がしゃどくろ
帝都中央広場。
そこは、ロロたちが結婚式を挙げた際、がしゃどくろとアイが、花びらを降らせて祝福してくれた場所。
ロロが、中央広場の端にある、神殿の右横の路地への入り口に辿り着いた時。
なぜか、タタリヒメの式神たちが、一斉に路地の向こうの暗闇へと引き上げて行った。
ずいぶんと、あっけない。
だが、路地の先は、不自然なほど真っ黒な暗闇。
本来は中央広場の街灯の光が届いているはずだが、まるで真っ黒な水が張ってあるかのように、一寸先すら見えなかった。
死闘を繰り広げていた騎士団たちも、治癒と体力回復のために、自陣営に居る治癒術師の元へと帰って行く。
妖怪が一斉に引き上げて行った路地の暗闇を見つめ、訝し気なティナ・シール。
「なんか、嫌な感じですね」
直立するがしゃどくろが、眼窩の上に手をかざし、路地を上空から見下ろす。
「なーんにも見えないわ。真っ暗」
アイボールのゾンビ、アイも、路地の上空を飛び回り、様子を伺うも、やはり不自然な暗闇で、何も見えなかった。
アイがテレパシーで話しかける。
「ロロ様ぁ、アタシもぉ、全然、見えなぁい。
って言うかぁ、暗すぎじゃない~?おかしいよぉ、これ」
「じゃあ、千里眼で見てみるっす」
リリアナが、ティナ・シールの横に立ち、その瞳を金色に光らせる。
「ん?向こうの道の壁に何か書いてあるっす。
えっと、【ロロ、さん、への、プレゼント】……?」
ロロは、それを聞き。
何か漠然とした不安が胸を覆った。
リリアナは、続ける。
「【神殿の、中に】……」
ロロたちは、すぐ左側に建っている、大きな神殿を見る。
その時、ロロのすぐそばで、重たい金属が落ちる鈍い音がした。
リリアナが、秘宝の黄金の弓を落としたのだ。
リリアナは、走り出す。
秘宝の弓を、床に残したまま。
神殿へと向かって。
リリアナの金色の瞳は、涙で滲んでいた。
千里眼で、神殿の中の何かを見たのだ。
それを見ていた全員が、リリアナの後を追う。
ロロ。
ムラサメ。
ティナ・シール
アイ。
がしゃどくろ。
先陣を切っていたリリアナが、神殿の重く大きな扉を、開けようと踏ん張っていた。
ロロが走りながら、影の触手を扉の取っ手に巻き付け、一気に扉を開け放つ。
リリアナは、脇目も振らず、神殿の奥へと駆けてゆく。
開いた扉から、中を見る、一同。
ティナ・シールが立ち尽くし。
ムラサメが、目を伏せる。
がしゃどくろが、固まる。
アイが、目を見開く。
ロロはいつの間にか、その場で膝を付いていた。
神殿の最奥。
大きな白蛇の土地神様の像。
その手前に。
鋭く尖った、巨大な氷塊。
その根元では、リリアナが茫然としている。
氷塊は、大量の血に塗れていた。
ロロは、氷塊の先端を見上げる。
そこには、氷塊に胸を貫かれた。
デイズの、死体があった。
ロロは、氷塊へと近寄る。
見上げれば、愛しい妻の、動かなくなった身体。
「デ、イズ……」
ロロは、呟いた。
それしか、できなかった。
その瞬間、反射的に考えたのは、デイズを眷属にすること。
だが、すぐに思い出す。
眷属は、もうこれ以上作れない。
相手がただの一般市民ならば可能かもしれないが、デイズは最早、英雄の域に達している。
そのデイズを眷属にできるほどのキャパシティは、もうない。
そこに、後ろからロロを抱きしめる、あたたかいなにか。
肩越しに振り向くと、リリアナとティナ・シールが、いてくれた。
アイも、ロロの肩の上に止まり、潤む瞳でロロを見つめている。
ティナ・シールが言う。
「ロロ様。デイズさん、降ろしてあげましょう。
あんな、あんなところに、いさせるなんて……」
ロロの背中に抱き着き、涙を流す、ティナ・シールとリリアナ。
ロロは、氷塊を見上げる。
そしてロロは、細い触手を数本、影から出した。
それは、血に塗れた氷塊を伝い。
デイズの元へと辿り着く。
そっと、そっと、持ち上げる。
もうこれ以上、傷つかないように。
触手の上に乗せられ、ゆっくりと降りてくる、デイズの遺体。
血の気の無い、青白い肌。
学園の制服の白いブレザーは、血で汚れてしまっている。
口からも血が流れていた。
ロロは、その腕の中にデイズを受け止める。
ロロは黙って、デイズを見ていた。
ロロたちは、神殿の中から歩み出る。
デイズを抱きかかえて。
がしゃどくろが、神殿の外で、俯いていた。
がしゃどくろは、身体の構造的に涙を流せない。
だが、もし涙が出る身体だったら、誰よりも多く泣いただろう。
ロロは、抱きかかえたデイズの額にキスをする。
でも、もうデイズからはキスを返してくれない。
それが、とても悲しかった。
「ロロちゃん」
野太い声が響き渡る。
がしゃどくろが、正座をして、ロロを覗き込んでいた。
それは、一見すると恐ろしい姿。
でも、ロロたちは知っている。
こんなに優しい心の持ち主は、他にいないということを。
がしゃどくろは、続ける。
「ロロちゃん。お願いがあるの」
みんなが、がしゃどくろを見ていた。
ロロも。
ティナ・シールも。
リリアナも。
アイも。
がしゃどくろは言った。
「私を、眷属から外して欲しいの」
がしゃどくろは、ずっと孤独だった。
ロロと出会うまでは。
ティナ・シールと一緒にロロと出会ってからは、夢のように楽しい時間を過ごせたと思う。
あんなに孤独だったのが、嘘みたいだ。
がしゃどくろは、毎日が幸せだった。
歌をうたって。
子供たちと遊んで。
最近では、がしゃどくろファンまで出来てしまった。
こんなに幸せでいいのだろうか。
しかし今、時が来たのだ。
終わりの時が。
眷属は、もうこれ以上増やせない。
だから、楽しい、がしゃどくろの時間はもう終わり。
これからはデイズの時間。
「ロロちゃん。
今まで、ありがとう。
この身体、お返しします。
これからも、デイズちゃんを幸せにしてあげて」
ティナ・シールが、がしゃどくろの骨の脚にしがみつき、叫ぶ。
「だめぇ!がしゃどくろさん!そんなこと言わないで!
がしゃどくろさんは、いなきゃダメなのです!」
必死に懇願するティナ・シール。
がしゃどくろは思い出す。
まだ眷属になる前の事を。
蘇ったティナ・シールと一緒に、眷属にして欲しいと、必死にロロに頼み込んだことを。
思わず、ふふ、と笑ってしまった。
「ティナ・シールちゃん。なつかしいわね。
ロロちゃんに、眷属にしてもらうのに、こうやって二人で駄々こねたのよね」
「違います!あの時とは、全然違うよ!だって、こんなの……!」
ティナ・シールの目から、涙が溢れ出す。
「ティナ・シールちゃん。
私、嬉しいわ。
ティナ・シールちゃんがロロちゃんと一緒になってくれて。
ずっとね、思ってたの。
二人はお似合いなのに、って。
二人が結婚してくれて、夢がまた一つ叶っちゃったのよ。
私の人生、夢が叶いっぱなしよ。
おほほほ」
高笑いをする、がしゃどくろ。
そして、巨大な骨の指先で、そっとティナ・シールの頬を撫でる。
ティナ・シールもリリアナもアイも、滂沱の涙を流していた。
ムラサメは、編み笠で隠れて分からない。
がしゃどくろは、再びロロへと向き合う。
「ロロちゃん。
ロロちゃんは優しいから、迷ってくれてるのね。
でも、これは正解のない問題なの。
私を助けて、デイズちゃんを塵に還すか。
デイズちゃんを助けて、私を塵に還すか。
その二択。
だからね。
ロロちゃん。
どっちを選んでも、ロロちゃんは傷つくと思う。
でもね。
私は、ロロちゃんにはデイズちゃんを選んで欲しい。
デイズちゃんを離しちゃダメよ」
ロロは、頷けない。
ロロは、この時が永遠に続けばいいと思う。
眷属には、がしゃどくろがいて。
デイズも、死霊術で蘇らせて。
誰ひとり欠けることなく。
皆で楽しく大団円。
でも。
それは、絶対に来ない未来。
ロロは、デイズの死体を足元にそっと置いて。
がしゃどくろへと向かい、正座をする。
膝と膝を突き合わせる、ロロとがしゃどくろ。
ロロは、決めたのだ。
ロロは、がしゃどくろへと、礼をする。
「がしゃどくろさん。
今まで、ありがとうございました」
「こちらこそ。
お陰様で、なんて素敵な人生だったのかしら」
がしゃどくろの声は、一片の曇りもない、晴れやかな声。
もう、ティナ・シールは何も言わない。
ただ、泣いていた。
ロロは、杖を取り出す。
愛犬の骨で出来た、大切な杖を。
ロロは杖を、がしゃどくろに向ける。
がしゃどくろの骨の身体が、黒く光り、その光が、ロロの杖へと吸い込まれてゆく。
この黒い光が、何だかとても懐かしかった。
そういえば、眷属になった時も、この黒い光を与えてもらったのだった。
たった数年前のことだが、今では遠い昔のように思える。
崩壊は、骨の外側から始まった。
全身の骨が少しずつ、塵へと還って行く。
その塵は、街灯の光を反射して、きらきらと輝いて。
広場に座ったがしゃどくろは、神殿を見上げる。
大きな建物に寄り添うように作られた、高い塔。
がしゃどくろは、熱心な宗教家ではない。
それでも、切に願う。
白蛇の土地神様に。
どうか、ロロたちを見守ってほしいと。
身体が崩れてゆく、がしゃどくろ。
がしゃどくろは、デイズを見る。
ロロの杖から解き放たれた黒い光の粒が、デイズの遺体の周りを取り囲み、くるくると回っていた。
それは、ロロと死者との命を繋げ、眷属にするための、黒い光。
ロロは今まで、ロロの意思で死者を眷属にしたことは無かった。
自分の勝手な思いで、眷属にしてしまうのは、申し訳ないと。
だが今、ロロは自分の意思で、デイズを眷属にすることへの迷いは無かった。
それは、ただのロロの我儘なのかもしれない。
いいじゃないか、我儘で。
もしかしたら、心の底から想い合っている二人が交わす我儘を、愛と呼ぶのではないか。
ロロは、デイズと出会ってから変わったと思う。
いつも、他人の幸せだけを思っていたロロ。
でも、自分の幸せは度外視で。
しかし、デイズと出会ってからは、ロロ自身の幸せも、考えてくれるようになった。
がしゃどくろは、それがとても嬉しかった。
がしゃどくろの身体は、もうほとんどが塵になり、消え去っていた。
残っているのは、目玉の無い眼窩。
がしゃどくろは見る。
デイズの身体に空いた穴が修復されていくのを。
そして、デイズの目が、ゆっくりと開いていくのを。
よかった。
ほんとうに、よかった。
口さえも既に塵となった、がしゃどくろは、もう喋れない。
だから、心の中で、ただ思う。
ロロ、デイズ、ティナ・シール、リリアナ。
どうか、いつまでも……。
そして、がしゃどくろの身体は塵となって、風に乗って消えてゆく。
ロロたちを、ひまわりで祝福した、あの広場の上で。




