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変わる世界

 夜の帝都に、無数の真鍮(しんちゅう)の鎖が、(うごめ)く。

 その先には、巨大な真鍮のトラバサミ。

 それはまるで、御伽噺(おとぎばなし)に出てくる、幾つもの頭を持つ竜のようであった。

 キールは、その架空の竜になぞらえて、自分の技をこう呼んだ。


『ヒドラ』


 キールは、真鍮の鎖の束を振り回す。

 鎖の先に付いた、巨大化した剣やドリルが、帝都の住宅地を一撃で更地へと変える。

 それはまさしく、真鍮の破壊神。


「ロロは、最後に取っておいてやるぜ。

 まずは、新皇帝様。てめえからだ!」


 多くの家屋を破壊したヒドラは、全く勢いが衰えないまま、皇帝の乗る大絨毯へと毒牙を向ける。

 ひとつひとつが、数十メートルに巨大化した、八つの真鍮のドリル。


 グリーンハルトが、声を上げる。


「ミラージュ男爵!」


 近衛のバリア術師、ミラージュ男爵が、薄緑色の球形のバリアで大絨毯を包む。

 ドリルが当たる衝撃で、大絨毯が大きく揺れる。

 八つのドリルの内、三つまでは弾き返すことができた。

 だが、三つ目を弾いた途端、ミラージュ男爵のバリアは、粉々に砕け散った。

 巨大なドリルは、まだ五つ残っている。

 今からバリアを張り直すほどの力が残っていない、ミラージュ男爵。


 万事休すかと思われた、その時。

 箒に乗って現れた、数十人のバリア使いたち。

 バリアの専門家集団である第二十九騎士団『防人(さきもり)』。

 そして、帝立魔法学園の、バリア術師の生徒たち。


 数十人がそれぞれの色のバリアを、一斉に張る。

 色とりどりの(そう)が合わさった、一枚の分厚いバリアの壁。


 残りの五つのドリルが、カラフルなバリアに襲い掛かる。


 バリアに突き刺さる、真鍮のドリル。

 高速で回転する(やいば)に削られ、穴が空き始めるバリア。

 このままでは、一分(いっぷん)もしない内に、貫かれてしまうだろう。


 だが、一つのドリルが、衝撃と共に、ひしゃげて吹き飛んだ。

 それを()したのは、一人の男。

 黒と赤のオッドアイ。

 オーバードライブの(こぶし)が、ヒドラの首の一つを、殴り飛ばしたのだ。


 オーバードライブは、近衛たちに声をかける。


「お前ら、団長の命令はまだ撤回されてないぞ。

 全員で守りながら、全員で攻める。だろ?」


 それを聞いた、残りの近衛騎士は、ニヤリと笑う。

 帝国近衛騎士団は、決して(あきら)めない。

 全員が、空飛ぶ(ほうき)へと乗り込む。

 宙に舞い上がり、剣や杖を構えた。


 その(あいだ)にも、ヒドラのドリルは、バリアを掘り進む。


 あと四つ。

 近衛騎士が、ドリルへと襲い掛かる。

 青銅術師(せいどうじゅつし)の兄弟が、巨大化した青銅の剣を、叩きつける。

 岩石術師(がんせきじゅつし)の中年女性が、尖った固い岩の弾丸を、連発する。

 (はがね)術師(じゅつし)鎖鎌(くさりがま)分銅(ふんどう)が、まるで隕石のように、真鍮のドリルを撃ち抜いた。


 あと三つ。

 水術師が、高圧の水流で、巨大化した鎖を削る。

 酸を操る魔法使いが、真鍮を腐食させる。

 リリスが、ノコギリソウを両手に持ちながら独楽(こま)のように回転し、真鍮の鎖を断ち切った。


 あと二つ。

 帝立魔法学園の生徒と教師たちも集結する。

 アビゲイル・サファイアが、青いバリアを身に(まと)い、ドリルを蹴る。

 一年生の男子が、酸素を凝縮させ、マッチを落とし爆破する。

 双子の執事のゾンビ、ジョニーとヘンリーがレイピアを構え、炎と氷の突きを放つ。

 学園長が破壊光線を浴びせる。

 ロロとデイズの担任の火炎術師が、数十の火の鳥の群れを放つ。

 ロロのクラスメイトたちが、火と風を混ぜ合わせ、燃える旋風を巻き起こした。

 破壊される、ヒドラのドリル。


 あと一つ。

 そこには誰も居なかった。

 もう、バリアも砕ける寸前。

 その場にいた誰もが、駆けつけようと藻掻(もが)く。

 間に合わない。


 だが、ドリルの真下に現れる、一人の人影があった。


 ベリーショートの銀髪の女性。

 高い上背(うわぜい)

 鍛え抜かれ、盛り上がった腕の筋肉。

 その肩には、嵐の聖剣ヴィーナスを(かつ)ぐ。

 聖剣の(つか)()められた琥珀(こはく)が輝いた。


「いいねえ。

 全員で守って、全員で攻める。

 アタシも混ぜてくれよ」


 その女性が、聖剣ヴィーナスを両手で振る。

 巻き起こる、大竜巻(おおたつまき)

 その風の速度は、惑星の自転すら追い越す、スーパーローテーション。


 最後の一つのドリルは、竜巻に吹き飛ばされ、驚異の風圧により、バラバラに砕け散った。


「第一騎士団長、エリザベス・サファイア。遅ればせながら、参戦するよ」




 ヒドラの八つの頭が破壊され、キールは歯噛(はが)みする。

 まだまだ、ヒドラの凶器は残っている。

 だが、格下の魔法使いどもにヒドラが破壊されたこと自体に、怒りを覚えた。


「ふざけんなよ……。

 どいつもこいつも!

 俺を馬鹿にしやがって!

 雑魚どもは、大人しく殺されてりゃいいんだよ!」


 キールは、巨大化した無数の鎖を振り回す。

 周辺の家屋(かおく)()ぎ倒される。

 真鍮の大剣が、王城の塔を破壊した。

 あそこには、タタリヒメが居たはず。

 だがその姿は、どこにも無かった。

 きっと、とっくに塔から城の中へと避難したのであろう。


「チッ。あの女、逃げ足だけは速えな」


 キールは、タタリヒメも殺すつもりだった。

 今は味方だが、いずれ敵になる。


 だが、帝都の大気中のマナが尽きた今、大魔法使いは、(ただ)の魔法使い以下だ。

 後で探して始末すればいいだけのこと。


 キールは、皇帝とその周辺の魔法使いを撃破できずに、苛立(いらだ)っていた。


「しょうがねえ。

 後回しにしようと思ってたが、やっぱり止めだ。

 ロロ!

 まずはお前からだ!」


 キールは、帝都の夜空に、無数の鎖を解き放つ。

 それはまさに、破壊神ヒドラの姿であった。







 ロロは、大理石の床に、仰向(あおむ)けに倒れる。

 背中と頭を床にぶつけ、(うめ)く。

 だが、動けない。

 身体中のマナが消失し、力が入らないのだ。


 眷属ではないナインも、ロロたちを運んで来たことで、力尽きて倒れていた。


 ロロのそばには、身体を動かすマナすら無くなり、地を這う眷属たち。

 レッドドラゴンの血で染まった、中央広場の向こう側では、騎士団や魔法学園の皆が、キールと戦っていた。

 キールの身から伸びている、幾つもの巨大な真鍮の鎖。

 圧倒的な力を持つ、ヒドラの(ごと)く。


(動け!僕の身体!何で動かないんだ!)


 ロロは、心の中で叫ぶ。

 倒れたロロの頭の上には、大きな白蛇(しろへび)土地神様(とちがみさま)の像。

 そして、その像に()う、淡く光る(かえる)

 その蛙が、像から飛び降り、宙を泳ぎ出した。


(くそっ!何だよ!変な幻覚まで見えだしてきた!)


 宙を泳ぐ蛙の脇から、数匹の魚が泳いできた。

 半透明の、魚。


 ロロは、その存在には聞き覚えがあった。

 デイズが見ている、精霊の姿。

 だが、ロロは精霊眼を持ってなどいない。

 あれは、ただの幻なのか。


 ロロの目は、徐々(じょじょ)に紫色に変わっていた。


 それは、眷属と繋がった魔法使いだけに起きる現象。

 認識共有(にんしききょうゆう)

 狂戦士薬を打たれたセバスチャンが見ている、地獄の幻覚を、眷属のドラゴンたちも見てしまったのと、同じ現象。

 今、ロロはデイズの精霊眼の見る世界を、共有していたのだ。


 ロロの目が、明るい紫色に変わる。

 デイズから借り受けた、精霊眼の力。

 今、ロロも精霊眼の持ち主となったのだ。


 ロロの目の前には、帝都の夜空に数百万の大群を成す、半透明の魚。

 最初は数匹しか見えなかったが、次の瞬間には数百匹、そして次の瞬間には数万匹と、見える世界が広がって行く精霊眼。


 そして、遥か上空に浮かぶ、真っ白な、巨大な長い胴体。


 それは、帝都すら囲ってしまいそうな、途轍(とてつ)もなく長大な白い蛇だった。


 ロロは、目を(またた)かせる。

 その白い蛇は、赤い瞳をロロへ向け、(しゃべ)りかけてきた。


「本来は、なんらかの(しゅ)に、一方的に力を貸すことなど、無いのだがな。

 今回は私も腹が立っているのだよ。

 せっかく育って来た、数々の命が()ゆる、この大地。

 大切な、私の箱庭(はこにわ)

 あのような無粋(ぶすい)(やから)に、()みにじられるのは、我慢ならぬ」


 ロロにも感じる、白蛇の怒り。

 キールと、十万のプレイグに対する怒り。

 そして、いつの間にか体の奥から湧き上がって来る、(ちから)

 白蛇から流れ込んでくる、限りなく澄んだマナ。


 ロロは、起き上がる。

 上空の白蛇を見つめながら。


 白蛇は、ロロへ告げる。


「目覚めよ、精霊眼を持つ大魔法使いよ。

 そなたの力は、その程度ではないのだ。

 見よ、真の世界を。

 今のそなたなら、見えるはずだ」


 そして、ロロの目に映る。


 うっすら光る、鳥の群れ。

 半透明の、牛や鹿。

 そして帝都中に溢れる、死んだはずの人々の姿が。




 ただ、精霊眼を持つだけでは、見えなかった世界。


 ただ、死霊術を(あつか)うだけでは、見えなかった世界。


 ただ、大魔法使いというだけでは、見えなかった世界。




 精霊眼を持つ、大魔法使いの、死霊術師のロロだからこそ、初めて見えた世界。




 生きている内に、その世界を見るのは、おそらくロロが、この世で初めてだろう。




 魂の世界。




 精霊眼を持つ物だけが、精霊を見て話すことができる。

 ならば、魂の世界が見えているロロには、可能なはず。

 肉体が滅び去った死者の魂を、見て、話すことが。


 ロロは、立ち上がる。

 ロロを取り巻く、淡く光る、人々の魂。


 死霊術では、塵に還った者は、二度と蘇らせることができない。

 それは、肉体に宿った人格が、肉体が滅びると同時に、消失するため。

 塵から再度、肉体を作ることはできるが、それは精神の無い人形に過ぎなかった。

 たとえば、スケルトン兵のように。


 しかし、魂は、ここにあったのだ。


 ロロは、唐突に理解する。


 既に下地(したじ)(そろ)っている。

 死者の肉体は、作れるのだ。


 そして、今。


 見ることができる。


 話すことができる。


 導くことができる。




 死霊術の根底(こんてい)が、(くつがえ)る。




 ロロは、骨の杖を構える。

 愛犬の脚の骨で出来た杖を。

 だが、その脚の骨を中心に、ロロの影から噴き出た塵が集まる。

 それは、新たな骨となり。

 一匹の、犬の骨格を作り出した。


 動き出す、骨の犬。


 骨の犬は、ロロへと身を()()せる。

 ずっと前に死んだ愛犬。

 ずっと(そば)に居てくれたのだ。


 もうロロには、杖は必要なかった。


 ロロは、身体を作るだけ。

 そして、そこに導いてあげるだけ。




 ロロは、自分の影へと手をかざす。

 そこから噴き出す、死者の塵。

 その塵は、ロロと同じ背丈の、一体のスケルトンの形を取る。

 何の変哲もない、スケルトン。


 そのスケルトンは、歩き出す。

 ロロを背に。

 破壊された神殿の入り口へと。




 神殿の前には、大量の血を流す、レッドドラゴンの首なし死体。

 そのさらに向こうには、真鍮のヒドラを操る、キールがいた。


 キールは叫ぶ。


「よう、ロロ!

 デイズもゾンビになったんだな!

 せっかく俺のものにしてやろうと思ってたのによ!

 でも、もういいや!

 ロロもデイズも、まとめてミンチになりやがれ!」


 キールのヒドラが、神殿へと襲い掛かる。


 八つの、巨大な剣。

 八つの、巨大なトラバサミ。

 八つの、巨大な丸鋸(まるのこ)




 その時、神殿の前に立っていたスケルトンが、左手を前にかざす。


 骨の左手が、輝く。


 そして、その左手の先に、突如として現れた、半透明の分厚いバリアの壁。


 キールのヒドラは、バリアの壁に(さえぎ)られ、ロロたちには届かなかった。




 ロロは、笑う。

 その目には、涙を浮かべ。


「おかえりなさい」


 スケルトンは、振り向いて言った。


 野太い声で。


「ロロちゃん、大きくなったわね。

 あら、違うわ。

 私が縮んじゃったのね」


 スケルトンは、おほほ、と高笑い。


 本当に、ずいぶんと小さくなってしまった。

 だが、帰って来たのだ。

 ロロの元へ。

 ロロが魂を導いて。




 今、がしゃどくろが、再びこの世へと。








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