大魔法使いセバスチャン
帝都は、巨大都市である。
もともとは、帝都が丸ごと、ダイア王国という一つの国であった。
その帝都全域を、分厚い外壁で囲うなどと言い出した、初代皇帝マグナ・ダイアは、周囲から正気を疑われたのではないか。
だが、その外壁のおかげで、ここで敵を迎え撃つことが出来る。
帝都の南側の外壁の上。
エリザベスは、嵐の聖剣ヴィーナスを肩に担いで、東から昇る朝日に照らされている。
帝都の周囲は、東西南北すべてが、穀倉地帯の大平原である。
見渡す限り、山も森も何もない。
所々に、町や村があるだけ。
そのおかげで、よく見えるのだ。
眼下に、凄まじい数の、人間の形をしたものが、蠢いているのが。
やってきたのだ。
地平線の向こうまで続く、十万以上の、感染性ゾンビの大群が。
帝都を飲み込むために。
エリザベスは、聖剣を振るう。
いつもの竜巻は、使えない。
竜巻に吸い込んで巻き上げてしまうと、原虫の混ざった血液が、帝都中に降り注いでしまうからだ。
その代わりに、真っすぐに飛ぶ、風の刃を放つ。
ゾンビの群れに向かって。
風の刃が、ゾンビを切り裂いてゆく。
屠れるのは、一振りで十数体ほどか。
このゾンビは思っていたよりも、ずっと固い。
「くそっ、キリがねえ」
エリザベスの左右からも、攻撃魔法がゾンビに向かって次々と飛んで行く。
第一騎士団の面々だ。
だが、その攻撃魔法も、一発で倒せるのは、一体から数体のみ。
このゾンビたちは、力は弱いらしいが、その分やたら頑丈だ。
攻撃に関しては、掠り傷ひとつでも負わせればいいのだから、さほど腕力はいらないのだろう。
その分、固く頑丈で、しつこい。
かつて、これほどまでに嫌らしい敵がいただろうか。
「このゾンビ作ったの、本当に人間の仕業だったら、きっとそいつの性格は最悪に違いないね」
エリザベスは、ひたすらに聖剣を振るう。
そこに、偵察飛行部隊の二人が、箒に乗って周囲を見回し、叫ぶ。
「おいおい、団長、やべえぞやべえぞ!」
「ゾンビの死体が積もって、足場になっとる!」
「ゾンビの死体って、ゾンビは元々死んでるかもしんないけど、気にすんな!」
「積もった死体を登って、壁を乗り越えられちまうぞ!」
エリザベスは、ゾンビどもを斬ることに集中していて、足元が見えていなかった。
壁際には、攻撃を受けてただの死体となったゾンビの残骸が、どんどん丘のように積もって行く。
これでは、遠くないうちに、帝都の外壁と同じ高さまで到達してしまうだろう。
もしそうなれば、偵察兵の言う通り、残骸の山を登って、外壁を乗り越えられてしまう。
「マジか!これ、どうすりゃいいんだ!?」
困惑するエリザベス。
これでは、いくら倒しても、ただ不利になるばかりだ。
そこに、デイズの姉たち、火炎術師が駆けつける。
「団長、私たちが燃やすから、風で灰を吹き飛ばして!」
「おお、そうか、その手があったな!」
ただ燃やすだけでは、同じく灰が積もって足場になってしまう。
燃やした灰を、風で吹き飛ばさなくてはならない。
エリザベスとの共同作業が必須だ。
炎を放つ、魔法使いたち。
しかし。
「えっ?なにこれ、全然燃えないんだけど!」
積もった死体は、火を放っても、なかなか燃えなかった。
死霊術により、耐火性まで付与されているようだ。
「いくら頑丈っつったって、ここまでやるかよ」
「デイズはゾンビを焼いて始末したって言ってたのに!」
「そりゃあ、デイズの火力が凄えからだろ!」
「このゾンビ作った奴、本当に性格悪いな」
「言ってる場合か!これ燃えないの、やべえぞ!」
火炎術師たちは、必死で火を放つが、燃えない死体が、ただ積もって行く。
死体の山を登ったゾンビの腕が、第一騎士団の足元のすぐ下の壁を引っ掻いた。
「ひいっ!」
攻撃魔法を撃ち続ける、第一騎士団。
だが、ゾンビは倒れても、その死体は、新たなゾンビの足場となる。
エリザベスも強風を起こし、ゾンビやその死体を吹き飛ばしているが、それ以上のペースでゾンビの身体は積もって行く。
もう、すぐそこまで来ている。
ここで、終わりなのか。
その時。
エリザベスの後方から、もの凄い勢いで飛んで来た、幾つもの翼。
エリザベスが、空を仰ぐ。
そこには三十体の、空飛ぶ竜、ワイバーン。
ワイバーンが鏃の形に整列し、空を飛びながら、大地を埋め尽くすゾンビの大群に向けて、灼熱の炎を吐く。
それは、火炎術師の炎よりも、遥かに高温の炎。
耐火性のあるゾンビすらも、灰となって崩れ落ちてゆく。
ゾンビを燃やしながら、天空へと上昇するワイバーンたち。
そしてワイバーンの編隊は、空を大きく旋回し、再びエリザベスたちの元へと飛来する。
外壁の上空に差しかかった時、先頭のワイバーンから、ひらりと外壁の上に飛び降りる人影。
紺の作務衣を着た、背の低い禿げ頭の老人。
近衛騎士団長のセバスチャンだ。
「セバっさん!」
エリザベスが、セバスチャンの元へ駆け寄る。
「エリザベス。こういうのは、適材適所ってもんだ」
セバスチャンは、ゾンビの群れへ向けて、手をかざす。
その手の先の空間に、三十個の赤い魔法陣が、横に整列して浮かび上がった。
「オイラたちが、燃やす。お前ェらが、灰が積もらねえように吹き飛ばす。今はそいつが最善だ」
三十の魔法陣からそれぞれ、巨大な緑色の爬虫類が、這い出てくる。
それは、蜥蜴にも似た、シルエット。
しかし、その強さは、たびたび伝説としても語り継がれる。
ドラゴン。
灼熱の炎を吐く、蜥蜴の王。
それが、三十体、横並びで登場する。
「まあ、あいつら力は弱いらしいから、ドラゴンの鱗は噛み切れねえだろ。だったら遠慮する必要はねえわな」
三十体のドラゴンは、ゾンビの群れの真上に降り立ち、歩く死人を踏みつぶしながら、火炎を撒く。
外壁に登る寸前だった、第一騎士団の足元のゾンビの山も蹴散らして。
セバスチャンは、ドラゴンたちに注意を促す。
「お前ェらドラゴンは、感染してもゾンビにはならねえが、一応、原虫の毒では死ぬみてえだから、ゾンビの血が目や口に入らねえように気を付けろよ!」
ドラゴンたちは、了解の返事をするように、各自が雄叫びを上げる。
そこに、またもや飛来するワイバーンの編隊。
再度、灼熱の火炎を、空から大地へと放射する。
元々最強の獣であるドラゴンにワイバーン。
セバスチャンの使役術により、筋力も移動速度も炎の威力も、さらに上昇しているのだ。
ゾンビの大群は、為す術も無く灰へと変わり散って行く。
燃え上がる大地。
帝都南側に立ち昇る、膨大な煙。
火の粉が、帝都を照らす。
その紺の作務衣は、熱風を浴びて、はためいていた。
帝国最強の近衛騎士団長。
『ドラゴンマスター』セバスチャン。
セバスチャンは、帝都南側の穀倉地帯の上空を見つめていた。
先ほど、ワイバーンに乗った時に、遠くに見えていた、物体。
そこには、空を飛ぶ、大きな漆黒の正方形。
一辺が百メートルほどの、空飛ぶ絨毯だ。
あんなもの、普通の魔法使いでは扱いきれるはずがない。
操縦しているのは、おそらく、大魔法使いか、それに類する者だろう。
頭の中で、念じて呼び出す。
アイを。
「アイ、聞こえるか?」
セバスチャンは、ロロの眷属の一体である、広範囲のテレパシーを使う、アイに呼びかける。
「はぁい~!聞こえてるよぉ~!」
「ロロは今、どこにいる?」
「当初の予定通りぃ、東門に向かってるところだよぉ」
「予定変更だ。ロロに伝えろ。
案の定、お客さんが来やがった。こうなったら、どこを攻めてくるか分かんねえ。
一旦王城に戻って、東西南北の全ての門に、駆けつけられるように準備しておけ」
近衛の治癒術師、ボラン教授は、今回の感染性ゾンビは、人為的に作られたものだろうと言っていた。
自然発生である可能性は、低いと。
あの大絨毯の上にいる者がきっと、黒幕か、その一味だろう。
その時、大絨毯から、飛び降りる影。
遠目でよくわからないが、青い服を着ている、女性らしき影。
絨毯とは、鎖で繋がっているようだ。
その青い服の人物が、鎖にぶら下がった状態で、地面に向けて何やら腕を振った。
突然に地面に発生する、尖った氷柱の大波。
高さは十メートルを超えているだろう。
その氷柱の波がゾンビの大群を吹き飛ばし、突き刺し、凍らせながら、こちらへと向かってくる。
(なんだ、あのバカでけぇ氷の波は)
あと三十秒もすれば、セバスチャンたちのいる、南側外壁に到達するだろう。
そうなれば、セバスチャンたちは全滅し、さらに氷柱が足場となって、ゾンビが帝都の中に入り込んでしまう。
セバスチャンは、ドラゴンとワイバーンに、指令を下す。
「お前ェら!あれ溶かせ!」
三十体のドラゴンと、三十体のワイバーンが、氷柱に向けて、一斉に火炎を放射する。
だが、氷柱の大波は、かなり強力な氷結術で作られているのだろうか、表面が少し溶けただけで、勢いは衰えない。
到達まで、あと十秒。
仕方ない。体力は酷く消耗するが、奥の手だ。
セバスチャンの背後の空間に、大規模な赤い魔法陣が、浮かび上がる。
その魔法陣から、のそりと出てくる、赤い鱗の前足。
ドラゴンのようだが、その大きさは通常のドラゴンの三倍はある。
そして、魔法陣から這い出てきたのは。
巨大な、赤い鱗のドラゴン。
セバスチャンは、すぐ目の前まで来ていた、氷柱の大波を指差す。
「レッド!あの氷を吹っ飛ばせ!」
赤いドラゴンは、眠たげな目と、大きな口を開ける。
そこから放たれるのは、極大の火炎放射。
氷の大波は、外壁に到達する寸前で溶かされ、高温の蒸気となって帝都の外壁を覆った。
第一騎士団の攻撃組は、蒸気から逃げ惑っている。
エリザベスが風を巻き起こし、蒸気を防ぐ。
死者は出ていないようだが、何名かが蒸気による高温で火傷を負ったようだ。
第一騎士団の治癒術師が駆けつけ、治療を始めていた。
赤いドラゴンは、今や魔法陣から這い上がり、全身を現わしていた。
眠たげな目でセバスチャンを睨み、人の言葉で話しかける。
「セバス。儂が出てきたんじゃ。もし退屈な戦いだったら、儂は貴様を殺して故郷へ帰るぞ」
セバスチャンは、引きつった笑いで、赤い竜に応える。
「なぁに、安心しろい。たぶん今回は、少しでも油断したら、お前ェですら死ぬほどの戦いになる」
「ふぁっふぁっふぁ。それは楽しめそうだ。それでこそ、貴様に付いてきた甲斐があるというものよ」
赤い竜は、高笑いをする。
それは、こことは違う大陸にて、数百年間、あらゆる生命体の頂点に君臨し続けていた存在。
固有種。
『魔王』レッドドラゴン。
レッドドラゴンは、のそりと外壁を乗り越え、ゾンビの群れを踏みつぶしながら、帝都の外へと歩み出る。
その眠たげな視線の先には、先ほど氷の大波を放った、青い服を着た人物。
「セバス!乗れい!」
セバスチャンは、レッドドラゴンの背に飛び乗る。
「レッド!あの青い服を着た奴、たぶん女だが、あいつが、さっきの氷を出しやがった」
「ふむ。何じゃ、あ奴は。大魔法使いではないようだが、とんでもない量のマナを保有しておるぞ」
レッドドラゴンは大口を開け、またもや極大の火炎を放射する。
青い服を着た人物に向けて。
その軌道上に居る、ゾンビの群れを焼き尽くしながら。
だが、青い服の人物が、再び手を振ると、巨大な氷の壁が地面から生えてきた。
レッドドラゴンの炎は、その壁にぶつかり、氷の壁の大部分を溶かすも、貫通するまでには至らなかった。
「ほう。儂の炎を防ぎよったぞ。儂がセバスに付いて来てから、初めてではないか?」
「あいつ、あれでも大魔法使いじゃねえのか?」
「儂はマナの流れが見えるでな。
あ奴は、周囲のマナを吸い取っている訳では無い。
自身の中に、膨大な量のマナが、蓄積されておる。
何をどうしてそうなったのかは、見当もつかんがな」
レッドドラゴンは、上空に浮かぶ、大絨毯を見つめる。
「あのやたら大きな空飛ぶ絨毯の上に、まだ何人かおるな。
あの女と同じく、大量にマナを溜め込んでいるのが、一人。
あとは、大魔法使いも、一人。周囲のマナを吸い込んでいるのが見えるわ。
それとは別に、マナの量は普通だが、かなり鍛え上げられた強力な戦士も二人。
セバス。確かに今回は、一瞬も油断できない戦いになりそうだぞ」
「……勘弁しろよな。そういうのは、オイラが安らかに往生してから、勝手にやりあってくれ」
苦笑いをするセバスチャン。
この大陸に、まだ見ぬ猛者がこんなにいるとは、夢にも思わなかった。
一体、今までどこに隠れていたのだというのだ。
すると、その絨毯の上から、大空に飛び出す影が二人。
二人とも、やたら細長い身体をしていた。
その二人は、ワイバーン以上のスピードで、滑空して行く。
片方が西門へ。
もう片方が、外壁の遥か上空を飛び越え、そのまま王城へと。
「アイ!聞こえるか!西門と城、両方に敵が飛んでった!ゾンビじゃねえぞ!魔法使いだ!ロロの眷属で迎撃できるか!?」
慌ててアイを通じてロロに連絡を取るセバスチャン。
ふと、レッドドラゴンが頭を上げる。
もう眠たげな目はしていなかった。
その目は左側を見ている。
朝日が昇る、東側を。
「おい、レッド!油断できねえって自分で言ったばっかじゃねえかよ!どこ見てんだ!」
「セバス。今ちょうど、朝日が昇っておる方角。向こう側から、ものすごい奴が来るぞ。東側には、誰が配備されておるのだ」
「あん?確か、騎士団の、第四と第六と第九が居たはずだけどよ」
レッドドラゴンは、この場に現れてから、初めて鋭い目つきを見せた。
「そんなもの、時間稼ぎにすらならぬわ。おそらくは、儂と同等か、もしくはそれ以上の怪物だ。皆殺しにされるぞ」




