3話
気が付くと目の前で翡翠色の光が宝玉と刀身を覆うように輝きを放っている。
呆然と両手で捧げ持つように刀身に視線を向ける。
吸い込まれそうなほど神秘的な翡翠色の輝きと美しい刀身を思わず食入るように見つめる。
ゴクリと喉を鳴らしながら刀身から柄の部分に視線を移す。
柄にはめ込まれた卵型の神々しい光の球が、宝玉内で回転している。
「これは……何なんだ?」
『偽・風の断ち切る者の機能を限定解除した状態となります。』
思わず呟いた言葉に対して突然、ポップアップメッセージが表示される。
視線を向けると消えた。
目の前の現象に戸惑っているとVRMMOのテストプレイ前のレクチャー内容を思い出す。
『Battle Practice Mode で実装した機能は、直感的にわかったかな?』
『直感的にというより、推測と確認を繰りかえして漸く理解できたって感じですよ……』
『うーん……そうかぁ。実装した機能の仕様確認に手間取らないように、質問をHelpへ音声照会した結果をポップアップメッセージで表示する形になれば便利かな。』
『……そんな機能を簡単に実装できたりするんですか?』
『カルラなら出来ると思うよ……多分……』
『多分って……』
『困った時に音声照会した結果がポップアップメッセージで表示されるようにしておくよ。』
なんにせよ……困ったら問いかければいいんだったよな。
「機能の限定解除とはなんだ?」
『Arm-Claiseである偽・風の断ち切る者は、機能解放時に大量のリソースを消費します。』
『限定解除とはリソースに応じて利用時間を制限して用いるセーフモードとなります。』
「リソースって……なに?」
『Arm-Claiseの利用者のMPを指します。』
『武装神技が有効化されたことで、補正値での機能を限定解除されています。』
続けて『武装神技 is activated (Mode: Manual)』という青い文字がポップアップメッセージで表示され、その下ステータスが表示された。
よく見ると、ステータス上部に『活動限界(残)』の数値が点滅しながら減っている。
■ルイ=ラ=ソーン
[武装神技: 活動限界(残) 531 秒 ]
[Activity Value(活動値)]
HP(体力):E (E+ : 武装神技 adjusted)
MP(魔力):E (D- : 武装神技 adjusted)
PP(気力):E (E+ : 武装神技 adjusted)
[Ability Value(能力値)]
ATK(筋力) :E (D-: 武装神技 adjusted)
VIT(耐久力) :E (E+: 武装神技 adjusted)
AGI(器用) :E (D-: 武装神技 adjusted)
DEX(速度) :E (D-: 武装神技 adjusted)
LUC(幸運) :E (E-: 武装神技 adjusted)
「武装神技が有効になるとステータスが補正されるのか……ただ活動限界は約600秒ということか。」
と、アラーム音と共に赤いポップアップメッセージが表示される。
『警告: ターゲティングされました』
『警告: 脅威レベル3と推定』
『警告: 回避行動が必要です』
『武装神技 による回避行動を自動で行いますか?
(Yes / No)』
「えっ!?警告って……あ、と、とりあえず『Yes』で!」
『武装神技による回避機能を有効にしました』
ポップアップメッセージが表示される。
続けて、赤い正方形のターゲティング・ウィンドウが表示されると、残像を残しながら視界の左下へ移動し、止まる。
そこには、燃え盛る大剣を抜き放ち、下段に構える深紅の勇者がいた。
◆◇◆◇
◇◆◇◆◇
「あれは……あの瞳の色は……武装神技」
偽・風の断ち切る者を両手で掲げ、刀身を見つめている主人の瞳が青い光を湛えている。
「試験対策として最低限の型を演武可能な基礎訓練だけを行ったはず……なのになぜ武装神技習得後の特徴が出ているの?」
「それは、解せんな」
呟いた言葉への返答がした方へクレアが振り向くと深紅の勇者がそこに居た。
「テ、テフェン卿!?」
「久しいな。クレア……いや『深紅の瞳』と呼んだ方が良いか?」
「……お戯れを……」
目を細め低い声で応じながら、テフェンとの間合いを静かに詰める。
殺気を感じさせない必要最小限の動きを受け、テフェンもさり気ない動きで自らの魔装神具の柄に手を伸ばす。
テフェンの間合いまで、あと一歩の位置でクレアは静かに立ち止まる。
「おお、怖い怖い……その身体の動き、まだ鈍ってはいないようだな。」
「『選抜試験』の総元締めでしょうに……何をされに来られたのですか?」
クレアは聞くモノをゾッとさせるような、冷徹な声音でテフェンに応じる。
テフェンは、クレアの言葉を流しつつ祭壇の上にいるルイの方へ視線を向ける。
「なに……昨日、ミレティ殿から便りが届いてな。『胸騒ぎがするから、何か起きたら事態の収拾をしてくれ』とあったので気になっていたのだ……」
テフェンの言葉にクレアは眉を顰める。
「……ミレティ様からの便りですか……」
「……用心深いことだ……ソロン教の教義に従い聖痕持ちとして生まれた我が子と引き離されているからこそ我が子を想う心は人一倍なのだろうなあ……聖痕を持つ王族の血族は『使徒』にも『魔王』にもなり得る……ソロン教の教義に則れば生まれた時点で「テフェン卿」」
クレアは見るものを寒からしめるような冷たい眼差しで射抜くようにテフェンを睨む。
「それ以上は、お止めください……」
「おお……怖い怖い……『壱の勇者』としたことが大恩ある銀姫の子を悪く言ってしまうとは。これは何らかの罪滅ぼしで穴埋めせねばな……さてさて……よく見れば偽・風の断ち切る者を抜けてしまうほどの才ある者と見た。これは正しく評価されねばならんな。」
テフェンは、おどけたような表情をクレアに見せる。
「ッ!?……テフェン卿……まさか……」
クレアはテフェンの様子をみて驚いた表情を浮かべる。
「……さて……では『壱の勇者』自ら評価しなくてはな……まあ……いささか予想の斜め上を行く事態ではあるが……押して参る!」
そう言うと深紅の勇者は、自らの魔装神具を鞘からゆっくりと抜き放った。
◆◇◆◇
◇◆◇◆◇
『檜山君のBattle Practice Modeのログを解析したんだけど、適時に戦闘時の行動補正を行わないと生還率が大幅に下がるね』
『生還率ですか?』
『うん。当初は、訓練時間に比例して、魔獣との戦闘からの生還率が上がっていくと予想していたんだけど。』
『……違ったと……』
『残念ながらね……』
『……』
『なので、武術とか習ったことがない学生や一般人でも難なく戦えるように、戦闘になったら自動で行動補正を行う仕組みを戦闘補助支援システムに実装した方が良いっていう結論になったんだ。』
『……えっと……割と難易度が高い仕組みを、さらっと実装してませんか?』
『まあ……カルラだからね……』
そういえば、自動で行動補正を行う仕組みが戦闘補助支援システムに実装されたんだったなと考えたのと同じタイミングで深紅の勇者が上段に構えた燃え盛る大剣を打ち下ろす。
「くッ!?」
《《自動》》で翡翠色の光に覆われた刀身が燃え盛る大剣を受け流す。
《《自動》》で身体が動き祭壇から飛び退りると試験会場の石畳の上に着地する。
間髪入れず追い打ちをかける深紅の勇者が繰り出す燃え盛る大剣の剣戟を偽・風の断ち切る者で《《自動》》で受け流しながら後退を続ける。
「お、おい『壱の勇者』と打ち合っているぞ!」
「まさか!?……奴は、剣を握ったことがないはずだぞ!」
「しかし、現に魔装神具を抜いた『壱の勇者』と剣戟を交えているぞ!」
周囲からの声を聴き流す。
――自動で行動補正を行う仕組みのおかげだけどな――と内心呟く。
「……発現した武装神技に飲まれず打ち合うか。では、もう少しペースを上げるぞ!!」
「えッ!?あ、あの……テ、テフェン卿!!……こ、これは模擬戦……なのですか?」
テフェンの呟きに応じる形で問うと、深紅の勇者はニヤリと笑みを浮かべ声を張り上げる。
「左様!!偽・風の断ち切る者を祭壇から抜けた時点で、貴殿に魔装神具シードの適性ありと判断した!
そして、武装神技を発現した時点で貴殿は、既に他の受験生よりも頭1つ抜きんでおるでな……受験生同士の模擬戦は意味がない!
よって、選抜試験で測定する『強さ』は、直接、我との模擬戦を通じて測定することとした。存分に実力を発揮されよ!」
ワザと第3者に説明するかのようなテフェンの言い方に困惑を浮かべる。
直後、深紅のフルプレートメイルが紅色に輝くと、炎の押しつぶす者を覆う炎が大きくなる。同時にテフェンの周囲が陽炎のように揺らめき、火の粉が舞い始める。
と、先ほどよりもはるかに速く間合いを詰めるや、数倍の速度で剣戟を繰り出す。
徐々に、ルイは受け流し切れない剣戟によって、藍色の胴衣の右の肩口、左太もも、左腕に焔の痕がつき始める。
「えっと……仰られているのは「武装神技だと!?……な、『7勇者』候補が王立学院での修練で身に着ける最上位武技を……既に身に着けているだと!?」」
テフェンの言葉の真意を確認しようとするも、周囲の声に搔き消される。
「馬鹿な!?……奴は成り上がり貴族の、それも次男だぞ……何かのペテンをしているだけだ!!」
「し、しかし……テフェン卿が……『壱の勇者』が、奴が武装神技を発現していると言っているぞ!!」
「そうだ……現に、俺たちの目の前で、『壱の勇者』と打ち合っているぞ!!」
『武装神技の発現』。
深紅の勇者が口にした言葉は、目の前で繰り広げられる剣戟の応酬が裏付けとなる根拠に、増幅されていた悪意が徐々に沈静化されていく。
と、急にテフェンの剣速が増す。
それに合わせて打ち合う剣戟の手数が増す。
徐々に、受け流し切れない剣戟が繰り出される。
藍色の胴衣の右の肩口、左太もも、左腕に焔の痕がつき始める。
アラーム音と共に赤いポップアップメッセージが表示される。
『警告: Playerへの蓄積ダメージが規定値を超えました』
『警告: 脅威レベルが3から5へ上がりました。』
「くっ!?受けきれない……」
『脅威レベルが5に上がったことにより攻撃予測機能が有効となりました。』
『攻撃予測機能と武装神技の連携を有効化します』
『武装神技を『Manual』から『Auto』へ変更しました』
ポップアップメッセージが連続で表示された瞬間、視界が切り替わった。
これも自動補正の仕組みなのか――と頭の片隅でふと考える。
迫りくる深紅の勇者の大剣から青い軌道が6つ程、パーセンテージの数字とともに表示される。
一番高いパーセンテージの青い軌道を《《自動》》で切り払う。
キン!
続いて表示された4つの青い軌道の最も高いパーセンテージの軌道を《《自動》》で切り払う。
キン!
《《自動》》で動く身体が自分のものではないような感覚に戸惑う。
『Battle Practice Modeでは、単体機能として実装していた攻撃予測機能を、自動補正の仕組みに組み込んであるからね。』
『えっと……それは、攻撃予測がされてもプレイヤーが適切な判断をできないからですか?』
『まあね……訓練を積み重ねることで生還率が高めるためには、まずは自動補正の仕組み組み込むのが現実てきかなぁという考えに基づくんだ。』
『でもそれだと、状況判断の訓練にならないんじゃ……』
『そこは……まあ、どのタイミングで自動補正の仕組みに状況判断を反映させるのかって議論をしないと解決しないかなぁ』
『なるほど……』
『自動補正の仕組みには、武技全般、つまり剣術や槍術に加えて体術の基本動作をモーションキャプチャーで登録したものをモーショントレースする仕組みとして仕上げているだけだからね』
『……なんか、そこまでの機能を実装されて勝手に身体が動くと……自分の身体ではないみたいで気持ち悪いですね。』
『まあ、安全第一の仕組みってことで……状況判断をどう行うのかという訓練だと思ってよ。VRMMO Modeを体験してもらってから、檜山君のがどう感じたのかフィードバックをくれると嬉しいな。』
『わかりました……』
『なにはともあれ、戦闘が始まったら、自動で有効化されて戦闘支援をしてくれるから……ちなみに、青いマーカーや軌道が表示されるよ。これは敵と認識した相手の、所謂『次の斬撃』を視覚的に表示してくれるんだよ。防御に徹したい場合とかに利用してみてね。』
いざ、体験してみると突っ込みどころ満載な仕様に……改善ポイントをいくつか考えてみる。
「……武装神技を発現してすぐに予見にも至るか……」
続く7つの青い軌道の最も高いパーセンテージの軌道を《《自動》》で切り払う。
《《自動》》で深紅の勇者から距離を取る。
「この速度の剣戟を尽く弾くか……面白い!」
深紅の勇者は大剣を上段に構える。
深紅の大剣が紅輝色の輝度を増し、深紅の勇者の周囲の空気が揺らぐとともに熱量が増す。
同時に、深紅の勇者を中心に強烈な圧迫感が周囲に広がる。
「テフェン卿!!……こんなところで、その技をお使いになるのは、お止めください!!!」
「やばい!!『壱の勇者』が魔装神具を第1開錠したぞ!!に、逃げろ!!」
試験官の絶叫とともに、様子を伺っていた周囲の貴族令息や従者が慌てて距離を取る。
「……第1開錠?」
聞きなれない言葉を思わず呟くと、右手に持つ翡翠色の刃と宝玉の輝度が増した。
「……これは……」
『第1開錠とは、Arm-Claiseである偽・風の断ち切る者や魔装神具の制限を解放することを意味します。』
「……制限?」
『Arm-Claiseや魔装神具を最大出力で扱えないよう制限が施されています。初期状態では最小出力でのみ取り扱い可能です。この制限を段階的に開放することを開錠と呼称します。例外を除き、通常5段階まで制限が施されます。』
表示されるポップアップメッセージの内容に唖然としていると、偽・風の断ち切る者の深碧の刃に幾何学模様が浮かぶ。
直後、直剣の刃が半ばからせり上がる形で左右に分かれると、二又となった直剣の刃を覆うように深碧の光の刃が形成される。
ポップアップメッセージが続けて表示される。
『偽・風の断ち切る者の拡張機能を有効化しました』
『脅威レベルに合わせ偽・風の断ち切る者は第2形態へ移行しました』
『目前の脅威を排除します』
「え…あ…」
戸惑っていると、目の前の深紅の勇者が凄まじい気迫とともに、一瞬で間合いを詰めてくる。
「行くぞ!!劫火蹂躙」
テフェンが巨大な燃え盛る大剣を打ち下ろす。
目前に迫る炎の刃を迎撃すべく《《自動》》で深碧の光の刃を下段に構え振り上げる。
ギィィィィィィィィィィィィィィィィン!
巨大な炎の刃と翡翠色の刃がぶつかることで生まれる衝撃と爆風が吹き荒れた。
「ルイ様!!」
生み出された爆風に交じりクレアの声が聞こえる。
声がしたほうを横目で見る。
両手を胸の前で握りしめ、悲壮な表情のクレアが視界の端に映った。
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