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渦巻く雨雲、轟く雷鳴、降り注ぐ稲妻。

 きれいだ。


 美しい。


 もうアンタ以外に考えられない。




 ナインは、魔法封じの手錠を()められ、無抵抗のまま、ひたすらムラサメを口説いていた。

 ようやく出会えた運命の(ひと)、とのことだ。

 要するに、一目惚れをしたらしい。


 オーバードライブが、あきれたようにナインに告げる。


「あのなぁ。お前さん、これから死刑になるんだぞ」

「いや、それは分かってる。

 そうだ、ロロ・グレイ男爵!

 俺が死刑になった後、俺の身体をゾンビにしてくれ!

 自由に操ってくれて構わない。

 きっと、強力な手下になるだろう。

 せめて死んだあとくらいは、ムラサメの近くに居させてくれ!」


 ナインは、必死にロロに懇願する。

 これほどまでに必死になったのはいつぶりだろうか。


 ムラサメは、ゾンビの青白い顔で、困惑している。


「ぇぇ……。何なんですか、この状況」


 近衛騎士団も皆、呆れかえっている。


 オーバードライブが、ロロの顔色を(うかが)う。


「ロロ、どうするよ、これ。

 こいつの言う通り、ゾンビにして操ってやるか?」


「うーん、なんて言うか、色々な意味で気が進まないです」


 ナインが、手錠を嵌めたまま、ロロに(すが)り付く。

 身長二メートルの細長い男が、大魔法使いの少年に。


「そんな!グレイ男爵!

 いや、お(やかた)様!

 俺は、この身が滅びるまで(つか)えることを誓う!

 頼む!お慈悲を!」


 ロロは、悩む。

 つい数分前まで敵であったナインを、信じていいものかと。


 そこでナインは提案する。


「そうだ!取引をしよう!

 今回の騒動、俺が知ってる事なら、情報を提供できる!

 あー、その、喋れない情報もあるけどさ。

 それは、その、分かるだろ?

 依頼主の事を喋ったら、今後、誰からも信用されなくなるからさ。

 ムラサメと結婚したら、また冒険者として稼がなくちゃいけねえ。

 でも、直接の依頼主以外の奴らのことなら、何でもかんでも、べらべらと喋ってやるぜ!」


「私、結婚するなんて、ひとことも言ってないですよ」


「あと、お前さん、どさくさに紛れて生き延びること前提で話してるけど、この場で死罪は確定だからな」


 ナインの言葉に、ムラサメとオーバードライブが、それぞれ突っ込む。


 ロロは、オーバードライブに尋ねる。


「冒険者って、依頼主の変更みたいのって、できるんですか?」

「人それぞれだな」

「じゃあ、この細長いひと……、あの、すみません。お名前、なんていうんですか?」

「ナイン・ストライダーです!」

「ナインさん。依頼主を、僕に変更しませんか?」

「はい、します!」


 ナインは一切の迷いなく、即答する。


 オーバードライブが、慌ててロロを制する。


「おいおい、いくら未来の近衛騎士団長の決断とはいえ、流石にこいつの事は見逃せねえぞ」

「ナインさんは、冒険者として、依頼を受けただけですよ。

 オーバードライブさんも、冒険者時代はそうだったんですよね?」

「いやまあ、そうだけどさ……」

「だったら、本当に悪いのは、依頼者です」

「う~ん……」


 思い悩むオーバードライブ。


 その時、朗々(ろうろう)とした声が、響く。


「帝国は法治国家だ。全てが終わった後、裁判で決めるべきだな」


 その場の全ての人間が、その声の主へと、素早く向き直る。


 この帝国で、その声を無視できる人間は居ない。


 部屋の扉を開けて登場したのは、背の高い、筋肉質の老人。


 皇帝ブライト・ダイア。


 ロロが、(つぶや)く。


「陛下」


 ナインが、目を丸くする。


「へ、陛下?

 えっ!皇帝!?」


「いかにも。現皇帝、ブライト・ダイアである」


 ナインが、ロロに(すが)っていた手を放し、皇帝に向かって(ひざまづ)く。


「これは失礼を致しました、皇帝陛下。

 冒険者のナイン・ストライダーでございます」


 ナインが、人が変わったように、きちんと喋り出す。

 S級冒険者であるナインは、フライングパンの王族からの依頼をこなすことも少なくないのだ。

 礼儀作法は、身に付けている。


 皇帝は、ナインに問う。


「ではナイン。此度(こたび)の騒動、話せる範囲で話して貰おう。裁判まではどうするか、その後で決めるというのは如何(いかが)かな」

有難(ありがと)(ぞん)じます、陛下。お望みのままに」


 そこからナインは、べらべらと喋った。

 まずは、黒幕についての事は一切言えないこと。

 しかし、フォレストピアの評議会が協力していること。

 フォレストピアのS級冒険者と、大魔法使いが一枚噛んでいること。

 そして、蘇った魔神・雷蜘蛛が、帝都東側に、現在向かっていることを。


「ふむ。魔神、とな。聞いた事がないが。

 ムラサメよ。本当に居るのかね」

「私が討伐したのは、本当です。それが蘇ったのかどうかは信じがたいですな。

 なにせ、魔神を蘇らせるには、それこそ大魔法使いでなければ不可能でしょう。

 今、話に出ました、フォレストピアの大魔法使いは、ネクロマンサーではないみたいですし」


 その場に居る、全員が(うな)る。


 大魔法使いとは、そんなにポンポンいるような存在ではない。

 フォレストピアに一人いるというのも、疑わしいくらいだ。


 信じていいのか悩む。


 だが、その時、アイボールのアイから、その場の全員にテレパシーが送られた。


「なんかぁ、セバっさんがぁ、東側からぁ、すんごい強いのが来るってぇ、騒いでるんですよぉ。

 あと帝都南側にぃ、大魔法使いっぽい人もいるんですよねぇ」


 ナインが皇帝に向かって進言する。


「南側に居るのは、フォレストピアの大魔法使い、タタリヒメです。

 奴は、おもに呪術と暗黒術を行使致します。

 気持ちの悪い女です。

 奴の操る紙人形が、影に刺さると、動けなくなります。

 騎士の皆様方、お気を付けを」


 近衛騎士たちは、またもや(うな)る。


 ナインの言う事が、真実味を帯びてきた。

 果たして、この細長い男の言う事は、真実なのだろうか。


 皇帝は、ナインに告げる。


「うむ。ナインよ。

 君が行ったのは、十万人以上の殺人幇助(ほうじょ)であり、私を含む複数人の殺人未遂だ。

 しかし、その反面、幸か不幸か、君が直接に手を下した人間は、一人も居ない。

 君の罪がそのまま消えることは無いが、裁判までは、君の身柄をロロが預かるというのはどうかな?」


 ナインが、感激して、皇帝を見つめる。


「陛下!この身を帝国に捧げる所存(しょぞん)であります!」


 その場に居た近衛騎士たちが、胡散臭(うさんくさ)げにナインを見下ろす。

 オーバードライブが、ロロに念押しをした。


「ロロ。お前さん、本当にいいのかよ」

「うん。僕はそれでいい」

「だったら、構わねえけどよ。お前さん、本当に甘いよなぁ」

「生きてる人も、死んでる人も、いなくなるのは、一人でも少ない方がいいです」


 オーバードライブが、呆れながらも、ナインに嵌った、魔法封じの手錠の鍵を外す。

 自由になったナイン。

 近衛騎士の大半は、ナインがいつ裏切るか分からないため、戦闘態勢を解かない。


 だが、ナインは立ち上がり、涙していた。


「皇帝陛下。そして、お館様。俺、ムラサメを幸せにするために頑張るぜ……」


 ムラサメは、もう何も言わない。

 何を言っても無駄だと悟ったのだ。


 ナインは涙を袖で拭き、ロロへと向き直る。


「お館様、今、一番危機なのは、セバスチャンが居る南よりも、雷蜘蛛が迫っている東側です。

 俺のマナはすっからかんだけど、お館様たちを連れて飛ぶくらいはできる。

 あと、西には俺の姉が居るはずだ。

 奴はポンコツですが、強い。

 誰かを向かわせた方がいいです」


 ロロは、それを聞き、決意する。


「皇帝陛下。近衛の皆さん。ご協力をお願いします」







 雷蜘蛛は、マルの操縦する空飛ぶ絨毯(じゅうたん)に乗り、朝日に照らされてゆく地平線を見る。

 そこには、高い壁で囲われた、巨大な都市。


 帝都。


 その東門だ。


 南の方角からは、地を埋め尽くすほどのゾンビが、徐々に東側にも溢れて来ている。

 それを、外壁の上に配備された、騎士団が撃退していた。

 どうやら騎士団の大多数が、プレイグが大量に押し寄せている南側に居るようだ。


 スウォームの言う通り、プレイグを作らなければ、全騎士団が一斉に雷蜘蛛たちに襲い掛かって来たであろう。

 当然、それでも負けるつもりなどは毛頭無い。

 だが、面倒であった事には違いなかった。


 雷蜘蛛は、思い出す。

 (いと)しい、妻たちの事を。

 あの美しい蜘蛛たちの事を。


 勇者には、戦う直前に言ったのだ。

 もし、自分が負ける事になろうとも、妻たちには手を出さないで欲しいと。

 死ぬのは、自分だけでいいと。

 当時の雷蜘蛛はきっと、その時点で、勇者には勝てないことを薄々感じていたのだろう。


 だが、結果として、妻たちは自害し、雷蜘蛛だけが蘇ってしまった。

 こんなに寂しい思いをするのであれば、蘇りたくなどなかった。

 妻たちと共に、永遠に滅びてもよかったのだ。


 しかし、蘇ってしまったからには、勇者にはツケを払わさせずにはいられない。

 スウォームから莫大(ばくだい)なマナを得て、生前よりもさらに強化された、雷蜘蛛。

 今ならば、あの勇者の(さむらい)にすら、負ける気はしない。


 ふと気づくと、いつの間にか、そろそろ帝都の東門の上空に差し掛かろうとしていた。

 先ほどまでは豆粒のように小さかった帝都の姿も、いまや眼下に広がる巨大都市。

 マルの絨毯は、他の物よりも、性能が高いようだ。

 タタリヒメが乗っている、一辺が百メートルの大絨毯も、マルお手製の逸品だ。

 タタリヒメは、あの絨毯で、帝国人の奴隷を沢山連れて帰るらしい。


 雷蜘蛛も、まだ未熟な頃は、同種の蜘蛛と縄張り争いで殺し合うことも、よくあった。

 どの生き物も、同じような事をするものだな、と思う。


 雷蜘蛛は、帝都の東門を見る。

 両目合わせて、八つの瞳孔(どうこう)で。


 すぐ後ろで絨毯に座っているスウォームからは、東門の破壊を頼まれていた。

 行きがけの駄賃に、雷でも落としてみるか。


 すると、東門の上から、箒に乗って飛び立つ、五十人の影。


 帝国の第四騎士団だ。


 皆、杖を取り出し、雷蜘蛛へと、大小さまざまな尖った岩を放つ。


 第四騎士団は、ほぼ全員が、岩や植物を扱う、大地魔法使いだ。

 かつては、リリスも所属していた。


 石や岩というのは、あまりにも身近すぎて気付かないが、恐るべき殺傷力を持つ、凶器だ。

 ほんの一抱えの大きさの石を、数メートル上から頭に落とすだけで、人間の頭蓋は簡単に砕けてしまう。

 大量の石と岩が今、魔法により加速し、猛スピードで雷蜘蛛へと向かっていた。


 あれに当たれば、魔神・雷蜘蛛と言えど、無事には済まないだろう。

 だが、雷蜘蛛の強さとは、頑丈さにあらず。

 稲妻の(ごと)き素早さと、その身から発する雷である。


 雷蜘蛛の身体に、黄色い火花が散る。


 静電気で、くしゃくしゃの赤毛と、ゆったりとした服が、波打つ。


 雷蜘蛛の背後で絨毯に座る、スウォームとマルに告げる。


「ちょっと行ってくる」


 そして、雷蜘蛛の身体は、黄色い火花を残して消えた。




 雷蜘蛛は、空を駆ける。


 第四騎士団が放った岩を足場に、次々と乗り移って。


 大量の石と岩を、全身から出す糸で(から)めとりながら。




「な、なんだと!?」


 第四騎士団の一人が、声を上げる。

 それ以外の皆も、驚きを隠せない。


 先ほど、近衛騎士団長のセバスチャンより、テレパシーネットワークを通じて知らされた、東門へ迫りくる脅威。

 だが実際にやって来たのは、絨毯に乗った、十歳ほどの赤毛の少年と、浅黒い肌の優男(やさおとこ)と、緑の服を着た少女。

 魔法使いの強さに見た目は関係ないのは嫌と言うほど知ってはいたが、あまりにも弱そうで、無意識に(あなど)ってしまっていた。


 だが、空飛ぶ(ほうき)で近づいた途端、赤毛の少年から、凄まじい力を感じた。


 第四騎士団は、意図せず、一斉攻撃を仕掛けた。

 皆、思いはひとつだったのであろう。

 この少年は、帝都を滅ぼしうる存在であると。




 雷蜘蛛は、螺旋状に回転し、糸で捕縛した石や岩を、一塊(ひとかたまり)(まと)め上げる。

 これは、あの頑丈そうな東門を破壊するのに使えそうだ。

 電気とは、生き物には無敵の力を誇るが、無機物の破壊には向かないのだ。


 雷蜘蛛は、右手で岩の塊を担ぎながら、左手を上空に掲げる。

 その左手の先から、突如として現れる、渦巻く雨雲(あまぐも)

 ゴロゴロと、雷鳴(らいめい)(とどろ)かせ。

 稲光(いなびかり)が走る。


 第四騎士団は、誰も、何も言わなかった。

 本物の力の前では、黙りこくることしかできなかったのだ。


 雷蜘蛛が、最後に告げる。


「バイバイ」


 赤毛の少年から黄色い火花が散ると、渦巻く雨雲に伝播(でんぱ)する。


 それが数十の雷となって、第四騎士団に降り注ぐ。


 大空を切り裂く雷鳴。

 遠くフライングパンまでも響いたかもしれない。

 その瞬間だけは、帝都の人間全員が、東門の上空を見ていたであろう。

 見ずにはいられない。

 聞かずにはいられない。

 爆音と共に、落ちる幾つもの雷。

 戦いに身を置かない者ですら、(いや)(おう)にも死の予感を思わせる。


 第四騎士団は、悲鳴を上げる間もなく、もしかしたら、死を意識する暇すらなく、全員絶命した。


 それは、誰にも逃げることが許されない、電気の速度で振るわれる、死神の鎌だった。




 帝都は、瞬く間に混乱に襲われる。

 今、帝都は、周辺の町や村から避難してきた住民で、一杯になっていた。

 民衆は、走り出す。

 あの雨雲から、少しでも遠くへ逃げようと。


 第六騎士団長は、恐怖でその場から動けなかった。

 第六騎士団長も、雷術師である。

 稲妻を(まと)った剣を振るう。

 だから、分かる。

 あの雷は、どこかの誰かが放った、異常な強さの魔法。

 この帝都に、一体何が(せま)ってきているのだ。




 雷蜘蛛は、黒焦げになって落ちる第四騎士団の死体を横目に、東門へと向かう。

 先ほど、第四騎士団が放った、石や岩。

 蜘蛛の糸で纏め上げられ、一塊になった、岩。

 それは、巨大なハンマーとなる。


「帝国、大した事ないね」


 百年前の天下統一戦争ですら、一人たりとも敵を通さなかった、東門。

 今ここで、その神話は崩れるのか。

 雷蜘蛛は、岩のハンマーを、門に向かって振り下ろす。








 巨大な氷の柱が、突如として地面から生え、その岩の塊を受け止めた。








 東門の壁の上にて。


 一人の少女が、立っていた。


 黒い三角帽子に、黒いローブ。


 ところどころに、金の装飾を付けて。


 周囲の空気には、氷の粒を身に(まと)い。


 その長い白髪(はくはつ)は、(こご)える風になびいていた。




「氷点下の魔女、ティナ・シール・グレイ。参ります」








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