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グレイ男爵

 帝都。


 マグナ・ダイア帝国の中央に位置する、首都。

 一揃(ひとそろ)いの絵具(えのぐ)のようにカラフルな屋根の家々が建ち並び、道は数多の人々で賑わっている。


 帝都には、大理石で作られた城と、その隣に城と同じくらいの大きさの神殿。

 城と神殿には、それぞれ同じ高さの塔が建っている。

 この並んでそびえ立つ二つの塔が、観光名所として有名であった。


 その二つの塔の左側。

 すなわち、城。

 その大理石の床を踏みしめる、古い革靴の音。


 黒い礼服を着たロロである。


 本日は、皇帝陛下への謁見の日だ。

 何やら、爵位を授かるらしい。

 ロロとしては実感が全く無いため、完全に他人事だった。


 足の裏から伝わる、固い感触。

 ロロの墓場にも、貴族や富裕層の墓は、大理石で作られているものもあった。

 墓守であるロロには、なじみ深い石だ。


 巨大な廊下をマイペースに歩くロロの右側には、薄紫のドレスを着たデイズの姿があった。


「ロ、ロロっ……。私、大丈夫?このドレス、変じゃない?」

「変じゃないよ。かわいいよ」

「か、かわっ!えへへ……。いや、違くて!そうじゃなくてっ!」

「どうしたの?」

「ロロ、何でそんな普通なのっ?これから会うの、皇帝陛下だよ?」

「うーん、爵位とか興味ないしなぁ。最低限、首を()ねられない程度の礼儀があればいいかなって」


 すると、ロロの左側から笑い声が聞こえてきた。


「ははは。ロロはやっぱりロロだね」


 ロロが左を向くと、爽やかな笑顔の好青年が居た。

 誰から見ても上質と分かる服に、銀のカプセルの付いたネックレス。

 カプセルの中には、塵となった彼の妻の遺体の一部が入っている。


 皇帝の甥である公爵子息、グリーンハルト・エメラルドだ。

 彼もロロの後見人として、皇帝陛下との謁見に付き添うようだった。


 ロロは、ふと気づき、グリーンハルトに返答する。


「あ、でも爵位を貰わないと、デイズが僕と結婚したら、平民になっちゃいますね」


 ロロの右隣りで緊張で固まっていたはずのデイズが、それを聞き、ふと我に返る。


「え?私は別に構わないけど……。ロロ、もしかして気にしてくれてたの?」

「まあ、一応。生活がガラッと変わっちゃうと、大変かなって」

「ロロだって、いきなり貴族になったら大変じゃない……」


 ロロたち三人は、固い靴音を鳴らし、大理石の廊下を歩いてゆく。


 そのままの勢いで、デイズは突然、ロロの腕にしがみついた。


「でも、ありがと!」


 ロロは驚きつつも、デイズに声をかける。


「どういたしまして」


 ロロとデイズを眺めるグリーンハルトは笑顔だ。

 きっと、最愛の妻との日々を思い出しているのだろう。

 首元のネックレスに付いた銀のカプセルが揺れる。


 三人は、無言で歩く。


 城内では所々で、鋼の鎧に身を包んだ騎士が数名のグループで巡回をしている。

 城を守る騎士団だろう。

 入り口近辺に配属されている者たちの鎧は、まだ新品同様で、窓から差し込む陽光を反射して、きらきらと輝いている。


 だが、城の奥に進むにつれて、傷だらけの鎧を着た騎士のグループが混じっているのが目につく。


 傷だらけの鎧の騎士たちは、皆その胸に、ダイアモンドに巻き付いた白蛇の紋章が描かれていた。

 白蛇はマグナ・ダイア帝国では神の使いと言われて、大切にされているのだ。


 ロロが白蛇の紋章の騎士たちを眺めていると、左隣のグリーンハルトが解説してくれた。


「ロロ。あれが皇帝陛下を守る、第二十騎士団だよ。

 通称、近衛(このえ)騎士団(きしだん)。総勢五十名。

 帝国内で最強クラスの実力者を、さらに(ふるい)にかけて残った実力者たちだ。

 大魔法使いやS級冒険者ほどではないが、その次に強いレベルの猛者(もさ)が五十名。凄いね」

「へ、へえ、怖いですね」


 ロロは、皇帝陛下に謁見することよりも、近衛騎士団の強面(こわもて)たちに(すく)み上がっていた。


「君、自分が大魔法使いだということを、そろそろ自覚した方がいいんじゃないか?」

「じ、自覚はしてますよ。とりあえずは。でも、ずっと自分は最底辺の魔法使いだと思っていたので、いきなり大魔法使いだって言われても、ちょっと……」

「君なら大丈夫だよ。墓場の王、ロロ殿」


 グリーンハルトは立ち止まり、ロロの背中を叩く。

 叩かれた衝撃と、おかしな称号で呼ばれた衝撃で、ロロは咳込む。

 グリーンハルトはロロを見つめている。

 ロロは、グリーンハルトを見つめ返した。


「そ、それやめません?墓場の王とか、(がら)じゃないです。僕は『墓守(はかもり)』で十分ですよ」

「じゃあ、ダブルで行こう!墓場の王『墓守』ロロ!おお、いいじゃないか!」

「えぇ……。な、なんか大げさ過ぎる気がするんですよねぇ」

「大げさなくらいが丁度いいんだよ。君の眷属(けんぞく)だってそうじゃないか。

 『氷点下の魔女』に『ザ・シューティングスター』。

 貴族の連中なんて、弱みを見せたらつけ込んでくる妖怪みたいなものなのだから、呼び名だけでも箔を付けておいた方がいい」


 ロロは返答に困り、グリーンハルトを横目で眺める。

 再び歩き出したグリーンハルトは、なぜか鼻歌混じりの上機嫌だ。


 ロロとデイズは顔を見合わせ、グリーンハルトの後を追う。


 グリーンハルトは告げる。


「君、最初に会った時から只者ではないとは思っていたけどね。まさか大魔法使いだったとは。後見人冥利に尽きるよ。ははは」

「それ、いい事なんです?」

「もちろん。最高の栄誉だ」


 にこやかに笑うグリーンハルトと、その後ろに付いて行くロロとデイズ。


 やがて三人の目の前には、二階建ての家屋ほどの高さの、とても大きな木製の扉が見えてきた。

 皇帝陛下の謁見の間だ。

 ロロにとっては、初めて見る謁見の間。

 この大きな扉は、先ほどグリーンハルトが言っていた「箔」を付けるためだろうか。

 だが、それにしても大きすぎる気がしないでもない。


 ぽかんとした顔で扉を見上げるロロを、横からデイズが肘で突く。


「ロ、ロロ、行こ」

「え?あ、ああ、うん」


 門の左右には、傷だらけの鎧の騎士たちが、数名体勢で警備していた。

 鎧の胸には、白蛇の紋章。

 彼らも近衛騎士団なのだろう。


 すると、警備の内、一人の騎士がロロたちに近づいてきた。

 傷だらけの、白蛇の紋章の鎧。

 歳は四十台半ば頃だろうか。

 短い黒髪で、左目が潰れた男性だ。


「グリーンハルト卿、ごきげんよう。皇帝陛下はもうすぐご到着です。隣の彼が、噂の大魔法使いですか」

「ごきげんよう、副団長。そうとも。アンデッドの君主、墓場の王、『墓守』ロロ殿だ」


 グリーンハルトが、少し芝居がかった仕草で、ロロを紹介した。

 また一つ謎の称号が増えたことに、ロロはげんなりする。


「ぇぇ……、それで通すんですかぁ……」

「かっこいいだろ?」


 グリーンハルトは、ロロにウインクを返す。


 たかだか男爵位を授かる程度で、君主だの王だのを(しょう)するのは気が重い。

 そういうのは、百年前に帝国に統合された、周辺国家の元王家の血筋である、侯爵などが名乗るべきなのではないか。


 グリーンハルトと、第二十騎士団の副団長は、ロロの話題で盛り上がっている。

 だが、周りの騎士たちの何人かは、不審な目線でロロを見ていた。

 目の前にぼんやり(たたず)む、顔色の悪い痩せた十六歳の少年が、帝国内でも最精鋭である近衛騎士たちよりも強いというのが信じられないようだ。

 ロロも、その気持ちは分かる。

 なにせ、自分自身が信じていないのだから。


 するとそこに、廊下の角から現れた若い騎士が、副団長に進言した。


「皇帝陛下、お着きです」

「承知した。ご苦労」


 副団長が、謁見の間の扉の両側にいた騎士に目で合図する。

 騎士たちは、天井から垂れ下がったロープを引っ張った。

 ロープは天井に付いた滑車を通り、それが扉へと繋がっている。


 大きな木製の扉が音を立てて、ゆっくりと開かれる。


 そこは広いドーム型の部屋だった。

 日光を取り込む窓すらなかったが、魔法のかかった水晶のシャンデリアの光で、部屋の中は眩しいくらいだ。

 室内の至る所に、完全武装した近衛騎士団が控えている。

 ロロの居る入り口からは、真っすぐに赤い絨毯が敷かれていた。

 

 その絨毯の行きつく先は、円形の部屋の丁度中央にある、金で彩られた玉座。


 玉座に座るのは、王冠を被った、背の高い白髪の老人。




 皇帝陛下、ブライト・ダイアだ。




(ふーん、あれが皇帝陛下かぁ)


 平民であったロロには、本来ならば見る事すら(かな)わぬ存在。

 ロロの感想は、淡々としたものだった。

 興味が無いのだ。

 今日の謁見も、当たり障り無く終わらせて、さっさと帰りたかった。


 ロロの右側に居るデイズは、カチカチに固まっている。


(かわいそうに)


 近い将来、ロロの妻となるデイズ。

 きっとこれから、デイズも一緒に貴族同士の交流もしなくてはいけないのだろう。

 デイズは貴族の生まれとはいえ、所詮は男爵の末娘。

 皇帝に謁見することなど、初めてだった。


 ロロはデイズの手を握る。


「デイズ、行こう。僕が付いてるから。何があっても大丈夫」

「う、うん」


 ロロは歩き出す。

 赤く柔らかい絨毯の上に。

 デイズと手を繋いで。


 果たして、それが皇帝陛下の謁見の礼儀に(もと)らぬものであったか。

 だが、ロロは皇帝よりも、デイズの方がずっと大切だった。

 デイズが安心できるのであれば、作法など知ったことではない。

 ロロはデイズの手を強く握る。

 たとえ皇帝の気分を損なったとしても、デイズを守ると心に決めて。


 ふわふわの絨毯の上を、歩く。

 ドームの中央の老人へと向かって。

 近衛騎士団が、訝し気な目線をロロたちに送る。

 グリーンハルトも、ロロの左側に寄り添うように歩いてくれた。


 やがて、皇帝の目前へと辿り着く。

 ロロはデイズの手を、名残惜しそうに離した。


 ロロたちから見て、皇帝の左側には宰相が立っている。


 そして右側には、紺色の作務衣(さむえ)を着た、背の低い禿げ頭の老人が簡素な椅子に座っていた。


 ロロたちは、皇帝を前にしても直立したままである。

 帝国では、(ひざまず)かずとも失礼には当たらないらしいのだ。

 杖を預けることすらしていない。

 グリーンハルト曰く、仮に皇帝に害をなそうとするのであれば、魔法使い全盛のこの時代に武装解除などしたところで、たかが知れているのだそうだ。

 それならばいっそ信頼の証として、武器を預かりすらせずに、跪かずに立ったままでも、失礼とは見なさないようになったのだ。

 これはマグナ・ダイア帝国独自の文化で、周辺国家の貴族の常識とは、かけ離れたものとのことだ。


 グリーンハルトが声を上げる。


「伯父上、大魔法使いのロロと、婚約者のデイズ・ブラスター男爵令嬢です」


 ロロは、軽くお辞儀をする。


「ロロです」


 デイズは、ぎこちない動作で、ドレスのスカートを摘まみ礼をする。

 貴族の礼(カーテシー)だ。


「デ、デイズ・ブラスターで、す」


 皇帝は、ロロとデイズを眺めていた。

 特に怒っている様子は無い。

 どうやら、ロロとデイズの作法は無礼とは思われなかったようだ。


「ふむ」


 皇帝は、それだけ(つぶや)くと、玉座から立ち上がった。


 思っていたよりも背が高い。

 老人ではあるが、筋肉も付いている。

 皇帝よりも武将と言われた方がしっくりくる立ち姿だ。


 皇帝はそのまま、ロロに向かって真っすぐに歩いてきた。


 控えている近衛たちに、緊張が走る。


 そして皇帝はロロの目の前に来ると、ロロの肩を、両手で思い切り掴んだ。


「君がロロか。この歳で大魔法使いとは、類まれなる逸材と見る。帝国に生まれてきてくれて、ありがとう」


 皇帝は、にっこりと微笑んだ。

 何だか拍子抜けだ。


 ロロの肩を掴んだまま、皇帝は続ける。


「君には、灰色の村を領地として統べてもらう。これからは灰色の村はグレイ領とし、君もロロ・グレイ男爵を名乗るがいい」


 ロロ・グレイ。


 姓が付くのは、何だか慣れず。

 しかし、貴族になったのだと、ようやく実感が湧いた。


「はい」


 ロロは、ただそれだけ返答した。

 貴族ならば、長ったらしい挨拶でも述べた方がいいのだろうが。


「うむ。よろしく頼む。それから、一つ願いがある」


 皇帝の願い。

 何だろうか。

 とりあえず頷く。


「ティナ・シール嬢に会ってみたい」


 無理な願いでなくて良かったと、少しだけ心の中で安堵する。


「わかりました」


 ロロは、礼服の懐から、愛犬の骨で作った杖を取り出した。


 皇帝の目の前で杖を出すという行為。

 近衛たちから見たら、油断できぬ状況だ。

 騎士団の空気が張り詰める。


 だが、肝心の皇帝は、子供のように目を輝かせている。


 ロロは、杖を自分の影に向けた。

 影が、墨汁を(こぼ)したように、紅い絨毯に広がって行く。


「ティナ・シール。皇帝陛下がお呼びだよ」


 すると影の中から、ふわりと舞うように、ティナ・シールが優雅に躍り出た。


 黒い三角帽子に、黒いローブ。

 所々に金の装飾。

 腰まで伸びた、白髪の少女。


 ティナ・シールは赤い絨毯の上に足を付けると、デイズよりもよほど華麗にカーテシーを決めた。

 きらきらと(きら)めく氷の粒を(まと)って。


「ティナ・シール・ベルモントでございます。お会いできて光栄ですわ、皇帝陛下」


 皇帝は頬を赤く上気させて、ティナ・シールに挨拶を返す。


「現皇帝ブライト・ダイアである。おお、本物だ!写真と同じだ!」


 皇帝は、控えている周囲の近衛たちに声をかける


「おい、みんな!帝国の英雄だぞ!氷点下の魔女だ!」


 近衛たちも、ティナ・シールを眺める。

 決して警戒は解かずに。


 皇帝は、玉座の隣に座っていた、紺の作務衣の老人に問う。


「セバスチャン。彼女は本物だよな?似てるだけの別人とかではないよな?」

「本物だよ、陛下。見りゃ分かる。本物だ。少し落ち着けよ」




 セバスチャンと呼ばれた、背の低い禿げ頭の老人は、むくりと立ち上がる。




 その瞬間。


 ぞわりと。




 ロロとデイズとティナ・シールの三人は、思わず反射的に臨戦態勢を取ってしまった。




 それほどまでに、この老人の強大な魔法の力を、ロロたちは肌で感じたのだ。


 例えるならば、森の中で猛獣と会った時の空気。

 それを百倍にしたかのような、(いや)(おう)にも生命の危機を想起させるほどの。




 セバスチャンが、三人に手を振りながら声をかける。


「あ~あ~、そんなに身構えんなよ。なんもしねえから。オイラ、傷付いちゃうじゃない」


 ロロは、ふと我に返る。

 皇帝の前で、敵意を持って杖を構えてしまった。

 場合によっては死罪に値するのではないか。


 だが、皇帝を見ると、相変わらず微笑んでいるばかり。

 近衛騎士団も、特に(とが)めないようだ。


 まるでこれが、日常(にちじょう)茶飯事(さはんじ)かの(ごと)く。




 グリーンハルトが、ロロに囁いた。




「彼がセバスチャン。第二十騎士団の団長。帝国に居る、もう一人の大魔法使いだよ」








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