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御前試合

「どうしてこんなことになったんだろう……」


 ロロは一人、城内の闘技場にて、ぽつんと立っていた。

 足元には、乾いた石のタイルの感触。

 風が吹くと砂埃が舞い、口の中に苦みが広がる。


 あの謁見の後、近衛(このえ)騎士団(きしだん)と手合わせをすることになってしまったのだ。

 言い出したのは、第二十騎士団長のセバスチャン。

 大魔法使いとしての実力が見たい、と。

 そして、皇帝陛下も乗り気になってしまったのだ。


 石造りの闘技場は、戦いを行う直径百メートルほどの円形のステージがあり、その周辺を囲うように、観客席が段になって設置されている。


 周りには、皇帝陛下を含めた、多数の観客。

 ほとんどが貴族や、その関係者の様だ。


 貴族たちは皆ワインを片手に、貧相なロロを見て、馬鹿にしたような笑みを浮かべている。

 彼らが、グリーンハルトの言っていた「妖怪みたいなもの」だろうか。

 ロロも今日から、その妖怪の仲間入りを果たしてしまった。

 他の貴族と仲良くなれる気がしない。

 グリーンハルトが特例なだけだろう。


 だが、その貴族の子女たちは、真剣な眼差しでロロを見つめている。

 子女たちは、帝立魔法学園の生徒である。

 知っているのだ。ロロの実力が本物だと。


 そして、非番の騎士団の面々も急遽(きゅうきょ)観戦しに、文字通り飛んで来たようだ。

 (ほうき)絨毯(じゅうたん)に乗って、次々と上空から舞い降りてくる。

 残念ながら、ロロの所属している第六騎士団は、いつ災害が起きてもいいように待機しているため、来れなかったようだ。

 その代わりに、新たに団長となったエリザベスが率いる第一騎士団の皆が応援に駆けつけてくれていた。

 背中に聖剣ヴィーナスを背負ったエリザベスが声を上げる。


「ロロぉッ!アタシに勝った男が、無様な真似(さら)すんじゃないよっ!」


 第一騎士団の皆は、どこからかタンバリンやマラカスを取り出し、盛り上がっている。

 まるでお祭りだ。


 ロロはそれを見て苦笑いをするが、どこか嬉しくもあった。


 背後を見ると、こちらに歩いて来る、薄紫のドレス姿のデイズの姿が。

 その手には、胸当てを持っている。

 胸当てには、膨らんだ風船が付いていた。


「ロロ、無理しないでね」

「うん。だいじょうぶ」

「これ、胸当て」


 デイズはロロのに、風船の付いた胸当てを渡した。

 ロロは胸当ての紐に腕を通し、装着する。

 今回の試合は、この胸当てに付いた風船を割られたら負けだ。


「ロロ、がんばって」

「ありがとう」


 デイズは、それだけ言うと場外へ去って行く。

 途中、何度かロロを見返しながら。


「ふう。さて、と……」


 ロロは再び向き直る。

 自分が立っている方と逆側の入場口を。


 そこから三人の近衛騎士が、ロロと同じく風船付きの胸当てを装着し、歩いて来た。




 長い金髪の若い女性と。

 長い黒髪の中年の女性と。

 フードを目深に被った、おそらく男性が。




 金髪の女性を見て、観客席に居たエリザベスが声を上げる。


「げえっ!リリス先輩!」


 第一騎士団の偵察兵たちが、エリザベスに向く。


「おうおう、団長、知り合いかよう?」

「アタシが高等部一年の頃の学園最強だった先輩だ。

 授業で何度かやり合って、勝ったり負けたりしたけど、結局アタシの負けが多かった」

「そいつは強えな、ガハハ」

「近衛騎士になったのは知ってたけど、こんな場所に出てくるとは……。

 あの人、目立ちたがり屋だからなぁ」


 金髪の女性、リリスは、観客席に投げキッスをしながら歓声を浴びている。




 黒髪の中年の女性を見て、場外に控えていたデイズが声を上げる。


「えっ!?お母さん!?」


 それが耳に入ったロロも、ついでに声を上げる。


「えっ」


 黒髪の女性、イザベラ・ブラスター男爵夫人はデイズに軽く手を振った。

 そしてロロとイザベラは闘技場の中央に小走りで寄り合う。


「ロロさん、始めまして。デイズの母のイザベラです。デイズの事、よろしく頼みますね」

「は、はい、こちらこそ……」


 ロロとイザベラは互いに何度も会釈を繰り返していた。

 やがて二人は、それぞれの定位置に戻る。


「ま、まさかデイズのお母さんとは……。

 近衛騎士だったんだ。

 でも、ちょっと戦いにくいなぁ……」


 相手は近衛騎士。

 本気を出さなければ負けるのだが、本気を出してもいいのやら、ロロは悩んでいた。




 フードを目深に被った、おそらく男性であろう人物を見て、観客席の騎士団員が声を上げる。


「ありゃあ、誰だ?」

「わからん。この場に居るってことは、たぶん知ってる奴だとは思うんだが……」


 基本的に、近衛騎士は正体を明かさない。

 正体が敵に知られれば、家族や友人などを人質に取られ、皇帝を害する存在となり得るからだ。

 そのため、このような公の場に出てくるのは、既に顔や名前を知られている、有名な人物のはずなのだ。




 ロロと近衛騎士三人は、闘技場で対峙する。

 その中央に、皇帝の執事の一人がやってきて、審判となる。


「この風船には、バリアの魔法がかけてある。

 ただの温度差や、ちょっとやそっとの衝撃では、割れないようになっている。

 割るには、ちゃんと攻撃を当てないといけない。

 相手の風船を割った方が勝利だ」


 ロロが応じる。


「わかりました」


 リリスとイザベラが応じる。


「はーい!」

「了解です」


 フードを被った人物が、声を出さずに頷く。




 執事が、右手を大きく上げ、


「始めっ!」


 振り下ろした。




 最初に動いたのは、リリスだった。

 赤い花の咲いた小枝の杖を取り出し、構える。


薔薇(ばら)ちゃん、椰子(やし)ちゃん、(すみれ)ちゃん、GO!」


 すると、リリスの後ろには数本の椰子(やし)の木が唐突に出現する。

 椰子の木が大きくしなり、カタパルトの原理で椰子の実をロロに飛ばした。

 当たると爆裂する椰子の実だ。

 それと同時に、リリスの両隣には大きな(すみれ)の花が現れ、その身を回転させながら、無数の種を高速で射出する。

 さらには足元からは、鋭い棘の付いた薔薇(ばら)(つた)の群れが、闘技場の石タイルを割りながら大波のようにロロに向かって押し寄せた。


 一瞬の後、次に動いたのは、イザベラだった。

 いつの間にか靴を脱いで裸足になっていたイザベラは、長い黒髪と黒目を、深い青色に染め、足の裏から青色の炎を噴射し、空高く舞い上がる。


「とりあえず、本気は出しますよっ!

 死なないでくださいね、デイズの旦那様!」


 イザベラは上空からロロに向けて、極大の青色の炎を噴射した。


 フードの男性は動かない。


 最後に動いたのは、ロロだった。

 愛犬の骨で出来た杖を足元に向けると、ロロの影はどんどん広がって行き、闘技場の三分の一ほどを漆黒に染めた。


「がしゃどくろさん、お願いします」


 すると、広がった影から、巨大な骨の右手が天を突きながら生えてきた。

 野太い声がこだまする。


「はあぁ~いっ!おまかせぇ!」


 巨大な骨の右手は、闘技場の床を掴んだ。

 衝撃で、石のタイルが砕け、破片が浮く。


 そして、骨の上半身が、影の中から這い上がって来た。

 巨大なスケルトン、がしゃどくろだ。


 それを見た観客の貴族たちは、恐れおののく。


「な、何だあれは」

「恐ろしい……」

「まるで邪悪そのものではないか!」

「はやり、ネクロマンサーなど貴族にすべきではなかったのだ!」


 罵声はロロとがしゃどくろの耳に入るが、今更気にするようなものでもなかった。

 今までの人生で、常に言われ続けてきた事だったのだ。


 がしゃどくろは右手で巨体の重量を支えながら、左の(てのひら)を前に突き出す。

 すると、半透明なバリアが、城壁のように近衛騎士たちとの間に立ち塞がった。


 リリスの薔薇の蔦の大波でも、爆裂する椰子の実でも、菫の種の弾丸でも、その壁は貫けず。

 イザベラの青色の極大の火炎放射をも、防ぐ。


 場外に待機しているデイズが、ロロに向かって本気の魔法を放つ母に非難の声を上げた。


「ちょ、ちょっと、お母さん!」


 壁で遮られ、行き場を無くした炎や爆発は、余波(よは)となって観客席に降り注いだ。

 焼けた植物の欠片や、火花が舞い散る。

 貴族たちが、その場で右往左往していた。


「あちちちちっ!」

「こ、こら!儂らを巻き込むな!」

「うおっ!服が焦げた!」


 当然、皇帝は近衛騎士の張るバリアに守られているが、観客に被害が及びそうになった今、このまま見過ごす訳にはいかなかった。


防人(さきもり)、いるか!闘技場をバリアで包め!」


 観客席に居たバリア使いの専門家たちである第二十九騎士団、通称『防人(さきもり)』が箒にまたがり出動する。

 大気魔法使いでなくとも空を飛べる、新型の魔法の箒だ。

 防人たちが、イザベラよりもさらに空高く舞い上がり、杖を振る。

 円形の闘技場に被さるように、ドーム型のバリアが張られた。


 青の炎を足の裏から噴射し、宙を飛び回るイザベラが、バリアの天井に身体を(こす)る。


「危なっ!もう、狭いわねえっ!」


 がしゃどくろが、バリアの天井に頭をぶつける。


「あいたぁっ!何よこれぇっ!」


 ドーム型のバリアで包まれた闘技場は、がしゃどくろの巨体と、リリスとイザベラの魔法の余波で、混沌としていた。


 そこに、様子を見ていた相手方の近衛騎士の最後の一人が、目深に被っていたフードの付いた上着を脱ぎ捨てながら歩き出す。


 三十台前半と見られる、黒髪の男。

 限界まで鍛えられた上半身の筋肉。

 左目が赤、右目が黒のオッドアイ。

 男の顔と全身は傷だらけであった。


 観客たちが、その男を見て、声を上げる。


「オ、オーバードライブだ!」

「オーバードライブって、A級冒険者トップのか!?」

「あいつ、近衛騎士になってたのか!」


 近衛騎士の最後の一人、オーバードライブは、がしゃどくろのバリアに向かって駆け出す。

 しなやかで力強い疾走は、野生の獣を思わせた。

 そしてそのまま、スピードの乗ったパンチをバリアに叩き込む。

 凄まじい衝撃が揺れとなって闘技場全体を揺らす。

 巻き起こった風圧で、リリスの金髪と、イザベラの青く染まった髪が、舞い上がる。


 パキン、と硬質の音が鳴り。


 半透明の壁の欠片が宙を舞い、消える。


 がしゃどくろのバリアは、ひび割れていた。


「ア、アタシのバリアがあああっ!」

「俺のパンチで砕けねえのか!?なんちゅう固さだ!」


 がしゃどくろは、自慢のバリアを割られかけたことに。

 オーバードライブは、自慢の一撃で割れないバリアに。

 互いが互いに驚いていた。


 だが、がしゃどくろは即座に持ち直す。


「ロロちゃん!マナ頂戴っ!」


 ロロは、『マナ・アブソープション』を使い、大気中のマナを自身の中に取り込んだ。

 膨大な量のマナの流れに、ロロの周囲の空気が歪む。

 その魔法の力の一部が『マナの絆』を伝い、がしゃどくろに伝達される。


「来た来たぁ!オラァ!バリア三枚張りぃ!」


 がしゃどくろは、両の掌をオーバードライブへ向け、ロロから流れ込んできたマナを使い、新たに三枚の分厚いバリアの壁を張った。


「割れるもんなら割ってみなさいよぉっ!」

「っしゃ!上等っ!」


 がしゃどくろの咆哮に、オーバードライブが応える。

 オーバードライブは、左脚を思い切り踏み込んだ。

 踏み抜いた石造りのタイルが砕け散る。


 オーバードライブは、ふっ、と息を吐き、踏み込んだ左脚の力を使った左のアッパーカットを、斜め下からバリアに打ち込んだ。


 あまりの衝撃に、がしゃどくろの巨大なバリアが三枚まとめて斜め上に吹き飛びかける。

 バリアの城壁が、一枚目が完全に砕け、二枚目がひび割れた。 

 

「ちっ、三枚抜き、無理だったか」

「ぬおおっ!ロロちゃん!これ、あんまり長くは持たないわ!」


 がしゃどくろは、慌てふためき、ロロに進言する。

 ロロはそれを聞き、再び杖を影に向け、魔法を注いだ。


「ムラサメさん、お願いします」


 闘技場の舞台に広がり切ったロロの影から、編み笠を被った(はかま)姿の女性の侍が、ふわりと舞い出てきた。

 ロロの眷属(けんぞく)のひとり、ムラサメだ。


「さてさて、なかなか盛り上がっているではないですか」


 ムラサメは、編み笠の下でニヤリと笑う。


「ムラサメちゃん!一瞬だけバリア解くから、出て!」

「承知」


 がしゃどくろは、広げていた掌を、握りしめた。

 闘技場を二分割していた、がしゃどくろの城壁のようなバリアが、消失する。


 ムラサメがバリアのあった場所をするりと抜ける。


 その瞬間、オーバードライブが駆け出し、リリスの爆裂する椰子の実が飛来し、イザベラの青い巨大な炎が上空から放たれた。


「ぬわあああっ!待った待った!ほい、またバリア!」


 がしゃどくろが再びバリアを、何とか一枚だけ張り直す。


 真っ先に到達したリリスの椰子の実の爆撃は、何とか新たなバリアで持ちこたえた。


 だがその直後、オーバードライブが大地を揺るがすほどのパンチを繰り出し、バリアを貫く。

 その打たれた場所から、バリア全体にひびが入り、そのままガラスの様に砕け散った。


「うえええええっ!?」


 驚愕する、がしゃどくろ。

 バリアが消失した闘技場に、上空から青い爆炎が襲い掛かる。


 そこに、ムラサメの声が聞こえた。


「がしゃどくろさん、手を貸してくださいな」


 ()()()()

 ムラサメがそう言った時は、文字通りの意味なのだ。

 がしゃどくろが、左腕をムラサメに向かって伸ばす。

 ムラサメが、がしゃどくろの腕を踏み台にして、軽やかに跳んだ。


 ムラサメの前には、イザベラの青い炎。

 ムラサメは、刀を鞘から抜きざまに、下から上へと斬り払った。


 青の炎が、真っ二つに割れる。


 ロロとがしゃどくろのすぐ両側を、二つに割れた青い炎が、地面を焦がしながら走り去る。

 ロロは熱波で目を開けていられずに、目を(つぶ)りそうになった。

 だが、戦いの最中に目を瞑るのは、死に直結する。

 乾く目を開け、耐える。


 炎に巻かれたロロの姿を見たデイズが、叫ぶ。


「ロロ!だいじょうぶ!?お母さん!やりすぎだよ!」


 上空をホバリングしていたイザベラが、驚愕の表情を見せる。


「あ、あの子、今……。

 私の炎を、斬った……?」


 古今東西、炎を斬る剣士など、聞いたことが無い。

 斬ったように見えただけか、それとも本当に……。


 イザベラが逡巡(しゅんじゅん)していると、一切の気配無く、いつの間にか目の前には、宙に跳んだムラサメが居た。


「あ」


 ムラサメが真横に刀を一閃すると、イザベラの胸当てに付いていた風船は、斬られて割れた。


「ああっ!私の風船!」




 地上では、セバスチャンと、他の近衛騎士団員が、皇帝からは離れないようにして並んで観戦していた。


「イザベラがやられちまったな。こいつは想定外だ」

「イザベラさんがあんなにあっさりと負けるのは見たことが無いですね」

「ありゃあ、イザベラの油断が原因じゃねえぞ。あの侍が、相手が反応できない動きしてんだ」


 セバスチャンがムラサメを目で追いかけると、ムラサメは音も無く、流れる水のようにリリスへと向かっていた。

 リリスは薔薇の蔦の大波をムラサメに放つが、ムラサメは必要最小限の蔦だけを斬り払い、するするとリリスへ近づいてゆく。

 やがてムラサメが薔薇の蔦を抜けると、リリスが気づく前に、リリスの胸当ての風船を斬り割った。




 ムラサメは刀を中空で一振りし。

 オーバードライブへ向かい、歩き出す。




 オーバードライブは、がしゃどくろのバリアには、もう見向きもしなかった。

 A級冒険者の頂点として戦いに明け暮れた日々を思い返しても、それでもなお、かつてないほどの相手が目の前にいるのだ。

 イザベラとリリスの風船を、いとも簡単に割り、オーバードライブの元へと歩いてくる、あの侍が。


 オーバードライブは、冷や汗と、武者震いが止まらなかった。

 イザベラもリリスも、この帝国でも最強クラスの魔法使いなのは決して間違いではない。

 近衛騎士団は、一人残らず強者なのだ。

 だが……。


 この一戦、勝つか負けるか分からない。

 だが、どちらにしろ、オーバードライブの生涯、記憶に残る一戦となるであろう。


 オーバードライブは、リリスとイザベラの魔法で熱せられた、石造りのタイルを踏む。

 構えはしない。

 相手が真正面から来るとは限らないからだ。

 腕は自然体のまま、ぶら下げているだけ。

 これが一番、前後左右からの攻撃にも対応できる。


 ムラサメが、歩いてくる。

 何の変哲も無く、ただ歩いてくる。


 もうすぐ、互いの間合いに入るだろう。

 あの侍が、どんな動きをしてくるのか見当もつかない。


 オーバードライブは、感覚を研ぎ澄ませる。

 ムラサメの動きに対応してみせる。




 オーバードライブは、ふと右側を横目で見る。




 すぐ隣に、ムラサメがいた。




(は……!?

 いつ、のまに……!?)




 オーバードライブは、咄嗟(とっさ)に左側に飛び退く。


 だが、その時には既に、破裂音と共に、オーバードライブの胸元の風船は斬り割られていた。








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