ロロの結婚式
ロロがロロ・グレイ男爵となって三か月が過ぎた頃。
帝都の観光名所である、二つ並んだ塔。
その二つの塔の右側。
すなわち、神殿。
その入り口へと伸びる石畳の床に、新しい革靴の音が鳴る。
神殿の前の広場には、緑色の宝石の紋章が描かれた、荘厳な馬車。
その馬車から降り立ったのは、白いタキシードを着たロロである。
その後ろには、真っ白なウエディングドレスを着たデイズ、ティナ・シール、リリアナの三人が、ブーケを胸元に持って後に続く。
今日は、ロロたちの結婚式。
ロロはまだ高等部二年生ではあるが、学生のうちにも結婚する貴族は多い。
特に、騎士団補佐に付いている者は。
いつ命を落とすかわからない。
明日が来るとは限らない。
だから、今日を精一杯生きるのだ。
ロロたちがこれから結婚式を行う神殿の扉の向こうでは、黒衣の神官の老人が、にこやかに笑っている。
その神官の背後、神殿の最奥には、大理石で出来た大きな白蛇の像。
帝国が出来るよりも遥か昔から、この土地を見守り続けていると言われている精霊の土地神様だ。
マグナ・ダイア帝国は精霊信仰の国である。
この世の遍くものに、神や精霊が宿ると言われている、汎神論。
『精霊眼』と呼ばれる希少な目を持つ者のみが、見ること話すことが出来る精霊たち。
大魔法使いがマナ・アブソープションで吸収する、大気中の魔法の力は、精霊たちが生み出しているとも言われている。
白蛇の土地神様の優しい眼差しは、ロロが幼い頃に亡くなった、父にも母にも似ている気がする。
すると一枚、赤い薔薇の花びらが、どこからか飛んで来て、ロロの頭に乗っかった。
それを摘まみ、空を見上げる。
空からは、様々な色の無数の薔薇の花びらが、紙吹雪のように宙を舞っていた。
アイボールのアイが、薔薇を満載した籠をぶら下げて、上空を飛び回っている。
籠の網目からすり抜けて、次々と薔薇の花弁が舞い落ちている。
そして神殿前の広場の横には、直立したがしゃどくろが、災害時の炊き出し用の大きな鍋を片手に持ち、その中に入っている大量のひまわりの花弁を鷲掴みにして、ロロたちの上空に目一杯、放り投げる。
アイの薔薇と、がしゃどくろの黄色いひまわりが混ざって、カラフルな雪景色のようだ。
がしゃどくろの肩には、いつもの編み笠を被ったムラサメが、酒の入った盃を片手に、桜のドライフラワーの花びらを、一度だけ宙に撒いた。
彼女は既に一杯やっているようだ。
ムラサメは、美味い飯と美味い酒を堪能するためだけに、死から蘇り、眷属となったくらいだ。
ここぞとばかりに飲み食いしている。
ムラサメも幸せそうで、ロロも嬉しかった。
神殿前の広場は、いつも以上に賑わっていた。
新しく爵位を授かった男爵の結婚式。
しかも、大魔法使いという噂。
帝都の人々は、ひまわりを撒き散らす巨大ながしゃどくろを指差して、騒ぎ立てている。
がしゃどくろも調子に乗って、バリトンボイスの見事な歌を披露していた。
神殿の前には、結婚式に参加してくれた人々が集まっていた。
第六騎士団の団長。
丸い顔に口ひげを生やした、ケーキ作りが趣味の、騎士団長。
災害救助を主とする第六騎士団は、いつどこへでも駆けつけられるよう、備えていなくてはならない。
だから今日は、団長だけが代表として出席したみたいだ。
思えば、デイズと付き合い始めたのも、第六騎士団の拠点の屋上だった。
リリアナの身内の冒険者たち。
リリアナの遺体をロロの元に運んでくれたのは彼らだ。
鍛え上げられた身体に、いかつい顔。
その顔は、今は皆、笑顔だ。
灰色の村の民たち。
今ではグレイ領となったが、変わらずロロを慕ってくれている。
服も学費も、村人たちが賄ってくれていた。
ロロが今着ているタキシードも、村人たちの手作りだ。
デイズの一家、ブラスター男爵家が揃って祝福してくれている。
デイズの直接の母のイザベラとは、三か月前の御前試合で初めて会ったが、あの後もロロとは、とても仲良くしてくれていた。
イザベラは今日は、近衛騎士団の代表としての出席も兼ねているらしい。
家長のブラスター男爵は、黒髪をオールバックにした細身のダンディな中年。
だが今は、涙が止まらず、濡らしたハンカチは三枚目に突入していた。
学園の死霊術の教師、フローレンスと、その眷属の双子の執事のゾンビ。
いつも陽気なフローレンスは、泣いて、笑って、泣きながら笑っていた。
亡くなった夫の骨でできた、大切な杖を両手で握りしめて。
ロロの親代わりの村長。
ロロがまだ小さな子供だった頃、流行り病で両親が亡くなってから、ずっと面倒を見てくれていた。
墓守でネクロマンサーだった父親の残した死霊術の本を、幼い頃から読みふけり、物心ついた頃には、愛犬と一緒に墓場に出入りしていたロロ。
ロロも墓守として生きていたいと願ってから、ずっと応援して支えてくれていた村長。
その頃は黒髪だったはずの頭には、ずいぶんと白髪が増えている。
そして、グリーンハルト。
最初に出会ってから、もう一年が経つ。
最愛の妻、カサンドラを馬車の事故で亡くし、高価な服が血塗れになるのも構わず、ロロの元へ妻の遺体を抱きかかえてきた、あの時から。
今でも塵となった妻の遺体の一部を入れた、銀のカプセルが付いたネックレスを、肌身離さず着けている。
ロロの後見人となり、高等部からの学費も全てグリーンハルトが持ち、事ある度に全力で支援してくれていた。
グリーンハルト曰く、ロロにはどんなに感謝してもしきれない恩がある、とのことだ。
ロロからしてみたら、恩返しにしても、やりすぎなのではないかと思う。
そしてここに、誰よりも大量の涙を流している者がいる。
リリアナだ。
ウエディングドレスの胸元には、涙と鼻水で大きな染みが作られていた。
「うぐっ、ロロ氏ぃ、わ、わた、わたし、夢みたいっす……。
う、うえ、うえええええん」
リリアナは、子供の様に声を上げて泣き出してしまった。
リリアナの両親は、存命のはずだが来なかった。
リリアナに興味が無いというのは本当のようだ。
ずっと、愛されたかったリリアナ。
富も力も手に入れて、でも一番欲しかったものが手に入らなかったリリアナ。
これからは、受け止めきれないくらいの愛を与えればいい。
去年、猛獣退治の授業でデイズと顔を合わせた時は、自分の人生がこんなに彩られるとは思ってもみなかった。
あの頃は、デイズはロロの名前すら憶えていなかった。
それが今では、お嫁さんだ。
二つの塔の鐘が、一斉に鳴り響く。
がしゃどくろの歌声と混じり合い。
まるで、全て合わさってが一つの音楽のように。
それを切っ掛けに、ロロの背後にいるデイズたち三人は顔を見合わせる。
三人は、にんまりと微笑む。
悪戯を企む子供みたいに。
三人の妻は、駆け出す。
愛しい夫の背中へ向かって。
持っていたブーケを思い切りどこかに放り投げて。
真っ白なウエディングドレスを風になびかせて。
宙を舞う色とりどりの花びらに包まれて。
そして、ロロの背中へと、三人一緒に思いっきり抱き着いた。
★
スウォームは三階にある自室で、胡椒の効いた分厚いステーキを食べ終わった。
これで十枚目だ。
人肉のステーキである。
自室の本棚をずらした奥にある、隠し部屋の大きな寸胴鍋の中には、そのステーキの材料となった者の頭や内臓が、ミーシアの魔法で凍らせて置いてあった。
その部位も、後ほど全て平らげるつもりだ。
手下たちには、絶対に自室に入らないように言い聞かせていた。
マンイーターになる前は、ステーキなど500グラムも食べれば腹一杯になった。
しかし今では、数キログラムの肉を一度に食す。
マンイーターとなり、食欲も異常なほど増した。
人肉を食えば食うほど、力が湧き上がって来る。
マンイーターの薬を飲んだのは、スウォームとキールとミーシアだ。
きっかり三人分の材料しか手に入らなかった。
作り方は、意外なほど簡単であったが、材料が本当に希少な物ばかりだったのだ。
その反対に、狂戦士薬は、材料はそこまで貴重ではない。
しかし、作成の難易度が恐ろしく高く、スウォームの知り合いの裏社会の錬金術師たちも、皆、匙を投げた。
キールが持っている狂戦士薬を作成した最高位の錬金術師も、あれは数多くの失敗の後、ようやく奇跡的に完成した逸品で、もう一度作るのは無理とのことだ。
スウォームは、十一枚目のステーキを皿にのせる。
マンイーターとなってから、もう何人を食ったのか覚えていなかった。
自分はもう、正真正銘の人類の敵なのであろう。
だが、マンイーターにならなければ、弱者としてコンプレックスに塗れたまま、みじめに生きていただろうか。
どちらにしろ、後悔しても元には戻れないし、後悔は無い。
ステーキをナイフで切って、フォークで口へ運ぶ。
そこに、部屋の出入口のカーテンを開け、登場した二人の影。
キールとミーシアだ。
マンイーターとなり、人肉を食すようになった三人。
ミーシアは、最初に人肉を食べさせようとした時には、泣いて拒絶したものだ。
それが今では、スウォームと同じように、嬉々として人を食っている。
その身体に蓄積された魔法の力も、以前とは比べ物にならないほど強大だ。
マンイーターになって一番変わったのは、スウォームではなくミーシアかもしれない。
スウォームの目の前には、キールの呆れた顔。
「お前、また食ってんのか」
「腹が減るんだよ」
すると、ミーシアがキールを押し避けて前に出る。
そしてスウォームの食べかけの、十一枚目のステーキを素手で掴み、齧りついた。
ミーシアが、肉を咀嚼しながらスウォームへ問い詰める。
「あんた、そろそろ動きなさいよ」
「ははは。せっかちだなぁ」
スウォームは、テーブル脇のナプキンで口元を拭い、ゆったりと優雅に立ち上がる。
その時、開いていた窓から、片脚の無いミツバチのゾンビが飛び入り、スウォームの肩へと止まる。
「うん。丁度、お出迎えも来たみたいだし、そろそろ行こうか」
スウォームが告げた途端、廊下からドタバタと乱暴な足音が聞こえてきた。
すると、部屋の入り口に立っていたキールとミーシアの背後に、全体的にひょろりと細長い、ダークブラウンの髪の二十代半ばの男が顔を出した。
背丈はキールとミーシアよりも頭一つ分高い。
身長は二メートルを超えている。
その細長い男は、何やら怒り狂っていた。
「スウォーム!何なんだ、あの女は!やかまし過ぎだ!何で俺が道案内なんかしなくちゃいけないんだよ!」
すると、その細長い男の隣に、同じく細長い、ダークブラウンの髪をポニーテールにした女が現れた。
「これも仕事だからだよ、ナイン」
「セブン姉!」
セブンと呼ばれた女が、ナインと呼ばれた男を窘める。
二人とも身長が、揃って二メートルを超えていた。
「セブン姉。俺がうるさい女を嫌いなの、知ってるだろ」
「知ってるけど、お金貰ってるからには、やらなきゃ駄目だよ」
「俺の専門は戦いなの!女のお守りじゃないの!」
「今回に限っては、お守りも仕事のうち。スウォームさん、お食事中、ウチの弟がごめんなさいね」
セブンがナインの後頭部を掴み、頭を無理矢理下げさせる。
ナインは、意地でも頭を下げまいと、首筋に力を込めて抵抗していた。
セブンとナインは、スウォームたちが人肉を食していることを知っている、数少ない人間であった。
彼らは仕事で知り得た情報を、他に漏らすことは絶対に無い。
それこそ、命を懸けても。
セブン・ストライダーとナイン・ストライダー。
砂漠の国フライングパンのS級冒険者姉弟である。
スウォームは、ストライダー姉弟の元へと歩み寄る。
背の高い姉弟を見上げる恰好となった。
「セブンさん、大丈夫ですよ。そろそろ行こうと思っていたので」
スウォームは、わざと姉弟の間に割り込み、セブンとナインを引きはがしながら、部屋から出た。
石造りの、薄暗い階段を下りる。
風で舞い込んできた砂漠の砂が、階段に薄く積もっている。
その砂に足跡を付けながら階段を下り切ると、目的地である一階の客間のドアを開けた。
客間のソファに座っていたのは、長い黒髪を左側頭部で括ったサイドテールの少女だった。
緑色のブレザーに、緑のチェックのミニスカート。
フォレストピアのマジックアカデミーの制服だ。
その制服に革のベルトが幾つも巻かれ、同じく革のポーチが幾つも装着されていた。
少女は、一緒にやって来たと思われる、少女の仲間の男たちにひたすら喋りかけている。
「でねでね、その教師にムカついたから、硫酸ぶっかけてやったの!どうせ治癒魔法で治るんだし、結構多めにね!そしたら、ギャーって叫んだの!ギャーって、コミックみたいでしょ!でもホントに言ったのよ!わたし、笑い過ぎてお腹痛くなっちゃった!」
「はあ、すごいですね」
男たちは死んだ目で、少女の話に適当に相槌を打っていた。
だが、少女の会話は止まる気配がない。
「でねでね、次は薬学の授業中のことなんだけどぉ……」
男たちがふと顔を上げると、少女の背後から客間に入って来たスウォームたちを見つけ、目を輝かせた。
「マルさん!ほ、ほら!依頼者さんたち来ましたよ!」
男たちは、少女の背後を指差す。
マルと呼ばれた少女も、後ろを向いた。
「えっ?あっ!スウォームさぁん!久しぶりぃ!あ~ん!やっぱりかっこいい!」
マルが座っていたソファを跳び越え、スウォームに抱き着く。
「マルさん、お久しぶりです。相変わらずお元気ですね」
「でしょでしょ!わたしったら、元気なのが一番のチャームポイントだもの!
でもでも、このお家に来るとき、場所が複雑すぎて全然わからなかったの!道案内の人が居なかったら、何年経っても辿り着けないわ!」
マルの頭を撫でるスウォーム。
スウォームたちの後ろで、道案内の人こと、ナインがうんざりした顔で苛ついていた。
ナインは、人食いの化け物であるスウォームたちよりも、目の前のやかましい少女に対して嫌悪を感じているようだ。
この、うるさい少女。
今回の帝国打破の作戦には、この少女の力を借りるのが必須であった。
なにせ、最大の戦力となる雷蜘蛛の死骸は、この少女が薬漬けにして保管しているのだ。
また、この少女自身も、非常に強力な戦士であった。
先ほどマルが言った「道案内が居ないとこの家に辿り着けない」というのは、スウォームに甘えるための嘘だろう。
マルは迷わない。
どんなに複雑な道でも。
マルは、魔の大森林を探索して無事に帰還できる、おそらくは唯一の人物。
フォレストピアのS級冒険者。
『戦闘錬金術師』マル。
マルと一緒にやって来たのは、E級の新米冒険者たち。
当然ながら、S級冒険者であるマルには護衛など不用である。
ただの暇潰しの話し相手として、白羽の矢が彼らに立ったのだ。
そして、スウォームの頭の中では、雷蜘蛛だけではなく、もう一つの最大級となり得る戦力に目を付けていた。
雷蜘蛛を討伐した、フォレストピアの『勇者』。
雷蜘蛛と勇者、両方を手駒に加え、この大陸の頂点に君臨するマグナ・ダイア帝国を潰すのだ。




