愛しのロロ。愛しのデイズ。
「ロロ君。私の彼氏になって」
第六騎士団拠点の夜景が煌めく屋上で、デイズはロロに、胸の内を告白した。
デイズの顔は、ロロの顔と触れそうなほど近い。
夜の風が、二人の制服をはためかせる。
ロロの短い黒髪と、デイズのショートカットの黒髪も揺れる。
ロロの唇には、さきほどのキスの感触が、まだ残っている。
ロロの片手と、デイズの片手は、まだ繋がれたまま。
ロロは、今での人生で、誰かと恋人関係になることは、考えていなかった。
墓守として死者を癒し、そして、ロロ自身も墓守として、ただ死んでゆくだけ。
そう思っていた。
それがロロの人生で、ロロ自身もそれでよかった。
眷属の一人のティナ・シールも、おそらくはロロに強い気持ちを抱いているのは、感じていた。
しかし、それが敬意なのか好意なのか、よくわからない。
眷属とはいえど、相手は一人の女の子。
何が原因で傷つけてしまうのかが、男のロロには分からなかったので、あえて踏み込まずにいた。
元々、墓守として生きて死ぬだけの人生だと思っていたこともあって。
だが、まさかこんな形で、ロロに恋が舞い込んでくるなんて、夢にも思っていなかったのだ。
ロロは、こういったケースを予測したことはない。
果たしてどうすればいいのか、今、ロロの頭は高速で回転していた。
まずは、素直に嬉しかった。
デイズの唇は柔らかかった。
今も、デイズの姿は夜景に照らされ、美しい。
だが、自分が女性と付き合う事はできるのか。
所詮、自分はただの平民の墓守に過ぎない。
相手は男爵令嬢。
身分が違う。
それで付き合うのは有りなのか。
付き合っても、身分の差で別れる日が来るのではないのか。
いや、ロロを深く知ることにより、デイズがロロを好きではなくなる可能性も高い。
でも、ロロはデイズは好きだ。
今までは友達として見ていたけれど。
今この瞬間から、ひとりの女の子として見てもいいのか。
デイズの気持ちを、受け入れていいのだろうか。
本当は、受け入れたい。
ロロも、心の奥底では、こうなることを望んでいたのかもしれない。
ロロの心の中で、肯定と否定が渦巻く。
デイズは、ロロの手を取ったまま、ロロを見つめている。
ロロの心臓は、ありえないほど大きな鼓動。
デイズが欲しい。
求めても、いいのだろうか。
こんな、冴えないネクロマンサーの自分でも。
ロロは、デイズの手を引き、
ロロは、デイズの唇へ、ゆっくりとキスをした。
少しでも嫌がられたら止めようと思っていた。
だがデイズは、嫌がるそぶりは微塵もなかった。
そしてロロの心の中には、あえて封じていた数々の想いが溢れ出てきた。
欲しい。
求めたい。
求め合いたい。
一緒に、歩んでいきたい。
デイズの、全てが欲しい。
ロロは、自分の強欲さに戸惑うばかり。
こんな感情の嵐は、初めての経験。
墓守として生きて死ぬため、自分で封じていたはずの想い。
今はもう、抑える気すらなかった。
ロロは、デイズの身体に手を回し、
そして抱きしめる。
嫌われるかもしれないが、そうなったらそうなったで、またひとりに戻るだけだ。
だが、デイズもロロの身体を抱きしめた。
その手の温もりが、嬉しい。
喜びが溢れ出て止まらない。
ロロの心の器は、甘い黄金の蜜でいっぱいだ。
ロロは、デイズを抱きしめたまま、耳元で囁いた。
「デイズさん、僕も言いたい。
彼女になって」
デイズの、ロロを抱きしめる腕に、さらに力が込められる。
「うん!うん!
私、ロロ君の彼女にして!」
ロロは、デイズの頬にキスして、そしてまた唇にもキスをする。
ロロの心は止まらない。
デイズとの未来の数々が、心の中に駆け巡る。
デイズの何もかもを占有したかった。
(う~ん、まさか僕がこんなに欲深いとは……)
これから先、デイズと付き合っていく間に、心の枷が次々と外れていく予感がする。
いいのだろうか。
でも、それが普通なのかもしれない。
ロロは、嬉しい悩みに想いを馳せる。
「ねえ、デイズさん。
もう僕の彼女だったらさ。
デイズ、って呼んでいい?」
「うん、いいよ。
私も、今度からロロって呼ぶからね」
「デイズ。これからもよろしくね」
ロロは笑う。
顔色の悪い、顔で。
隈のできた、目で。
でもデイズは、その陰気なネクロマンサーの全てが愛おしかった。
ロロはデイズと、また口づけを交わした。
★
ルイーゼの町の領主の館。
ここの地下には、領主であるルイーゼ伯爵のコレクションがある。
法に触れるものや、禁じられたものなど、数々の魔法の品物。
領主の息子のキールは、火を灯したカンテラを片手に、真っ暗な地下室へと足を運んでいた。
「何だこりゃ、すげぇ」
地下室をカンテラで照らすと、そこには思ったよりも遥かに多くの、色々な魔法の道具。
何に使うのか、想定もできない形のものばかり。
壁に掛けられた、剣や杖。
その中に、お目当ての品を見つけた。
魔法を封じる手錠。
二つの輪が、鎖で繋がっている、金属製の手錠。
これがあれば、あの生意気なデイズも……
キールは、邪悪な夢想が止まらない。
手錠の輪は、二つある。
本来は、一人の人間の両手にそれぞれ嵌めるもの。
だが、せっかく二つも魔封じの輪があるのだ。
片方をデイズに付けて、もう片方をあの死霊術師に付けてやったら、どうだろうか。
何もできなくなる二人。
デイズを、死霊術師の目の前で凌辱してやれば、きっと楽しいだろう。
キールは、黒い笑いを浮かべるのを止められなかった。
その時、キールの背後から、壮年の男が、カンテラを手に姿を現す。
キールの父である、ルイーゼの町の領主の、ルイーゼ伯爵だ。
「キールか。何か面白いものでも見つけたか」
「と、父さん。これは、その……」
ルイーゼ伯は、自分のコレクションに異常な執着心を持つ。
そこは女性に執着するキールと、似たような部分。
ルイーゼ伯は、キールの手にある、魔法封じの手錠を見る。
「ああ、その手錠なら、そんなに大事なものでもない。
使うといい。
使い終わったら、ちゃんと仕舞っておけよ。
あと、他のコレクションに手を出すのは許さん」
ルイーゼ伯は、踵を返し、階段を上り、去って行く。
キールは、父の逆鱗に触れてしまったかと、冷や汗をかいた。
キールは、カンテラを持ち上げ、他のコレクションを見渡す。
その中には、ガラスケースに厳重に入れられた、真っ赤な本が。
これは確か、少し前に、皇帝陛下の図書室の隠し部屋から盗まれたと騒ぎになった、毒物・薬物の禁書ではないのか。
キールは、顔が引きつった。
もし、盗んだのがルイーゼ伯の手の物であれば、こんな魔法封じの手錠の所持など、比べ物にならないほどの重罪だ。
キールは、自分の父を思い返す。
この違法なものばかりのコレクションに情熱を注ぐ父。
女性に執着する自分など、父の異常な収集癖に比べたら、普通の欲望の範囲内だと思う。
キールはもう一度、自分の手の中にある、魔法を封じる手錠を見つめ。
その恐るべき地下室を後にした。