グリーンハルト・エメラルド
ストライダーの一族は、異常であった。
S級冒険者を輩出するのに、文字通り命を懸けているのだ。
ストライダーに伝わる、古代文明の秘宝『ジュピター・システム』。
この秘宝に適合した者が、代々の当主となる。
今代のストライダーには、十二人の子供が居る。
もしセブンが秘宝に適合しなかったら、もっと増えていたかもしれない。
そして、ストライダーは、当主となる秘宝の持ち主以外は、捨てておかれるのだ。
それこそ、どこかで野垂れ死にしても、全く気にしないだろう。
当主以外は、ストライダーの姓を名乗ってもいけない。
それが、ストライダーの一族が、代々行ってきた事。
今代も変わらず、ストライダーを名乗れるのは、セブンだけのはずであった。
ナインという麒麟児が力に目覚めるまでは。
ナインは、秘宝の適合者ではない。
だが、ストライダーが元来身に付けている、重力術。
その奥義であるブラックホールを、まだ十代前半で会得した。
そして、姓を名乗ることを許された。
ナインは、ストライダーの一族の歴史の中でも初めての、秘宝の適合者ではない、ストライダーを名乗る者。
両親は、セブンよりも、ナインを褒め称えた。
セブンが、秘宝の適合者なのに。
冒険者ギルドでは、ストライダーと言ったら、ナインの事を表した。
当主は、セブンなのに。
依頼主たちも、セブンではなくナインに依頼をした。
まるで、セブンはナインのおまけのように。
セブンは何度も、依頼中に事故に見せかけて、ナインを殺そうとした。
だが、やらなかった。
今のままナインが死んだところで、世間は永遠に言うだろう。
ナインは事故で死んだけど、セブンより凄かったと。
セブンは、真正面からナインを叩き潰す必要があった。
そして、皆に見せつけ、認めさせるのだ。
当主は、セブンだと。
ストライダーと言ったら、セブンだと。
セブン・ストライダーは、飛ぶ。
空に浮かぶ、大絨毯の真下へと。
タタリヒメから借りた、二体の妖怪と共に。
河童。
化け狸。
どちらも、牛鬼と合わせ、タタリヒメの配下でも最強の存在。
今回の作戦には、決して欠かせない存在であった。
大絨毯には、薄緑の球形のバリアが張ってある。
魔法を跳ね返す、ミラージュ男爵のバリア。
秘宝もマナで動いている以上、ジュピター・システムの衛星で直接攻撃する訳にはいかない。
この世に絶対無敵のバリアなど存在しないため、もしかしたら衛星で打ち破れるかもしれない。
だが、もし衛星の攻撃力よりも、バリアの硬度が上回っていたら、死ぬことになる。
セブンは、ジュピター・システムの透明な球形バリアの壁に触れる。
すると、青く光るホログラムの四角いスキャナーが幾つも現れる。
これでセブンのイメージを読み取るのだ。
球形バリア『ジュピター』の周囲に飛び交っていた、八十の衛星が、粉々に砕け、セブンの真下で別の形に再構築される。
ジュピター・システムの衛星は、ナノマシンと呼ばれる、金属の粒みたいなものが集まってできているらしい。
ジュピターがセブンの脳波を読み込み、ナノマシンの衛星が、セブンの思い通りの形に変化するのだ。
今、八十の衛星が変化したのは、ひとつの巨大な右腕。
その右腕が、雷蜘蛛の落雷で朽ち果てた、石の建物の残骸を掴む。
この石ならば、魔法でも何でもないため、跳ね返されることはないだろう。
セブンは、巨大な右腕を振りかぶり、大絨毯のバリアへと、石の残骸を投げる。
それは、下手な岩石術の魔法よりも、高威力。
まるで、隕石群。
重い音を立てて、大絨毯を囲っていた球形のバリアの下半分が、割れる。
「よしっ!」
セブンは、二体の妖怪と共に、重力術で浮かび、大絨毯の裏側を目指す。
巨大な右腕が粉々に分解され、八十の衛星へと元に戻り、セブンの周りを旋回する。
一辺が百メートルの、大絨毯。
元々は、あれに誘拐した美女を乗せて、評議会の元まで運ぶ手はずだった。
それがいつの間にか、皇帝を乗せた移動する城になっていたのだ。
もうすぐ、大絨毯の裏側へ到着間近の時。
その裏側に、天地を逆にして、立っている男が見えた。
身長二メートルを超える、細長い男。
ナインだ。
「よお、セブン姉」
セブンは、衛星を巨大な両脚に作り変え、絨毯の裏に逆さまに立っているナインを踏みつける。
だが、ナインはセブンが着地する直前、恐ろしい速度で横滑りして、踏みつけを逃れた。
巨大な両脚で思い切り着地したため、大絨毯が、衝撃で波打つ。
皇帝を含む、絨毯の上に居た人間が、宙に投げ出されるが、全員ロロの影の触手に巻き取られ、無事に絨毯の上に戻される。
セブンは、マルがまだ生きている時に、黄金騎士団の通信兵を伝って、聞いていた事実がある。
ナインは今、ブラックホールが使えないかもしれない。
(もしそれが本当なら、千載一遇のチャンスじゃな~い?)
セブンは、嗤う。
今ここで、弟との確執に、決着を付ける時が来たのだ。
巨大な両脚は、再び八十の衛星に戻り、セブンの周囲を旋回する。
セブンとナインは、両者とも重力を反転させ、大絨毯の裏側に、天地逆さまに立っていた。
頭上には、逆さまに建った、帝都のカラフルな街並み。
雷蜘蛛の落雷で、焦げて黒くなっている場所もある。
セブンの両隣に降り立つ、河童と化け狸。
河童は、絨毯に潜る。
まるで、それが水のように。
化け狸は、巨大化する。
全身の体毛を、鋼にして。
河童は、どこにでも潜り、狙った人間を引きずり込んで、内臓を食うのだ。
ナインへと迫る、絨毯に潜った河童。
絨毯に、さざ波が立つ。
ナインの足元から、出現する河童。
しかし、真横から数十の骨の矢が飛来する。
河童は身体を捻り、それを躱す。
だが、その後に追撃してきた巨大な影の触手が、河童を捕らえた。
そこにはロロが、天地逆転し、絨毯の裏側に降り立っている。
百体のスケルトン兵も一緒だ。
セブンは、驚く。
「ロロ・グレイ!?何で!?重力術をかけてる暇なんて無かったじゃない!」
ナインが、ニタリと笑う。
「そんなん、あらかじめかけてあったからに決まってるだろ?
セブン姉のやり方なんて、お見通しなんだよ。
絨毯相手には、裏から攻めるパターン多いもんな」
空飛ぶ絨毯は、基本的に裏側が死角となる。
そのため、いつも裏側から攻めていたのだ。
セブンは、自分の癖を、見透かされ、頭に血が上る。
「だ、だから何だって言うの!それならそれで、ナインもロロも、始末するだけよ!」
ジュピター・システムの衛星が、セブンの周囲を高速で旋回し、形を変える。
巨大な脚を作り上げ。
巨大な腕を作り上げ。
それは、銀色に輝く、十メートルの大きさの、巨大な鎧。
兜の額には、ユニコーンのように、一本の角が生えていた。
セブンは、球形バリアのジュピターごと、その鎧の胸の中にあるコックピットに格納される。
「行くわよ。ストライダーは一人だけでいい」
セブンは、その手に巨大な銀の剣を作り上げ、構えた。
化け狸が、スケルトンの集団へと突進する。
だが、スケルトン兵たちは、骨の盾を構え、化け狸の突進に耐えた。
衝撃波により、風が舞う。
セブンは驚愕する。
「ええっ!?ウソっ!あの骨、そんなに強いの!?」
ロロのスケルトン兵は、A級冒険者並みの力を持っている。
見た目は弱そうだが、力を合わせれば、S級冒険者をも倒せるほど。
しかしここで、ロロの影の触手に捕まっていた河童が動く。
なんと、触手の中にまで潜り込んだ。
触手の中を泳ぎ、ロロへと向かう河童。
ロロは咄嗟に、その触手を切り離す。
暗い夜の空へと、霧散する触手。
その中から、河童が放り出される。
スケルトン兵の骨の槍が、河童へと突き出される。
河童は、空中で身を捻り、背負った甲羅で槍を受ける。
甲羅に槍の傷が付く。
そのまま河童は、またしても絨毯の中へと潜り、気配を隠す。
化け狸が、吠える。
すると、鋼の体毛が雲丹の棘のように伸び、スケルトン兵を数体、破壊する。
ロロは、影の触手を、化け狸に振るう。
鋼の体毛が触手に刺さるも、ロロにダメージは無い。
そのまま触手を振り抜き、化け狸を吹き飛ばす。
絨毯の外へと投げ出される寸前の化け狸。
セブンは、化け狸に手をかざし、重力を強める。
化け狸の身体は、不自然に急速落下し、絨毯の上に着地した。
「今度は私の番!」
セブンは、駆ける。
ナインに向かって。
しかし、ナインの前には、二体の剣を持ったスケルトン兵。
このスケルトンは、決して侮れない。
その時、河童がナインの前のスケルトン二体を、絨毯の中へ引きずり込んだ。
防御が無くなるナイン。
今がチャンス。
「ナイン!死になさい!」
セブンは、銀の巨剣を、縦一直線に振り下ろす。
またもやナインは、横向きの重力を発生させ、それを高速で躱す。
セブンは吠える。
「甘い!」
セブンが装着していた巨大な鎧が、一瞬にして八十の衛星に戻り、そしてまた一瞬後、千のナイフへと変わる。
ナインに向かって放たれる、千のナイフ。
躱す隙間すらない、弾幕。
(あ、ヤバ。俺、死んだかな)
ナインは思う。
ムラサメの顔。
もし死んだら、ロロは、生き返らせてくれるだろうか。
眷属の数はもう限界らしいから、眷属にはなれない。
だから、生き返れるのは、ほんの数時間だろうけど。
それでもいいから、最後はムラサメの側で死にたい。
(お願いしますよ、お館様)
そこに、触手に巻かれ、振り回される化け狸。
ナインへと向かっていたナイフは、化け狸の身体に遮られ、ナインへは到達しなかった。
「……お館様ぁ!」
感涙するナイン。
しかし、驚嘆すべきは化け狸の頑丈さ。
秘宝で作られた、名の有る剣にも劣らないはずのナイフは、一本も刺さらなかった。
鋼を超えた皮膚の強度。
千のナイフは、再び八十の衛星へと姿を変え、セブンの周囲を旋回する。
だがロロはそのまま、触手で巻いた化け狸を、セブンへと投げつけた。
顔が引き攣るセブン。
「え、うそでしょ?」
セブンへと飛んでいく化け狸。
それが、セブンへ当たる瞬間。
化け狸は、普通の小柄な狸姿へと戻った。
セブンの横をすり抜ける、小柄な狸。
そして、セブンの近くを通り過ぎた時、またもや巨大化し、鋼の体毛を逆立てる。
そこに飛来する、一本の矢。
リリアナが、絨毯の裏に参上し、矢を放ったのだ。
だが、化け狸の鋼の体毛は、金属音を立て、その矢を弾いた。
リリアナの矢が、効かなかった。
「……マジっすか」
化け狸の体毛が、あまりにも硬すぎる。
黄金の弓で放った矢が効かなかったのは、初めてだった。
だが、驚愕するリリアナの背後から、高く跳ぶ影が一つ。
目と髪を紫に染めた、デイズだ。
「硬いんだったら、燃やしてみましょ」
デイズは、絨毯に火が燃え移らないように、いつもの極大火炎ではなく、凝縮された火の玉を発射した。
化け狸が、その身を回転させる。
すると、鋼の体毛から、燃える炎の体毛に変化する。
デイズの火の玉が当たり、爆裂するも、燃える体毛を持つ化け狸は涼しい顔だ。
しかし、デイズは諦めない。
この世に、無限は存在しない。
いかなるものでも、限界がある。
耐熱性の燃える体毛だとしても、きっと焼くことができるはず。
デイズは、足の裏から紫の炎を噴射させ、化け狸の懐へと一瞬で入り込んだ。
化け狸の火炎の毛皮に、右手を向ける。
デイズの目には、半透明の魚の群れが、宙を泳ぐ様が見える。
その内の、ほんの数匹が、デイズの横を通り過ぎた。
すれ違いざま、温かな光の粒をデイズに渡す、魚たち。
デイズの目と髪が、さらに明るい紫へと変化する。
「これで……、どうだ!」
より強く。
より熱く。
デイズの超高熱の炎は、明るい紫に光り輝き、化け狸の火炎の体毛を、焼いた。
地を響かせるような、断末魔の叫びが、化け狸から聞こえる。
化け狸は、紫に燃え上がり、やがて泥の塊となって、崩れ落ちた。
デイズは、拳を握る。
(よし!私は、まだまだ強くなれる)
その目は、明るい紫。
セブンを見つめる。
周囲を強者に囲まれ、絶体絶命のはずのセブン。
だが、その表情には、なぜか余裕があった。
ナインが、セブンに詰め寄る。
「観念するんだな、セブン姉」
「……今さあ、地上の妖怪たち倒すために、近衛、結構出てるよね?」
「話を逸らすなよ」
「おまけにさあ、私にまで、こんなに出張ってきちゃってさあ。今、近衛、ほとんど残ってないんじゃないの?」
「セブン姉には関係ないだろ」
「表裏一体、って言葉、今ほど相応しいものはないよね!」
「……何言ってるんだ?」
「あはははっ!ナイン!ようやく!ようやくナインの裏をかけた!」
場違いにも、大笑いをするセブン。
ロロたちにも、不穏な空気が漂う。
「今回はね、私は主役じゃないの。私は囮。
主役は、この子」
足元を指差すセブン。
そこからは、絨毯に潜っていた、河童が顔を出した。
すると、絨毯の表が、にわかに騒がしくなる。
ロロたちの足の裏側で、何かが起こっている。
河童は、何かを食べていた。
血で真っ赤に染まった、誰かの心臓。
「河童ちゃん、おいしい?
皇帝陛下の心臓」
それを聞いたロロは、十本の触手を、セブンに伸ばす。
だが、セブンは河童を連れ、高速で地上へと落下して行く。
あと一歩の所で、セブンを掴み損ねる触手。
セブンは叫ぶ。
「あとね!ナイン!アンタ、ブラックホール使えないでしょ!今の戦いで確信したよ!次は殺す!」
ナインは何かを言い返そうとするも、それよりもまず先に確認しなくてはいけないことがある。
重力術を使い、ロロたちを宙に浮かべ、大絨毯の表側へと戻る。
そこは、大騒ぎになっていた。
血まみれの皇帝の遺体。
泣きながら、遺体を抱きとめるボラン教授。
歯を噛み砕きそうなほど、厳しい顔をしているムラサメ。
ムラサメは、血を吐きそうなほど苦々しい声で、ロロへ謝罪する。
「ロロさん、すみません。あまりにもあっという間の出来事で……」
ムラサメが反応しきれなかったという事は、それだけ凄まじい速度で、皇帝を絨毯へ引き摺り込んだのだろう。
近衛騎士団に罪は無い。
もし罪があるとすれば、河童をみすみす絨毯へと潜り込ませてしまった、ロロの責任だ。
皇帝陛下が居る、絨毯の表側とは、文字通り布一枚しか隔てていなかったのに。
ボラン教授は、皇帝の遺体に縋り付いている。
治癒術師の彼は、皇帝をむざむざ死なせてしまった事に、人一倍責任を感じているのだろう。
だが、今回抜き取られたのは心臓だ。
きっと、即死だったはず。
いくら最高の治癒術師である彼でも、治せない。
絨毯の上の近衛や、皇帝の背後に控えていた家臣たち、そして公爵たちが、涙する。
皇帝と仲の良かったグリーンハルトは、床に蹲って咽び泣いている。
片目の副団長が、ロロを見つけるや否や、駆け寄って来た。
「団長!団長の死霊術なら、蘇らせられるんじゃないですか?」
「できます。でも、もう眷属にはできませんから、数時間ほどですが……」
すると、そこに鋭い声が突き刺さる。
「ならん。蘇らせるのは禁ずる」
その場にいた全員が、声の主を見る。
サファイア公爵。
エリザベスやアビゲイルの父だ。
副団長が、サファイア公爵に食って掛かる。
「なぜですか!あなただって、陛下と仲が良かったはず!」
「陛下のご意思なのだ」
サファイア公爵は、青い上着の内ポケットから、一枚の書状を取り出す。
「万が一の時にと書いた、陛下の遺言状だ。陛下の魔法印もある。偽造ではない」
魔法印は、本来の持ち主以外では押せない印だ。
それが押してあるという事は、皇帝陛下の意思で書いたもの。
サファイア公爵は、遺言状を読み上げる。
「まずひとつ。ロロよ。もし私が死んでも、死霊術で蘇らせることを禁ずる。
私は、日々を全力で生きてきた。
後悔すべきことなど、何一つない。
私を蘇らせる余裕があるのであれば、一人でも多くの民を蘇らせることを命ずる」
サファイア公爵も、遺言状を読みながら泣いていた。
その声が震えている。
「ふたつめ。近衛騎士団を含め、全騎士に告ぐ。
今まで、守ってくれてありがとう。
最上の感謝を述べる」
ロロの目にも、涙が溢れて止まらない。
なぜ。なぜこんなにも多くの無垢な人々が死ななければいけないのか。
サファイア公爵は、遺言状を持つ手が震えていた。
「みっつめ。
グリーンハルト。
君を、新たな皇帝へと命ずる」
その言葉に、大絨毯の上の全員が騒めいた。
皇帝には、数人の妻と、数人の子が居たはず。
絨毯の床に蹲って泣いていたグリーンハルトが、サファイア公爵を見つめる。
サファイア公爵は続ける。
「恥ずかしながら、私の子では善政を敷けないだろう。
グリーンハルトよ。君ならば、私以上に素晴らしい国が作れるはずだ。
これからは、エメラルド帝国と名を変え、民を幸せにして欲しい」
すると、絨毯の後方から、金切り声が聞こえてきた。
皇帝の妻たちだ。
話には聞いていた。
自分の子を皇帝にするため、裏側で暗殺者を送り合っていると。
「ちょっと!おかしいじゃない!陛下の子がここにいるのに!何であんなボンボンが皇帝になるのよ!」
皇帝の妻たちは、先ほどまで流していた涙が、嘘のように乾いていた。
グリーンハルトに詰め寄る、皇帝の妻たち。
「そもそも!アンタがいなければ……」
その時。
皇帝の妻たちの喉元に、幾つもの宙を舞うガラスの剣が突きつけられた。
近衛騎士の一人のガラス術師だ。
「おっと、これはこれは。元陛下の奥方ではありませんか。
グリーンハルト皇帝陛下を傷つけるつもりなら、容赦はしませんよ」
「な……、こ、近衛騎士ごときが、私たちに刃を向けるなど……!」
「勘違いなさるな。あなた方には、何の地位も権限も無い。
これ以上騒ぐなら、斬り捨てるぞ、ブタども」
ガラス術師が、元皇帝の妻たちを脅す。
元皇帝の妻たちは、口をぱくぱくさせ、青い顔をして、元の位置に戻って行く。
ガラス術師が、それを見送ると、グリーンハルトの横に控える。
彼もまた、ブライト皇帝を守れなかったことに、嘆いていた一人。
グリーンハルトを守ることで、罪を償うつもりなのだろうか。
サファイア公爵が、胸元から、大きなエメラルドを取り出す。
そして、ブライト皇帝の王冠を手に取り、中央に嵌められていたダイアモンドを外した。
そこに、新たに、エメラルドが嵌め込まれる。
サファイア公爵が、グリーンハルトへと向き直る。
「さあ、陛下。こんな場所ですが、戴冠式です」
亡くなったブライト・ダイア皇帝の遺体は、ボラン教授が優しく抱きしめている。
グリーンハルトの姿が良く見えるように。
グリーンハルトは、サファイア公爵へと、軽く頭を下げる。
その場所に、エメラルドの嵌った王冠が乗せられた。
この日、ひとつの帝国が滅び。
そして、ひとつの帝国が生まれた。




