プロローグ1
小高い丘の上からぼんやりと見上げた茜色の空に、幾十もの白い煙がたなびいている。時折吹く吹きおろしの風にあおられ、白い煙がゆらゆらと揺れている。
――あの時も夕暮れ時だったな。
図書館の窓から見える夕暮れ。何処か妖しいほどに綺麗な光景の中、読書ブースの机の隣の席で数学の公式と格闘している彼女の姿が脳裏を過ぎる。
夕暮れの陽の光を逆光に甘えた舌足らずな声音が幻聴のように聞こえた。
『あー……また、逢えますようにっていうおまじない……したいなって……』
『おまじないって……』
『えへへ……フレンチじゃなくて、ディープキスでした……またね……バイバイ』
『……うん……また……明日……』
――あれからどれくらいの時間が経ったのだろう。
思わず握りしめた拳と共に、独り言ちる。
「……加奈……必ず……必ずここから戻ってみせるよ。」
無意識に視線を下に向けると漆黒色の針葉樹の森が視界に入る。
ともすると思わず吸い込まれそうになるほど見入ってしまう広大な森が視界の端から端へと広がっている。夕暮れ時の夕陽の逆光で、垣間見える森の奥はドキリとするほどの漆黒の空間が続いている。
目の前の光景に思わず独り言ちる。
「ここって……ゲームの中……なんだよな」
胸の前で右手を左から右へ振る動作をする。
目の前にステータス画面が表示される。
■ルイ=ラ=ソーン
[Activity Value(活動値)]
HP(体力):D
MP(魔力):D+
PP(気力):D
[Ability Value(能力値)]
ATK(筋力) :D+
VIT(耐久力) :D
AGI(器用) :D+
DEX(速度) :D+
LUC(幸運) :D
[Special Skill(固有スキル)]
武装神技 / 魔装神技
[Common Skill(共通スキル)]
生活魔法
「確か……レベルではなくて熟練度を上げていくタイプのVRMMOだったよな……」
呟きとともにバイト先の開発主任の言葉が脳裏を過ぎる。
『最近はそれほど人気ないけど、レベルではなくて熟練度を上げていくタイプのVRMMOもあるからさ……今回の改修では、プレイヤーの強さを順練度で表示して訓練の成果を数値化しようって方向で対応を進めているんだよ。』
「久間さん……」
バイト先の開発主任の名前を呟く。
「摩那転換炉への生体情報の登録に使用された聖遺物を『真実の鍵』と言うのだけれど……勇者の生体情報を保持したまま聖遺物が塁君の身体に取り込まれたようなんだ。だから、塁君自身が『真実の鍵』になってしまった……と考えていいだろうね。」
作り笑いを顔に浮かべるも冷ややかな目をした開発主任の声が続いて脳裏を過ぎる。
あの時のことを思い出し、ゾクリと悪寒が背筋を走る。
思わず両手で身体を抱きしめる。
白い胴衣の上に着込んだチェインメイルと右腕の赤備えの小手が擦れる。
「ここにいたか……ルイ、何を見ているんだ?」
艶やかではあるが、凛とした声音に硬直が解ける。
ゆっくりと言葉発した人物に視線を向ける。
長めの赤味を帯びた金髪を邪魔にならないよう、後ろに纏めた男装の麗人が佇んでいる。
白い胴衣の上にチェインメイルを着込み、赤備えの小手と脛当てを装着している。
チェインメイルの胸元の膨らみに視線が行きかけるも、理性で視線を上にあげる。
卵型の輪郭に、髪の色と同じ瞳が不思議そうにこちらを見ている。
長いまつげが端正な鼻筋と控えめな紅色の艶やかな唇とともに白い肌に映える。
「……テレア……」
思わず漏れた言葉に、目の前の男装の麗人は苦笑を浮かべる。
「王立学園からの選抜筆頭殿が弱気な表情をみせると士気にかかわるぞ。」
「そう……だね……」
釣られて苦笑を浮かべる。
絡み合う視線から思わず見つめ合う。
訪れた静寂の中、わずかに頬を染め先に視線を逸らした男装の麗人が照れ隠しに言葉を発する。
「こ、ここが……東方戦役の舞台となった魔王領との国境となっている『魔の森』か……」
男装の麗人の視線にあわせて振り向く。
広大な漆黒の森が視界の端から端へと広がっている。
視線を下げると、完全装備のアドラ王国軍の兵士達が整然と並び陣立てを行っている。
「魔王軍に動きありとの報を受け、僅か3日でここまでの陣立てが可能とはな……」
「東方戦役後、王直轄の対魔王軍の即応軍団が編制されているってことだからね。」
正方形に近い密集体型の陣が整然と5つ漆黒の森に向かって並んでいる。
「即応軍団……確か5000の兵力だったか。アドラ王国だからそれほどの戦力を維持できるのだろうな。」
どこか誇らしげ言葉とともに声音が弾む男装の麗人をチラリと見やる。
「専守防衛に徹し損害を最小限とするために配備された重装槍歩兵だったかな。兵力1000毎に密集体型による陣立てを行い馬防柵を挟んで魔王軍と対峙する基本戦術――東方戦役後、アドラ王国からは一度も魔王領へ攻めたことがない――だっけ。」
「……それでも、クレート子爵家騎士団とは規模、練度共に比べ物にはならないがな……」
ルイの言葉に、少しムッとしながら男装の麗人が応える。
展開している5つの陣の後方で、兵站部隊が炊き出しを行っている。
炊き出しに伴い幾条もの白い煙が立ち上り、茜色の空へ消えていく。
炊き出しの喧噪に混ざり、遠くから馬のいななきが聞こえてくる。
ふと見ると、漆黒の森との間には、馬防柵を工兵が組み立てている。
手際よく組み立てる様は、まるで職人芸のようだ。
5つの陣の前面に展開させる形で組み上がっていく。
「見事なものだな……」
「……そういえば、王立学園では工兵を軽んじる学生が多いかったよね……彼らの働きのおかげで兵力の損耗を最小にできる陣立てができる――僕たち選抜組からの参戦報告で工兵を軽んじる学生が減ればいいのだけど……」
男装の麗人が物言わげに視線をこちらに向け何かを言いかけた時、前方で騒めきが広がる。
何事かと視線を前方に向けると馬防柵がある程度形になっているのに気付く。
が、各陣立てごとの馬防柵を繋げる作業を途中で止めて工兵が撤収している。
「むッ……一体何が……」
男装の麗人が言いかけた時、漆黒の森から黒い何かが揺らめく。
そして、次の瞬間、漆黒の甲冑に包んだ完全装備の歩兵が横一列に並びながら現れる。次々と漆黒の森から現れる漆黒の完全装備の歩兵が前面にせり出してくる。
気が付くと馬防柵を挟むように、こちらと同じ陣立ての漆黒の軍勢が現れる。
「あれが……魔王軍……」
男装の麗人の喘ぐような声音に、ちらりと視線を向ける。
目の前で流れるように展開されている魔王軍の陣立てに、気圧されている同級生に声を掛ける。
「……僕たちも陣に戻らないと……」
「そう……だな……」
ぎこちなく頷いた同級生を促し小高い丘から眼下の陣立てを目指して駆け降りる。これまでの出来事を振り返りながら。
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