デイズの初めての恋
デイズとロロは、隣同士で並んで、中庭のベンチに座っていた。
デイズは、豪華な弁当を。ロロは、布にくるまれたサンドイッチを持って。
(私、何やってんだろう)
デイズは、なぜ自分がロロを昼食に誘ったのか、自分でも分からなかった。
ロロを見ていたら、胸がドキドキして。
身体が勝手に動いていたのだ。
(私、さっきから何かおかしい……)
自分の顔が熱い。
きっと、さっき魔法を使おうとしたために違いない。
デイズは、すぐ横にいるロロを意識する。
ロロの目を、まともに見ることができない。
恥ずかしすぎて。
デイズの身体に、一体何が起きているというのか。
今までは、孤高であったデイズ。
決して他人を拒絶していたわけではないが、大体何をするにも、自分ひとりだった。
昼食も、ひとりで食べていた。今までは。
ロロの事は、名前すら憶えておらず、クラスに陰気なネクロマンサーがいるな、とだけ何となく知っていた程度。
このおかしな状態は、あの時からだ。
先ほど、あのマンティコアの大群から、助けてもらった時から。
デイズはあの時、死を覚悟していた。
死にたくないと、思いながら。
マンティコアの群れに囲まれて。
前方の数匹を爆炎で蹴散らし。
でも、背後から獣に跳びかかられ。
迎撃が間に合わず。
死を覚悟し。
そして、あの巨大な骨の腕が、獣を殴り飛ばした。
「はぁ~い!もうだいじょうぶよ~。
あとは、ロロちゃんたちが何とかしてくれるからねぇ~」
あの巨大なスケルトンの、野太い陽気な声。
デイズはその時、ロロ、という名前を初めて聞いたかのよう。
デイズにかぶさる、巨大な骨。
その肋骨の隙間から見えたのは、
いつもの、風に吹かれただけで死んでしまいそうな彼ではなく。
強力な眷属たちを従えた。
凛とした佇まいの、ネクロマンサー。
彼は、デイズの元へ、やって来たのだ。
デイズを危機から救うため。
デイズの頭から、その姿が離れない。
あの凛とした姿を。
デイズは、隣にいるロロを、横目でちらりと見る。
ロロはサンドイッチをくるむ布をほどいている。
いつも通りの陰気な顔で。
ロロは、デイズの視線に気づく。
「ん?デイズさん、どうかした?」
デイズは、反射的に目を逸らす。
「う、ううん!なんでもない!」
デイズは、自分がロロを見ていたことがバレたのが、恥ずかしかった。
(変な子、とか思われてないかな)
別に、ただ見ていただけなのに。
何でもないことのはずなのに。
他のクラスメイトだって、顔を見ることくらい頻繁にあるのに。
デイズの心の中には、ロロともっと仲良くなりたいという思いと、しつこくして嫌われたくないという思いが、錯綜していた。
デイズは、なぜかうまく制御できない身体で、膝の上に置いた、自分の弁当の包みを解く。
デイズの今日の弁当は、天麩羅の弁当。
大きな海老の天麩羅が、幾つも並んでいる。
様々な野菜を揚げたものも詰め込まれて。
デイズは、男爵家の四女だ。
兄弟姉妹全員が火炎術師である、ブラスター家の四女。
デイズ・ブラスターは、一家の中でも特に強力な火炎術師であった。
家族からはとても可愛がられていた。
この豪華な天麩羅の弁当も、その表れだ。
デイズは、ロロを見ないように我慢して、ロロに想いを馳せる。
ロロは、平民のため、家名は無いだろう。
そもそも、身内がいるのだろうか。
ロロは『墓守』と呼ばれる仕事をしているらしいと、先ほどクラスメイトの口から知った。
そして、あの貧相なサンドイッチ。
大規模な魔法を使った彼は、腹が減っているはずだ。
あのサンドイッチで足りるのだろうか。
デイズは、自分の天麩羅の弁当を見る。
今日、助けてくれたお礼に、弁当を少し分けてあげてもいいかもしれない。
デイズは、弁当箱をそのままロロに渡そうとした。
その時、デイズの目の端には、中庭で昼食を摂っていたカップルが。
自分のフォークで、互いに、おかずを食べさせ合っている。
幸せそうなカップル。
デイズの脳裏には、おかずを食べさせ合っているデイズとロロの幻が浮かぶ。
幸せそうなデイズとロロ。
デイズの顔が熱くなる。
まるで、火炎魔法を放った直後のよう。
デイズは、自分で自分が分からなくなっていた。
自分は、なんという妄想をしたのだと。
でも、でも、
やってみたい。
今まで生きてきた中で、一度も起こりえなかった衝動。
デイズは、箸を持つ自分の手が止められなかった。
大きな海老の天麩羅を、箸で掴み、ロロの顔を見る。
ロロは、それに気づき、不思議そうな顔。
海老を掴んだデイズの箸が、ロロの口元に持っていかれる。
「ロロ君!ひとくち、あげる!」
まるで心臓が踊っているみたいに鼓動が激しくなる。
きっと、デイズの顔は、赤くなっているのではないか。
ロロは、きょとんとした顔で海老の天麩羅を見つめる。
そして、笑顔で。
「ありがとう」
ロロは、海老を半分ほど齧る。
デイズの心臓は、暴れっぱなしだ。
「どう?おいしい?」
「うん。すごくおいしい」
「よかった!」
どうやらロロは喜んでくれたようだ。
まるで自分のことのように嬉しい。
デイズは、残り半分の海老に齧り付いた。
もぐもぐと、口を動かし。
ふと気づく。
(あれ?これ、間接キ……ス……)
デイズの心臓が、大きく跳ねる。
熱い血液が、体中を高速で巡る。
頭が茹で上がる。
今はもう、顔だけではなく全身真っ赤なのではないだろうか。
「デイズさん、だいじょうぶ?
なんか、調子悪そうだけど」
「だ、だいじょうぶ!何でもないから!」
すごい勢いで顔を伏せた。
黒髪のショートカットの毛先が、宙を舞う。
あまりの恥ずかしさで、ロロの顔が見れない。
デイズは、恋をしたことがなかった。
間接キスなんて初めてだ。
デイズの心では、恥ずかしさと、ロロと少しでも繋がれた喜びが、混ざって荒れ狂う。
(私、絶対おかしい!なにこれ!)
デイズは、未経験の感情に、振り回されている。
一体これはどうしたことか。
全く意味がわからない。
だが、自分自身でも、微かに思い当たることがひとつだけあった。
つい先ほど、心の奥底に芽生えた、孤高のデイズには似つかわしくないだろうと、あえて蓋をしていた感情。
まさか、そんな、自分が、と思うことが。
初めて、恋を、したのかもしれない。
隣に座る、顔色の悪い、ネクロマンサーの彼に。
クラスメイトたちとの会話によく出てくる、恋とやら。
デイズは、自分とは一生縁がないものと思っていた。
きっとだれかと、早々に政略結婚でもするものだと。
だがデイズは、蓋をしていた気持ちの正体を、恋と認めてしまった。
一度認めれば、もう後には戻れなかった。
今のデイズは、恋をしていたクラスメイトと同じ、赤い頬。
デイズは恥ずかしさを表に出さないように、一心不乱に弁当を食べ続けた。
いつもと変わらないはずのお弁当。
今日は、すごくおいしい。
ロロがすぐ隣にいると思うと、喜びが胸いっぱいに広がって。
心が躍るとは、まさにこのこと。
(コイバナ、盛り上がるの分かる……)
箸を口に咥え、思い浮かべる。
今までは全く興味の無かった、クラスメイトとのコイバナ。
デイズは、理解した振りだけをしていた。
だが今は、この気持ちを誰かと共有したくて仕方なかった。
確かに、噂通り、恋をすると人生が変わる。
今を生きるのが、こんなに楽しいなんて。
隣でサンドイッチを頬張るロロを、横目で見て。
デイズの身体には、今まで無かった、桃色の活力が、漲っていた。