あれから、一か月が経って……
デイズは、夢を見ていた。
マンティコアの大群。
周りは全てに囲まれていて。
爆炎を放つも、死角から次々と飛びかかられ。
胴体を食いちぎられる。
デイズは、男爵家にある自室のベッドから跳ね起き、目を覚ます。
またあの夢だ。
夢のせいで、ここ数日まともに寝れていない。
あの、ロロたちに助けてもらい、マンティコアの群れから生き延びた日から、ちょうど一か月が経とうとしていた。
あれから、何度も戦闘訓練でマンティコアを薙ぎ払ってきた。
染みついた恐怖心を焼き尽くすように。
しかし、悪夢はおさまらない。
目が覚めたデイズは、ふと自分の髪が紫に変色しかけているのに気付いた。
悪夢のせいで、危うく寝ぼけて、自宅に火炎を放つところであった。
深呼吸をすると、髪の色が黒に戻る。
時計を見ると、まだ午前0時を過ぎたばかり。
窓の外には、星空が輝いている。
今度は、うまく眠れるだろうか。
デイズは、ふとロロの事を思い浮かべる。
この一か月間で、ずいぶんと仲良くなったロロ。
戦闘訓練では、最近はいつもロロと組んでいたし、昼食も一緒に食べていた。
何度か、灰色の村にある、ロロの自宅にお邪魔したこともある。
その時、眷属のみんなを紹介してもらった。
ロロは今、何をしているのだろうか。
もう寝ているだろうか。
それともいつも通り、死者と生者を癒しているのだろうか。
すると、デイズの個室のドアを誰かがノックした。
こんな時間に、一体誰だろう。
デイズがドアの鍵を開け、ドアノブを捻ると、そこには一歳上の姉が立っていた。
デイズと同じ、黒い目に、長い黒髪。
同じ火炎術師。
だが、デイズと違って、炎は普通の色だし、髪も目も変色しない。
姉も、同じ魔法学園に通う生徒で、デイズとは部屋が隣り合っていた。
「デイズ。また寝れない?」
寝ぼけて、いつの間にか大きな音でも出してしまったのだろうか。
心の中で、姉に謝罪する。
「デイズ、ちょっと入ってもいい?」
デイズは無言でドアを開け、姉を招き入れる。
姉妹の仲がいいデイズたち。
特に、この一学年上の姉には可愛がってもらっていた。
姉には、ここ最近続く、悪夢の事を相談もしていた。
「怖い目にあったんだもん。
誰だってそうなるよ」
部屋の中に入ると、デイズの頭を撫でる姉。
頭を撫でられながら、姉の顔を見上げるデイズ。
「お姉ちゃんも、経験あるの?
その、怖いこととか」
「あるよ。いっぱい。
第一騎士団の補佐やってると、特にね」
デイズも騎士団補佐ではあるが、第一騎士団と比べると、多少は安全な任務を行う第六騎士団であった。
姉が補佐に付いている第一騎士団は、最も苛烈な任務にあたることが多い。
「一回ね、盗賊に犯されそうになったこともあるよ。
その時は、彼氏と他の騎士たちが助けてくれたけど。
今でも、たまに夢に見る」
デイズは、それは初耳だった。
見ず知らずの盗賊なんかに穢されそうになる恐怖なんて、デイズには想像もできなかった。
姉は騎士の男と付き合っているのは知っていた。
姉の方から、猛烈なアプローチを仕掛けて付き合ったのだ。
デイズが彼の事を聞くと、姉は答える。
「私たちみたいな、戦う仕事は特に、いつ何が起きるのかわからないから。
だから、どうなっても後悔がないように生きてるの。
好きな人には、好きって言わないと。
言えなくなってからじゃ、遅いから」
言えなくなってからでは遅い。
デイズの心に、その言葉が残る。
デイズの頭の中には、あのマンティコアの群れが。
あの時はたまたまロロが助けてくれたけれど。
デイズもロロも、いつ何が起きるのかわからない。
デイズはロロの強大な魔法を知っているけれど、ロロは決して絶対無敵の存在などではない。
剣の達人が、階段から滑り落ちて死ぬことだってあるのだ。
「デイズ。後悔しないように生きなよ。
私が言いたいのは、それ」
姉は、もう一度デイズの頭を撫でると、デイズの額にキスをして、部屋を後にした。
朝になり。
デイズは、あの後もあまり眠れなかった。
悪夢を見て起きもした。
ロロの事を考えて、寝付けなくもあった。
ここ数日間、毎日そうだった。
デイズは、朝起きて自室の鏡を見る。
黒髪のショートカットはボサボサで。
目の下には、まるでロロのような濃い隈が出来ていた。
隈がお揃いだ、なんて考える。
ふらつく頭で。
デイズは、真っ白いブレザーの制服に着替える。
座学中、寝てしまうかもしれない。
それでも、デイズは思う。
学園に行けばロロに会えると。
シェフが作ったお弁当。
デイズはそれを鞄に入れる。
登校するときは、足の裏から火を噴かせるため、靴と靴下も鞄の中に入れる。
ブラスター男爵家の玄関を出たデイズは。
玄関を出た先で、倒れた。
★
原因は、寝不足による疲労だそうだ。
デイズは、家族に無理矢理ベッドに寝かされていた。
今日はロロに会えないな、と思う。
しかし、こんなコンディションで訓練に出たら、それこそ本当に死んでしまう。
猛獣に引き裂かれる悪夢が、現実となるだろう。
デイズは窓から外を見る。
今は、昼頃だろうか。
ロロは、以前と同じように、ひとりでサンドイッチを食べているのだろうか。
すると、窓の外に、一つの目玉が。
その目玉には、蝙蝠の翼。
野生動物のアイボールだ。
テレパシーで人語を解するこの動物は、よくペットとしても飼われている。
だが、今窓の外にいるアイボールは、本来の明るい色ではない。
青黒く変色した、濁った眼玉。
アイボールのゾンビ。
アイちゃんだ。
デイズは、急いで窓を開ける。
アイが部屋の中に入って来る。
デイズは、アイを含め、ロロの眷属の五名全員と面識があった。
あの灰色の村の、広大な墓場で、みんなで揃って顔を合わせた。
アイが、テレパシーの可愛らしい声でデイズに語り掛ける。
「ロロ様からの伝言~。
だいじょうぶ?だってぇ」
デイズは、その言葉を聞いて。
目に光が灯る。
ロロが。
ロロが心配してくれていた。
それだけで、心が温かい何かに満たされる。
「……うん。
うん。
だいじょうぶ。
たぶん、もう、だいじょうぶ。
私、ちゃんと、寝るから」
デイズの顔色が、こころなしか良くなっている。
隈のひどい目も、日の光を反射して、蘇ったよう。
それを見たアイが、目玉だけの顔で微笑んだ気がした。
アイは続ける。
「あ、そうそう。
今、ロロ様には視界共有魔法で、絶賛生中継だからねぇ~」
えっ
今、見てるの?
髪、ボサボサなんだけど。
目も、隈がすごいんだけど。
顔とかも、なんかいろいろひどいんだけど。
デイズは、咄嗟に枕で顔を隠す。
「ちょっと!今はダメ!
見ちゃダメ!
ほら、アイちゃん、行って行って!」
アイは、今度は明らかに大笑いしたかのように、目玉の身体を揺らす。
デイズは、枕に顔を埋めたまま、手をアイに向かって振り、退出を促している。
アイは、満足したかのように、ゆらゆらと空に飛び去って行った。
「……見られた」
くそっ。アイちゃんめ。
あれは、確信犯だな。
枕を胸に抱え、デイズはアイを恨む。
だが、ここ数日あった不安が、少し無くなっていた気がした。
今なら、久々にちゃんと寝れそうだ。
枕を元に戻し、デイズはベッドに横たわった。
自然と瞼が閉じてくる。
デイズは眠りに落ちる直前に、
ロロの、横顔を思い浮かべ、
ようやく幸せな眠りについた。
★
ルイーゼの町の領主の家。
領主の息子の美青年キールは、自分の部屋のキングサイズのベッドに座っていた。
ベッドには、クラスメイトのお気に入りの三人の美少女たちが、裸になって眠っている。
流石に、三人を同時に相手にすると疲れるな、とキールは思った。
キールは、コップに注がれたブランデーを口にふくむ。
もちろん、キールの歳で飲酒はご法度だ。
だが、キールはそんなことは気にも留めない。
酒を飲みながら考えるのは、デイズのこと。
最近は、すっかりあのネクロマンサーとも仲良くやっているようだ。
未だに、狩りの度に最優秀を取る、あの忌々しい死霊術師。
老婆以外の教師陣も、なぜかすっかりネクロマンサーを贔屓するようになっていた。
キールは、気に食わなかった。
あいつがいなければ、デイズだって今頃自分のものに、と。
デイズ。
そうだ、デイズを。
デイズを、寝取ってやったら、あの死霊術師はどんな顔をするだろうか。
確か、家の中には、魔法を封じる手錠があったはず。
父の収集癖が、こんなところで役に立つとは。
かなり高額な品物だった気がするが、まあいい。
あれさえデイズに嵌めてしまえば、火炎魔法での抵抗はできなくなるだろう。
その後、力づくにでも犯してやればいい。
キールは、コップに残ったブランデーを一呑みして。
その美しい顔で、笑った。