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春が来て、二年生になり、そして墓場の王へと。

 桜の花びらが、空に舞い散る。

 ロロは今日から高等部の二年生だ。


 いつものように薄汚れたブレザーに、襤褸(ぼろ)の灰色のコートを羽織り。

 その腕には、デイズが楽しそうに抱き着いていた。

 眷属(けんぞく)のみんなは、ロロに何かあったときに直ぐに飛び出せるよう、影の中に(ひそ)んでいる。


 新しく高等部の一年生に上がった生徒達が、ロロを見て噂をする。


「あの人でしょ、大魔法使い」

「え~?あんなのが?」

「イメージ違うんだけど」

「そもそも、本当なの?嘘っぽいんだけど」

「制服もボロっちいしな」


 ロロが今まで受けてきた雑言(ぞうごん)と変わらない。

 でも、それでいいと思っている。

 ロロは、所詮はただの『墓守(はかもり)』。

 嬉しい事に、共に人生を歩んでくれる恋人が三人も出来てしまったけれど。

 ロロは、灰色の村で、死者と生者を癒し、恋人を愛し、ただ人生を幸せに過ごすのみ。

 地位や肩書には、興味は無かった。


 一度、後見人であるグリーンハルト・エメラルド公爵子息が、汚れた中古の制服を見かねて、新しい制服を注文しかけた。

 だが、ロロは、この汚れた服も、全て思い出の品であることを説明し、新品の制服は辞退したのだ。

 グリーンハルトは、それに納得し、それ以降ロロの持ち物には口を出さなくなった。

 だが、新たな品物をプレゼントする分にはいいだろうと、緑色の宝石の刺繍がされた、ハンカチをくれた。

 これもまた、心のこもった大切な貰い物。素直に嬉しかった。


 新しい二年生の教室。

 ロロの席は、一番前の中央であった。

 デイズが同じクラスなのが嬉しい。

 だが、デイズは後方の離れた席なのが、少し寂しかった。


 二年生の新しい担任の教師は、女性の火炎術師だった。

 模擬戦の時に、よくデイズの相手をしていた、あの火炎術師。

 最初の授業は、自己紹介。

 ロロは、クラスメイトには興味があまりなかったため、他の人の自己紹介は、聞き流していた。

 そして、ロロの番になる。

 一年生の時は別のクラスだった面子が、息を呑む。

 あれが噂の大魔法使いかと。

 どのような自己紹介をするのかと。

 ロロは、席を立つ。


「ロロです。平民です。ネクロマンサーです。よろしくお願いします」


 ただ、それだけだった。

 ロロは席に座る。

 緊張していたクラスメイトたちは、拍子抜けだ。

 そして、彼らの心の中には、ひとつの懸念が生まれた。

 大魔法使いというのは、ただの噂に過ぎないのではないかと。







 次の時間は、二年生になってから追加されたカリキュラムである、対軍戦闘模擬訓練だ。

 大勢の敵と戦う訓練。

 ロロは、体育着に着替え、クラスメイトたちと第一模擬戦フィールドへと集合する。

 担当の教師は、大地魔法使いで、生きた土人形を大量に生み出すことを得意としている、強力な魔法使いだ。

 土人形たちに、武器を装備させれば、そのまま軍隊へと変貌する。

 担当の教師は、百体ほどの土人形を、第一模擬戦フィールドへ作り出した。


 ひとりずつ、一対多の戦闘訓練が開始される。

 三分以内に、どれだけの土人形を倒せるかの試験。


 キールの元取り巻きの、氷結術師は、地面を這う冷気で、数体の土人形たちの足を凍らせた。


 とある男子生徒は、箒に乗り飛行しながら、風の刃で土人形たちを斬り刻む。


 デイズは、土人形の軍団へと駆け抜け、目と髪を紫に変色させ、手のひらから紫の爆炎を放ち、二十体ほどの土人形を破壊した。


 破壊された分の土人形たちは、すぐに再生成される。

 もっともこの教師が、いかに強力な魔法使いとは言っても、所詮はマナ・アブソープションが使えない、普通の魔法使い。

 百体の土人形に分割された、人間一人分の魔法力では、土人形たちにも大した動きをさせることはできなかった。

 せいぜい、のそのそ歩いて、無造作に武器を振るう程度。

 ロロが蘇らせるゾンビたちとは、雲泥の差であった。


 担当の教師が、声を上げる。


「次は……、あ~、ロロ。やってみろ」


 クラスのみんなが注目をする。

 汚れた制服の、自称大魔法使い。

 クラスメイトたちは、あのみすぼらしい少年が、大魔法使いであることなぞ、信じていなかった。

 信じていなかったが、もし、万が一、本物だったら……


 クラス全員の視線を受けるロロ。


 ここまで注目されるのは、生まれて初めてかもしれない。

 ロロは、自分の影に、愛犬の骨で作った小さい杖を向ける。

 ロロの影が、墨汁(ぼくじゅう)を垂らしたかのように、どんどん広がっていく。


「ティナ・シール。お願い」


 すると、ロロの広がった影から、勢いよく、小柄な少女が飛び出した。

 金の装飾の付いた、黒いローブに黒い三角帽子。

 腰まで伸びた髪は、ウェーブのかかった白髪。


「ロロ様ぁっ!お呼びですかぁっ!?」


 それを見たクラスメイトたちは。

 息を呑む。

 皆は、確かに彼女を知っていた。

 いや、知っているどころではない。

 丁度、今日の一時間目の歴史の授業で、彼女の名が出てきたばかりなのだ。


 百年前の天下統一戦争の英雄。

 氷点下の魔女。

 ティナ・シール・ベルモント。


 教科書には、ティナ・シールの写真も載っていた。

 目の前に現れた少女は、その写真と寸分たがわず同じ顔。

 肌の色が、青白く変化していることだけが、唯一の違い。


 クラスの皆の顔に、冷や汗が垂れる。

 ロロはネクロマンサーであることは、噂で知っていた。

 大魔法使いであると、それも噂にはなっていた。

 だが、ロロの眷属にあの英雄がいる事は、今初めて知った。

 その衝撃が、その場の全員を襲う。

 大魔法使いだというのは、ただの噂だと思っていた。

 今、この瞬間までは。

 まさか、ロロは、あの平民は、本当に……?


 しかし、しかしだ。あれは本物なのか。

 もしかしたら、別人のゾンビをティナ・シールそっくりに形だけを作り変えたりできるのではないか。

 そして、もし本物だとしても、百年前と同じ力が出せるのか。


 クラスの皆は、ロロの力を、意地でも認めようとしない。

 全員、プライドが高いのだ。

 汚れた制服の平民に負けるなど、耐えられないのだ。


 ロロは、ティナ・シールに話しかける。


「あの土人形、全部壊せる?」

「もちろんですっ!あの十倍でも、たぶんいけますっ!」


 黒いローブを腕まくりし、腕をぶんぶん回して張り切るティナ・シール。

 ロロの眷属となったティナ・シールは、ロロから大量の魔法の力を授かり、生前よりも大幅にパワーアップしていた。

 土人形ごとき、百体だろうが千体だろうが、凍り砕いてみせる。


 ティナ・シールは、両手を大きく、空に向けて掲げた。


 きらきらと、空に煌めく無数の光。


 その空に現れたのは、幾千もの尖った氷塊。

 まるで天の川の星々のような、幾千もの輝き。

 ティナ・シールは、掲げた両手を、土人形たちへ向けて、振り下ろした。


「そおれっ!」


 その動きに合わせ。

 氷塊が、降り注ぐ。

 轟音とともに。

 百体の土人形へ、氷塊の雨嵐(あめあらし)

 氷塊に貫かれ、切り裂かれ、凍りつかされ、砕けて行く百体の土人形。

 (こご)える冷気の風が、第一模擬戦フィールドへ吹き荒れる。


 あまりの低温と風圧に、クラスメイトたちは目を開けていられない。

 目を(つぶ)り、ただ冷気の強風に耐える。

 大地に霜が下りる。

 クラスメイトたちの肌にも、霜が貼りつく。

 皆の体育着も、所々が凍って固まっていた。

 なんという冷たさ。


 そして。


 氷塊の嵐が、全て大地に降り注ぎきった頃。

 クラスメイト達は、ゆっくりと目を開け、第一模擬戦フィールドを見た。

 そこには、凍らされ、砕かれた百体の土人形。

 一体として、残ってはいない。


 先ほど、ティナ・シールらしき少女が言っていた言葉。

 あの十倍でも、たぶんいける、と。

 あれは誇張でも何でもなかった。

 たった今、目撃した氷塊の大嵐(おおあらし)の光景が、目に焼き付いて離れない。

 クラスメイトたちは、震える。

 それは、はたして冷気のせいなのか。




 ロロが、教師に向かって口を開く。




「あのう、合格、できましたか……?」







 マグナ・ダイア帝国の現皇帝、ブライト・ダイアは悩んでいた。

 (くだん)の大魔法使いの少年の処遇について。


 調査の結果、強欲からは程遠(ほどとお)い人間だと判明した。

 強欲から、程遠過ぎるのだ。

 ブライト・ダイアは、ロロを何が何でも手元に置いておきたい。

 だが、釣るための餌に、何を用意していいのかが分からなかった。


 彼が持つ欲と言えば、婚約者がたかだか三人いる程度。

 あとは、全て灰色の村の死者たちと生者たちのために人生を捧げているとのことだ。


 無欲な人間ほど操りづらい者は無い。

 もちろん、一時的に言う事を聞かせるならば、人質を取るなりすれば済む事。

 しかし、大魔法使いと敵対など、絶対に避けねばならないのだ。


 しかも、調査の結果、世界に数人いる大魔法使いの中でも、ロロは最上位に値するほどの実力者であることが判明した。

 英雄・英傑の類を、既に何名も配下に置いているらしいのだ。

 その上で、万を超すアンデッドの軍団を作ることができる。

 こちらの出方次第で、守り神にも災厄にも成り得るだろう。




 皇帝ブライトが執務室で頭を抱えていると、何者かがドアをノックした。

 そういえば、()に相談を持ち掛けていたのだ。


「入れ」

「失礼します。伯父上」


 そこには、爽やかな笑みの好青年が居た。

 一目で上質と分かる服。

 その手には、書類の束。

 首には、銀の鎖に繋がれた、銀のカプセルのネックレス。

 ブライトの甥のグリーンハルト・エメラルドだ。


 ブライトは、机を挟んで向かい側の椅子に腰かけるよう、グリーンハルトに促す。

 グリーンハルトは、椅子に座り、ブライトと対面した。


「ロロの事で、お悩みと伺いましたが」

「ああ。帝国としては、彼と敵対する意思は無い。だが、貴族の中には、平民の大魔法使いを厚遇することに、反発する者も少なくないのだ。下らないプライドの塊みたいな奴らがな」

「ロロに爵位を与え、貴族にしては如何でしょう?」

「それも考えた。だが、どこの領地を与えるにしろ、必ず文句を言う奴が出てくる。それに、あの少年は灰色の村から離れようとしないのだろう?かといって領地を与えず、名ばかりの貴族にしたところで、いざと言う時に、彼が帝国を簡単に切り捨てる可能性が出てくる。彼が裏切らないという、(くさび)が欲しいのだ」

「ロロは人を裏切るような少年ではないと思いますが……。しかし、伯父上がそうお思いならば、一つ提案があります」


 グリーンハルトは、あくまで爽やかに、皇帝に告げた。


「灰色の村の領主になって貰えばよろしいのでは」

「あそこは、ルイーゼ伯の直轄地(ちょっかつち)だ。むりやり取り上げることはできない」


 皇帝は、ため息をつく。

 法治国家である帝国は、いかに皇帝であろうと、勝手に強権(きょうけん)を振りかざすことは(まま)ならないのだ。


「ルイーゼ伯の子息は、ブラスター男爵令嬢に対する婦女暴行未遂で、逮捕されたと聞きましたが」

「正当な保釈金を支払い、保釈中だ。しかも、その子息とやらは、既にルイーゼ伯からは離縁されている。法律上の弱みにはならんよ」

「そのルイーゼ伯と、彼の領地なのですが、大いに問題有りです。現在進行形で」


 グリーンハルトは、手に持っていた書類の束を、皇帝の机の上に優雅に置いた。


「ルイーゼ伯の領地にて、犯罪が激増しています。ただの物盗りなどではなく、強姦や強盗殺人などの凶悪犯罪が。ルイーゼ伯の元子息が保釈されたのと同じタイミングで」

「何だと?」

「ルイーゼ伯の元子息が関係しているのかどうかまでは分かりませんが、少なくともルイーゼ伯が領地を治める能力を欠いていることは明らかです。ルイーゼ伯の領地を縮小する名目で、灰色の村の領主にロロを据えるよう、裁判を行うことができます」


 皇帝は、納得する。

 そもそも、灰色の村など、正式な名称を誰も知らないくらい、興味を持たれていない場所なのだ。

 あの村に固執する貴族など、居ないだろう。

 そんなのは、それこそロロくらいだ。


 皇帝ブライト・ダイアは、書類の束を眺めながら、その目を光らせる。


「いいだろう。裁判にかけよう。最優秀の弁護士を付けろ。ロロには、灰色の村の領主になってもらう」

「爵位はどうします?」

「村一つ分の領地だ。男爵が妥当だろう」


 皇帝ブライトは、もし爵位を与える場合には、ロロ一人だけの、一代限りのものにしようと考えてはいた。

 だが、あの広大な墓地を持つ、灰色の村を真っ当に治めてくれるならば、子孫にも受け継がれる正式な爵位でもいいのではないかと思案する。

 今までも『墓守』として、人知れず灰色の村を守って来たのだ。

 案外、いい領主になるかもしれない。


「それでは伯父上。裁判のことは私にお任せください。私は彼の後見人でもありますので」

「ああ、そうだったな。分かった。裁判はお前に任せる。絶対にロロを手放す羽目にはならないようにな」

「ご心配なさらず。この手の事は、得意分野ですから」


 グリーンハルトは、机の上に置かれた書類を手に取り、執務室を後にする。

 帝都にある、巨大な白い大理石の城。

 その城の、大理石の廊下を歩く。

 大理石の固い靴音が響く。

 グリーンハルトは、ネックレスの銀のカプセルにキスをした。

 この世で一番愛しい、妻の塵の入った銀のカプセルに。


(ロロ。君は墓場の王になるべきだ)


 グリーンハルトは、颯爽(さっそう)と廊下を歩く。

 その目は燃えていた。


 ロロの後見人として。

 ロロに最上の恩義を感じる者として。

 そして、ロロの死霊術に()せられた、一人の男として。









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