殲滅
ロロとムラサメとフローレンス先生は、森の藪を駆け抜ける。
小枝が肌や服に引っかかるが、無理矢理に突破して。
途中、何度かマンティコアが単体で出たが、全てムラサメの一撃で葬り去っていた。
フローレンスが走りながら叫ぶ。
「ロロ!なんかおかしくないかい!?
出てくるマンティコア、一匹ずつだよ!」
マンティコアは本来、群れをつくる獣だ。
それが、一匹ずつ出てくるのがおかしい。
ムラサメが言う。
「もしかしたら、奴らは群れからはぐれたのかもしれませんね。
恐らくは、群れがどこかにいるのでは……」
すると、三人が藪を抜けた途端、青空の見える大きな広場に出た。
そこでは、デイズが宙を舞いながら、手のひらから紫の爆炎を放ち、戦っている。
五十匹以上はいると思われる、マンティコアの大群と。
デイズの叫びが聞こえる。
「ちょっと、多すぎっ!」
両足から紫の火炎を噴射し、宙を縦横無尽に駆け巡るデイズ。
紫の火の粉が舞う。
紫に変色したショートカットの髪が、炎の風圧でなびく。
デイズに付いている男性教師も、これは危険だと判断したのか、箒にまたがり空を飛びながら、風の刃を撃ち、応戦している。
ロロは、ムラサメとフローレンスに言う。
「彼女を助けます」
臨戦態勢に入る、ロロたち。
フローレンスは叫ぶ。
「ロロ!あいつらなんか、やっちまえー!」
ロロは、骨の杖を自分の影に向ける。
「いきます」
この大規模な群れに対し、まず最初に呼び出す者は。
デイズを守るため、その身が盾となる彼が最適だ。
「お願いします。がしゃどくろさん」
ロロの影が、広がって行く。
それは、ムラサメを呼び出した時よりも、遥かに大きく。
まるで池のように。
広がり切ったロロの影から、巨大な骨の右手が天に向かって伸び出てくる。
それは、片腕だけで、家屋の高さよりもさらに長い。
伸びた巨大な右手は、そのまま肘を折り曲げ。
その手のひらを、轟音を立てて地面に突き刺す。
そして広がったロロの影から這い出てきたのは。
途轍もなく巨大な、スケルトン。
その骨の口から、野太い声が響く。
「はぁ~い!ロロちゃん!
御用かしらぁ?」
ロロは、その巨大なスケルトン、がしゃどくろに願う。
デイズを指さしながら。
「あそこにいる女の子を守ってください」
「お任せぇ~!」
がしゃどくろは、巨大な右手の親指を立てた。
★
デイズは、大量のマンティコアの群れに囲まれていた。
手のひらから、紫の大爆発を起こすデイズ。
数匹のマンティコアが、黒焦げになって倒れた。
だが、自身の背後のマンティコアまでは、倒しきれなかった。
デイズに背後から跳びかかる、数匹のマンティコア。
後ろを振り向くデイズ。
その紫の目には、マンティコアたちが映る。
ひと噛みで、胴体を食いちぎる、その牙が。
ひと掻きで、大出血を起こす、その爪が。
ひと刺しで、死に至らしめる、尾の毒針が。
デイズは、背後に爆炎を撃とうとした。
だが、間に合わない。
デイズは、死を覚悟する。
死にたくないと、思いながら。
その時、巨大な骨の腕が、デイズの背後のマンティコアどもを殴り飛ばした。
一体、何が起きたのか。
デイズは、上を見上げる。
そして、唖然とした。
そこには、恐ろしく大きなスケルトンがデイズを覗き込んでいた。
この巨大なスケルトンは、一体何者なのか。
敵なのか、味方なのか。
デイズは、必死に頭を回す。
すると、その巨大なスケルトンは、デイズに覆いかぶさり、強固な骨格でマンティコアの群れからデイズを保護する。
さらに、バリアの魔法を自身にかけ、防護の隙間を無くす。
巨大なスケルトンは、野太い声でデイズに言った。
「はぁ~い!もうだいじょうぶよ~。
あとは、ロロちゃんたちが何とかしてくれるからねぇ~」
(ロロ?ロロって誰?)
デイズの頭には、クラスメイトのはずのロロの名前は記憶されていなかった。
デイズは、自分に覆いかぶさった巨大な肋骨の隙間から、外を見る。
マンティコアの群れはしばらく、がしゃどくろの強固なバリアと骨の守りを破ろうとして、噛み付き、引っ掻いた。
だが、がしゃどくろはびくともしない。
マンティコアどもは、がしゃどくろを破壊することを諦め、離れたところにいたネクロマンサーたちに狙いを変えた。
デイズは、肋骨の隙間から、ロロたちを見つけた。
(あれは確か、うちのクラスのネクロマンサー!
このおっきいスケルトン……
まさか、あの人が?)
デイズは、死霊術については、全くの専門外であった。
興味を持ったことすらない。
だが、この巨大なスケルトンを行使するのは、並大抵の力では不可能なことだけは、魔法使いとしての直観で分かった。
あのネクロマンサーは、デイズと同じように、いつも一人で狩りをし、成績は毎回、最優秀と採点されている。
クラスのみんなは、採点する側の老婆も同じネクロマンサーのため、ただ贔屓されているだけと不満を漏らしていた。
デイズは、あのネクロマンサーには毛ほども興味が無かったため、贔屓されているかなんて、どうでもよかった。
だが、たかがネクロマンサーなんて実力はどうせ大したこと無いだろうと思ってはいた。
デイズは今この瞬間より、認識を天地逆転させることとなる。
★
マンティコアの群れが、ロロたちに走り寄る。
ムラマサは、刀を抜き、上段に構えた。
フローレンスも、自分の影の中から、双子の執事の青年のゾンビを出し、臨戦態勢に入っている。
ロロは、左手のひらをフローレンスに向け、フローレンスたちの参戦を制する。
「先生。僕たちだけで対処できます」
ロロは、自分の影に向かい、再び骨の杖を向けた。
ロロは、状況により、頼る眷属を使い分ける。
基本的には、近接戦が最強のムラサメ。
誰かを守りたい時は、自身が強固な盾となる、がしゃどくろ。
そして、敵が大量にいる今は、広範囲攻撃を得意とする、魔法使いの少女のゾンビ。
ティナ・シール・ベルモントを呼び出す。
影の中から、黒い三角帽子を被った、白髪の少女のゾンビが現れた。
ティナ・シールの名を知らぬものは、この帝国には居ない。
教科書にも名前が出てくる、超有名人。
ティナ・シールは、大気中のマナを吸収する『マナ・アブソープション』が使えないため、大魔法使いではなかったが、百年前の群雄割拠の戦国時代、帝国の天下統一に多大なる貢献をした英雄であった。
ティナ・シールは、大魔法使いであるロロを心の底から尊敬している。
ティナ・シールは死後も魔法で氷漬けとなっていたため、百年経っても遺体が残っていた。
とある事件が切っ掛けでロロに蘇らせてもらった時に、何が何でも眷属にして欲しいと、ロロに縋り付いて眷属となったのだ。
「ロロ様!私の出番なのですね!」
「うん。あのマンティコアたち。
お願いできるかな?」
「ロロ様のためなら、何だってやっちゃいます!」
満面の笑みで、両手を空に向けて広げるティナ・シール。
その上空には現れたのは、幾千もの尖った氷塊。
ティナ・シールは、掲げて広げた両手を、マンティコアたちに向けて振り下ろす。
空に輝く、幾千の氷塊の刃が、マンティコアの群れに、嵐のように降り注ぐ。
五十体以上はいたはずのマンティコアが、氷塊の嵐に身を切り裂かれ、断末魔の叫びを上げながら次々と倒れて行く。
降り注ぐ氷の冷気で、大地に霜が降りていた。
そして、全ての氷が降り終わる頃。
その大きな広場に残ったのは、蹲る巨大ながしゃどくろと、全て死体となった、切り裂かれ凍ったマンティコアたち。
ロロは、広場を見渡す。
「ありがとう。
ティナ・シールさん。
がしゃどくろさんも、もう大丈夫だと思う」
がしゃどくろは、立ち上がる。
直立すると、まるで巨大な塔のようだ。
ロロは、自分の影に杖を向けると、その影が再び、大きな黒い池のように広がる。
がしゃどくろは、その影の中に、足を踏み入れた。
「ロロちゃん!またいつでも呼んでねぇっ!」
がしゃどくろは、野太い声でロロに言い、そのまま影の中に入って行った。
ティナ・シールは、ロロと離れるのが名残惜しそうだ。
「ロロ様。ロロ様。
私の事、何でもない時にも呼んでいいんですからね!
お話相手でもいいんですからねっ!」
「ありがとうございます。
寂しいときは、お相手してもらいますね」
ティナ・シールはロロに向かって手をぶんぶん振りながら、影の中に消えた。
三角帽子を揺らしながら。
まだ危険があるかもしれないため、最強の戦士であるムラサメには残って貰っていた。
ロロは、再び広場に身体を向ける。
大量のマンティコアの死骸の向こうを見ると、茫然としたデイズが。
ロロは、マンティコアの生き残りが居ないか注意しながら、ムラサメと共にデイズの元へと歩み寄る。
「デイズさん、怪我は無い?」
ロロはデイズに呼びかける。
デイズは、反応が無かった。
「デイズさん?」
「……えっ?
は、はい」
「怪我、無い?」
「う、うん。大丈夫だと、思う」
空から、箒に乗った教師がゆっくりと降りてきた。
デイズに付いていた男性教師。
降りて来つつも、まだ周りを警戒しているようだ。
辺りを見回しながら、地上に降り立つ。
そして、ロロに聞く。
「そこの君。その、すまん。名前がわからないけど、ネクロマンサーの君。あれが君の力なのか?」
その教師は、今起きた全てを、箒に乗って上空から見ていた。
まるで白昼夢を見ているかのようだった。
巨大なスケルトンを呼び出しデイズを守り。
ゾンビの魔女は、一瞬でマンティコアの大群を壊滅させた。
さらには、今もネクロマンサーの隣に控える、女性の侍のゾンビ。
尋常ではない強さの気配がする。
これほどの力を持つ眷属を複数従えるのは、並大抵の規模の魔法ではない。
今までの狩りの実習では、いつもフローレンスだけが彼に付いていたはず。
そして、成績は常に最優秀。
デイズに付いていた男性教師は、今までは、それをただのネクロマンサー同士の贔屓だと思っていた。
だが、彼は見てしまったのだ。
ロロの、実力の一端を。
これは、最優秀などという生易しいものではない。
学生の範疇を遥かに超えている。
それどころか、教師陣の中でも、彼に適うものはいないのではないかと、冷や汗をかいた。