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あと四日

 その騎士団の男は、ただゾンビに腕を噛まれただけだった。


 本来ならば、何という事は無い、軽傷。


 今起きている現象が、それが原因なのかすら、わからない。


 だが、現実として、その男はゾンビと化した。


 人を襲うゾンビに。




 男に肩を噛まれた治癒術師の女性の騎士は、混乱していた。

 男の突然の死と変貌に。

 そして、涙していた。

 そういえば、この女性は、ゾンビと化した男と付き合っていたのだと、デイズは思い出す。


(ごめんね。あなたの恋人、焼かなきゃいけない)


 目の前で恋人を焼かれるなんて、下手をしたら一生もののトラウマになるかもしれないけど。

 でも、このまま被害を拡大させるわけにはいかない。

 デイズは手のひらから紫の炎を燃え上がらせ、ゾンビの男に向かって駆け出す。


 ゾンビの男が、デイズを認識すると、テントから出てこようとした。

 きっと、このゾンビに触られたらマズい。


 デイズは、炎を放ち、テントごとゾンビを焼く。


 治癒術師の女性が、男の名を叫び、泣いている。


 燃えて崩れるテントの中で、その男も倒れて行くのが見えた。


 他の治癒術師も、それぞれのテントから飛び出してくる。

 騎士団長も駆けつけてきた。

 一部始終を見ていた他の騎士が、身振り手振りで説明する。


 男がゾンビになったのは、ゾンビに噛まれたからなのか。

 そんな現象は、聞いたことが無い。

 しかし、思い当たるのは、唯一、そのことだけだった。

 もしそうならば、たった今噛まれた、治癒術師の女性も危ない。


 騎士団の面々は、推測(すいそく)憶測(おくそく)を入り混ぜて、原因を討論している。

 そして、噛まれた女性に、告げる。


「もしかしたら、合っているかもしれないし、間違っているかもしれない。

 でも、万が一の事がある。

 噛まれた肩の部分から、腕を切り落とした方がいい。

 もしこの方法が間違っていたら、帝都に戻って、近衛の治癒術師のボラン教授に、また腕をくっつけて貰おう」


 近衛騎士団には、魔法大学の教授でもある、最高レベルの治癒術師、ボランが居る。

 切り落とした腕を適切に保存さえしていれば、また繋ぎ合わせることもできるだろう。


 問題は、もし噛まれたことが本当にゾンビ化の原因だった場合。

 今から切り落として、間に合うのか。


 肩を噛まれた女性が、意を決して告げる。


「切って、ください……!」


 そこからの騎士団の動きは早かった。

 他の治癒術師が麻酔をかけて、噛み傷のある肩の部分の付近から、メスで腕を切断してゆく。

 もしこれが、毒や感染症によるものであった場合、女性の血液に触れる事すら危険だ。

 処置は、誰にも血液がかからぬよう、細心の注意が払われ、手術用の薄い手袋を何重にも着けて行われた。

 

 麻酔のおかげで痛みは感じないだろうが、それでも腕を切り離されるのは、気持ちのいいものではない。

 しかも、たった今、恋人を失ったばかりなのだ。


 そこから、十分ほどかけて、女性の腕は切除された。

 しかし、この処置が正解なのかも分からず、また、そもそも間に合っていない可能性もある。

 そのため、女性自身の希望もあって、ゾンビに変化しても被害を出さぬよう、女性は(おり)に入れられることになった。

 金属魔法使いが、みんなの剣を集めて変形させ、やや(いびつ)な檻に作り直す。

 今はまだ夜中。

 騎士団が移動を始められるのは、夜が明けてからだ。


 騎士団の面々が、自分のテントへと戻って行く。

 きちんと眠るのも任務の内だ。

 だが、デイズはテントへ戻り、毛布に包まるが、目が冴えてなかなか眠れなかった。




 翌朝。




 その女性は、檻の中で、ゾンビになっていた。







「以上が、第六騎士団長からの報告だ」


 第一騎士団長、エリザベス・サファイア公爵令嬢が、話を()める。

 その出来事があってから五日後、第六騎士団はようやく最寄りの町へと辿り着き、冒険者ギルドのテレパシー使いを通し、各騎士団長へと報告を行った。


 そして皇帝陛下より発せられた、緊急会議。


 ここは帝都の城内の会議室。


 第十騎士団から第十九騎士団までは、辺境任務のため来れなかったが、それ以外の、第六騎士団を抜いた、全騎士団長が勢揃いしている。

 近衛騎士団からは、セバスチャンとロロと副団長の三人が出席していた。

 他にも、団長だけではなく、副団長や秘書を伴っている団もある。


 第六騎士団長からの報告は、あまりにも衝撃的過ぎて、皆ざわついている。


 そこに、一人の男が、勢いよく立ち上がった。

 黄金の鎧に身を包んだ、長い金髪の若い男。

 第二十三騎士団、通称『黄金(おうごん)騎士団(きしだん)』の団長、スターライト侯爵(こうしゃく)だ。


 スターライト侯爵は、拳を握り、熱弁する。


「ならば!今こうして我々が(つど)っている間にも!ゾンビの群れが数を増やしながら、町や村に迫っているのではないのか!

 無辜(むこ)の民を守るため!悠長(ゆうちょう)にしている暇はあるまい!」


 そこに、第九騎士団、通称『ならず者(ローグス)』の団長、ウォーチーフが冷や水を浴びせる。


「おちつけや、ピカピカ坊ちゃん。原因と対策を、お偉い先生が実験中だろうが」


 ウォーチーフは、会議中だというのに、葉巻に火をつけ、煙を()かす。

 スターライト侯爵が、ウォーチーフに食ってかかる。


「この時間が無駄だと言っているのだ!今は一分一秒を争う時である!」

「だから、原因が判明してねえのに、行ったって対処できねえだろう。馬鹿かお前」


 スターライト侯爵とウォーチーフが言い合いをしていると、会議室の扉が開く。

 黒髪をオールバックにし、眼鏡をかけた壮年の男が、紙の束を持って、会議室に入って来た。

 近衛騎士団の治癒術師であり、魔法大学の教授、ボランだ。


 ボラン教授は、手に持った紙の束を掲げると、声を上げる。


「実験結果が判明した。原虫(げんちゅう)だ」


 エリザベスが、ボランに問う。


「原虫?」

「微生物だよ。一応、虫に分類される」


 ボランが、紙の資料を眺めながら、解説する。


「まず言っておく。

 このゾンビに噛まれたり、引っ掻かれたら、そいつも数時間後には、同じ性質のゾンビに変化する。

 また、元々傷付いている箇所(かしょ)がある場合、そこに触れられてもアウトだ。

 もちろん、ゾンビの血を浴びるなど、(もっ)ての(ほか)

 このゾンビの体液や表皮に、原虫が住み着いている。

 それが体内に入ると、毒で宿主を殺し、死霊術でゾンビ化させる」

「死霊術?微生物が魔法を使うのか?」


 ウォーチーフの問いに、ボラン教授が答える。


「そうだ。もともと、微生物にも魔法を使う種は沢山いる。

 それ自体は、珍しい事じゃない。

 だがこれは、明らかに人間だけを狙ったものだ。

 実験では、鼠やその他の十種の動物と、死刑囚のそれぞれに原虫を投与した。

 その結果、鼠などの動物は毒で死にはしたものの、ゾンビ化には(いた)らなかった。

 一方、死刑囚だけは死んだあと、ゾンビとなり蘇った。

 こんな原虫、自然発生したとは、考えにくい。

 その可能性もゼロではないが、どちらかと言うと、人為的(じんいてき)に作られた可能性の方が遥かに高い」


 ざわつく会議室。

 人為的に作られた、感染性のゾンビ。


 死霊術、という言葉に、何人かがロロを見る。

 ウォーチーフが、葉巻を吹かしながら、ロロに言及する。


「大魔法使いのネクロマンサー様よぉ。まさか、てめえの仕業じゃねえだろうな」


 その発言に、セバスチャンやエリザベスが殺気立ち、ウォーチーフを(にら)みつける。

 エリザベスが、ウォーチーフに警告する。


「アンタ、言葉には気を付けな。

 ロロはそんな事する奴じゃない」


 ウォーチーフは、それでも(しゃ)(かま)えて、あざ笑う。


「はっ、どうだかな。人間の本性なんざ、そうそう他人からじゃ分かんねえんだよ。

 裏じゃ何してんだか……」


 その途端。


 セバスチャンの目の前の空間に、赤い魔法陣が浮かぶ。


 部屋に満ちる、強大な魔法力。


 その場に居た全員が、死を感じるほどの。


 ウォーチーフは、慌てて訂正する。


「待った待った!一般論だっつうの!(はた)から見たら、そう考えるわな、ってだけだ!別にグレイ男爵に喧嘩(けんか)売ってる訳じゃねえよ!」

「そうだとしても、お前ェ、もう黙っとけ」


 セバスチャンが言うと、赤い魔法陣が掻き消える。

 死の気配も霧散した。


 ウォーチーフは、葉巻を灰皿に押し付け、そっぽを向く。


 セバスチャンは、手元の資料を見る。

 各騎士団の偵察兵たちの情報を統合すると、謎の感染性ゾンビの大群は、既に十万を超えているようだった。

 ゾンビの群れは、近隣の町や村を襲い、数を増やしながら北上(ほくじょう)している。

 セバスチャンは、ボラン教授に提案を投げかける。


「ボラン、このゾンビの群れ、全部まとめて帝都におびき寄せる事できると思うか?」


 帝都は、高い外壁にぐるりと囲まれている。

 野戦でぶつかるよりも、勝率はずっと高くなる。

 むしろ、壁の無い場所で十万以上のゾンビと戦うなど、そちらの方が正気の沙汰ではない。

 セバスチャンは、外壁で囲まれた、この帝都を決戦の場にするつもりなのだ。


 ボラン教授が、応える。


「できます。ゾンビは、人のいる方へと向かってくる習性があるみたいです。ゾンビの群れの動きは遅い。今からでも帝国の西と東の全域の住民を北方面に避難させて、ゾンビの付近を、帝都以外は完全に無人にすれば、ゾンビどもは必然的に、人がいる帝都を狙って集まって来るはず」

「わかった。副団長、東西の全都市へ、急いで北方か帝都に避難するようテレパシーネットワークで呼びかけろ。北側の都市には、受け入れるようにも伝えてくれ」

「承知しました」


 近衛騎士団の副団長は、テレパシー使いの通信兵に指示するため、会議室から早足で出て行く。


 セバスチャンが、エリザベスに確認する。


「ゾンビどもが帝都に到着するまで、どれくらいかかりそうだ?」

「今のペースだと、四日後だね」

「敵は十万。たぶん、帝都は丸ごと包囲されるとは思うが、特に南側は苛烈な戦いになるだろう」


 そこで再び、黄金の鎧を着た、スターライト侯爵が、声を上げる。


「ならば!今こそ!民を救うため!我々は帝都南側で迎え撃とうぞ!」


 スターライト侯爵は、黄金の剣を抜き、(かか)げる。

 今度は誰も反対しなかった。

 エリザベスも立ち上がり、壁に立てかけていた、嵐の聖剣ヴィーナスを肩に(かつ)ぐ。


「アタシたちも南側で戦うよ。第一騎士団は、害獣退治がお仕事。ここで出なきゃ、どこで出るんだって話さ」


 エリザベスは、ロロに向かってウインクをした。


 セバスチャンも立ち上がり、皆に(げき)を飛ばす。


「オイラと近衛の半分も南側に出る。お前ェら、よろしく頼む」


 騎士団長たちは、会議室から次々と出ていく。

 セバスチャンが、ロロに小声で話しかける。


「今回の事件はまだ、全容(ぜんよう)(つか)めねえ。どこかの誰かが、何かを(たくら)んでやがる。お前ェは、グレイ領の住民を帝都に避難させてから、東側を守れ」

「はい」


 ロロは返事をすると、立ち上がった。


 何だか、嫌な予感がする。

 今回の、感染性のゾンビ。

 人為的なものの可能性が高いと言っていた。

 もしこれが、本当に人の手によって作られたものだとしたら。

 目当ては、何なのか。

 ただの愉快犯(ゆかいはん)なのか、それとも……。


 ロロは、襤褸(ぼろ)のコートを(ひるがえ)し、大理石の床を革靴で鳴らし、町民を帝都に誘導するため、グレイ領へと向かう。


 その様子を、中庭の木に止まっていた、しっぽが千切(ちぎ)れたトンボが見ていた。







 その頃、魔の大森林と、大平原の、境界(きょうかい)にて。


 森と平原の遥か上空に浮かぶ、大きな空飛ぶ絨毯(じゅうたん)

 マルの私物の、テント付き絨毯だ。


 その上には、スウォーム、マル、そして雷蜘蛛が座っていた。


 スウォームが、トンボの視界から情報を得る。


「どうやら、ようやく全騎士団が動き出したみたいですね。

 予定通り、騎士団のほとんどはプレイグとの戦いのため、帝都の各方面、特に南側に散りました。

 なんとも都合のいいことに、帝都東側には、ロロ・グレイとその眷属しか居ないようです。

 マルさん、この絨毯で、帝都まではどれくらいかかりますか?」

「四日くらいかな~」


 雷蜘蛛が立ち上がり、平原の向こう側を、八つの瞳孔(どうこう)で見つめる。

 雷蜘蛛は、地の果てを見ながら、スウォームに聞く。


「そこに勇者がいるの?」

「ええ。でも日程的に、もしかしたら戻って来たデイズ・グレイや第六騎士団くらいは加わるかもしれませんね」


 雷蜘蛛は、全身に黄色い火花を散らす。


「構わないよ。誰が(いく)ら居ても。

 僕が本物の雷を見せてあげる」


 スウォームは、思う。

 結局、フライングパンやフォレストピアは、当初の予定と違い、今いる以上の冒険者や軍隊を出さなかった。

 スウォームがプレイグなどという極悪生物兵器を作ってしまったせいなのだが。

 だが、結果的にはこれでいい。


 帝国の強者は、こちら側の強者で相手をする。

 帝国そのものは、プレイグで潰す。

 それでいい。


 十万のプレイグの大群が進行している帝都南側方面には、キール、ミーシア、ストライダー姉弟(きょうだい)、タタリヒメといった、そのままでも国を滅ぼせそうな面子が、空を飛んで向かっている。

 このまま順調に行けば、そちらも四日後には帝都に到達する。

 そこではきっと、セバスチャンを含めた騎士団が、キールたちを迎え撃つだろう。


 帝国の騎士団が、十万のプレイグにぶつかるまで、あと四日。

 キールたちが、帝都南側で騎士団に(まみ)えるのも、あと四日。

 スウォームたちが、帝都東側でロロと対峙(たいじ)するのも、あと四日。




 あと四日で、全てが始まる。









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