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毒薬師キール

 キールは、ルイーゼの町の裏道を歩いていた。


 黒いフード付きマントを羽織り。

 そのフードは、目深に(かぶ)り。


 マントの下は、平民が着るような麻布の服に、革の鎧。

 その鎧の至る所に、小さな凶器が付いた真鍮(しんちゅう)の鎖が垂れさがっていた。


 キールは、裏道を歩く。

 街頭など、ひとつもない裏道を。

 その暗闇に溶けてしまいそうな、黒いマントを、なびかせて。

 マントの隙間から、月明かりを反射した、真鍮のにぶい輝き。


 靴も、真鍮板の入った、頑丈な革のブーツだ。

 それが石畳(いしだたみ)を、重い音をさせ歩く。


 キールは、真っ暗闇の道の先で。

 ひとつの、襤褸(ぼろ)家屋(かおく)の前で、足音を止めた。

 その家は、壁は穴だらけで。

 屋根も、穴だらけで。

 まるで家としての(てい)を成していなかった。

 見た目だけは。


 その家屋が襤褸に見えるのは、偽装だった。

 襤褸の家の内側に、ちゃんとした家が作られているのだ。

 もちろん、わざわざこんな手間をかけたのには、理由がある。


 目立ちたくないのだ。

 客など、来てほしくないのだ。


 だがキールは、気にせずにドアをノックする。

 真鍮の鎖が編み込まれた、革のグローブで。

 しばらくは、反応がない。

 上を見ると、襤褸の屋根の隙間から、一つの目玉が。

 眼球に貼りついた皮膚が、鮮やかな黄色の、アイボールがこちらを見つめていた。


 アイボールをみて、あのネクロマンサーを思い出す。

 出世街道まっしぐらだったキールの、転落劇。

 思えば、あの出来事の始まりは、デイズを襲うところを見られた、あのアイボールのゾンビからだった。


 一瞬、怒りで身体を震わせるが、今、そこに居るアイボールは、あのゾンビのアイボールとは違うと、自分に言い聞かせる。

 そして、黄色のアイボールが、屋根の隙間へと姿を消した。

 またもや、反応がない。


 キールは、あのネクロマンサーのことを思い出していた。

 思い出したくないのに。

 砕けた氷を身体中に刺され、脚の骨を砕かれ、あの気色の悪い影の触手で、砕けた骨ごと怪力で締め上げられた。

 激痛を超えた激痛。

 思い出すと、身体が震える。

 恐怖と、痛みと、屈辱と、復讐心で。


 ふと目をドアにやると、ドアが少し空いていた。

 その隙間から明かりが漏れている。

 そのドアの隙間には暗い人型のシルエット。


 そこに居たのは、ぼさぼさの黒髪の、中年の男性。

 無精髭を生やし、頭の上には、先ほどの黄色のアイボールが乗っている。

 男の口から言葉が発せられる。


「ああ、なんだ、あんたか」


 キールは、平民であるこの男に「あんた」呼ばわりされた事に、腹を立てたが、そこはこの男の有用性を考慮し、なんとか平静を装った。

 キールは、男に尋ねる。


「欲しいものがある」 

「またか。俺の品は、高いぞ?」

「構わん」

「あと、もし捕まっても出所は絶対に言うな」

「わかってる」


 男は、中に入れと(あご)(うなが)し、キールは部屋の中に入った。

 キールが部屋の中に入った途端、突如背後のドアが大きな音を立てて閉まる。

 後ろをむくと、黄色のアイボール。

 キールは、刑務所を保釈されてからの三か月間で、既に無法の世界にどっぷりと浸かっていた。

 目の前にいる男は、元冒険者である。


 冒険者といってもピンからキリまで、幅広い。

 リリアナと、その仲間たちのような、高潔な人間も居れば。

 禁制品の売買へと手を染める者たちも。


 もうすぐ厳しい冬も終わり、春になるだろう。

 もし、退学になっていなければ、キールは二年生だ。

 美形のキール。

 後輩を好き放題つまみ食いできたかもしれない。

 それを思うと、ますますあのネクロマンサーへの怒りが込み上げてくる。

 全ては、あのネクロマンサーとデイズのせいだ。


 目の前の、無法者が話を続ける。


「んで、今日のご入用は?」

「マンドレイク」

「ははっ。これはまた、ヤバいものを。そいつで何を作るかは、聞かないでおこう」


 マンドレイクは、禁止薬物の材料となることで有名だ。

 キールは、元父であるルイーゼ伯のコレクションの中の、毒物・薬物の禁書を読み、死ぬ気で暗記していた。

 禁書は決して汚さないように、丁寧に仕舞(しま)っておいた。

 禁書の中身は、知っているだけで死罪だ。

 それだけ凶悪な薬物ばかりであった。


 禁書の中で、キールの目に止まったのは、狂戦士薬(きょうせんしやく)

 注射器で打てば、その人間は命のある限り、暴れ回る。

 キールは、袖の中に隠してある、新しい真鍮の鎖を手で触る。

 その鎖の先には、注射器が備えてあった。

 注射器はガラス製のため、真鍮術(しんちゅうじゅつ)の使い手であるキールでは直接の操作はできなかったが、鎖で操り針を刺せば、中身の薬は注入できる。


 狂戦士薬を、デイズの身体に入れてみたら、どうなるかな。

 あのネクロマンサーと殺し合いになるだろうか。

 愛するふたりで、殺し合えばいいのだ。


 キールは、自分では気が付かないうちに、黒い笑みを浮かべていた。







「やあ、第一騎士団長。お元気ですかな」

「ハッハッハァ!第六騎士団長!もちろんですとも!」


 鎧を着た中年の男二人が、固い握手を交わす。

 一人は、丸い顔に口ひげの生えた、第六騎士団長。

 もう一人は背が高く、細長い顔に、カールした口ひげを生やした、第一騎士団長。


 今日は、第一騎士団と第六騎士団の交流会。

 いつ呼び出しがかかるか分からないため、酒はご法度だが、豪華な食事がロロたちの目の前のテーブルに、次々と運ばれてくる。


 丁度ロロの鼻の先に、大きな七面鳥の丸焼きが幾つか到着した。

 こんなに大きな七面鳥は、初めて見る。

 切り分けようと、横にあったナイフとフォークを手に取り、改めて目の前の七面鳥に向き直ると、そこには、大きな空っぽの皿だけが残っていた。


 あの大きな七面鳥が、瞬時に消えた。


 ロロは、空の皿の向こうを見ると、長身で筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)の女が、七面鳥を片手に持ち、かぶりついていた。

 短い銀髪の女性。その背中に負うのは、(つか)に琥珀のような宝石が付いた、大剣。

 銀髪の女性が、七面鳥に舌鼓を打つ。


「うまいな!この鳥!」


 ロロと一緒に来ていたデイズ諸共(もろとも)唖然(あぜん)とする。

 あんなのを一人で食べるつもりなのか。


 彼女には見覚えがあった。

 むしろ学校一の有名人。


 あの背負った大剣は、秘宝『聖剣ヴィーナス』だ。

 彼女は、高等部三年生の先輩で、この学園最強と名高い、サファイア家のご令嬢。

 エリザベス・サファイア。


 エリザベスが、七面鳥を齧りながら、ロロに言う。


「あんただろ?最近噂の、大魔法使い」

「え?ええ、まあ、たぶん。自覚はありませんが」


 ロロは、頬を()きながら、自嘲する。

 なにせ、落ちこぼれの最底辺から、急に大魔法使いと呼ばれるようになったのだ。

 ロロ自身が、一番困っている。

 あの便利な技である、マナ・アブソープションが使える者こそ、世界に数人だけしかいない、大魔法使いらしい。

 あんなものは、頑張れば誰でも取得できる技だと、すっかり思い込んでいたのだ。


「なあ、大魔法使いさん。えと、名前、なんだっけか」

「ロロです」

「苗字は?」

「ありません」

「平民なのに大魔法使いか!はははっ!すげぇな!」


 エリザベスは、快活(かいかつ)に笑う。

 彼女自身は公爵家の令嬢のはずだが、どうやら身分にはあまり興味がないらしい。


(この人は、きっといい人だな)


 食いしん坊ではあるけれど。


 エリザベスが、ロロに問う。


「ロロ。明日の放課後、空いてる?」

「うちの団長に聞いてみないと……」


 エリザベスは遠くで話をしていた、第一騎士団長と、第六騎士団長に、大声で問いかける。


「おーい!そこの団長二人ぃ!明日の放課後、アタシとロロ、用事入れていいかぁっ!?」


 なんという声量。

 ロロとデイズは、思わず耳を塞ぐ。


 遠くに居た団長二人は(そろ)って、頭の上で、両手で丸印(まるじるし)を作る。

 エリザベスは、ロロに向き直る。


「いいってさ」


 耳から手を離すロロ。


「そ、それはどうも……。それで、何するんですか?」

「ん?そんなの、決まってるじゃないか」


 エリザベスは、七面鳥を持っていない方の手で、背中の大剣を指さす。


「手合わせだよ。手合わせ。勝負しようぜ」









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