ、明日のテストプレイは……」


『原因特定完了後、負荷の原因を除去出来ていたら……だね……』


「……なるほど。」


『なので、明日は『液体金属の組成』の方をお願いしたいかな。』

 

「あ、はい……わかりました。」


『アガルタ・オンライン』のテストプレイに気を取られすぎて、すっかり忘れていた……。

 

『とりあえず今日は、もう帰っていいからゆっくり休んでね。』


「わかりました……今日は、帰りますね。」


 そうして、俺は帰宅の途に就いた。

 翌日……朝から発熱を伴う気怠さが続いたためバイトを休む旨を久間さんに連絡した。

 右膝の痛みは、ほぼ引いていたので『VRMMO Mode』での怪我がそのまま生身の身体に影響するわけでもなさそうだということも合わせて久間さんへ報告した。


 久間さんからは、数日間は異常がないか経過観察が必要と結論づけられた。

 そのため数日間は、静養をすることになった。


 もちろん、大学の講義もすべて休んだ。


 

 そして数日後、胸に5cmほどの痣――角と翼をもつ四本脚の獣――麒麟の姿が顕れていた。


 ◆◇◆◇◆

 ◇◆◇◆◇◆


『まずは……今日のテストプレイのログとかを解析しながら、塁君にかかった負荷の原因を調査するところから始めないといけないな。』


 久間が檜山と話している声を聞きながら、カルラはキーボードを叩きながら、ディスプレイ上のコンソールの設定を確認する。


「Policy、No Problem」


 ハスキーボイスで独り言ちる。


「うーん……じゃあ、檜山のテストプレイのログ確認か……」

 

 透明な表示板(ディスプレイ)の『Activity Log』と表示されているメニューのリンクをタップして、新たな透明な表示板(ディスプレイ)を表示させる。


「『アガルタ・オンライン』ダイブ……Claiseの起動……エラーはあるけど……No Problem」


 画面をスクロールさせてログを流しながら確認を続ける。


「NPCとのTalk……Event……Memory Down loadに負荷がかかっているけど……No Problem」


 画面は止まらずにスクロールされる。


「選抜試験……マルスの起動……UserがDirect Activate?……できないように修正したハズ……」


 そして、怪訝な表情を浮かべ、キーボードを打つ手を止める。

 

「Sixth Brave manの登場なんて、ゲームシナリオに無いよ……」


 戸惑うカルラの後ろから、久間が声を掛ける。


「えっと……なんか変だね……」


「檜山、帰った?」


「うん。帰ってもらった。体調も悪そうだったからね……」

 

「……おかしな箇所がある……『ペインアブソーバー』の無効も、シナリオも」

 

「設定されているシナリオは変更したの?」


「してない……」


「えっと……じゃあ、設定されていないシナリオが実行された?」


「内容と違うものが実行されてる。」

 

「……誰かが直前に変更して、今すぐ戻せる?」


「システムへのアクセス権自体が無いから、不可能……」


「うーん……原因はなんだろう……」


 次第に、迷宮入りしそうな会話を、誰かの咳払いが遮る。


「うわっ!!」

「Wow!!」


 2人が振り向くと黒髪のボブカットが印象的な、濃紺色のスカートスーツ姿の女性が不機嫌そうに腕を組み佇んでいた。


 ◆◇◆◇◆

 ◇◆◇◆◇◆


「で、『アガルタ・オンライン』の件、報告が滞っているようですがどういうことかな。久間主任。」


 笑顔に青筋を浮かべながら問い詰める黒髪の女性に、目を逸らす。


「えっと、(たまき)さんのお怒りはごもっともなのですが、発注元からの追加要件対応があってね……ははは……」


 乾いた口調に、呆れた表情を返す。


「つまり、作業優先で報告ができていなかったと?」

 

「……はい。そうなります。」


 あっさりと白状した黒髪の主任研究員にワザとらしく嘆息する。


「OK。わかったわ。発注元のホーイング社との対応は、こちらでフォローしておくわ。」

 

「ありがとう!!(たまき)さん!!」


 先ほどまでのしどろもどろ感も、どこ吹く風とばかりに笑顔を浮かべる黒髪の主任研究員に(たまき)はジト目を向ける。


「現在、ホーイング社は、『睦月グループ』傘下の企業として業績を急回復させているんですよ!今回の発注はホーイング社単体ではなく『睦月グループ』との今後の取引拡大に重要な影響を及ぼすってことを忘れないでくださいね!」

 

「あ、はい。それはごもっともです。」


 強い口調に、しおらしく平謝りする黒髪の主任研究員を一瞥し、続ける。


「久間主任が提出した『アガルタ・オンライン』の仕様を固め、テストプレイヤーによる評価を進める計画は我が社の上層部も大いに評価しています。」

「ありがとうございます!」


 嬉しそうな表情を浮かべる黒髪の主任研究員を、少し睨みつける。


「《《ですが》》人手不足を理由にテストプレイヤーの選定状況の報告が滞っていることに、上層部は、とても不安を感じています。」

「うっ……すみません。」


 しおらしい態度の黒髪の主任研究員に困惑しながら、続ける。


「前回のαテストでは『アガルタ・オンライン』が幻想空洞(ダンジョン)探索を行う狩猟探索者(ハンター)の早期育成に寄与することは示せました。」

「そうですよね!」


 再び嬉しそうな表情を浮かべる黒髪の主任研究員に、居住まいを正して続ける。


「……ですが、上層部の一部から『睦月グループ』との取引に疑念の声が挙がっています。|『合理的国家の巨大同盟および関連議会』《ギャラルホルン》が提唱する『ダンジョン・シフト・プラン』に、ホーイング社が主導する人型起動兵器(アームムーバ)導入を支援する形で関与する必要が本当にあったのですか?」

「……それは……あったと思います。」


 真顔で回答する主任研究員(久間)に、(たまき)は思わず口ごもる。

 しばらく睨み合うように視線をぶつけるも、(たまき)が先に視線を逸らす。


「それは……何故ですか。」

 

「テストプレイヤーの候補者の希望が、あったからですよ。」

 

「ッ!?……テストプレイヤーの候補者が見つかったのですか!?」


「あ、はい……」


 (たまき)のリアクションに久間は、しまったなという表情を浮かべながらも続ける。


「今回、報告が遅れてしまったのも、テストプレイヤーを引き続き『アガルタ・オンライン』の評価に関与させる理由付けを確かなものとするとともに、適性評価に時間を要しているためで……」


「早く、それを言ってください!」

 

「……すいません。」


 苦笑いを浮かべ、続ける。


「で、どこの誰なんですか?テストプレイヤーの候補者は。」

 

環太平洋総合技術大学(TPCTU)の理工学部の学生です。」

 

環太平洋総合技術大学(TPCTU)の学生?学生に務まるのですか?」


「先ほどの理由付けを確かなものとすることと関連しますが、彼にはテストプレイヤーとして協力する理由があるので大丈夫ですよ。」

 

「理由?」


 久間は、(たまき)を正面から見て続ける。


「10年前、東京に出現した幻想空洞(ダンジョン)発の魔獣災禍(スタンピード・ヘル)はご存じですか?」

 

「もちろん。」

 

「彼は、その魔獣災禍(スタンピード・ヘル)でご家族を亡くされているのですよ。」


「ッ!!」


 驚きの表情を浮かべる(たまき)から、視線を外して続ける。


「『ダンジョン・シフト・プラン』は、狩猟探索者(ハンター)の成り手を現在の職業軍人から、学生や一般人に広げることですよね。」

 

「ええ。幻想空洞(ダンジョン)探索を行う狩猟探索者(ハンター)の大規模な育成計画よ。」

 

「彼は、『あの時』自分に幻想空洞(ダンジョン)から溢れ出る魔獣に対抗できる力があれば、また違った結果になったかもしれないと言っていました。」

 

「それは……『かもしれない』というものでしょう?」

 

「はい。あくまでも『かもしれない』です。ですが、自分と同じような思いをする人が減るのであれば、今回の件に協力したいと言ってくれたのです。」


「…………」


 再び、(たまき)に視線を戻して続ける。


「今回、期せずして『アガルタオンライン』と『OSIRIES(オシリス)』の接続テストが行えました。」

 

「ッ!?……もう、そこまで評価が進んでいるのですか?」

 

「はい。今回の候補者は、今までで最も、適性があります。」


「…………」


 (たまき)は、探るように主任研究員(久間)を見る。


「久間も(たまき)も……難しい話してるね。」


 ハスキーボイスで呟くとカルラは、《《クマらしき》》キャラクターがプリントされたマグカップを啜る。


 カルラを横目で見つつ、主任研究員(久間)は居住まいを正して(たまき)に向き直る。


「引き続きテストプレイヤーの評価を続けるということでいいですね。」


「……わかったわ。」


 嘆息するように言葉を吐き出すと、続ける。


「ただ……ん?」


 そういうと、振動する青いモバイル端末をスーツの内ポケットから取り出す。


「はい。如月です。……ええ、そうだけど……なんですって!?『睦月グループ』の現代表が人工幻夢大陸(ネオ・アトランティカ)に到着した?」


 驚きの表情を浮かべた(たまき)の声がオフィスに響き渡った。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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