リリアナ・スピカは恋を求める
リリアナ・スピカは、幼い頃から、愛を知らずに育ってきた。
リリアナが育ったのは、大きな時計台のある、港町。
父も母も冒険者。
でも父も母もリリアナには関心が無い。
彼らにあるのは、冒険への探求心のみ。
スピカ家は、代々冒険者の一族。
父と母は、遺跡を探索するトレジャーハントがメインの冒険者だった。
世界中から集められた、数々の魔法の道具。
その道具たちだけが、リリアナの友達だった。
六歳のとき、最初に手にした魔法の道具は、腰に付ける布袋。
それは、中に木の種を入れてから袋に魔法の力を込めると、その種が好きな形に、自在に育つようになる袋。
リリアナは、その袋で遊んだ。
その袋から種を出すと、リリアナの手の中で、みるみるうちに、思い通りの形に育ってゆく。
木を、ハートや船の形にするのが、リリアナのお気に入りであった。
リリアナは六歳にして、おもちゃがわりの魔法道具を通して、魔法の力を操る術を身に着けていた。
魔法道具が仕舞い込まれている部屋の中には、黄金の弓もあった。
これは、他の魔法の道具と違い『秘宝』と呼ばれる類のもの。
秘宝は、自ら使い手を選ぶ。
六歳のリリアナは、弓を持とうとしたけれど、到底持てる重さではなく、ただ引きずることしかできなかった。
時は流れる。
七歳のリリアナは、セブンリーグブーツを履いて、一歩を踏み出した。
それは、一歩で約35キロメートルを移動する、銀のブーツ。
うっかり踏み出した先は、海の上。
近くの漁師が助けてくれなければ、危うくリリアナは溺れ死ぬところだった。
セブンリーグブーツは、二度と履かないと決めた。
八歳のリリアナは、所持魔法である、瞳術の才能が開花した。
瞳術とは、目を媒介にした、様々な効果を発生させる魔法の総称。
リリアナは、自宅の屋根に上って、千里眼で町を眺めるのが好きだった。
ある時、町中に住む、とある夫婦の情事を覗き見てしまい、驚きで屋根から滑り落ちそうになった。
九歳のリリアナは、魔法の石鹸水で、時間経過以外では割れないシャボン玉を作り、その中で揺られるのが好きだった。
虹色の膜で包まれ、空も大地も海も虹色に見えた。
父も母も、だれも、リリアナに関心を持たなかった。
リリアナはシャボン玉の中で、多くの本を読んだ。
その中には、恋の物語も、数多く。
リリアナの空想癖は、このころから始まっていた。
十歳のリリアナは、黄金の弓から、呼び声が聞こえた気がした。
弓を手で持ってみると、あんなに重かった弓が、まるで風船のように軽かった。
秘宝である、黄金の弓に、使い手として選ばれたのだ。
十一歳のリリアナは、腰の袋から種を出し、木の矢を作った。
黄金の弓で、自宅の屋根の上から、町を襲おうとしていたヒグマの群れを殲滅した。
たった一人で。
未だ、両親はリリアナに興味を持たなかった。
リリアナは、愛を知らない。
きっと父母は、これからもリリアナを愛さないだろう。
ただ、それならば素敵な恋をしたいと、空想だけが広がって行った。
十二歳のリリアナは、天才的な冒険者の卵として、既に有名になっていた。
主な仕事は、害獣退治。
港町にある、大きな時計台から、黄金の弓で矢を放つ。
明るい茶色の三つ編みお下げをなびかせて。
それは、地平線のさらに先まで、届く矢で。
流星の如く。
リリアナの千里眼に捕捉され、生き延びられる獣はいなかった。
この時、既に父と母の業績を超えていた。
それでも、リリアナ・スピカは、愛を知らなかった。
仲間の冒険者も、だれもリリアナと恋をしなかった。
リリアナを見る目は、憧れか恐れ。
リリアナの隣で、対等に立とうというものは、誰一人いなかったのだ。
リリアナは十五歳になっていた。
十五歳にして、既にA級冒険者であったリリアナ。
もし自分が、何の能力も無い、ただの町娘だったら、だれかと恋に落ちたのだろうかと、空想が止められない。
十六歳のリリアナは、恋愛小説に夢中になっていた。
恋とは、愛とは、いかなるものかと。
割れないシャボン玉の中で。
いつか、誰かに、胸をときめかせることが来るのだろうか。
もし、自分に恋人ができたら、きっと恋に溺れてしまうだろうと、妄想をする。
いつか、誰かと。
たまに男女の生々しい情事が書いてある本を読んでは、そのうち、自分もこんなことするのだろうかと、いつもの空想に入り込む。
きっと、本気で恋をしたら、その彼の言う事は、何でも聞いてしまいそうだ。
どんなに、恥ずかしい命令でも。
そう考え、ひとりで顔を赤くする。
富も名声も力も、手に入れたリリアナ。
恋だけは、手に入らなかった。
リリアナは、他の冒険者と行動をすることも多かった。
その中には、恋こそは無いが、仲間と呼べる冒険者たちも、沢山できた。
冒険者たちは、気の良い者達も多かった。
しかし、過酷な稼業の冒険者たちは、仲良くなった先から、次々と死んでいった。
獣の群れに襲われ。遺跡の罠に嵌まり。
山や海で遭難し、そのまま行方不明になる者も。
リリアナは、悲しみと寂しさに包まれながら生きる。
愛が、欲しかった。
恋を、したかった。
だれか、一緒にいて欲しかった。
特別なことは何もしなくてもいい。
ただ、隣に居てくれるだけで。
リリアナは、帝国中で、獅子奮迅の大活躍を繰り返す。
東の町では、マンティコアの大群を打ち砕き。
西の町では、虎の大群を吹き飛ばし。
港に出現した、船よりも遥かに巨大な烏賊である、クラーケンの群れを屠り去り。
帝都周辺の野党たちを、壊滅させた。
恐るべき数の快挙を成し遂げたリリアナ。
天空を走るその矢は、まるで流星のよう。
リリアナは、いつの間にか”ザ・シューティングスター”の二つ名を得ていた。
そして、世界で数人だけしかいない、S級冒険者となった。
十八歳のリリアナは、ある日、港町の時計台で空を眺めていた。
いつものように、恋に想いを馳せて。
架空の男性と、身体を重ねる妄想をして。
すると、遥か彼方に、巨大な翼の影が数十体。
空飛ぶドラゴン、ワイバーンだ。
ワイバーンは、高速で飛行し、口から炎を吐く、最強の獣の内の一種。
港町は、突然のワイバーンの群れの襲撃に、パニックになった。
数十体のワイバーンの炎の吐息で、瞬く間に火の海になる港町。
リリアナは時計台の上で、たった一人で、弓を引く。
数十体のワイバーンに向かって。
本来は、一体のワイバーンに対し、三十人ほどの冒険者で戦うものだ。
数十体のワイバーンなぞ、帝国中の騎士団が勢揃いすべき大事件。
だが、リリアナは、たった一人で、弓を引く。
秘宝である、黄金の弓を。
時計台の上で。
ワイバーンたちの吐く炎の熱で、風が舞う。
明るい茶色の、三つ編みお下げをなびかせて。
眼鏡の奥の瞳を、金色に光らせて。
灼熱に燃える港町。
高くそびえた時計台からは、百発百中の流星の矢が放たれる。
リリアナの矢で、翼を消し飛ばされ、次々と墜落していくワイバーン。
墜落したワイバーンを、囲んでとどめを刺す冒険者たち。
町中から上がる煙で、せき込むリリアナ。
煙に巻かれ、呼吸ができない。
物が燃えた煙というのは、人体には猛毒となることもある。
だが、死ぬのは、全てを殺してからだ。
リリアナは、たった一人で、弓を引く。
時計台の上で。
全てのワイバーンが墜落し、とどめを刺したころ。
町の人々や冒険者が協力し、燃える家々を鎮火したころ。
冒険者たちは、ワイバーンの大群を一人で射ち落した、流星の英雄を迎えに時計台へと上った。
そこには、煙に巻かれ命を落とした、リリアナの遺体があった。
リリアナの葬儀には、数多くの冒険者たちが参加した。
灰色の村、と呼ばれている、広大な墓地がある村で。
そこには、十五歳のネクロマンサーの少年が住んでいた。
ネクロマンサーの少年は、リリアナをゾンビとして蘇らせた。
三週間の期限付きで。
冒険者たちは、涙を流した。
リリアナが蘇った喜びと、三週間後の別れの悲しみで。
冒険者たちは、死霊術のことなぞ詳しい者は居なかったため、リリアナほどの実力者を三週間蘇らせることの凄さを、誰一人理解していなかった。
リリアナは、墓場の中にある、幾つかの家のひとつに住むことになった。
昼間は、冒険者たちが訪ねてくる。
S級冒険者としてのリリアナを。
夜は、ネクロマンサーの少年が訪ねてくる。
ただの、ひとりの女の子としてのリリアナを。
ネクロマンサーの少年とは、ただ話をした。
一緒の部屋で。一緒の時を過ごして。
恋の話もした。
生まれて初めてのコイバナ。
リリアナも少年も、恋の相手が居なかったので、空想の話ばかりだったが。
それがとても楽しかった。
特別なことは何もしなくてもいい。
ただ、隣に居てくれるだけで。
一度は止まった心臓が、ちょっとドキドキする。
少年は、リリアナのことを英雄とは見なかった。
ただひたすら、ひとりの女の子として扱った。
リリアナは、それがとても嬉しかった。
リリアナは、墓場の家の窓から、夜空の星々を見上げる。
ふと気づけば、少年の事ばかりを考えていた。
心の中には、綿菓子のような甘いふわふわが。
最初は、それが恋とは気づかなかった。
経験が無さ過ぎて。
でも、少年に会うと、冷たくなったはずの身体が、熱くなる。
リリアナは、気づくと少年を目で探していた。
少年は、死者たちと生者たちを、ただ慈しんだ。
リリアナは、これこそが、幼い頃から求めていた、愛なのではないかと思う。
リリアナは、墓場の家のベッドに横たわり、少しずつ自覚していく。
少年のことを思い浮かべるのが止められない。
もっと話したい。
もっと触れたい。
もっと深い関係になりたい。
リリアナの、心と身体を求めて欲しい。
リリアナは、うっすらと気づく。
これが、恋なのではないかと。
自分は今、恋をしているのではないかと。
リリアナの想いは止まらない。
リリアナは、あらゆる恋の妄想をする。
その相手は、もうネクロマンサーの少年しか考えられなかった。
★
リリアナは裸のままで、ロロの部屋の大きなベッドで目を覚ます。
眼鏡は隣のサイドテーブルの上に置いてあった。
リリアナは昨夜、ロロの第三婦人となった。
あの月明かりの下のキスの後で。
そして、今までの空想を満たすかのように、愛し合った。
リリアナは、ふと隣を見る。
ロロが居ない。
まさか、昨夜の事は、全て自分の妄想だったのではないかと、震える。
すると、部屋の奥のシャワールームから、ロロがタオルで頭を拭きながら出てきた。
ロロの家には、大きなお風呂とは別に、各部屋にシャワールームが設置されているのだ。
リリアナは、ベッドを跳び抜け、裸のままで、ロロに勢いよく抱き着く。
ロロはタオルを頭に引っかけて、リリアナを抱きとめる。
「ロロ氏、どこかに行っちゃったのかと思ったっす!」
「ごめんね、気持ちよさそうに寝てたから、起こすの悪いなって思って」
「ロロ氏、私の事、捨てないで。一緒にいて」
「もちろん。もう、リリアナを離すつもりなんてないよ」
リリアナは、ロロの唇にキスをする。
冷たいゾンビの唇で。熱いキスを。
今までは、幾度となく繰り返してきた、空想の情事。
昨夜知ってしまった、本物の秘め事。
リリアナは、ロロのいない人生など、既に考えられなかった。
リリアナは、唇を離すと、恋する乙女の顔で、ロロの耳元に囁く。
「ロロ氏の言う事なら、なんだってやるっす。だから、これからもお側に置いてくださいね。ご主人様」




