集結
雷蜘蛛は、糸の束で受け止めたムラサメの刀を、糸越しに蹴りつけ、距離を取る。
糸を挟まずに迂闊に手足を出すと、斬り落とされてしまうのだ。
雷蜘蛛は宙を舞い、がしゃどくろの張ったバリアの大地へと降り立つ。
少し離れた場所に、ムラサメも、ふわりと着地する。
そもそも、雷蜘蛛は防御は得意ではない。
迅雷の如く天空を走り、落雷で敵を討つ。
超攻撃型スタイルが持ち味なのだ。
雷蜘蛛は、全身に稲妻を迸らせる。
眩く明滅する、黄色い火花。
くしゃくしゃの赤毛と、ゆったりとした服が、激しく波打つ。
雷蜘蛛は、両手両足をバリアの床に着け、構える。
それはまさしく、疾駆する寸前の蜘蛛。
「勇者。君には何もさせない。
今、この瞬間から、全ては僕の為だけの時間だ」
雷蜘蛛は、全身の力を爆発させ、駆ける。
大陸最速のはずの、ストライダー姉弟のトップスピードよりも、速く。
走った跡には、雷の残滓を残し。
まるで、雨雲に轟く稲妻そのもの。
そして雷蜘蛛は、ムラサメへは向かわずに。
電気を纏い、ロロへと疾走する。
初めて見る、ムラサメの焦る顔。
ムラサメは雷蜘蛛を追いかけるが、単純な速度ならば雷蜘蛛の方が上だった。
(あのネクロマンサーを仕留めれば、そのまま僕の勝ちだ。
勇者も他の眷属も、塵となって滅びるがいいよ)
ロロは、影の触手を自身に巻き付け、雷蜘蛛に備える。
だが、雷蜘蛛の稲妻は、あらゆるものを貫通する。
唯一、通らないのは、ムラサメの魔法道具化が付与された刀のみ。
「ロロ氏っ!」
大絨毯の上から、リリアナが矢を放つ。
それは軌道を無視し、獰猛な蛇のように雷蜘蛛に襲い掛かる。
(……っ!この矢は、受けたらマズい!)
雷蜘蛛は、黄色い火花と共に、瞬時に真横に方向転換をする。
それに合わせ、リリアナの矢も、雷蜘蛛を追尾する。
だが、雷蜘蛛が腕を一振りすると、轟音と共に、その腕からリリアナの矢に雷が落ちる。
黒焦げになり、塵と化すリリアナの矢。
しかし、リリアナの矢は無駄ではなかった。
ロロへと一直線に向かっていた雷蜘蛛を、横に逸れさせたのだ。
それにより生じた、僅かな猶予時間。
その猶予は、そのままロロたちの次の攻撃へと繋がる。
ティナ・シールの吹雪へと。
「リリアナさん、ありがとうございます。
この隙に、冷気を作れました。
今度こそ、凍りなさい。雷蜘蛛」
ティナ・シールは、大絨毯の上から、両手を前に突き出し、雪と氷の混じった、猛吹雪を放つ。
雷蜘蛛は、ティナ・シールの冷気に一度、敗北している。
だがそれは、言わば不意を突かれたため。
対策を取る前に、冷気で魔法を封じられた。
相手が氷結術師だと分かってさえいれば、雷の熱で対抗可能なのだ。
雷蜘蛛は、眩く光る。
全身を迸る稲妻によって。
吹雪に包まれる雷蜘蛛。
だが、一寸先すら見えぬ猛吹雪の中ですら、その存在がくっきりと浮かび上がるほど、激しく輝く魔神の雷。
その熱は、雪と氷を溶かし。
凍り付く空気に走る、稲妻。
そして、雷撃の大爆発が起きた。
離れた場所にいたロロの肌ですら、痺れる。
ティナ・シールの吹雪は霧散する。
氷の欠片を、舞い散らせ。
その中心には、雷により発熱する雷蜘蛛が、健在であった。
雷蜘蛛は、ティナ・シールへと八つの瞳孔を向ける。
周辺の空気が、陽炎で揺らいでいた。
「真っ向勝負なら、僕は負けないよ」
「でも、止まりましたね」
すぐ左側から、ムラサメの声。
背筋に、鳥肌が立つ。
雷蜘蛛は、考えるよりも先に、右方面へと跳ぶ。
だが、一瞬だけ遅かった。
刀を抜き放つムラサメ。
雷蜘蛛の左腕が、斬り飛ばされる。
「ぐああああっ!」
くるくると空中を回転し、バリアの大地へ落ちる、左腕。
その途端、人の形であった左腕は、みるみるうちに肥大化し、縦に二つに裂け、巨大な二本の蜘蛛の前足へと姿を変える。
人化の魔法が解けたのだ。
雷蜘蛛は、人に化けるための魔法の石を飲み込んでいた。
雷蜘蛛は、腕力を頼みにしていない。
そのため、巨大な蜘蛛の姿よりも、小回りの利く人の姿の方が、戦いには有利だった。
斬り落とされた左腕からは、蜘蛛の透明な血が流れ出る。
雷蜘蛛は、残された右腕で糸の束を作り出し、失った左腕の傷口に巻く。
これ以上出血させるわけにはいかない。
痛みで、意識が朦朧とする。
(死ぬのは、構わない……!
でも、死ぬのは、勇者を殺してからだ!)
雷蜘蛛は、唇を噛み切り、何とか気を失わずに保つ。
八つの瞳孔で、ムラサメを睨む。
スピードも、射程も、こちらが上。
だが、接近すれば斬られる。
ならば、遠距離でひたすら雷を落とし続けるまでだ。
雷蜘蛛は、後方の上空へと跳び上がり、右手を掲げる。
瞬時に渦巻く、巨大な雨雲。
この距離ならば、ムラサメの刀も、スケルトン兵の弓矢も届かない。
そして、ムラサメも、ロロも、近衛騎士たちの大絨毯も、全てが落雷の射程内。
リリアナが次の矢を引いている。だが……。
「遅いっ!」
雷蜘蛛は、黄色い火花を雨雲に伝播させ、曇天に稲妻を走らせる。
そのまま、右手を振り下ろす。
その瞬間、帝都は真昼のように明るくなった。
帝都に居る数万人が、夜のはずの空を見上げる。
帝都の王城から、やや南寄り。
大陸全土に響き渡るかのような、轟音。
あまりの音に、誰もが耳を塞がずにはいられなかった。
そして、民は見た。
渦巻く雨雲から降り注ぐ、数十の極大の雷を。
それが、巨大なスケルトンの上に降り注ぐのを。
★
(うっさい!まぶしい!)
セブン・ストライダーは、秘宝である『ジュピター・システム』の一機能である、透明な球形のバリアに包まれ、目を瞑り、耳を塞いでいた。
雷蜘蛛からは、一切の手出しは無用、と念を押されていた。
そのため今は、雷蜘蛛からはだいぶ離れ、雷蜘蛛が左腕を斬り飛ばされても、ただ観戦していたのだ。
そもそも、雷蜘蛛は雇用主ではない。
雷蜘蛛が死のうが、最終的にスウォームから金が貰えれば、それでいい。
ナインの裏切りも、これで分け前が増えた、としか思っていなかった。
この戦争がスウォームたちの勝利で終われば、この大陸はフライングパンとフォレストピアの二国で制覇することになる。
おそらく、その次は、フライングパンとフォレストピアの戦争が始まるだろう。
そうなれば、また金が稼げる。
セブンは生まれも育ちもフライングパンだったが、金払い次第では、フォレストピアに付いてもいいと思っている。
セブンが、目を瞑りながら、頭の中で皮算用を繰り返していると、天から降り注いでいた雷光が、ようやく収まるところだった。
それにしても、途轍もない雷であった。
魔神と呼ばれたのは、誇張でも何でもないようだ。
この世の中に、あの雷を受けて、生きていられる生き物がいるのだろうか。
セブンが、うっすらと目を開ける。
地形が、変わっていた。
石で出来た建物は、比較的、破壊を免れた方で、それでも雷の走った跡が、黒く残っていた。
木製の建物は壊滅的で、家屋そのものが大きな炭となり、倒壊している。
カラフルな屋根が建ち並んでいたはずの区域が、雷蜘蛛の周辺だけ、焼け焦げ、真っ黒になっている。
今の雷で、何百、いや、何千人が死んだのか。
セブンは、炭となった帝都の一角を眺める。
よく見ると、その一部だけが、カラフルな屋根のままだった。
巨大なスケルトンが立っている、その場所だけが。
それは、何もかもが偶々噛み合い起きた、偶然に近い現象であった。
がしゃどくろは、雷が落ちる直前、一旦バリアを解き、ロロとムラサメを腕に抱き、大絨毯に乗るみんなを、自分の胸元へと避難させた。
そして、落雷の瞬間、出来得る限りの強固なバリアを、また頭上に張った。
だが、雷蜘蛛の稲妻は、これだけでは防げない。
がしゃどくろのバリアは打ち砕かれ、その下に居るロロたちも、命を失うはずであった。
しかし、王城にはバリアの専門家である第二十九騎士団『防人』が勢揃いしていて、テレパシーネットワークにより、皇帝が大絨毯で保護されていることを知った。
そして、雷蜘蛛が巨大な雨雲を発生させた時には、既に防人は大絨毯の上の皇帝の元へと到着しており、大絨毯ががしゃどくろのバリアの下に避難した直後、防人全員がかりで、がしゃどくろのバリアの上に、何重にも追加のバリアを張ったのだ。
さらには、がしゃどくろの足元に居た、帝都民。
その中には、帝立魔法学園の生徒たちが、集団で避難をしていた。
学園に数多くいる、バリア使い。
がしゃどくろファンの皆がそこに居て、百人以上の生徒たちが、箒や絨毯に乗って、がしゃどくろの顔の周囲へと集結する。
防人たちが、追加のバリアを張った時。
学園の生徒たちが、がしゃどくろのバリアを、ひたすら補強した。
こうして偶然に偶然が重なり、集結したバリア使いたち。
がしゃどくろ、防人、学園の生徒たちの力が合わさり、全てを破壊するはずの雷ですら破壊できない、歴史上に残るほどの強固なバリアとなったのだ。
だが、相手は稲妻の魔神。
その雷は、天下無双の破壊力。
ここまでして作り上げた最強のバリアすらも、数十の落雷をまともに食らい、砕け、ひび割れ、消え去ってゆく。
がしゃどくろは、荒い息を吐く。
何とか、一度はロロたちを守れた。
バリアの範囲外に居た、数千人の帝国市民を助けられなかったことが、悔やまれる。
でも今は、ロロを守ることで精一杯。
雷蜘蛛は、宙を舞う。
雷の嵐で、足場であったバリアを粉々に砕いたのだ。
このまま地上に降り立ち、そこで第二回戦を繰り広げるのも悪くない。
幼い男児の顔に浮かぶ、凶暴な笑み。
ふと、少し離れた場所の上空に気配を感じ、横を見る。
こちらへと飛んでくる絨毯があるのを見つけた。
それは、マルの予備の絨毯。
操るのは、黒の羽織を引き摺った、黒髪の美女。
タタリヒメ。
そして、その脇には、ひたすら人肉を貪り食っている、美貌の青年。
スウォーム。
雷蜘蛛は、マルの絨毯へと一本の糸を放ち、くっつける。
その糸を思い切り引っ張り、自身の体を、絨毯へと引き寄せた。
絨毯へと飛び乗る、雷蜘蛛。
着地の衝撃で、絨毯が、たわむ。
「スウォーム。マナを寄越せ」
「ま、待ってくださいよ!食べるのも大変なんですから!」
スウォームは、噛り付いていた人肉を飲み下し、雷蜘蛛へと抗議する。
この分だと、もう一度、雷の嵐を起こすほどのマナを補充するには、まだ時間が必要だろう。
ならば、それはそれで、やりようがある。
雷蜘蛛は、全身に稲妻を走らせ、眩く発光する。
今、雷蜘蛛に触れた者は、感電死あるのみだ。
唯一の例外は、雷をも切り裂く、ムラサメの刀。
がしゃどくろが、頭上に手を掲げる。
再び張り直される、広いバリアの大地。
皇帝の乗った大絨毯は、近衛や防人と一緒に、バリアの下に避難している。
今、半透明のバリアの舞台の上には、ムラサメだけが、たった一人、ぽつんと立っていた。
「一対一か。悪くないね」
雷蜘蛛は、絨毯から飛び降り、着地する。
半透明の、戦いの舞台へと。
雷蜘蛛の背後では、絨毯に乗ったタタリヒメが、目の前の空中に、数万の紙人形で足場を作る。
その上に、羽織を引き摺らせながら、ゆったりと乗る、タタリヒメ。
タタリヒメはスウォームに告げる。
「わたくし、地上に居る帝国人たちを、式神に食べさせてきますわ」
「承知しました。あ、それなら、何人か私にもください」
「うふふふ。では、適当に攫ってきましょう」
タタリヒメの紙人形は列を成し、地上へと続く階段となる。
そして降り行く、傾国の美女。
紙人形の長い階段を、一歩一歩、踏む。
その一歩ごとに、タタリヒメの背後の影からは、妖怪が這い出てくる。
小豆洗い。
のっぺらぼう。
一つ目小僧。
唐傘お化け。
濡れ女。
牛鬼。
猫又。
火車。
次々と現れる、妖怪たち。
その先頭を、のんびりと歩くタタリヒメ。
それを地上から見ていた帝国民たちは、悲鳴を上げ、我先にと逃げ出す。
先ほど、三体の妖怪が、人々を食い荒らしていたのを、見ていたのだ。
それが今度は、数えきれないほどの化け物たち。
あれが地上に降り立った時、帝都は正真正銘の地獄と化すだろう。
全力で逃げ出す民衆。
しかし、その動きが、数百人揃って急に止まる。
足元には、突き刺さった数百の紙人形。
暗黒術、影縫い。
民衆は、背後から迫る、濃密な死の気配を感じながら、動かない身体で、声も出せずに、心の中で泣き叫ぶ。
誰か、助けてくれと。
紙人形の階段から、今まさに、地上へと降りようとしているタタリヒメ。
ふと、その歩みが止まる。
突然、タタリヒメが膨大な量の紙人形を、影から舞い上がらせ、前方で渦巻く盾を作り上げる。
そこに飛来する、尖った、一対の炎と氷。
紙人形の群れを貫くまでには及ばなかったが、まともに食らえばただでは済まない威力ではあった。
周囲に散って行く、盾となった紙人形。
その向こう側に姿を現したのは、空飛ぶ絨毯に乗った、三名。
二人は、双子の青年のゾンビ。
向かって右手の青年は、右手に。
向かって左手の青年は、左手に。
レイピアを持って、構えている。
中央に立っているのは、黒いローブを着た、老婆。
胸元には、髑髏のネックレス。
帝立魔法学園、教諭。
ネクロマンサーのフローレンスだ。
双子のゾンビは、レイピアに魔法を込める。
切っ先に現れたのは、尖った炎と氷。
タタリヒメは嗤う。
大魔法使いと戦うには、いささか戦力不足だ。
だが、フローレンスたちよりも、さらに向こう側。
そこから発せられる、強力な魔法の気配。
タタリヒメは、再び渦巻く紙人形で、盾を作る。
その直後、照射される破壊光線。
紙人形が焼けていく。
熱波が、紙人形を透過して、タタリヒメの周囲の空気も高温となる。
この光線は、近衛騎士にも見劣りしないほどの、洗練された魔法。
一体、何者が。
タタリヒメは、焼けて舞う紙人形の隙間から、光線が発されたであろう、帝都の夜の暗闇の街道を見る。
そこに居たのは。
箒に立ち乗りし、蝶ネクタイをした、まるまると太った中年の男性。
希少な、光魔法の使い手。
帝立魔法学園、学園長、その人であった。
学園長が、天に向かって杖をくるくる回す。
すると、人々の頭上に現れた、巨大な学園長の顔。
自己主張の激しい、学園長の顔の上には、光の文字が描かれていた。
『戦闘可能な者、集結せよ』
その文字が現れたのと同時に、帝都の街道の石畳に、幾筋もの炎が走る。
市民の影に突き刺さった、紙人形を焼き尽くしながら。
炎を放ったのは、黒髪をオールバックにした細身のダンディな中年男性。
デイズの父、ケヴィン・ブラスター男爵。
紙人形が焼かれ、影縫いの効果が無くなり、自由になった民衆。
悲鳴を上げ、叫びながら、その場から逃げ出して行く。
タタリヒメは、もう民衆には目を向けていなかった。
学園長の光のメッセージにより、次々と集結し始める、魔法使い。
帝立魔法学園の教師。
貴族。
冒険者。
一般市民だが、戦いの心得がある者。
大絨毯の上からは、近衛騎士が数人。
学園の生徒たち。
地上に降り立つロロとデイズ。
タタリヒメの後ろには、九十九の妖怪が、横並びに揃っていた。
百鬼夜行の主、祟姫命。
目の前には、帝都中の魔法使い。
そして、大魔法使い、ロロ・グレイ。
タタリヒメは、周囲の大気中から、マナを取り込んだ。
膨大なマナの流れに、空気が歪む。
魔法使いの極致、マナ・アブソープション。
(いいですわ。同じ大魔法使いでも、どっちが上か、はっきりさせましょう)
学園長が、癖のある喋り方で、開始の合図を告げる。
「皆さン、かかれぇン!」
帝都側の魔法使いたちが、タタリヒメに向かって、一斉に魔法を放つ。
百鬼夜行の妖怪たちも、一斉に魔法使いたちに襲い掛かる。
列を成し、頭上を飛び交う、数万の紙人形。
空では、がしゃどくろの支える半透明のバリアの上で、ムラサメと雷蜘蛛が、無言で対峙している。
がしゃどくろのバリアにより、上下に二分割された、帝都。
天と地で、それぞれの死闘が、今始まった。




