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紙と毒

 それはまるで、天に昇る白い蛇のようだった。

 幾万の紙人形が、列を()して、夜空へと舞い上がる。


 地上では、三体の式神が、人々を食らっていた。


 小豆洗いは、水で流れてくる人間を丸呑みし。

 のっぺらぼうは、捕食の瞬間だけ現れる大きな口で、人の顔面だけを(かじ)り。

 一つ目小僧は、長い舌を民の眼窩(がんか)に突き刺し、脳を(すす)っていた。


 そして、紙人形の群れが、タタリヒメをゆっくりと帝都上空に運ぶ。


 紙人形は、大きな椅子の形になり。

 タタリヒメは、そこに斜めに腰かけて、ロロたちの乗る大絨毯を見上げている。


 大絨毯の周りに飛行している、遊撃部隊の十名の騎士。

 残る四十一名の近衛騎士は、大絨毯へと乗り込み、杖や剣を抜き放ち、ロロの指示を待っている。


 ロロは、自分の影へと、愛犬の骨で作られた杖を向ける。

 ロロの影からは、膨大な量の(ちり)が噴き出る。

 その塵は、次々と骨の人影へと変化して行く。


 死者たちの残骸の塵で作られた、スケルトン兵、百体。

 全員が、骨と(すじ)で出来た弓矢を装備している。


 ロロが、杖を振り上げ。


「総員」


 そして、タタリヒメへと杖の先を向ける。


「攻撃」


 箒や絨毯で飛行していた十名の遊撃部隊は、タタリヒメを取り囲む。

 遊撃部隊には、デイズの母のイザベラも含まれていた。


 遊撃部隊は、炎や岩や風の弾丸で、タタリヒメに攻撃をする。

 その他の、ロロを抜いた四十名の近衛騎士も、大絨毯から攻撃魔法を放つ。


 火炎。氷。ガラスの剣。風。岩。爆裂する椰子の実。

 百体のスケルトン兵が放つ、骨の矢。

 グリーンハルトと、その父エメラルド公爵も、鮮やかな緑色の水晶の弾丸を放つ。


 それらが全て、一斉にタタリヒメへと襲い掛かる。


 だが、タタリヒメが左腕を振り上げると、大量の紙人形がタタリヒメを包み、襲い掛かる数多(あまた)の攻撃を受け止める。

 紙人形には、バリアが張ってあるわけではない。

 焼けば、燃える。斬れば、裂かれる。

 だが、ロロたちの魔法はタタリヒメには届かなかった。

 紙人形の数が、余りにも膨大すぎるのだ。

 しかも、破壊した(はし)から、それを上回る数が補充される。


 その間にも、近衛騎士たちが総攻撃をするが、全て紙人形の群れに防がれてしまった。

 リリアナの矢すら、届かない。

 ナインが、ロロへと背後から耳打ちをする。


「お館様。

 奴がフォレストピアの大魔法使い、タタリヒメです。

 気持ち悪い女です。

 以前話した『影縫(かげぬ)い』にはお気を付けを」


 タタリヒメは今や、ロロの操る大絨毯と同じ高さにまで昇って来た。

 タタリヒメの声が響き渡る。

 絶世の美女のタタリヒメは、その声までもが美しかった。


「その絨毯、返してくださらないかしら?

 わたくし一人だけなら、そんなものは必要ないのですけれど、連れて帰らなくてはいけない人たちが、大勢いらっしゃいますの」

「帝国市民をフォレストピアに誘拐、ですか?」


 ロロが、言う。


 タタリヒメは、怪訝(けげん)な顔をする。

 タタリヒメの口からは、フォレストピアの名は一度も出していない。

 タタリヒメは、見る。

 ロロの後ろに立つ、身長二メートルを超す、細長い男を。


「ナインさん。裏切ったと聞きましたが、どうやら本当のようですね」

「俺は、愛を見つけてしまったんだ」


 話が微妙にかみ合っていない気もするが、タタリヒメは、ナインを敵と認識したようだ。


 ロロの背後に控えていたムラサメが、小声で囁く。


「ロロさん。私が出ましょうか?」

「いや、ムラサメさんはここに居て欲しい。

 何だか、嫌な予感がするんだ」

「承知」

「眷属のみんなは、戦う準備だけして、様子を(うかが)ってて。

 たぶん、()ぐに出番がくると思う」


 リリアナもティナ・シールも(うなず)く。


 その時、帝都南側から、数体のワイバーンが飛んで来た。

 皆、白目の部分が赤く染まっている。

 ロロたちの大絨毯にも、タタリヒメにも、そこに居る者全てに、炎を吐く。


 タタリヒメは左手を掲げると、幾万の紙人形が渦巻き、炎を防ぐ盾となる。


 ロロたちにも、大絨毯ごと包み込む、大きな薄緑色の球体のバリアが発生した。

 このバリアは、がしゃどくろのものではない。

 バリアを張ったのは、一人の男。


 タキシードにシルクハット姿。

 くるくると巻いた口髭に、片眼鏡(モノクル)をかけた、壮年の男性。

 近衛騎士の一人。

 元『防人(さきもり)』団長。

 ”ザ・リフレクター”ミラージュ男爵。


 ミラージュ男爵のバリアは、がしゃどくろの物よりも、強度は数段落ちる。

 だが、彼のバリアの神髄(しんずい)は、そこではない。

 ”ザ・リフレクター”の二つ名の通り、敵の魔法を、威力を上乗せして跳ね返すのだ。

 ドラゴンやワイバーンの炎は、マナを元に生成される。

 厳密に言うと、魔法の一種だ。

 そのため、ミラージュ男爵のバリアで、弾き返すことができる。


 ワイバーンの群れが、自分が吐いた炎を返され、焼け焦げて落ちて行く。

 だがこのままでは、燃えたワイバーンの死体が、避難をしていた民衆の上に落ち、押しつぶしてしまう。


 ロロは、大絨毯の上に控えている近衛騎士たちに命ずる。


「あの死体を、人の居ない場所に置いてください」


 決して「捨てて」とは言わない。

 あのワイバーンも、狂戦士薬で狂ってしまった被害者なのだ。


 近衛騎士の数名が、大絨毯から身を乗り出し、風やサイコキネシスで、燃えるワイバーンの遺体を空中で拾い上げ、人の居ない広場へと、そっと置く。


 その間にも、タタリヒメが放った紙人形の群れが、ミラージュ男爵のバリアの外で飛行している近衛騎士遊撃隊の十名に襲い掛かる。

 その紙人形が影に刺さった時、どうなるかは、皆ナインから聞いていた。


 暗黒術『影縫い』。


 その技はシンプルなれど、強力無比。

 暗黒術の必殺の奥義である。


 だが、ミラージュ男爵のバリアは、敵の魔法を強化して弾き返すだけではない。

 もう一つの特殊能力があった。

 内側から外への魔法は、素通りするのだ。

 即ち、バリアを張ったまま攻撃できるのだ。

 敵の魔法は跳ね返し、味方の魔法はそのまま通る。

 これこそが、元『防人』団長の技。


 絨毯の上のデイズが、紙人形の群れに、紫色の大爆炎を放つ。

 その火炎は、ミラージュ男爵の薄緑のバリアを素通りし、紙人形を焼き飛ばす。


 タタリヒメは、口元を手で押さえ、驚く。


「あら、皆さま、なかなかお強いですのね。

 では、こちらも手は緩めませんわ」


 その時、タタリヒメの横に、紙人形を足場に跳び上がる影。


 緑色のマジックアカデミーの制服を着た、サイドテールの少女。

 S級冒険者。

 戦闘錬金術師マル。


 マルは器用にも、親指以外が無くなった左手で、青色の液体が入った試験管を、ロロたちへと投げる。


 それは、放物線を描き。


 丁度、ロロたちの大絨毯の真上に来た時、マルの銃が試験管を撃ち抜く。

 青色の液体が飛び散り、ミラージュ男爵の球状のバリアへと降り注ぐ。

 青色の液体は、バリアの上に付着し、泡を立てて気化(きか)していく。


 ナインが、バリアの外で飛行している騎士たちに叫んだ。


「毒だ!吸うな!」


 遊撃隊の騎士たちは、口元を抑え、その場から離れる。

 この毒は魔法ではないため、ミラージュ男爵のバリアでは、中に入らないように防ぐことはできても、相手に弾き返すことができない。

 風術師が、気化していく青色の液体を、周辺の空気ごと風で掬い上げ、その空気の塊をマルへと放つ。

 マルへと迫る、毒入りの空気の弾丸。

 だが、またしても、大量の紙人形が邪魔をし、マルへの攻撃を防ぐ。

 紙人形に衝突し、拡散する、毒の空気。

 マルもタタリヒメも、あらかじめ抗毒剤(こうどくざい)を飲んでいるため、毒の混じった空気に触れても、問題はないのだ。


 マルが、紙人形に腰かけて、(ひざ)を組む。

 ニタニタと笑いながら。


「ふふふ。甘いよ。

 吸わなければ、大丈夫だと思った?

 泡が立つのを見てから、風で包めば無事だと思った?

 S級冒険者の毒、()めすぎでしょ。

 飛び散った瞬間から気化して、口から吸わなくても皮膚から入り込む。

 それがわたしの、戦闘錬金術師の、毒」


 その言葉を皮切りに。

 バリアの外を飛行していた、騎士たちが、ふらふらと蛇行し始め。

 その口から、血が大量に吐き出される。

 鼻の穴や、両目からも、血が流れ出して。


 猛烈な毒により、瞬時に内臓を破壊され、意識を失い、墜落(ついらく)して行く十名の近衛騎士たち。

 治癒術師のボラン教授が、騎士たちを治療をしようとバリアの外に出ようとするも、ミラージュ男爵に止められていた。

 今バリアの外に出たら、敵の攻撃をまともに受けることになる。

 皆の治癒を(にな)うボラン教授を失う訳にはいかないのだ。

 ボラン教授は手を伸ばすも、誰ひとり掴めなかった。


 ボラン教授の瞳が揺れる。

 治癒術師の癖に、同僚すらも救えないのかと。

 自分は、こんなに無力であったかと。


 そして、落ち行く騎士の中には、デイズの母のイザベラも居た。

 顔中の穴から血を流し、(たお)れるイザベラ。


 薄緑のバリアの中から、落ち行く母の遺体を、ただ見ることしかできない、デイズ。


「……お母、さ、ん」


 そして、イザベラは、夜の帝都の暗闇へと吸い込まれ、見えなくなっていった。


 茫然(ぼうぜん)とするデイズ。


 母の顔が、脳裏をよぎる。

 優しかった、母。

 ロロとの結婚を、自分の事のように喜んでくれた母。


 デイズは、マルを(にら)みつける。

 緑の服の少女を。


 この服装。


 おそらくは、第六騎士団長を殺した少女。


 そして、たった今、母を殺した少女。


「う、うああああっ!」


 怒り狂ったデイズは、前方に居たスケルトン兵を掻き分け、絨毯の先頭に立つロロの隣へ駆ける。

 紫に光る、手のひら。

 デイズはマルへ向けて、紫の極大の火の玉を放つ。

 しかし、紙人形の群れが盾になり、マルへの攻撃を防ぐ。

 爆発し、帝都の夜を紫色に照らす火炎。

 マルへは火傷一つ負わせることができなかった。


 デイズは、怒りと悔しさで涙を流す。


 防御と(から)()に特化した、タタリヒメ。

 攻撃に特化した、マル。

 どちらか片方だけであれば、ここまで被害が出る前に倒せたかもしれない。

 この二人の組み合わせは、ロロたちからしてみれば、最悪であった。

 当然、マルもタタリヒメも、それを分かっていて組んでいるのだ。


 マルが、無邪気に(つぶや)く。


「今さぁ。わたしの毒、バリアに跳ね返されなかったよね。

 ワイバーンのマナで出来た炎は、跳ね返したのに。

 そのバリア、もしかして、魔法しか弾けないのかなぁ?」


 マルが、ポーチから取り出した金属の筒を、ロロたちへと向ける。

 ロロの全身に鳥肌が立つ。

 あれは例の、鉛の弾丸を撃つときの魔法の杖らしき筒。

 しかし、魔法であれば、ミラージュ男爵のバリアで跳ね返せるはず。

 だが、なんだ、この胸騒ぎは。


 マルが、魔法で銃の内部の空気を膨張させる。

 爆発的に膨らんだ空気に押され、鉛の弾丸が発射される。

 弾丸そのものは、魔法でも何でもない、ただの鉛。


 その時、ロロは急速に大絨毯を旋回させた。

 弾丸は、ミラージュ男爵のバリアを貫き、ロロの額の皮膚を掠めて、彼方へと通り過ぎる。

 あまりにも急に絨毯を動かしたため、勢いが付きすぎて、絨毯の上から数人が宙に投げ出される。

 それを、植物使いのリリスの(つた)が、キャッチしていた。


 デイズがロロを見て、顔を青くさせる。


「ロロ!血が!」

「大丈夫。かすっただけ」


 弾丸を掠めた額から、血が流れ出ている。

 ミラージュ男爵のバリアは、易々(やすやす)と貫通されて、穴が空いていた。

 あの鉛の弾丸は、魔法ではないのか。

 もしくは、単純に威力が強すぎて、ミラージュ男爵のバリアでは耐え切れなかったのか。

 だが今回は幸いにも、弾丸による死者は居なかった。

 何にしろ、あの弾丸はあまりにも危険すぎる。


 ロロは、大絨毯を操縦し、マルから距離を取る。

 バリアに穴が空いた今、また毒を使われたら、今度こそ全滅する。


 だから、この距離で(かた)()ける。


「ティナ・シール。お願い」


 ロロの背後に(ひか)えていた、黒い三角帽子の白髪の少女が、前へ出る。

 氷点下の魔女、ティナ・シール。

 彼女も、イザベラたちの死に、涙していた。


「おまかせください」


 それを見ていたマルは、急いで魔法のポーチから、予備の空飛ぶ絨毯を取り出し、宙へ広げる。


「ヤバい!タタリヒメ、逃げるよ!あの子の氷結術で、雷蜘蛛もやられたんだ!」

「あら、確かに、冷気は紙人形では防げませんものね。

 ご一緒しますわ」


 タタリヒメは、地上で人々を食らっていた式神を、影の中に収納する。

 マルは空中に絨毯を広げ、タタリヒメと共に乗り込む。


 そして、ティナ・シールの手から、極寒の猛吹雪が放たれた。

 雪と氷が入り混じり、渦巻く吹雪。

 吹雪の周囲の空気中の水分が凍り、きらきらと輝いている。


「うああ!ヤバいヤバい!あんなの食らったら死ぬ!」


 全速力で絨毯を走らせるマル。

 タタリヒメの羽織(はおり)が、風圧でばさばさと宙で暴れる。

 吹雪は、すぐ後ろまで迫ってきていた。

 タタリヒメの羽織の先が、凍り始める。

 幸いなことに、マルの絨毯の速度の方が、吹雪よりも速い。

 これなら、ギリギリ逃げ切れる。


 今は、東門へと通じる街道の上。

 マルは、絨毯の高度を下げて、大量の人で混み合う街道の、すぐ真上で絨毯を飛ばす。

 マルの絨毯を追いかけていた吹雪は、霧散(むさん)する。

 人々を巻き込まないように。

 これも、マルの予測通り。

 ロロたちは、帝国市民を巻き込めない。


 マルは、絨毯を飛ばしながらも、安堵する。


 マルたちの目下(もっか)には、大量の人々が、絨毯を飛ばすマルを見ていた。

 丁度いい。

 この人混みの中に逃げれば、ロロたちは迂闊(うかつ)に攻撃できないだろう。

 早く治癒術師を探して、左手の指を再生させなければ。


 すると、タタリヒメが急に紙人形を大量に影から出し、絨毯の後ろへ集結させた。

 珍しく、焦っているようにも見えるタタリヒメ。


「まずいですわ。これでは、数がまだ足りない……」


 マルが、それを見て首を(かし)げる。


「え?何を……」


 その時。

 紙人形が重なり合って出来た、強固な盾を貫いて。

 マルへと襲い掛かる、一本の矢。


 それは、リリアナの放った、流星の矢。


「……っ!」


 マルの瞳に映る、(やじり)


 その矢は、生きた蛇のように、マルへと食らいつく。


 マルは、叫ぶ暇すら無く。


 音速の矢に貫かれ。




 マルの上半身は、血と内臓を爆散させながら、粉々に吹き飛んだ。








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