夜空を見上げて
雷蜘蛛は、空高くから落下しながら、塵へと還ってゆく右手を、ただ見つめていた。
雷蜘蛛に命を供給していたスウォームが死んだ今、雷蜘蛛の身体も、塵と化す。
そうか、負けたのか。
ムラサメに、というよりも。
ロロたちのチームに。
一対一の勝負だなんて、雷蜘蛛が勝手に思っていただけのこと。
雷蜘蛛は、何だかおかしくなってしまって、笑いが込み上げてきた。
「あははっ!さすが勇者パーティ。僕の負けだよ」
スウォームを直接狙ってくるなんて、雷蜘蛛は思いもしなかった。
少し考えれば、分かりそうな事なのに。
ムラサメに拘り過ぎて、視野が狭くなっていたのだろうか。
でも、なるべくしてなった気がする。
右腕が、完全に塵となった雷蜘蛛。
今はもう、両脚の先から、塵へと還って行く。
「奥さんたちの敵、取れなかったなぁ。
まあ、でもいいか。
今から、奥さんたちの所に行けるんだし。
だいぶ待たせちゃった」
両脚が、塵となって霧散する。
下半身が、崩れ始めた。
雷蜘蛛は、ムラサメに想いを馳せる。
「強かったなぁ。
人間、あそこまで強くなれるもんなんだ。
もし本当に、生まれ変わりなんてものがあるんなら、奥さんたちと一緒に、人間になってみるのも悪くないかもね」
雷蜘蛛の下半身は、既に消え去っている。
崩壊は、胸元まで来ていた。
くしゃくしゃの赤毛も、毛先から崩れ、夜空に散って舞い上がっていた。
雷蜘蛛は、妻たちに想いを馳せる。
「ごめんね、僕の可愛い奥さんたち。
最初から、こうしてればよかったのかもね。
変に敵討ちなんて考えてたから、そっちに行くのが、遅れちゃった。
僕、本当は、戦いなんて向いてないんだよねぇ」
雷蜘蛛の身体は、もうほとんどが塵に還っていた。
最後の最後に残ったのは、二つの瞳の、八つの瞳孔。
真上には、満天の星空。
敵に雷を落とすために、ずっと上空から下ばかり向いていた雷蜘蛛。
空を見上げれば、こんなにも綺麗なものがあったんじゃないか。
今度、妻たちに言おう。
戦いなんかに明け暮れるよりも、上を向いて素敵なものを一緒に見ようって。
そして、雷蜘蛛は、塵になり、星々が輝く夜空の風に、舞い散って行った。
★
タタリヒメは、夜空を見上げていた。
スウォームの首が刎ね飛ばされ、雷蜘蛛の身体が散って行く。
「あら、お二人は、ここで退場ですのね。意外ですわ」
タタリヒメは、紙人形で作り上げられた、大きな椅子に斜めに座っている。
意外と言えば、タタリヒメ配下の最強の一角である、牛鬼がやられてしまったのだ。
この世は、ままならない、とタタリヒメは思う。
そこに、高速でやって来る、透明の球体。
その中には、身長二メートルを超す、長身の女性。
セブン・ストライダーだ。
セブンは、タタリヒメの真横に着陸し、提案する。
「ねえねえ、タタリヒメさん。
私のクライアントのスウォームさん、死んじゃったんだよね。
このままじゃ私、お金が貰えないの。
私の、新しい雇い主にならない?」
「いいですわよ。
わたくし、お金持ちですの。
お金に糸目はつけません。
美しい乙女を、捕獲してくださいな。
評議会とは、それで話がついていますので。
それに、早いところ、純潔の乙女の血を浴びないと、わたくしの美しさが色あせてしまいますわ」
セブンは、喜びで、ガッツポーズをする。
「捕獲ね!まっかせて!」
セブンの周囲に現れる、八十の金属製の衛星。
セブンの秘宝である『ジュピター・システム』は、多機能ツールである球体バリアと、八十の衛星から成り立つ。
ジュピター・システムは、最強の秘宝ではなかったが、万能であった。
衛星が集まって形作る、様々な道具。
まさに、臨機応変、千変万化。
しかし、美女を捕らえても、フォレストピアへの輸送手段がない。
数人程度ならば、セブンの重力術で持って行けるのだが、戦果としては不十分だろう。
セブンは、妖怪と人間が血みどろの争いを繰り広げている、戦場を見る。
その向こう側には、薄緑のバリアで守られた、一辺が百メートルの大絨毯。
「とりあえず、あの大絨毯、返してもらいましょ」
大絨毯の上。
近衛騎士の治癒術師、ボラン教授が、ムラサメの失った右脚を再生していた。
ボランは、ムラサメに言う。
「あと五分くらいでしょうか」
完治までの時間だ。
ムラサメの右脚は、もうほとんど生えてきて、後は足首から下が再生すれば、完治だ。
治療を始めてから終わるまで、およそ二十分。
たった二十分で、失った手足が生えるのだ。
ボラン教授の治癒術師としての腕は、規格外。
ムラサメは、自らの脚を斬り落とした時は、生涯、義足となる覚悟すら決めていた。
だが、ボラン教授は、そんな心配をよそに、あっさりとムラサメの身体を治癒したのだ。
あの覚悟は一体何だったのかと、拍子抜けするムラサメ。
その間にも、タタリヒメの式神、猫又が、二つの尾に灯した、青白い鬼火を、大絨毯へと振る。
波となって襲い掛かる、鬼火。
しかし、ミラージュ男爵のバリアで鬼火は反射され、逆に猫又を飲み込む。
燃え尽きて、泥の塊へと変わる、猫又の死骸。
ミラージュ男爵のバリアは、ただ反射するだけではなく、威力を強化したうえで反射する。
下手に魔法を撃てば、自分自身の上位互換の魔法が返ってくる事になるのだ。
すると、ムラサメの顔にかかる影。
近衛騎士団の通信兵だ。
「ムラサメさん、脚、だいじょうぶですか?」
「はい。自分でも、まさか脚が生えるとは思ってもみませんでしたよ」
「よかった。一つ聞きたいのですが、あの感染性のゾンビ、団長の死霊術で、操ることはできないのですか?」
「ああ、それは無理ですな。
ロロさん曰く、死霊術は早い者勝ち、らしいです。
既に誰かの死霊術で蘇った死者は、いくらロロさんでも、横取りすることは不可能らしいですよ」
「そうですか。わかりました」
通信兵は、ムラサメの元から去って行く。
テレパシーで、ロロとデイズを抜いた、近衛騎士団に呼びかけながら。
「みんな、聞こえますか?団長とデイズさんには内緒の話です」
通信兵は、テレパシーで語る。
通信兵の話を聞き、近衛騎士団は、心の中で様々な顔を見せた。
拒否するもの。
涙を流し、受け入れる者。
望むところだ、と戦意を高める者。
それしかないよな、と達観する者。
最後に、通信兵が締めくくる。
「僕が言ったのは、あくまで極論です。もしかしたら、何事もなく、この戦いは終わるかもしれません。ですが……」
そこに、背の高い筋肉質の老人が現れる。
頭の上には、ダイアモンドの嵌められた王冠。
皇帝、ブライト・ダイアだ。
皇帝は、通信兵に聞く。
「まだ、南側には騎士たちは残っているのか?」
「はい。第一騎士団を始め、幾つかの騎士団が居るはずです」
「もう帝都の南側には、あのゾンビどもが押し寄せてきている。
戦線を押し下げよう。
市民を北側へと集め、新たな壁を築くのだ
岩石術師や氷結術師は、まだいるか?」
「はい。各騎士団に、それぞれいるはずです」
「ならば、全騎士団へと伝えよ。
帝都北側へ集合せよと。
岩と氷で壁を作り、ゾンビどもを迎撃するのだ」
通信兵は、アイに伝達する。
アイから、帝都全域に届く強力なテレパシーで、各騎士団の通信兵へと送られる。
「全騎士団、帝都北側へ集合だってぇ!」
その頃、王城の中にて。
城の中は、避難民で溢れかえっていた。
あれだけ広かった、大理石の廊下も、今は人で埋め尽くされている。
帝国が滅びるのではないかと、不安に駆られている民。
その時、人混みの中から、悲鳴が上がる。
「痛い!離して!」
食料の配給をしていたメイドに、噛み付いている女性。
その女性は、もう人間ではなかった。
感染性ゾンビ、プレイグ。
プレイグの力は弱いため、すぐにメイドから引き剥がすことができた。
だが、プレイグに噛まれるということは、数時間後の死を表す。
メイドに噛み付いたプレイグは、市民の攻撃魔法により、殺害される。
汚染された血が飛び散らないように、気を付けながら。
このメイド以外にも、避難所の様々な場所で、同じ騒動が起きているようだ。
だが、解せない。
騎士団の説明では、ゾンビに噛まれた人間が、ゾンビになる。
この場でゾンビと化した人物は、別に噛まれたりなどしていなかった。
動かなくなった死体を見ても、たった今攻撃魔法で与えた致命傷以外には、身体に傷一つ無い。
謎の理由で、ゾンビとなったのだ。
これは、戦闘錬金術師マルが、プレイグの血の入った瓶を銃で発射し、感染した血液が避難民の頭上に降り注いだ結果だった。
だが、それを知る者は、もうこの世には居ない。
メイドは、震える。
数時間後に約束された死。
すぐ隣に居た、メイドの恋人である料理人へと目を向け、涙を流す。
「私、噛まれちゃった……」
料理人の覚悟は、既に決まっている。
帝都に迫るゾンビの大群の話を聞いた時から、既に覚悟を決めておいたのだ。
「部屋に閉じこもろう。
これ以上被害を増やさないために。
大丈夫。俺もずっと一緒に居るから」
料理人は、メイドと共に死ぬつもりだった。
メイドを一人にさせる気は無い。
料理人は、メイドの肩を抱いて、歩き出す。
メイドの部屋で、最後の一時を二人で過ごすため。
そして、感染が広がるのを食い止めるため。
他の場所での被害者も、全員、同じ決断をしたようだ。
幸い、と言っていいか分からないが、城の中には使用人の部屋が沢山あった。
プレイグに噛まれた被害者たちは、皆、使用人部屋へと閉じこもって行った。
その裏側で、王城の二階の窓から飛び降りる、二つの人影があった。
キールとミーシアだ。
キールは、その手に父であるルイーゼ伯爵の首を持っている。
息子を捨てた父。
コレクションに、異常なほど執着を見せた父。
キールは、思う。
自分も、狙った獲物には異常なほどの執着をする。
間違いなく、自分は父の子なのだと。
だから、わざわざ王城に出向いてまで、父を殺した。
自分を捨て、貶めた恨みを晴らすべく。
そして、父を始末した今、次の獲物だ。
ロロ。
デイズ。
ロロを殺し、デイズを奪う。
誰にも邪魔はさせない。
キールの後ろからは、ミーシアが付いてくる。
ミーシアにも何かしら目的があったようだが、王城では見つからなかったようだ。
何かは知らないが、好きにすればいいと思う。
ロロの居る場所は、分かっていた。
むしろ、分からない方がおかしかった。
先ほど、雷の嵐が降り注いだ場所。
今も、がしゃどくろが、そびえ立つ場所。
帝都のどこからでも、見える。
ロロは間違いなく、そこに居る。
もしかしたら、デイズも一緒に居るかもしれない。
キールとミーシアは、向かう。
あの、塔のように巨大なスケルトンの元へと。




