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戦いの後で

 タタリヒメは、王城の中を、さまよっていた。


「さすがに、少し眠りたいですわ。

 睡眠不足はお肌に悪いといいますのに」


 どうやら、今は王城には、騎士団はいないらしい。

 大理石の床を、羽織(はおり)()()らせながら、歩くタタリヒメ。

 廊下の両側には、幾つもの木のドア。

 使用人の部屋のようだ。


「本当は、もっとわたくしに相応(ふさわ)しい、豪華なベッドで寝たかったんですけれど。

 もう、面倒になってきましたわ」


 眠気に負けて、使用人のベッドで妥協する。


 ドアノブを握ると、鍵がかかっていた。

 だが、タタリヒメは、手のひらから伸びた影を、鍵穴に挿し込む。

 どんな鍵穴にも合わせられる、万能の影の鍵だ。

 粗末な使用人部屋の鍵程度、難なく開けられる。


 しかし、この鍵開けの魔法で、最後のマナが尽きてしまった。

 残りのマナは、肉体を動かすのに最低限必要なため、魔法には使えない。

 帝都の大気中のマナが枯渇した今、マナ・アブソープションで補充することもできなかった。


(まあ、もう少ししたら、大気中のマナも元通りになるでしょう)


 タタリヒメは、ドアを押し開ける。


 そこには、使用人部屋とは言えど、なかなか悪くないベッドがあった。

 運がいい。

 タタリヒメは、羽織を脱ぎ捨て、ベッドへと腰かける。


「ああ、乙女の血を浴びたいですわ。

 お肌がカサカサになってきてしまいました」


 タタリヒメは、自分の手の甲の肌を見て、溜息を吐く。


 その手の甲が、急に暗くなった。

 タタリヒメの背後に、誰かの人影が現れたのだ。


「……えっ?」


 そして、その人影は、タタリヒメの首に噛み付いた。


「きゃああっ!」


 タタリヒメは、謎の人影を振りほどく。

 力は、弱かった。

 だが、問題は、その正体。


 それは、王城に仕えるメイド。

 それの成れの果て。

 感染性ゾンビ、プレイグだ。


「な、なんで、こんなところに……。

 そ、そ、それよりも、わたくし、今、噛まれて……」


 噛まれたのが、腕や脚だったら、感染源の原虫(げんちゅう)が体内に回る前に、切り落とせば助かったはずだったのだ。

 だが、噛まれたのは、首だ。

 首を切り落とす訳には行かない。

 しかし、こうしている間にも、感染は体内に広がって行く。


 プレイグに治療法は、無い。


「わ、わたくし……、ゾンビ、に?」


 青褪(あおざ)めるタタリヒメ。

 なおも、襲ってくるメイドのゾンビ。


「いやっ!」


 タタリヒメは、使用人部屋に隣接していた洗面所に、咄嗟(とっさ)に逃げ込み、ドアに鍵をかける。

 横を向くと、洗面台と鏡があった。


 鏡を見つめる、タタリヒメ。


「こんなにも美しいわたくしが、ゾンビに?

 ……嘘。嘘ですわ!」


 洗面台に置いてあった、化粧水のガラス瓶を持って、思わず鏡を叩き割るタタリヒメ。

 ガラス瓶を片手に、荒い息を吐く。


 タタリヒメの目から、涙が(こぼ)れ落ちる。


「なんで、なんでわたくしが、こんな目に……」


 ふと、目に入る。

 鏡の、破片。


 今、できることは、ひとつだけ。


 タタリヒメは、化粧水のガラス瓶を置いて、代わりに割れた鏡の破片を手に取る。

 その切っ先を、自分の首へと突きつけて。


「ゾ、ゾンビになったわたくしを見るくらいなら!

 美しいわたくしの姿を目に焼き付けて、死を選びますわ!」


 結局、自死を選んだとしても、その死体は最終的にはプレイグと化す。

 だがそれでも、せめて自分の記憶に残る姿は、美しいままがいい。


 タタリヒメは、鏡の破片を首に刺す。

 ささやかな血が、首筋を伝った。


 その手を震わすタタリヒメ。


 ぼたぼたと、涙を流して。


「わ、わたくし!

 死にたく……!

 死にたく、ありません!」


 タタリヒメは、死の恐怖に勝てず、ただ鏡の破片を首に突きつけたまま、何もできなかった。




 そこに、後ろから、どん、と押されるタタリヒメ。


 ずぶっ、と鏡の破片の切っ先が、(のど)に刺さる。


「……え?」


 血が噴き出し、割れた鏡を真っ赤に染める。


 プレイグに感染したメイドは、鍵をかけたドアの向こう側に居るはず。

 今、自分を押したのは、一体、誰?


 どばどばと、喉の傷口から流れて行く、血液。


 タタリヒメは、失血し、薄れゆく意識で、後ろを振り向いた。


 そこには、メイドとは別のゾンビの姿。

 彼は、メイドの恋人の料理人だった。


「わ、たく、し……

 死にたく、な、い……」


 喉から止めどなく血を流し、タタリヒメは痛みと失意の中で、ゆっくりと死んでいった。







 帝都の夜が明けて行く。


 東の空からは朝日が昇る。


 戦いが始まってから、ちょうど丸一日が経ったのだ。

 この一日で、ずいぶんと多くの命を失った。


 そして、これから十万体の感染性ゾンビを打ち倒すのだ。


 帝都を南北に二分する、急ごしらえの、壁。

 岩と氷の魔法で、作られた、壁。

 その壁の上に、並ぶ一同は。

 全て、ロロの死霊術により蘇った、死者たち。


 感染性ゾンビの病原体である原虫は、既にゾンビになっている者には感染しないことが、つい今しがた、ボラン教授の実験により明らかになった。

 生者は、感染の危険性があるため、後方待機をしている。


 帝都の南半分は、セバスチャンの使役していたドラゴンたちの炎によって、焼き尽くされていた。

 そこに入り込んで(うごめ)く亡者たち。


 死者による帝国軍の中心は、ロロの眷属。

 ムラサメは、広範囲殲滅には向かないため、安全地域でロロの護衛についている。


 各々(おのおの)の武器を構える、帝国軍。


 打ち倒した死体にも原虫は生き延びているため、死体も全部焼かないといけない。

 なかなかの大作業になりそうだ。


 デイズが、ショートカットの黒髪と黒目を、鮮やかな紫色に染め、手のひらから紫の炎を上げる。


「さ、一仕事(ひとしごと)しましょ」


 死者の帝国軍は壁から飛び降りる。

 そのまま着地する者もいれば、箒や絨毯で飛行する者もいる。




 狂戦士薬は、死んだ後でも残る。

 その肉体に。

 そのため、蘇らせても、薬の影響下から抜け出すことはできない。

 だが、それはあくまで、同じ肉体を使う場合の話。


 この世で初めてロロだけが到達したレベルの死霊術。

 まだ、名も無き死霊術。


 それにより、別の肉体へと魂を導かれ、蘇ったセバスチャン。

 今はもう、狂戦士薬の無い肉体。

 正気に戻ったセバスチャンは、数多(あまた)の同胞を殺害してしまった事実に打ちのめされるも、残りの人生を民の安寧(あんねい)のために使うと誓った。

 ドラゴンゾンビとなった、レッドドラゴンを呼び出し、極大の火炎放射を放つ。




 デイズは、裸足になった足の裏から、紫色の炎を噴き上げ、帝都の朝の空を駆け巡る。







 その頃、帝都よりも少し西に行った地域にて。

 黄金の鎧を着た男を先頭に、馬で駆ける一団がいた。

 帝国に反逆した、黄金騎士団だ。


 団長のスターライト侯爵は、これより、スターライト王となる。

 スターライトの領地は、スターライト王国と名を変え、統治される。


 スターライト王は、黄金の鎧を輝かせ、堂々と馬を走らせていた。


 これから、忙しくなる。

 なにせ、曾祖父の代からの悲願であった、王国の再建なのだ。

 きっと、豊かな国にしてみせる。

 帝国になど、負けはしない。




 ぴちゃり。




 馬の速度が、急に落ちる。

 一体どうしたというのだ。

 スターライト王が馬の足元を見ると、いつの間にか沼地のようにぬかるむ土地へと入っていたようだ。

 馬が泥に足を取られて、速度が落ちたようだ。


 こんな事にも気付かないなんて、思いの外、浮かれている様だ。


 スターライト王は、辺りを見回す。


 いや、違う。

 ここは、いつも馬で駆けていた土地。

 こんな沼地など、無かった。


 だが、実際には、辺り一面が、泥の沼地と化していた。


 スターライト王は、馬から降り、泥へと踏み込む。


 このぬめり。

 これは、水ではない。




 これは、油だ。




「納得いかねえ」


 突如、スターライト王の東側にある、小高い丘の上から聞こえてきた、(つぶや)き。

 いつの間にか、謎の集団が現れていた。

 朝日が逆光になって、姿が良く見えない。

 おそらくは、馬に乗った集団。


 先頭の男は、葉巻を咥えているようだった。


 スターライト王は、震える。

 タタリヒメからの通信では、その男は、死んだはずだった。


 その時、雲が流れ、朝日が遮られる。

 逆光になって見えなかった姿が、はっきりと見えるようになった。


 スターライト王は、息を呑む。


 その男は、なおも呟く。


 骨の指で、葉巻を摘まみながら。


「納得いかねえ。なんで俺らだけ、スケルトンなんだよ」

「まあまあ、いいじゃねえか、ボス」

「そうだよ。生きてるだけ儲けモンだって」


 それは、骨の馬に乗った、スケルトンの集団だった。


 第九騎士団『ならず者(ローグス)』。

 ロロの死霊術により、スケルトンとして蘇っていた。


 葉巻のスケルトン、ウォーチーフは、言う。


「まあいいか。

 それより、グレイ男爵から貰ったマナ、すげえぞ、これ。

 見ろよ。油の大洪水だ。

 前はこんな事、到底無理だったろ。

 大魔法使い、ヤベぇわ」


 ウォーチーフは、丘の上を楽しそうに馬で駆ける。

 第九騎士団にも、ロロの精霊ネットワークによる、マナの供給が()されていたのだ。


「ボス、あんまり帝都から離れちゃダメだってば」

「グレイ男爵の死霊術、あんまり範囲広くないって言ってたでしょ」

「わかってるよ、うるせえな。

 少し、はしゃいでみただけだろうが」


 そう、ロロの死霊術は、精霊眼を得たことで、さらに上の次元へと昇華(しょうか)したが、弱点である効果範囲の狭さもまた、以前よりもさらに狭くなってしまったのだ。


 スターライト王は、震える声でウォーチーフへと頼み込む。


「ウォーチーフ殿よ。

 頼む。見逃してくれないか?

 礼金なら弾むつもりだ」


 ウォーチーフが、葉巻を骨の手に取り、告げる。


「馬鹿が。見逃す訳ねえだろうが」


 ウォーチーフは、葉巻を挟んだ指で、スターライト王を差す。


「そもそも、俺らは傭兵じゃねえ。

 騎士団だ。

 金で動いてるんじゃねえんだよ、

 お前らみたいなエセ騎士団には分かんねえだろうけどな」


 第九騎士団の面々は、構えた杖の先に火を灯す。

 第九騎士団は、大半が火炎術師だ。

 これも、ウォーチーフの油術(ゆじゅつ)を最大限活かすための布陣。


 ウォーチーフが、指先で挟んだ葉巻を、スターライト王へと飛ばす。

 くるくると宙で回転し、スターライト王へと向かう葉巻。


 スターライト王が、その場の全員に号令をかける。


「全員、逃げ……」


 火のついた葉巻が、スターライト王の足元の、油の泥に落ち、着火する。

 燃え上がる、スターライト王。


「うわああああっ!」


 スターライト王は、転げまわる。

 だが、足元は全て、油の海。

 ますます燃え上がる、スターライト王。


 スターライト王の火が、他の黄金騎士団へと伝播する。


「うわっ!火が!」

「ぎゃああっ!」

「ああっ!熱いっ!た、助け……!」

「……まだ、死にたく、な、い」


 あたり一面、油の海。

 それが、一斉に燃え盛ったのだ。

 第九騎士団の火炎術師が、駄目押しに、火炎を放つ。


 熱で揺らぐ空気。


 燃えて、崩れ落ちる黄金騎士団の屍。

 瞬く間に全滅する。


 スターライト王の黄金の装備も、高熱で溶けてしまっていた。


 ウォーチーフは、咳払いをする。


「ゴホン。えっとな、第九騎士団は金で動くわけじゃねえが……。

 目の前にあるお宝を見逃すほど、聖人君主でも無い」


 ウォーチーフが杖を振ると、燃えていた油が、炎ごと霧散する。


 目の前には、溶けた黄金の装備。

 一財産にはなるだろう。


「と言う訳で、あの黄金は貰った!」


 我先(われさき)にと駆け出すウォーチーフ。


「あっ!ボス(ずり)ぃ!」

「山分けだろ、こういう場合!」


 ウォーチーフの後を追って走る、第九騎士団。

 黄金を巡って、醜い争いが繰り広げられていた。


 その後、黄金を山分けにしたスケルトンの集団が、帝都に凱旋(がいせん)することになる。







 そして、一週間をかけて。

 感染性ゾンビ、プレイグは、一匹残らず駆逐(くちく)されたのであった。








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― 新着の感想 ―
[良い点] タタリヒメが自業自得だった 黄金騎士団もちゃんと報いを受けた セバスチャンが蘇った [一言] 更新ありがとうございます 黄金騎士団がスルーされそうだったので 今回のお話は嬉しかったです…
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