アイちゃん、登場っ!
ロロとデイズは、食事を終え、一緒に教室に戻り、別々の自席に向っていた。
満腹になったロロ。
席に座り、呆けていた。
(海老の天麩羅、おいしかったな)
デイズが食べさせてくれた天麩羅を思い出す。
齧る瞬間、デイズがロロの目を見つめていた気がする。
頬を赤くしたデイズ。
何だか今日は様子がおかしかった。
いや、そもそもロロを昼食に誘う時点でおかしいのだ。
ロロは、クラスメイトの女子たちと話し込んでいるデイズへと顔を向けた。
デイズと一瞬、目が合った気がしたが、気のせいだろう。
デイズはクラスメイトと話すときは、いつも聞き手に回るはずだが、今日はデイズから話題を振っているみたいだ。
盛り上がっている女子たち。
女子たちが、身を乗り出して、デイズに詰問している。
「えー!?だれだれ!?」
デイズは人差し指を唇に当て、答える。
「秘密!」
すると、女子のみんなが不服そうな声を上げた。
なんだか、デイズもいつも以上に楽しそうだ。
不思議と、ロロも嬉しくなった。
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
午後からは、選択授業だ。
各個人の所有魔法ごとに、専門特化した授業を受ける。
デイズは熱魔法、キールは金属魔法、といった具合に。
デイズの火炎魔法は、正式な名称で呼ぶと、熱魔法・火炎術だ。
なお、熱魔法には、熱を与える火炎術と、熱を奪う氷結術がある。
だがデイズは、正式名称で呼ぶのは面倒なので、いつも通称である火炎魔法や火炎術と呼んでいた。
ロロの扱う死霊術は、黒魔法に分類される。
だが、黒魔法も、死霊術も、この学園の教師で扱えるのは、フローレンスただ一人。
黒魔法には、死霊術以外にも、呪術や暗黒術などがある。
ちなみに、ロロやフローレンスが、眷属を影の中から出し入れしているのも、暗黒術の『影の門』という技だ。
ロロは午後の選択授業では、死霊術以外にも、他の黒魔法をフローレンスから習うこともある。
死霊術と同じ系統の黒魔法は、親和性が高く、使えるようになると非常に便利なのだ。
ひとつの技をある程度使いこなせるまでには、おおよそ数か月から、複雑なものになると数年かかる。
だが、大魔法使いであるロロは、新しい技を使えるようになると、フローレンスが使う同じ技の威力を遥かに凌駕した。
その時のフローレンスの心中は、喜び半分、嫉妬半分といったところか。
ロロは、今日からは新しい技を覚えるのではなく、死霊術の技をより高めてようと考えていた。
死霊術の『マナの絆』という技。
この技は、実はロロは既に会得はしている。
蘇らせた死者や、眷属たちに、ロロ自身の魔法力を分け与え、仲間の死者をより強化する術だ。
この技により、眷属以外の蘇らせた死者たちも、この世に留まれる時間が長くなる。
今のロロでは、約百人を一か月ほど、この世に留めておくことができるが『マナの絆』の効果を高めれば、より多くの人数を、より長い間、蘇らせることができるようになる。
大魔法使いであるロロは、大気中の魔法力を吸収する『マナ・アブソープション』が使える。
完全に無尽蔵という訳ではないが、『マナ・アブソープション』により、膨大な魔法力を扱えるロロ。
そのロロの強力な魔法力を『マナの絆』を通して得ている眷属たちは、実は生前よりも大幅にパワーアップしているのだ。
だが、ロロの持つ大量の魔法力を、存分に分け与えられるほど、まだロロの『マナの絆』の練度は高くない。
だから、今は新しい技を習得するよりも、マナの絆の技術をより高めることに時間を使おうと思っていた。
技術を高める作業は、実は単純明快。
習うより慣れろ。
つまりは、ただひたすらに、技をずっと使い続けるだけだ。
午後の黒魔術の授業は、学園内にあるフローレンスの私室で行う。
なにせ、生徒が一人なのだから、小さな部屋ひとつで事足りる。
他の選択授業のように、校庭や模擬戦フィールドを借りなくとも済むのは、面倒がなくてよかった。
フローレンスの部屋で、フローレンスと向かい合って椅子に座るロロ。
老婆の教師、フローレンスが口を開く。
「じゃあ、はじめようかねぇ~。
と言っても、『マナの絆』に関しては、もう私が教えるようなことは無いんだけどさっ!」
けらけらと笑うフローレンス。
そう、『マナの絆』の修練は、ただひたすら技を使うことのみ。
フローレンスは、今はもう採点のためだけに、ここにいるのだ。
ロロは、眷属の一体を影から呼び出す。
この小部屋では、ムラサメやティナ・シールを呼ぶと手狭だ。
がしゃどくろなんて、絶対に呼べない。
だから、逆に最も小さな眷属を選ぶ。
全部で五体いるロロの眷属の、四体目。
手のひらサイズの眼球に、蝙蝠の翼が映えた、アイボールという種類の獣。
アイボールのアイちゃんが、ロロの影から飛び出してきた。
アイボールは野生動物の一種だったが、テレパシーで人語を解す。
そのため、眷属化したのは、アイ自身の強い希望によるものだ。
ロロの目の前で、宙を羽ばたくアイがテレパシーで、可愛い声で話しかけてきた。
「ロロ様ぁ~。あたしぃ~、最近、影薄くない?
もっと、呼び出してっていうかぁ~。
あたしぃ、これでもぉ、能力には自信あるんですけどー」
アイは、間延びした声を、ロロとフローレンスの心にテレパシーで直接呼びかける。
どうやら、しばらく出番が無かった事が不満なようだ。
アイは、テレパシーに暗視に視界共有など、偵察系の魔法に非常に優れている。
ここ最近の猛獣退治の授業などは、大体ムラサメひとりで事足りていたので、わざわざアイを呼び出すほどのことは起きなかったのだ。
ロロはアイを宥める。
「ごめんね、アイちゃん。
今度、戦闘訓練とかでお願いするから。
それで今は、マナの絆の訓練をしたいんだ」
「んもぅ、ロロ様の頼みなんてぇ、断れるわけないじゃない」
パタパタと、翼を羽ばたいて、ホバリングしているアイ。
マナの絆は、基本的には常に起動している。
ロロが眠っている時も。
そうでないと、墓場の村に住むゾンビたちが、一か月経たずに塵に還ってしまうからだ。
だが今は、訓練のため、意図的にアイに大量のマナを流す。
アイは、流されてきた強力なマナに、驚きの声を上げる。
「きたっ!きたぁ~っ!
すごい!すごいのぉ!」
テンションが上がり、部屋の中を高速で飛び回るアイ。
ロロは、アイに指示をする。
「アイちゃん、他の場所を僕たちに見せてくれないかな?」
「はいぃ!行ってきましゅぅ!」
アイは、部屋の窓から学園の空に飛び立っていった。
その時に巻き起こった風で、部屋の中の書類が宙を舞う。
すると、椅子に座るロロとフローレンスのちょうど中間の空中に、学園を空から眺めている映像の幻が現れた。
アイの、視界共有魔法だ。
「アイちゃん。まずは、第一模擬戦フィールドをお願い」
この指示は、アイにはテレパシーで伝わっているはずだ。
映像がブレ、高速で第一模擬戦フィールド上空まで幻が切り替わる。
アイの飛行速度も、桁違いに上がっている。
マナの絆での、魔法力供給は、順調なようだ。
第一模擬戦フィールドでは、あちらこちらで、炎や冷気が巻き上がっている。
確か今は、熱魔法の授業中だったか。
その中に、一際大きな紫の爆炎。
髪を紫に染めたデイズが、宙を駆け巡って、爆炎を放っているのが見えた。
ロロは、デイズが元気でよかったと、胸を撫で下ろした。
昼休みでは、何やら調子がおかしかったみたいだからだ。
「アイちゃん、次は第二模擬戦フィールド」
その指示の一秒後、視界共有の幻の映像は第二模擬戦フィールドの上空に移動していた。
第一と第二の間には、数キロメートルは距離があったはず。
アイは、音速を超えて飛行したのだ。
音速を超えると、衝撃波が発生する。
アイは、衝撃波で自身を傷つけぬよう、バリアの魔法も張っていた。
バリアを張り、音速を超えて飛行するアイボールなど、聞いたことが無い。
アイボールは本来、いつもふわふわと浮かぶようにのんびり飛ぶだけの生き物なのだ。
相変わらずのロロの魔法の力に、フローレンスは冷や汗をかく。
第二模擬戦フィールドでは、大気魔法の演習を行っていた。
通称、風魔法ともよばれるその魔法は、風を操る風術や、空気を催眠ガスや毒ガスに変えるガス術などがある。
大気魔法の使い手は、大抵は箒や靴に風の魔法をかけ、飛行している。
現に、第二模擬戦フィールドの上空には、生徒たちが大勢飛び交っている。
だが、フィールドの中央に、たったひとりだけ、飛行せずに立っているものがいた。
背が高く、筋肉もかなりついているが、女性だ。
銀髪のベリーショート。その肩には、大人の背丈ほどもある大剣が担がれていた。
あの人はたしか、高等部三年生の先輩。
この学園で最強と名高い、エリザベス先輩だ。
エリザベス先輩は、その肩に担いだ大剣『聖剣ヴィーナス』を両手で持ち、振るう。
すると、エリザベスを中心に、巨大な竜巻が出現した。
フィールド上空を飛んでいた生徒たちは、皆、竜巻に巻き込まれて行く。
これ以上は危険だと判断した、担当の教師が、風術で大きくなった声を響かせ、エリザベスを止めた。
消える竜巻。
巻き込まれた生徒たちは、ふらふらと地面に降り立ち、次々とその場に力尽き倒れていった。
フローレンスはそれを見て感心する。
「やっぱり、ロロを抜いて考えたら、あの子は別格だねぇ」
エリザベスのことだ。
今しがた見た竜巻。
あれでも、相当に手加減しているであろう。
ロロは、アイにテレパシーで指示を送る。
「アイちゃん、戻ってきて。
でも、ゆっくりね」
音速を超えて入室されたら、衝撃波で窓ガラスが割れてしまう。
だが、それでも数十秒後には、アイは風を巻き起こしながら、窓から帰還した。