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ナイン・ストライダー

 帝都東門。

 高く分厚い外壁に埋め込まれた、鋼鉄の門。

 百年前の天下統一戦争の時も、決して敵軍を通さなかった、鉄壁の門。

 矢や槍で付けられた傷は、勲章でもある。


 丸い顔に口髭を生やした、第六騎士団長は、門の内側の市街地で、他の町から避難してきた民衆に、食糧の配給をしていた。


 第六騎士団は、災害救助の補給や治療が本来の任務。

 炊き出しは、団長自らが行うこともある。

 オレンジ色に染めた、革の鎧を着た第六騎士団長は、災害時によく使う、大きな鍋に入ったシチューを、ひとりひとりの器に注いでいた。


 第六騎士団長は思い出す。


 この大きな鍋は、デイズたちの結婚式に、がしゃどくろが、ひまわりの花びらを目一杯入れて、祝福を撒くのに使っていたのを。


 幸せな思い出に、口元が緩む。


 騎士団補佐として働いていた、デイズら学生たちは、民衆と共にに避難させておいた。

 第六騎士団長の家族も一緒に。

 命を張るのは、正規の騎士だけでいいのだ。


 結局、行方不明になっていた、第十八騎士団は、とうとう見つからなかった。

 第十八騎士団以外にも、帝国の南側地域に拠点を置いていた、第十七と、第十九も、音信不通だ。

 恐らくは、あの感染性のゾンビの大群に襲われ、壊滅してしまったのだろう。


 帝都東側には、第六騎士団の他には、第四騎士団と、『ならず者(ローグス)』と呼ばれる評判の悪い第九騎士団が配備されていた。

 第四と第九は、帝都外壁の上で、東にあぶれてきたゾンビたちを打ち倒す役目である。


 騎士団のほとんどは、主戦場となるであろう帝都南側に配属された。

 南以外は、やや手薄になってしまったのが、少しだけ心配だ。

 だが、そこは第六のでしゃばる所ではない。

 第六は第六のやるべき事がある。

 戦いは、第四と第九を、信頼しようではないか。


 すると、民衆の集団が、にわかに騒がしくなった。


 何事かと思い見ると、外壁の上に居なければいけないはずの、第九騎士団が、なぜかここに居る。

 第九騎士団長のウォーチーフが、葉巻を(くわ)え、第九騎士団を引き連れてやって来た。

 第九騎士団が、市民を乱暴にどかす。


「オラ、どけよ。俺たちは腹減ってんだ」

「いざって時は、俺らが命()けるんだ。飯くらい優先的に食わせろや」


 ウォーチーフは、(くわ)えていた葉巻を手に取り、煙を吹かす。


「よお、第六。腹が減っては(いくさ)ができぬ、だ。ご相伴(しょうばん)(あず)かりに来たぞ」

「……この食糧は、民衆のものだ。貴殿らには、貴殿らの食糧があったはずだぞ」

「あんなん、腹八分にもなんねえよ。なあ、てめえら」


 第九騎士団の面々が、ウォーチーフの言葉に乗り、騒ぎ立てた。

 第六騎士団の戦闘部隊が前へと出て、第九騎士団と対峙する。

 ウォーチーフが、おどけた素振りで、第九騎士団に声をかける。


「なんだよ。やるつもりか?

 あー、こんなことで、貴重な戦闘要員を減らすなんて、第六騎士団は罪づくりだなぁ、オイ」


 第九騎士団たちが、げらげらと笑う。


 歯を食いしばる第六騎士団。

 そこに、第六騎士団長が、苦虫を噛み潰した顔で、許諾(きょだく)する。


「……よかろう。ただし、戦いでは活躍してもらうぞ」

「なぁんだ、話がわかるじゃねえか」


 災害時用の簡易台所に置いてあった肉やパンを、勝手に取って行く第九騎士団。

 ウォーチーフは、葉巻を足元に捨て、火を踏み消した。

 そして、第六騎士団長に近寄り、耳元で囁く。


「心配すんなって。やる時はやるんだぜ、俺たち」


 ウォーチーフは、第六騎士団長の肩を軽く叩き、去って行く。


 その後ろ姿を睨みつける、第六騎士団。

 第六騎士団長は、悪い予感に身を震わせる。


此度(こたび)(いくさ)、何も起きなければよいが……)


 敵は、果たしてゾンビどもだけなのか。


 夜明けの帝都に不穏な空気が漂う。







 ナイン・ストライダーは、天空を駆ける。

 重力を操作し、横向きに落下しているのだ。

 ストライダー家は、全員が重力術使い。

 移動速度で、ストライダーに勝てる者は、大陸に居ない。


 ナインは、帝都のカラフルな屋根の街並みを飛び越え、城に一直線に向かっていた。


「いやっほう!ようやく戦えるぜい!

 うるせえ女も!きめえ女も!ヒス女も!

 おまけに面倒くせえセブン姉も居ねえ!」


 ナインの右手は開かれ、その(てのひら)には極小の黒点。

 重力術の極致(きょくち)、ブラックホールだ。

 ナインは、攻撃範囲こそそれほど広くはないものの、強力な重力で敵を圧殺する事を得意とする。

 当然、自分自身や仲間には被害が及ばないよう、緻密(ちみつ)な操作も可能。

 伊達(だて)でS級冒険者ではないのだ。


「誰が居るかな~。セバスチャンは南に居たしな~。

 もう一人の大魔法使いって奴とか、勇者とか、城に居て欲しいねえ!」


 ナインの任務は、皇帝を含め、帝都の中枢を落とす事。

 城を手薄にはすまい。

 恐らく、ナインにとっても苛烈(かれつ)な戦いになるはずだ。


「きっと近衛はいるだろうな。いやあ、楽しみだ!

 ……ん?」


 ナインは、前方に異常な気配を感じる。


 だが、それは。


 気配を感じた時には、既に遅いのだ。




 その木の矢に捕捉された後では。




 木の矢は、まるで生き物のようにうねり、軌道を無視して、ナインに襲い掛かる。


「うおっ!」


 咄嗟(とっさ)にブラックホールを発生させるナイン。

 矢を吸い込み、潰そうとする。

 だが、その木の矢の勢いが強すぎて、ブラックホールの重力場でも吸い込み切れず、矢はそのままナインの後方へと飛び抜ける。


 ナインは、帝都の上空を飛びながら、飛び去った矢を見送った。


「あっぶねえ!

 ありゃ、間違いなく、リリアナ・スピカの矢だな。

 あれ?今はリリアナ・グレイだったっけか?」


 同じS級冒険者として、リリアナの名前と技だけは知っているナイン。

 直接会ったことは無いが、遠くフライングパンからでも、夜空を貫く流星の矢は、見たことがあったのだ。


 あんな矢に当たったら、身体が粉々になってしまうだろう。


 ナインの顔から、血の気が引く。

 ゾンビでもないのに、青白い顔。


 間一髪、避けられた。

 しかし、もう一回撃たれれば、避けきれる自信は無い。

 だが、ナインの移動速度ならば、リリアナが第二射を放つ前に、リリアナを(ほふ)り去れるだろう。


 加速するナイン。


 目の前には、帝都の名物でもある、二本の塔。

 左が城、右が神殿だ。

 向かって左側の、城の塔の天辺に、黄金の弓を構えた、明るい茶髪の三つ編みの娘がいた。

 あれがきっと、リリアナだ。


 リリアナが、第二射の矢を手元から生み出している。

 だが、遅い。

 いや、ナインが速すぎるのだろう。


 ナインは、右手のブラックホールを構え、城の塔へと突き進む。

 ますます加速するナイン。


(まずは一人目、リリアナ!)


 もう、リリアナは目の前だ。

 金色に光る千里眼が、眼鏡の奥で光っているのすら見える。

 ブラックホールの重力で、リリアナの三つ編みのお下げが、極小の黒点に吸い込まれてゆく。




 突然、ナインの目の前に半透明の壁が出現した。




「はい、どーん!」


 野太い声が響き渡る。


(なっ!)


 ナインは、高速で旋回し、半透明の壁の側面に、足の裏を付けて着地する。

 膝に衝撃が走り、激痛で痺れる。

 脚の関節が砕けそうだ。


「くっ……!」


 痛みと衝撃で気絶しかける。

 だが、S級冒険者としてのプライドで意識を保つ。

 危なく、頭から激突して死ぬところであった。

 一体、この壁はなんだ。


 ナインは、半透明の壁の向こう側を見る。

 巨大な骨の手が、城の後ろから伸びていた。

 おそらくは、この壁を作った主。


 半透明の壁越しに、城の塔を見ると、リリアナらしき娘が、笑いをこらえているのが見えた。


「デュフフ……。惜しかったっすねえ。もうちょっとで、面白い瞬間が見れたのに」


 ナインの頭に血が上る。


「こ、の、クソ女……!」


 また一人、嫌いな女が増えた。




 その間にも、リリアナは塔の中に入り込む。

 追いかけようにも、謎の壁が邪魔だ。

 この壁は、よく見るとバリアの一種のようだ。

 それならば、ブラックホールで破壊するまでの事。


「オラァ!砕け散れえっ!」


 ナインは、壁の側面に横向きに着地したまま、足元にブラックホールをかざし、超重力でバリアの壁を破壊する。

 砕け散る、半透明の壁。

 粉々になったバリアの残骸を、黒点に吸い込んで。


 巨大な骨の腕は、城の後ろへと戻って行く。

 ひらひらと、手を振りながら。


()めやがって!」


 ナインは、骨の主を追いかけて、城の後ろへと回り込む。

 そこには、城の影に隠れて、城のように巨大なスケルトンが居た。

 あれは、がしゃどくろとやらだ。


「あらやだ、見つかっちゃったわ」


 がしゃどくろが、口に手を当て、大げさに驚いた振りをしている。

 ナインは、加速したまま、がしゃどくろに突撃する。

 もう油断はしない。

 壁を作られても、対処できる。


 だが、がしゃどくろの頭の上に、一人の人影が見える。




 男だ。




 その男の肉体は、極限まで鍛え抜かれていた。

 左目が赤、右目が黒のオッドアイ。

 傷だらけの全身。


 近衛騎士団筆頭、オーバードライブがそこに居た。


 オーバードライブは、ナインに向かって手招きをする。


「来いよ。遊ぼうぜ」


 がしゃどくろも、ついでに手招きをする。


「カモーン」


 ナインの額に血管が浮かぶ。


「こいつら……!」


 ナインは黒点の浮いた右の掌をかざす。


「直径1ミリに圧縮してやんよ!」


 すると、がしゃどくろが、またもやバリアの壁を出現させる。

 今度は、やたらに薄いバリアだ。


「ハッ!S級冒険者が同じ手を食うわけ……」


 そのバリアの壁を、オーバードライブのパンチが割る。

 城に隠れていた近衛騎士の風術師が、割れたバリアの破片を、風に巻き込んだ。

 薄く割れたバリアの破片が渦となって、ナインに襲い掛かる。


「おわっ!危ねえ!」


 ナインは、その場で旋回し、四方八方から飛び交う、鋭いバリアの破片を、ブラックホールに吸い込む。


 城の窓から、箒に乗った近衛騎士たちが飛び出してくる。

 近衛騎士たちは空を飛びながら、攻撃魔法をナインへと放つ。

 ナインへと飛来する、青い炎、幾つものガラスの剣、巨大な空気の砲弾、鉄をも切り裂くノコギリソウの葉。


 ナインは、下方向へと重力を倍加し、通常ではありえない速度で落下する。

 近衛騎士の攻撃魔法は、一瞬前にナインが居た空間を素通りした。


 ナインは地面に激突する前に、再び上向きの重力を発生させ、慣性を殺し、ふわりと地面へと降り立つ。

 そこは、王城の敷地の中にある、闘技場。


 近衛騎士団は、皇帝の守護から離れられないせいか、城の中へと戻って行った。


「なんだよ、もっとやる気出せよな」


 ナインは、再び王城の上へと飛ぼうとする。

 今回の任務は、皇帝を殺すか、拘束するのが一番手っ取り早い。


 だが、重力を逆転させ、飛ぼうとした瞬間。

 真っ黒で長大な、烏賊(いか)の触手のようなものが、ナインの脚に巻き付いた。

 凄まじい力で、ナインの脚の骨が()し折れそうになる。


「痛えっ!何だこれ!」


 その触手は、闘技場の入り口から伸びている。


 そこには、一人の少年が立っていた。


 顔色の悪い、襤褸(ぼろ)のコートを羽織った、痩せた少年。


 その少年が、骨で作ったらしき杖を、軽く振る。


 すると、少年の影から、膨大な量の(ちり)が噴き出した。


 その塵は、少年を中心に渦巻くと、次々に人の骨の形を取って行く。

 動く骸骨、スケルトンだ。

 骨の剣や槍で武装している。


 スケルトンたちは、十体、二十体、三十体、と増え続け。

 少年が杖を振ってから、ほんの数秒で、百体ほどになった。


 戦いにおいて、数が多いというのは、それだけで脅威だ。

 弱者で構成された軍隊が、最強の存在を倒すことなど、歴史の紐を解けば、驚くほど多く。

 結局のところ、ほとんどの生き物は、万全の力を出し切れるのは、自らの前方だけなのだ。

 囲まれてしまえば、死角からの攻撃に対処しきれなくなる。

 それは、敵の数が多ければ多いほど、困難となる。


 しかも、あのスケルトンの兵隊。

 一体一体が、おそらくA級冒険者並みの戦力。


 あんなものに囲まれたら、いかにナインと言えど、無事では済まない。

 上空にブラックホールを作り、全方位を吸い込むことは可能だ。

 だが、ナインのブラックホールの力は、強力ではあったが、無限ではない。

 一度に吸い込める物の量は、ある程度限られている。

 あのスケルトンたちが、一斉にかかってきたら、全員は吸い込み切れずに、骨の剣や槍で貫かれてしまうだろう。


 空を飛んで逃げようとも考えたが、ナインの脚は、謎の触手に掴まれて、捕縛されているのだ。

 おまけに、スケルトンの中には、空飛ぶ骨の(ほうき)(またが)っている者も。

 触手をブラックホールで破壊することはできるだろうが、その間にスケルトンどもに囲まれる。

 大陸最速のはずのナインが、逃げきれない。


 これらは全て、あの少年ひとりの仕業なのか。


(……なんだ、この、大規模すぎる魔法は)


 ナインは、自分より強い者に出会うのは、初めてではなかった。


 雷蜘蛛。

 タタリヒメ。

 セバスチャン。


 だが、この少年の魔法は、もしかしたら、それらの上を行くかもしれない。


 触手に掴まれたままの脚が震える。


 戦えば、負ける。


 あの少年は、何だ。


 いや、もうナインの心の中では、ほとんど答えが出ていた。


 きっとあれが、帝国の大魔法使いのネクロマンサー。


 ロロ・グレイだ。




「……だからってよぉ。むざむざと、ただやられる訳にはいかねえんだよ、こっちは」


 ナインは、自身を鼓舞し、無理に心を奮い立たせる。


 このまま捕らえられれば、間違いなく近衛騎士に処刑されるだろう。

 だから、やるだけやってみるのだ。

 冒険者は、最後の最後まで諦めないのだ。


「舐めんじゃねえ!クソガキがぁ!」


 ナインは右手を掲げ、自身の真上で黒点を巨大化させた。

 大量の魔法力を消費するため、普段は使わない、奥の手だ。


 周囲、百メートル。


 たったそれだけの範囲だが、その範囲内に居る者は、何人たりとも、重力に逆らう事はできない。


 周辺の空気ごと、あらゆる物を、巨大な黒点に吸い込むのだ。


 これぞ、S級冒険者ナイン・ストライダーの奥義。




 スケルトンたちの身体が浮く。

 ロロは、自分の身体を、影から出てきた触手で巻き付けて、吸い込まれないように保持している。


「てめえら!全員!まとめて!ぶっ潰す!」


 その場に居るスケルトン兵の身体が、次々と黒点へと落下していく。

 闘技場の床や壁が崩れ、瓦礫となって黒点へ落ちていく。

 ナインの脚を縛っていた触手も、粉々に砕け、ブラックホールへと吸い込まれていく。


 これで、逃げられるようになった。

 あとは、吸い込めるスケルトンの量が限界を超える前に、飛行するのだ。

 だが、奥義を使うのにマナを消費しすぎた。

 飛んで逃げるほどのマナが残っているだろうか。




 しかし、そこに。


 吸い込まれる無数のスケルトンの中に混じって。


 重力に逆らわずに、黒点へと落ちてくる人影がひとつ。




 編み笠を被った、女の(さむらい)




 その侍は、刀を抜き放ち。


 ナインの掲げた、巨大な黒点を、斜めに切り裂いた。


 そのまま、霧散する黒点。


「……は?」


 その侍は、返す刀でナインに斬りつける。


 だが、間一髪、ナインは重力術を自分にかけ、全力で上方へと飛び出す。

 最後の最後に残っていた、ほんの少しのマナで。


 危うく、斬られる寸前であった。


 城の遥か上空へ浮かび上がるナイン。


 宙に舞いながら、茫然(ぼうぜん)とする。


 斬られたと、思った。

 動きが、全く読めなかった。


 あれは、単純な速さではない。

 人間が、生まれた時から自然と持っている、あらゆる無駄を削ぎ落とした結果の動き。

 気づいた時には、既に斬られ終わっている、という類の動きだ。


 助かったのは、ほとんど偶然に過ぎない。


 そして、自分の命がまだあると気づいた時。

 全身に、ぞわっと鳥肌が立つ。


(……なんだ、今の)


 魔法が、斬られた。


 そんなことが、可能なのか。


 そんなことが、できる者が、この世にいるのか。


 冷や汗が、止まらない。




 すると、空高く舞い上がったはずの、ナインのすぐ真横に。


 あの侍が、いた。




 侍の足元には、あの黒い触手が伸びている。


 侍は、編み笠を上げ、にやりと笑う。


「やあ、こんな所で会うなんて、奇遇ですな」


 そして、刀を抜こうとする。




 抜かせてはならない。


 抜いた時には、もう斬られ終わっているだろう。


 だから、刀を抜く前に。


 ナインは。


 侍に向かって、右の掌を向けて。




「待ったぁ!降参する!」




 命の無くなる前に、命乞いをした。








 ナインは、魔法封じの手錠をかけられ、屋根や床の剥がれた城内へと連れ込まれていた。

 さきほどのナインの奥の手で、城の床や屋根も、所々が破損していたのだ。

 周囲には、近衛騎士団。

 リリアナも居た。

 顔色の悪い、襤褸(ぼろ)のコートを羽織った、大魔法使いの少年も。


 きっと、このまま処刑されるだろう。

 それ自体は仕方がない。

 ナインは常に死の覚悟をして生きてきた。

 冒険者とは、そういうものなのだ。


 だが、ナインが降伏したのには、理由があった。

 命を失う前に、どうしてもやっておきたいことが、ひとつだけ。

 その後ならば、死を甘んじて受け入れようと。


 オーバードライブが、ナインの前に立つ。


「死ぬ前に、言いたいことはあるか?」

「ああ。どうしても言いたいことが、ひとつだけある」


 ナインは、ムラサメを見る。

 編み笠を被った、(はかま)姿の女の侍。


「アンタ、その恰好(かっこう)を見るに、フォレストピアの勇者だろ?」

「まあ、そう呼ばれていた頃もありましたね」

「じゃあ、やっぱりアンタがムラサメか」

「そうじゃないと言えば嘘になりますな」


 ムラサメは、編み笠を上げて、いつものように、にやりと笑う。


「俺はたぶん、この場で死ぬだろう」


 ナインは、近衛騎士団を見回す。

 城を襲撃した現行犯だ。

 それ即ち、皇帝陛下をも危険に(さら)したということ。


 しかも、今回の感染性ゾンビの犯人の一味。

 既に、十万以上の国民が犠牲になっている。

 見逃されはしまい。


「でも、もし、もし生き延びられたら」


 ナインは、ムラサメと向き合う。




「俺と結婚してくれ」




「……」

「……」

「……」

「……」

「……」




「……はいぃ?」








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