刃
騎士の一人が、地面の中に引き摺り込まれる。
水かきのある手に掴まれて。
「出たぞ!魚野郎だ!」
「そっちに行ったぞ!」
「また一人、持ってかれた!」
「くそ、これで何人、いや、何十人目だ……?」
帝都中央広場。
王城と、神殿、二つの建物の丁度中間に位置する、帝都の中心。
そこに繋がる複雑な路地で、第二騎士団と第七騎士団は、妖怪たちと戦闘を繰り広げていた。
九十九体いた妖怪も、今や五十を下回る数まで減っていた。
騎士団にも、多大な犠牲者が出てはいたが。
しかし、ここに来て、タタリヒメ配下の最強の妖怪である、河童が猛威を振るっていた。
地面を潜り、目にも止まらぬ速さで、人を引き摺り込み、内臓を食らう。
石や木の地面だけではなく、鉄にも潜り込める河童。
鉄の鎧を着ていても、その中に潜り込まれ、鉄の剣や槍をも透過する。
複雑な路地に居る第七騎士団。
壁や天井にすら潜れる河童相手には、狭い場所は最も危険である。
そのため、路地から中央広場に、全員で逃げてきた。
そして円陣を組み、全方位に備える。
どこだ?
どこにいる?
すると、突如として、地面から放り出される人影があった。
先ほど引き摺り込まれた、騎士の死体。
鎧が引き剥がされ、内臓が食われていた。
やや離れた場所の、石畳に波が立つ。
河童が、目から上だけを石の水面から出し、豪速で泳いでくる。
「来るぞ!」
「剣はそのままじゃ効かない!魔法を使え!」
騎士たちは、剣や槍に魔法をかける。
炎を纏う剣。
風を纏う槍。
そして、河童は、地面の中に完全に潜り込む。
もはや、波すら立たない。
完全なる沈黙。
(どこから来る……?)
緊張が走る第七騎士団。
ふと、石畳に漣が立つ。
そこは、第七騎士団長の目の前。
第七騎士団長は、小柄な女性。
だが、肉体強化の魔法の達人。
第七騎士団長は、足元の石畳を思い切り踏みつける。
大きく割れる石の地面。
緑色の人影が、宙に舞った。
河童だ。
舞い上がる石の欠片の隙間から、第七騎士団長が、河童を睨みつけ、騎士たちに命令を下す。
「やれ」
突き上げられる、魔法の付与された剣や槍。
河童は、空中で器用に身体をねじり、剣や槍を躱す。
そして、一人の騎士に狙いを付けた。
河童の嘴の中には、鋭い歯が並ぶ。
「ひいっ!」
河童は、その騎士の腕を掴む。
鉄の鎧を、まるで水のように透過させ、素肌を握る。
河童は、その体躯に似合わず、かなりの剛力。
周りの騎士たちは、急いでその騎士の身体を捕まえる。
そして、全員力を合わせて踏ん張るも、耐え切れずに地面へと引き摺り込まれつつある。
「誰か、たすけ……」
「せいやぁ!」
巨大な骨の脚が現れ、河童を蹴り上げた。
ロロの眷属、がしゃどくろだ。
吹き飛ばされる河童。
だが、その緑色の細い肉体は、恐ろしいまでの頑丈さ。
空中で回転し、がしゃどくろの蹴りの衝撃を消し、そのまま地面へと潜り込んだ。
「が、がしゃどくろさん!」
「がしゃどくろさんが来てくれたぞ!」
第七騎士団にも、がしゃどくろファンはいるようだ。
直立する巨大なスケルトンは、親指を立ててポーズを決める。
小柄な第七騎士団長も、河童に備え、構えたまま、がしゃどくろに謝辞を述べる。
「助かった。礼を言う」
がしゃどくろの背後には、薄緑の球形のバリアに包まれた、一辺が百メートルの大絨毯。
そこには、近衛騎士の半数と、グリーンハルト皇帝陛下が、戦いを見守っていた。
近衛騎士とグリーンハルトの目は険しい。
今、目の前で騎士団が戦っている相手こそ、ブライト元皇帝を、直接殺した憎き相手。
河童。
既に、騎士団側にも多大な犠牲者が出ている。
敵はフォレストピアの大魔法使いだとは聞いていたが、あれほどまでに強力な手駒を持っていたとは。
グリーンハルトは、奥歯を噛みしめる。
河童は、崩れた住宅の柱に昇る。
そして柱の先端に座り、その瞳を光らせる。
騎士団は、冷や汗を大量に流しながら、武器を構えた。
河童の、あの地面を泳ぐ速度。
とても、人間が対応できるものではない。
狙われたが最後、待っているのは死だ。
緊張の走る騎士団。
その上空では、がしゃどくろが、ロロに小声で話しかけていた。
「ロロちゃん。あのね、さっきあいつ蹴っ飛ばした時、実は、脚にバリア張ってたんだけど……」
ロロや眷属のみんな、そしてナインが聞き耳を立てる。
「あいつ、バリアをすり抜けたのよ。でも、私の骨には当たったの。ロロちゃんのスケルトン兵の槍も、当たったのよね?」
ロロは、頷く。
河童の甲羅には、今も残っている、スケルトン兵の骨の槍の傷跡。
「あいつ、もしかして、生き物の身体には潜れないんじゃないかしら?
あ、木や綿には潜れるみたいだから、正確には、植物を除いた、動物ってことね」
ロロは、見る。
最強の妖怪を。
その甲羅に付いた、傷跡を。
「試してみましょう」
河童が、地面に飛び込む。
石の飛沫を上げて、土の水面下へ。
そこへロロが、極大の影の触手を出し、円陣を組んでいた第七騎士団全員に、巻き付ける。
誰が狙われるか分からないのであれば、全員を守るまでだ。
周囲の石畳は、凪いでいる。
物音ひとつしない。
すると、円陣を組んでいた第七騎士団の丁度中央から、河童が飛び出してくる。
第七騎士団長の脚に組み付く河童。
だが、ロロはこれを待っていた。
第七騎士団全員をひとまとめに巻き付けた触手を、持ち上げる。
宙に浮く、第七騎士団。
当然、河童もついてくる。
河童は、地面の中でなければ無防備だ。
焦って地中へ潜ろうと、石畳へと向かって飛び込む。
だが、灰色の粉が、地面を大波のように覆った。
スケルトン兵を構成する材料にもなる、死者の成れの果ての塵だ。
河童の身体は、地面に強く叩きつけられた。
この塵が邪魔で、地面に潜れない。
積もった塵を手で掘ろうと思ったが、塵は瞬時に骨のように固くなる。
河童は、中央広場を見渡す。
広場の石畳は既に、この骨のような塵で、覆われている。
地中に、潜れない。
「やっぱり。人間を含む、動物の肉体には潜れないみたいですね」
ふわりと、広場へ舞い降りる、ロロ。
河童は、ギロリとロロを見る。
既に地面に潜ることは諦め、正面から戦う気であった。
「あなたのお陰で、ずいぶんと人が死にました。
先の皇帝陛下も。
害獣駆除も、領主のお仕事です」
ロロは、河童に向けて、骨の杖を向ける。
すると、河童の足元から、骨の槍を持ったスケルトンが出現した。
今、この広場の大地は、全てがスケルトンの材料である塵で覆われているのだ。
河童は、宙に舞い、身体を捻らせ、槍の突きを躱す。
そして、一体のスケルトンの頭を踏みつけると、一気にロロへと走る。
その速度は、地中を泳ぐ時には遥かに及ばなかったが、それでも、常人では対応できないほど速い。
骨の地面から、次々と繰り出される骨の槍。
河童は、宙を回転しながら、その槍を全て躱し、ロロへと駆ける。
ロロは戦士ではない。
その速度に、反応できない。
だから、その代わりに。
代わりに、ロロの影から飛び出す、編み笠を被った、女の侍。
ムラサメ。
その時、既に河童との距離は、ゼロに近かった。
ムラサメと河童。
互いに、腕を振るう。
鋭い爪の付いた、河童の手。
ムラサメはまず、その腕を斬り飛ばした。
しかし、河童の戦意は喪失していない。
その腕を振った勢いのまま回転し、逆の手でロロを狙う。
だが、その腕がロロに到達する寸前。
ムラサメの刀が、河童の胴を薙いだ。
血と臓物を噴き出し、泥の塊へと変化する河童。
ムラサメが、額に汗を一筋流す。
「……得意分野を封じられてまでも、この動き。
ここまで強いのは、雷蜘蛛さんだけかと思ってましたよ。
地中に潜られた時の速度だったら、対応できなかったかもしれません。
いやあ、怖い怖い」
いつも通り冗談を言うムラサメ。
しかし、いつもの余裕がない気がした。
ブライト元皇帝を、目の前で河童に殺されたムラサメ。
雪辱は果たせたのだろうか。
ムラサメは、宙で刀を一振りし、鞘へと納める。
「ロロさん。物の怪たちは、まだ沢山います。
その中には、強敵も居るかもしれません。
親玉のタタリヒメとやらを倒しましょう」
ロロは頷く。
この広場の向こう側。
複雑に入り組んだ街道。
そこでは、第二騎士団が妖怪たちと戦っている。
「向こうには既に、デイズが駆けつけているはずです。
僕たちも急ぎましょう
★
タタリヒメは、霧に包まれた大きな鏡の妖怪である、雲外鏡に映し出された、河童の最後を見ていた。
「河童までやられるとは、想定外ですわ。
あそこまで育てるのに、どれほどの人間を食べさせなければいけなかったのか……。
あまり、うかうかはしていられませんわね。
今いる式神たちに、早く大量の人間を食べさせて、もっと強く育てないと」
ここにきて、初めて焦り出すタタリヒメ。
牛鬼、化け狸、河童の三強が全員やられてしまったのだ。
一応、奥の手はまだあるが、あいつらは制御ができない。
連れて帰らねばならない美女すらも、祟り殺してしまうだろう。
なるべく使わずに済ませたい。
そこへ、テレパシーによる通信が入る。
黄金騎士団の通信兵からだ。
「はい。……はい。
……ええ。わかりました。
何をするつもりか知らないですけれど、そこはお任せしますわ」
タタリヒメは、雲外鏡を影の中へと仕舞い、路地の暗闇へと消えて行く。
デイズは、タタリヒメを追っていた。
紫の炎を、足の裏から噴射し、複雑な路地を駆け巡る。
(どこに行ったのよ!ってか、この道、複雑過ぎでしょ!)
もはや、来た道すら覚えているか怪しげだ。
しかし、帰る分には、空を飛べばいいのだから、そこまで心配はしていない。
それよりも、タタリヒメを見失った。
一刻も早く決着を付けねば、死人が増えるばかりなのに。
曲がりくねった道に、矢鱈多い分かれ道。
十字路どころか、五つや六つに分かれた場所すらある。
今、自分がどこにいるのか、皆目見当もつかなかった。
昼間であれば、空から見下ろせばすぐに見つかるのだが、今は真っ暗な夜中。
明かりの無い、この道の上空を飛んだ所で、眼下には暗闇だけしか目に入らない。
しばらく走っていると、ひとつだけ、ぽつんと立った街灯。
あそこで一息つこう。
タタリヒメと会った時に体力切れだなんて、間抜けもいい所だ。
デイズは、足の裏の炎を止めて、街灯の下に降りる。
「デイズさん?」
突如かけられた女性の声に、全身が跳ね上がるデイズ。
誰だか知らないが、心臓に悪いことをしてくれるものだ。
声は、後ろから聞こえてきた。
デイズが振り向くと、長い黒髪で、青い服を着た、同年代の少女が居た。
見覚えがある。
でも、名前が出てこない。
あのキールの取り巻きの一人。
そういえば、ここ一年間ほど行方不明になっていたはず。
一時期は、キールと駆け落ちをしたのではないかと噂になっていた。
デイズは、少女へ返答する。
「あ、同じクラスだった、えと、ごめんなさい。名前、憶えてなくて……」
「ミーシアです」
「ああ、ミーシアさん。こんな所で何してるの?避難してないの?」
「それが、友達とはぐれてしまって……」
友達。
キールのことだろうか。
デイズは、キールの事など思い出したくも無かった。
自分を犯そうとした、最低男。
どこかで野垂れ死んでいればいいと、何度思ったことか。
デイズは、悩む。
ミーシアを助ければ、キールと出会ってしまうかもしれないのだ。
(うーん、どうしたものか……)
頭を掻こうと、腕を上げる。
腕が、上がらない。
身体が、動かない。
ミーシアを見ると、その顔は、嗤っていた。
街灯に映った、デイズの影。
そこに刺さった、紙人形。
そして。
どすっ、と。
何かが、刺さる音。
デイズは、胸元を見る。
デイズの胸には。
ミーシアの手から生えた、鋭い氷の刃が、突き刺さっていた。




