不穏
「今日からロロは、近衛騎士団長補佐だ。
一か月後には、ロロが団長になる。
文句ある奴ぁいるか?」
セバスチャンが、近衛騎士団の五人組に、今後の予定を伝える。
五人組は、合わせて返事をする。
その中には、数か月前にロロと対戦した、植物使いのリリスも含まれていた。
「ないよー」
「ないです」
「ある訳ないじゃないですか。
ロロさん、下手したら団長より強いんですよ」
近衛騎士団は、基本的に五人一組のグループとなる。
各グループごとに、他の騎士団と一緒に、王城を警護しているのだ。
今日は、ロロが近衛騎士団に移籍となった初日。
セバスチャンがロロを引き連れて、王城の重要箇所で警備についている、近衛騎士のグループに、順番に挨拶回りをしているところだ。
近衛騎士団は、基本的に素性を明かさない。
皇帝を守る最後の盾である近衛騎士団は、当然、皇帝に最接近することも多い。
万が一、家族や友人を人質に取られた場合、皇帝に直接害をなす存在へと変貌する。
そのため、普段から兜の下にはマスクをして、身元がバレないようにしているのだ。
例外として、既に近衛であると知られている人物だけは、顔を隠さずに仕事をしている。
リリスやイザベラ、オーバードライブ、後は『防人』の元団長のバリア術師や、魔法大学の教授である治癒術師などだ。
しかし、近衛騎士団長になる予定のロロには、皆こっそりと素性を明かしてくれた。
その中には、数名ほど結構な有名人も居て、ロロはその度に驚いた。
今日が非番の騎士も何人かいるため、全員に会う事は出来なかったが、任務に就いている近衛たちには、一通り挨拶が終わる。
セバスチャンがロロを労う。
「ロロ。お疲れさん。事務的な面倒くせえ事は、全部副団長がやってくれっから、お前ェはどっしりと構えてるだけでいい」
「はあ。そんなんでいいんですか」
「いいんだよ。近衛騎士ってのは、有能な代わりに、全員プライドがクソ高え。
舐められないようにしてりゃいい。
まあ、今更お前ェを舐める奴ぁ、いねえだろうけどな」
ロロとセバスチャンは、大理石でできた広い廊下を歩く。
城は、廊下も部屋も、全体的にどこも巨大だ。
「そういえば、お城、どこも大きいですよね」
「そりゃお前ェ、狭かったらオイラたちが戦えねえだろうが。この城は、魔法を思いっきりブッ放せるようにデカく作られてるんだよ」
確かに狭ければ、がしゃどくろなどは出てこれないだろう。
使役術師であるセバスチャンも、大きな動物を使役する。
昔の、まだ今ほど魔法が発達していなかった時代の城は、逆にわざと狭く作られていたらしい。
敵の大群に攻め込まれにくいようにだ。
だが、魔法使い全盛の今、城を狭く作ると、守る側もデメリットの方が大きい模様だ。
「あとな」
セバスチャンが、呟く。
「陛下の友達になってやってくれ」
突然舞い込んできた、意外過ぎる一言。
「と、友達って……。
身分も歳も、違いすぎますよ」
「それでもいい。
皇帝ってのは、過酷で孤独なモンなんだ。
妻たちですら、自分の息子を時期皇帝にしようと、裏側で暗殺者を送り合ってる。
せめて心を許せる奴が側にいてやらねえと、参っちまうんだよ、あいつは」
ロロは、黙ってしまう。
妻や子供にすら、心を許せない皇帝陛下。
そんなことは考えたことも無かった。
もし、ロロの妻たちが殺し合いを始めたら、悲しみで死んでしまいそうだ。
陛下はグリーンハルトとは仲がいいらしいが、グリーンハルトも遠方の領主。
そうそう頻繁には会いに来れない。
ロロは、皇帝陛下に初めて謁見した時のことを思い出す。
皇帝とセバスチャンは、気安く話せる仲だった。
セバスチャンが居たからこそ、皇帝陛下も溌剌としていたのだろうか。
ロロは、少しだけ先を歩くセバスチャンに声をかける。
「わかりました。
でも、僕からもお願いがあります」
セバスチャンは、前を向いたまま、応える。
「なんだ」
「セバスチャンさんも、近衛、引退しても、陛下の友達のままでいてください。
ひとりよりも、ふたりの方がいいでしょう?」
セバスチャンは、振り向かない。
「……ああ。そうだな。
たしかに、その方がいい。
あ~あ。せっかく近衛を引退して優雅に余生を過ごせると思ってたのに。
陛下のお守りは引退できねえか」
くくっ、と笑うセバスチャン。
あの、初めての謁見の時の皇帝陛下。
セバスチャンに、楽しそうに話しかける皇帝陛下。
セバスチャンはきっと、近衛騎士団長とかは関係なく、陛下の隣が似合っている。
そこに早足で、近衛の副団長がやって来た。
左目が潰れた、四十代半ばの副団長。
その手には、報告書が一枚。
「ああ、団長、そこに居ましたか」
「おう。どうしたよ」
「第十八騎士団と、連絡が取れなくなりました」
騎士団は、第一から第二十九まで、綿密に連絡を取り合っている。
どこかの騎士団ひとつで手に負えない事態が発生した時に、なるべく早く他の騎士団が駆けつけられるようにだ。
第十八騎士団は、帝国の南側の、砂漠に隣接する地域を守護する精鋭、百五十名。
騎士団の中でも、質も数も上位だ。
砂漠には、巨大で獰猛な虫が、数多く生息している。
その虫が、砂漠を超えて帝国領に入って来ることもよくあるのだ。
その時に対応するのが、第十八騎士団。
百五十名全員が、空飛ぶ箒に乗り、強力な攻撃魔法を使う。
また、テレパシーを扱う念動魔法使いも十名いる。
連絡が取れなくなることなど、ありえなかった。
ロロとセバスチャンが、見合う。
帝国の南側で、何かが起きているのだろうか。
セバスチャンが、副団長に問う。
「他の騎士団は?最寄りにいるのはどこだ?」
副団長が、手に持った報告書を読む。
「第六騎士団ですね。丁度、近隣地域の洪水被害の救護活動に当たっていたようです」
第六。
ロロが、元々所属していた騎士団。
今も、デイズが所属している騎士団。
嫌な予感が、止まらない。
副団長は続ける。
「第六が、既に第十八の消息が絶った場所に向かっています。
予定では、四日後には到着するとのことです」
移動速度の速い第六騎士団で、四日の道のりが最寄。
他の騎士団は、さらにもっと遠くにいるのか。
もし、帝国の南側に、第十八の百五十名を全滅させた何かがいるのであれば。
デイズの身が、危ない。
★
三日後。
第六騎士団のメンバーは、第十八騎士団が消息を絶った地域まで、あと一日といった距離。
第六騎士団の移動速度は速い。
災害救助を主な任務としている第六騎士団は、強さよりも速さを重視した装備である。
今回は元々、戦闘ではなく洪水被害の救助の任務であったため、騎士団長を含めた全員が、身軽さを損ねないよう、鉄ではなく革の鎧である。
嵐や吹雪の中でもよく見えるよう、オレンジ色に染められた革の鎧。
そこに念動魔法使いの通信兵が、帝国全土に網羅されたテレパシーのネットワークにより、帝国領土南側で起きた、第十八騎士団の失踪という異常事態を知った。
第六騎士団のモットーは、困っている人がいれば、どこにでも飛んで駆けつける、というもの。
第六騎士団の旗は、それを現したオレンジの燕の紋章である。
第十八騎士団は、はっきり言うと、第六よりも格上だ。
第六に救助されるなど、屈辱と思われるだろう。
もしかしたら、実はただの軽いトラブルで通信ができなくなっただけかもしれない。
しかし、第六騎士団は向かう。
何かが起きているかもしれないのであれば、燕の紋章に懸けて、真っ先に駆けつけるのが第六であるべきだ。
第六騎士団、四十名弱。
そのうち半数が治癒術師。
もし、戦闘が必要な事態なのであれば、自らを盾にしてでも、団員を逃がす覚悟が、騎士団長にはあった。
乾いた大地の荒野を抜けると、林が見えた。
その林に寄り添うように、そこそこの大きさの村が作られている。
昔の灰色の村よりも、ずっと大きな村。
だが、人の気配がしない。
第十八騎士団が行方不明になった場所からは、まだ離れている。
だが、道行く途中だとしても、民に何かが起きているのであれば、素通りなど出来るはずもない。
馬や箒に乗った、第六騎士団の面々は、村の中へと入って行く。
物音ひとつしなかった。
丸い顔に口髭を生やした、第六騎士団長が、大声で問いかける。
「誰か!おらぬか!帝国第六騎士団である!」
返事が全くない。
デイズが乗っていた馬から降りて、靴と靴下を脱ぐ。
いつでも、戦いになってもいいように。
今の所は何もないが、人ひとり見当たらないというのは、きっと何かが起きている。
その時。
がたん、と大きな音。
無音だった村に、響く。
その音は、林の入り口のすぐそばにある、小さな物置から発せられていた。
若い騎士の一人が、馬から降りて、剣を鞘から抜く。
「団長。俺が見て来ます」
「うむ。気を付けよ」
騎士が、抜き放った剣を片手に、静かに物置へと近づく。
物置には、建て付けの悪いドア。
騎士がドアノブを握り、回すと、ぎしりと音を立てて、ドアが開く。
その物置の中には、農具が仕舞いこまれていた。
「誰か、いるのか?」
騎士が声をかけるも、反応は無い。
きっと、風で音が鳴ったのだろう。
騎士が、物置から出て、開いていたドアを閉めようとする。
すると、そのドアの縁を、何者かが掴んだ。
「誰だっ!」
騎士が、開いていたドアを思い切り蹴り、その奥に潜んでいた何者かを吹き飛ばした。
その誰かが、林の枯葉の地面に倒れる。
ぼろぼろの服を着た男だった。
騎士は安堵する。
「な、なんだ。いたなら、声をかけてくれよ」
騎士は、剣を鞘に納め、その倒れた男に近づき、手を差し伸べる。
その男は。
差し伸べられた手を掴み。
ゆっくりと起き上がり。
手袋と鎧の隙間に、肌が露出している部分を見つけると。
騎士の肌に、噛み付いた。
「いてえっ!」
騎士は、空いている方の手で、男を殴り飛ばす。
再び、枯葉の上に倒れ込む男。
騎士の、噛まれた箇所に、歯型が付いていた。
「何をするんだ!」
騎士は、改めて男の様子を見る。
先ほどは、林の木々の影で良く見えなかった。
だが今は、陽光の差し込む場所へと倒れた男。
その男は、腹部が破損し、内臓が飛び出ていた。
生きた人間ではありえない、青白い顔。
騎士は叫ぶ。
「こいつ、ゾンビだ!」
他の騎士たちも剣や杖を抜く。
「どこかにネクロマンサーでもいるのか?」
「そうかも。でも人間とは限らないから」
魔法とは、別に人間だけの専売特許ではない。
野生の獣も、魔法を使う種は多いのだ。
時折、獣が死霊術を使い、ゾンビを使役することもある。
腕を噛まれた騎士が、傷口を抑えながら戻って来た。
「いてて」
「だいじょうぶ?」
「大した事ねえよ。あのゾンビ弱いぞ」
「一応、治療しておくわね」
治癒術師の女性が、淡く光る手のひらを掲げ、ゾンビに噛まれた腕を治療する。
傷が、あっという間に消えた。
そこに、前方に居た女騎士が、後ずさりをしてくる。
「なんだよ」
「あ、あれ見て」
全員が、林の奥に注目する。
林は、鬱蒼と茂っていて、陽光が差さずに薄暗かった。
その暗がりに。
無数の、光る眼。
それは、ゾンビの群れだった。
林の木々が邪魔して全容が分からなかったが、おそらくは百体以上はいるだろう。
もしかしたら、もっと多くの。
だが、ゾンビの歩く速度は遅かったため、騎士団の皆には、慌てた様子は見られない。
「何だよ、この数」
「死霊術師の獣の群れでもいるのかしら」
「これは、俺たちだけじゃ無理だな」
「デイズ……じゃない、グレイ男爵夫人なら、いけるんじゃないか?」
「林が燃えるだろ。俺たちが災害起こしてどうすんだ」
「戦闘特化の騎士団、この辺にいたっけ?」
「ちょっと遠いけど、第十五の拠点があるよ」
「第十八の行方不明、こいつらが原因だったりするか?」
「まさか。あの第十八が、こんな雑魚どもにやられたりはしないでしょ」
「そりゃそうか」
ゾンビの群れを前に、冷静に状況分析をしている騎士たち。
ここの村人は、このゾンビの大群にやられてしまったのだろうか。
心の中で、追悼する騎士団の面々。
第六騎士団では、救助に間に合わなかった事は、恥だ。
だが今、最優先でやるべきことは、これ以上被害を出さないこと。
第十八騎士団の行方も気になるが、それよりも明確な脅威であるゾンビの群れから、この地の住民を守るのが先決だ。
騎士団の皆は、再び馬や箒に乗り、その場所から離れた。
騎士団長が、箒に乗った通信兵へと指示を出す。
「状況を他の騎士団に伝えよ。我々は最寄りの町へ向かい、警備に当たる」
「はーい!わっかりましたー!」
情報のやりとりを行うには、テレパシーネットワークの届く距離まで到達しなくてはならない。
テレパシー使いの通信兵は、通信可能な場所に向かって、箒で飛んで行った。
他の騎士団員たちは、滅びた村から立ち去って行く。
最寄りの町までは、数日かかる距離のため、しばらくは野宿だ。
さきほどのゾンビの大群は、歩く速度が遅かったので、追い付かれて野営中に襲われることもないだろう。
移動速度はトップクラスの第六騎士団。
夕方になるまで、馬を走らせ、やがて、川から少し離れた場所の平地で、野営をすることにした。
魔法で火を起こす騎士団員。
念のための見張りは怠らない。
見張り役は、順番に睡眠を取るのだ。
デイズは、テントの中で毛布に包まり、しかし、なぜか目が冴えていた。
胸騒ぎがする。
何か、見落としている気がする。
その時。
夜の空気を切り裂く、女性の悲鳴。
すぐ隣の、野営のテントからだ。
デイズは、髪と目を紫に染め、自分のテントを飛び出した。
そこには、肩から血を流す、治癒術師の女性騎士。
そして、その奥のテントの中には。
さきほど、腕を噛まれた男性騎士が、ゾンビとなって立っていた。




