帝国近衛騎士団、参上。
デイズは、目と髪を紫色に染め、足の裏から炎を噴き出し、もうほとんど日が沈んでいる、空を駆けていた。
その紫の目からは、涙が零れ落ちて、雨粒となる。
たった今、テレパシーネットワークにより、もたらされた事実。
第六騎士団長、死亡。
デイズは思い出す。
丸い顔に口髭の団長。
意外にもケーキ作りが趣味で、そこらのケーキ屋よりも、よほど美味しかった。
結婚式では、笑顔で祝福してくれた。
ロロに告白する切っ掛けができたのも、第六騎士団長がロロを誘ったからだ。
その第六騎士団長は、もう居ない。
通信網によると、第六騎士団長は、鉛の弾丸を頭に受けて死亡したらしい。
遺体は、他の死亡した騎士たちと一緒に、城の地下室に安置されているようだ。
ロロも、凄まじい威力の鉛の弾丸を放つ、緑の服の少女と遭遇したと聞いた。
おそらくは、相当な腕を持つ鉛術師ではないかと推測される。
許せない。
デイズの握りしめた拳からは血が滴り、身体から発する熱でその血は蒸発する。
眼下には、色とりどりの屋根。
それが、南門付近から起きた大火事により、次々と灰へ変わってゆく。
そして、帝都を丸ごと包むかのような、真っ黒な噴煙。
南門では、セバスチャンと眷属のドラゴンたちが、人もゾンビも関係なく、周りにいる者全てを相手取って、大立ち回りをしている。
幸か不幸か、南門を破壊した原因である、セバスチャンたちの手により、ゾンビの帝都への侵入も大幅に食い止められていた。
デイズは、夜空を駆ける。
帝都の名所である、二本の塔。
その左側の王城へと向かって。
謁見の間。
大きなドーム状の部屋の中には、皇帝を始めとする、公爵ら皇族が避難をしていた。
近衛騎士の通信兵が、アイの強力なテレパシーを介し、帝都全体に通信網を敷いている。
それで分かった現状は、スターライト侯爵を含めた、黄金騎士団が敵に回ったこと。
そして、セバスチャンが原因不明の事象により、敵味方の区別なく攻撃をしていること。
皇帝は、部屋の中央に位置する玉座に座り、俯いている。
顔色はゾンビかのように青褪めていた。
警備中の近衛騎士が、不思議そうに皇帝を横目で眺めている。
そこに、謁見の間の大きな扉が開き、ロロたちと、残りの近衛騎士が入室した。
デイズもロロの隣にいる。
近衛騎士団の副団長が、片目が潰れた顔で、皇帝へと謁見する。
「お呼びでしょうか、陛下」
皇帝は、返事をしない。
その場に居る誰もが、訝しむ。
大分経ってから、ようやく皇帝は、重い口を開く。
「……セバスチャンの様子だが。その、報告では、白目が赤く染まっていたと」
「はっ。そのように伺っております」
副団長の報告により、ますます顔を顰める皇帝。
その場の全員が、頭に疑問符を浮かべる。
だが、皇帝に問い正すことなど、出来はしない。
そのため、皇帝から言い出すのを待つしかないのだ。
やがて、皇帝は身動ぎをする。
そして、皇帝は意を決し、話し出した。
「何年か前に、私の図書室の隠し部屋から、禁書が盗まれた。
毒物・薬物の禁書だ」
禁書。
それは、中身を知っているだけで死罪となるほどの、尋常ではない何かが書かれている本の総称。
唯一、皇帝のみが知ることを許されているのだ。
近衛騎士団が、固唾を飲む。
皇帝は、今言った。
毒物・薬物。
まさか、セバスチャンが投与されたのは……。
皇帝が、続ける。
「おそらく皆が推測している通りだ。
禁書のため、詳しい内容は言えないが、それに記載されている内の一種を投与された可能性が高い」
「そ、それは、その、危険なものなので?」
副団長が、汗を垂らし、皇帝へ問う。
「世界一危険な薬だ。
一度投与されれば、二度と元に戻れない。
それこそ、一度殺し、死霊術で蘇らせてもだ」
皆が、言葉を失う。
死んでも、効果が無くならない薬物。
それほどまでに強力なものがこの世に存在したとは。
ロロも、心のどこかで思っていた。
セバスチャンが望むのならば、死した後に蘇らせようと。
だが、日常的に死霊術を扱うあまり、いつの間にか甘く見過ぎていたのだ。
死を。
生を。
命の、かけがえの無さを。
ロロは、自分自身の考えの浅薄さに、歯ぎしりをする。
本当は、誰よりも命を大切に思っていた、はずだったのに。
そして。
皇帝は、立ち上がる。
その顔は、背水の決意に満ちていた。
「近衛騎士団に告ぐ。
セバスチャンを、味方と思う事を禁ずる」
それは、皇帝にとっても苦渋の決断だったに違いない。
セバスチャンは、皇帝とは、身分を超えた友であった。
ロロは、セバスチャンの後ろ姿を思い出す。
心の中に響く、セバスチャンの声。
『皇帝ってのは、過酷で孤独なモンなんだ。
せめて心を許せる奴が側にいてやらねえと、参っちまうんだよ、あいつは』
セバスチャンの存在は、皇帝陛下には、何よりも代えがたい宝物だったのかもしれないのに。
「そして、ロロよ」
ロロが、顔を上げる。
「今、この場より、近衛騎士団長へと昇格を命ずる」
皆が、ロロを見る。
デイズも。
近衛騎士団も。
皇帝の一族も。
その中に混ざっていた、グリーンハルトも。
影から出ていたロロの眷属たちも。
周りを騎士で固められた、ナイン・ストライダーも。
ロロは、拳を握りしめ、応ずる。
「承りました」
ロロは、近衛騎士団の前へ出る。
近衛の中で、ロロの実力を疑っている者は一人も居ない。
ロロは、デイズを見る。
「デイズ。第六騎士団長が殉職されたのは、聞いてるね?」
デイズは、黙って頷く。
声を出すと、泣いてしまいそうだから。
ロロは、皇帝へと向き直る。
「陛下。僕の団長としての初めての仕事です。
デイズを、近衛騎士団へと移籍を願います」
皇帝は、片手を上げ、承諾する。
「よかろう。認める」
ロロは皇帝へと、ひとつお辞儀をした。
そして、振り向く。
デイズがロロを見つめていた。
恐らく、予感はしていたのだろう。
いずれは、こうなることを。
そして、近衛の皆も、誰一人反対しなかった。
皆、デイズの力を認めているのだ。
「デイズ、いいかい?」
ロロが、デイズに優しく問う。
デイズは、笑って見せた。
「もちろん。
ロロと一緒なら、どこだって」
その少年の顔色は、常に青白く。
目の下には、濃い隈が。
短い髪も、墨のように黒い。
着ている灰色のコートもボロボロであった。
その少年は、男爵でもあり。
十七歳の学生でもあり。
ネクロマンサーでもあり。
そして、世界に立った数人だけの、大魔法使いであった。
「守りましょう。
皇帝陛下も。
ここにいる皆さんも。
帝国の皆も。
皆の、大切な人も。
僕の、大切な人も。
そのためには、こちらから撃って出なければいけません」
ロロは、その場の皆に告げた。
先頭に居たオーバードライブが、ロロに尋ねる。
「でもよ、団長。一体、どうすんだ?
皇帝陛下も、公爵閣下も、要人は皆ここにいるんだぞ。
俺たちの大半は、警護対象のいる、この場所から離れらんねえ。
かといって、少しずつの人数で攻めても、少しずつ殺されるだけだ」
ロロは、人差し指を立てて、応える。
「なら、全員で守りながら、全員で攻めましょう」
★
マルは、北門方面へと殺到する住民の流れに逆らわず、一緒に北門へと向かっていた。
ここで、人の波に逆らって移動をすれば、目立つ。
目立てば、リリアナの千里眼に捕捉されてしまう。
リリアナの矢がひとたび放たれれば、マルには防ぐ手立てがない。
そのため、不自然な動きにならないよう、止むを得ず、あえて人の波に飲まれているのだ。
先ほど、黄金騎士団の通信兵より、マルへと連絡があった。
セバスチャンに狂戦士薬を投与する計画は、成功したと。
マルが帝都南側を見ると、ドラゴンの火炎放射と、建物が燃える大火事で、凄まじい量の黒い煙が、帝都の上空に蔓延していた。
まずは、今回の作戦の肝となる計画は、成功。
失敗したらしたで、他にやりようはあったものの、やはりセバスチャンを帝国から離反させられたのは大きい。
また、内通者である黄金騎士団から、騎士団やセバスチャン、そしてロロの能力の情報を漏らしてくれたことが、きっと勝利の鍵となるだろう。
大魔法使いやS級冒険者レベルになると、防御側よりも攻撃側の方が、圧倒的に有利である。
極論を言うと、先に攻撃した者が勝ちだ。
先ほどの、ティナ・シールの技による、雷蜘蛛の敗北も、凍てつく吹雪で先手を打たれて、雷蜘蛛の力を十全に出せなかったことが原因であった。
死の瀬戸際で、生き延びたマルたち。
今度こそ、こちらが攻め込む番だ。
相手が準備をする前に、仕留める。
戦いとは、力づくで無理に倒す事よりも、いかに相手を不利な立場に追いやるかが大事なのだ。
マルの周囲を取り巻く、人々。
マルは、西門で戦っているセブンの補助に向かうつもりであった。
だが、このまま人に紛れて歩いて行くと、いずれ北門に着いてしまうだろう。
しかし、それはそれで、やれることはある。
マルは、緑色のマジックアカデミーの制服に、幾つも通したベルトに着いてある、幾つものポーチを撫でる。
このポーチには内部を拡張する魔法が掛けてある。
この中には、禁書の毒物・薬物には及ばないが、強力な毒も沢山保管してあるのだ。
それを使って、民を人質にするのもいいだろう。
もちろん、マル自身には毒は効かない。
事前に、抗毒剤を服用しているのだ。
その時、空の上から北門へ向かって、白い何かの大群が、地上へと列を成していた。
初めは、暗くなってきた夜空に浮かぶ星々かと思ったが、よくよく見ると、白い紙人形だった。
それが、何万という数で、夜空から地上へと、階段を作り上げている。
あの紙人形には見覚えがある。
マルは、紙人形の階段を見上げる。
夜空から、ゆったりとした仕草で、黒い羽織を引き摺りながら降りてくる、黒髪を肩口で切り揃えた、絶世の美女。
フォレストピアの大魔法使い、祟姫命。
その瞳の奥は、どんな影よりも暗かった。
人々は皆、ほんの一瞬、全てを忘れてタタリヒメに見惚れていた。
その美しさに。
老若男女を問わず。
マルでさえも。
マルは、右足を少しだけ、後ずさる。
その靴の底から、ぴちゃ、という濡れた音。
マルは、足元を見る。
そこには、いつの間に発生したのか、さらさらと水が流れていた。
(えっ?なにこれ?この水、なに?)
すると、どこからともなく、老人の歌声がする。
「小豆洗おか、人とって食おか」
ショキ、ショキ、と固い何かを洗う音。
足元の水が、増える。
さきほどは靴の底がひたる程度の深さだったのが、みるみる内に増水し、今ではもう足首まで流れる水に浸かっていた。
その勢いは、ますます強くなる。
流れる水というのは、一般的に知られているよりも、遥かに恐ろしい。
勢いの強い川に膝まで浸かれば、ほとんどの人間は足を取られ、たちまちのうちに流され溺れてしまうのだ。
マルの血の気が引く。
魔の大森林にも滝や川は多くあり、流水の危険性を、それこそ命を懸けて知っている。
(まずいっ!)
マルは、腰のポーチから、自身の背丈ほどもある槍を取り出し、石畳の隙間に突き立てる。
周囲の人々は、水に足を取られ、尻もちをついたまま、流されてゆく。
その先に居たのは。
ざるに小豆を乗せた、老人。
その老人の持つざるを中心に、水が渦を巻いている。
老人が、歌う。
「人とって、食おか」
そして、老人の口が開く。
最初は、老人の顎が外れたのかと思った。
口が、喉のあたりまで開いたのだ。
だが、それよりもさらに、大きく開いてゆく。
胸元まで広がり。
腰まで広がり。
そして、足元の水流に付くほどまで開いた、老人の口。
それは、大人の男性をそのまま丸呑みできるほど。
水が、老人の口の中へと吸い込まれてゆく。
老人の近くにいた青年が、水の流れから抜け出せず、そのまま老人の口の中へと、頭から入り込む。
「う、うわあああ!た、たすけ……」
老人は、その青年の上半身を咥える。
青年の下半身だけが、老人の口から出て、じたばたと暴れている。
そして、老人はそのまま青年を、ちゅるんと飲み込んだ。
それを見ていた人々。
あまりの異常さに、誰もが沈黙するしかなかった。
だが、次の瞬間。
人々の悲鳴が巻き起こる。
必死で、流れる水から逃げ出そうとする民衆。
だが、立ち上がっても、立ち上がっても、足を取られて、転ぶばかり。
中には、空飛ぶ箒で逃げようとする者もいたが、空中にまで触手のように水流が絡みついて来て、水面に引き戻される。
民衆からは、炎や風の攻撃魔法が老人へと放たれるが、老人には全く効かず、意にも介さない。
次々と、老人に飲み込まれてゆく人々。
そこに、のんびりとした場違いな声が響く。
「小豆洗い。若く美しい娘は、持って帰るのですから、食べてはいけませんよ。他の者は、お好きになさい」
紙人形の階段を下りてきた、タタリヒメだ。
その背後には、二人の人影。
一人は、本来顔があるべき所が、つるんとして何も無い、着物姿の、おそらく女性。
もう一人は、顔の真ん中に大きな目が一つだけの、子供。
きっと、二人とも禄でもない存在に決まっている。
マルは、地面に刺した槍に捕まりながら、タタリヒメに声をかける。
「ちょっと!タタリヒメ!わたしまで食べられそうなんだけど!」
「あら?マルさんじゃないですか。
小豆洗い、彼女は仲間ですよ。離して差し上げて」
すると不思議なことに、マルの足元だけ、水が引いて行く。
水に流されないよう、思いっきり槍に捕まっていたものだから、手が痺れていた。
その場に居る帝国民が、それを見て、マルに向かって叫ぶ。
「お前!あの化け物の仲間なのか!」
「この人でなし!」
「それでも帝国民か!」
わたし、帝国民じゃないんだけどなぁ、と心の中で突っ込むマル。
その時。
空から、マルの目の前に、鉄の檻が降って来た。
「ひゃあっ!」
けたたましい音を立てて、跳ねて転がる鉄の檻。
マルは驚きつつも、その場から咄嗟に離れ、銃を取り出し、戦闘態勢に入る。
予測外の事が起きた場合でも、すぐに戦えるように、その一連の動作が、身に沁みついてしまっているのだ。
タタリヒメが、のんびりと言う。
「あら?これ、わたくしの絨毯に乗せてあった檻ですわ」
「なんでそれが降って来るのよ!キールさんかミーシアさんが、また癇癪でも起こしてんのかしら!もう!」
マルの発言に、タタリヒメは怪訝な表情。
「いえ、キールさんとミーシアさんは、お城に用事があると仰ってましたので、お城の近くで降りて行きましたわ。
今、わたくしの絨毯は無人のはず」
「え?じゃあ、この檻は誰が……」
マルとタタリヒメは、空を見上げる。
そこには、大きな黒い正方形。
タタリヒメの操縦していた、空飛ぶ大絨毯だ。
無人のはずの絨毯の上には、人影がひとつ。
ショートカットの髪と目を、紫に染めた少女。
その紫の視線が、マルを射抜いていた。
そして、次々と箒や絨毯に乗って、大絨毯の上へとやって来る、騎士団と、皇帝たち要人。
騎士たちが、大絨毯に山盛りになっていた鉄の檻を、人の居ない場所へ向かって、蹴り落としていく。
空を舞う、数々の鉄の檻。
そう、ロロの計画は、この大絨毯を乗っ取り、皇帝ら要人を警護しながら、戦うというものだった。
全員で守り、全員で攻める。
これが、今考え得る最善の策。
大絨毯の上に降り立つ、皇帝陛下。
丁度、誂えたかのように、大絨毯の中央には、屋根付きの玉座が備えてあった。
皇帝は玉座に座り、周囲にはグリーンハルトら公爵の一族。
大魔法使いでなければ、動かせない、巨大な空飛ぶ絨毯。
今、この大絨毯は、ロロの制御下にある。
ロロは、大絨毯の先頭に立ち、眼下を見回す。
すぐ真下には、人を食らう妖怪。
そして、それを操っているであろう、黒い羽織の絶世の美女。
美女からは、凄まじい圧力と、得体の知れない恐ろしさが漂っていた。
ロロは、大絨毯の上に立ったまま、足を通して魔法力を込める。
ゆっくりと、大絨毯が動き出す。
現在、大絨毯の上には、皇帝陛下やその一族。そして、近衛騎士団の半数以上が乗っていた。
残りの近衛は、自前の箒や絨毯にのり、大絨毯の周囲を飛び交っている。
ロロは、皇帝陛下へと向き直り、告げる。
「今から、この大絨毯が、移動式のお城です。
近衛騎士団は、皆さんを守りながら、帝都を救います」
するとロロは、大絨毯の前方に、不穏な気配を感じ、肩越しに見る。
地上から飛んで来た、幾万の紙人形が、一つの大きな流れとなって、大絨毯の前の大空に、うねっていた。
それは、帝国の土地神でもある、大きな白蛇に似ていた。
その性質は、真逆だとは分かっていても。
ロロは、近衛騎士団へと号令をかける。
「帝国近衛騎士団。
総員、戦闘準備」
近衛たちは、それぞれの武器を構える。
腰の鞘から抜かれる、杖や剣。
ロロも、杖を取り出す。
愛犬の脚の骨で作った、杖を。
帝国近衛騎士団、五十一名。
率いるは、帝国最強の大魔法使いの騎士団長。
帝国の敵を殲滅するため。
今ここに、参上。




